2017年5月4日(木)ドイツⅡ その42 ワルシャワ(1)

今日はベルリン郊外にあるテーゲル国際空港(TXL)に行って、13時10分発のエアベルリン8214便でワルシャワに行きます。ワルシャワ着は14時30分、1時間20分の飛行機旅です。
昨日はハードな一日でした。早くベッドに入ったものの、眠りの質が今一つだったので疲れは抜けきれませんでした。生憎、ベルリンは朝から雨、それでも温暖なので助かりました。
ホテルの窓からの眺め・・・


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このホテルは都心にあり、かなり高品質で便利なホテルでしたが、意外にもリーズナブルでした。毎朝、出発前にはベッドの上に荷物をすべて開けて点検してリパックします。


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ポーランドはシェンゲン条約加盟国なので出国審査は省略されるだろうとは思っていましたが、念のため、空港には出航2時間前の11時には到着する段取りを考えました。一人でこの空港に2時間前に無事に着けるか、自分にはハードルの高いミッションでもあります。
9時30分、ホテルチェックアウト。
ホテルの受付係りの女性にTXLまでの行き方をしっかりと教えてもらいました。彼女の提案ルートは地下鉄U2と路線バスの乗継ルートでした。都心から1時間、2.8ユーロ(350円)とアクセスも値段も文句なしでした。ベルリンの観光地図にU2の降車駅、バス停の場所などを記入してもらいました。彼女の丁寧な対応に感謝しています。
TXLまでのルート・・・シュピテルマルクト駅でU2に乗車、エルンスト・ロイター・プラッツ駅で下車、ここでTXL行きの路線バスに乗り換えました。U2はメンデルスゾーン駅から高架になりました。


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(出展 Google)

エルンスト・ロイター・プラッツ駅で下車して、路線バスを待ちました。ツェレでも触れたように、路面が光る程の強い雨でも傘を差さないネイティブが目立ちました。

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エルンスト・ロイター・プラッツ駅はベルリンの中心ミッテ地区にあるウンターデンリデン通りを西に4km行ったリング広場でした。パリの凱旋門みたいな広場で、ここから放射状に道路が伸びていました。ベルリン郊外のハブ駅といったところでしょうか。

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(出展 Google)


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10時05分、空港行きX9の路線バスに乗り込みました。2連の路線バスの車内・・・つり革替わりの黄色いパイプがこまめに設置されていました。

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バスはベルリン郊外の街路を走りました。

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集合住宅でしょうか、壁を黄色に塗ってありました。日本では見掛けない色彩ですが、良い感じでした。

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こちらの壁は薄い茶色・・・

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川を渡りました。シュプレー川かも?

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高速道路に入りました。

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TXLの管制塔が見えてきました。意外にも地味目な空港なので少し驚きました。

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テーゲル国際空港は、約3kmの主滑走路と2.5km補助滑走路2本の国際空港でした。意外にも小振りな国際空港でした。超過密スケジュールをこなすドイツ人の高い管制能力を感じました。


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(出展 Google)

10時35分、予定より30分早くTXLに無事到着しました。

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時間がたっぷりあるので、空港構内を歩いてみました。

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11時30分、チェックインカウンターで搭乗券を発行してもらいました。係りの男性から「40Lのバックパックを機内持ち込みにすると60ユーロ(7500円)のチャージが追加されます。どうしますか?」知識不足の自分は言われるままに別のカウンターで60ユーロ(7500円)をカードで支払いました。客室持込なら無料だと知ったのは、グダンスクからフランクフルトに戻る時でした。
構内は一見すると、カラフルでお洒落ですが、よく見ると屋根はデッキプレートを並べただけ、配管類はむき出しといった具合で、意外にも安普請な空港でした。これまで利用してきた羽田国際空港、上海プードン空港、フランクフルト国際空港のピカピカで豪華な空港との差異を感じました。

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ほぼ5分間隔で国内便、国際便が出航する過密な時刻表でした。13時05分にはザールブリュッケン、カールスルーエ、クラクフ、プラハ、ウィーン行きの飛行機が同時刻に出航すると恐ろしく忙しい空港でした。流石にドイツを代表する国際ハブ空港でした。


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お昼は構内の食堂にしました。

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ミートローフのサンドイッチ4.9ユーロ(610円)はボリュームたっぷりでした。

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結局、出国審査はなく、10分程度の簡単な手荷物検査で搭乗ロビーに行けました。やはり、シェンゲン条約の加盟国間の移動なので出国審査はないということでした。この条約は加盟国間の人、モノが自由に移動できる取極め、国境を低くすることのメリットを感じました。
この記事を書いている現在、EUとイギリスの離脱交渉が盛んに行なわれています。個人的には、何故イギリスがEU離脱を決断したのか、少し疑問を感じますが・・・。



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搭乗ロビーで飛行機を待ちました。搭乗ロビーも天井の配管はむき出しでした。


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出航時間が少し遅れました。時間潰しにモバイルで当日の記事をフェイスブックにアップしました。


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この時にアップした記事・・・

5月4日(木)ベルリンは雨、温暖。
ホテルを9時半にチェックアウトした。ホテルのスタッフの指示どおりに地下鉄とバスを利用したら10時半と順調にベルリン国際空港に着いた。都心から1時間、2.8ユーロとはアクセスも値段も文句なしだ。
それにしてもテ-ゲル空港は随分と地味な空港だ。利用するターミナルCは倉庫を改造したような感じの鉄骨造りで天井がデッキプレ-トでできている。
13時10分発エアベルリン8214便はワルシャワに14時30分に着く。チェックイン、手荷物検査を終えて搭乗ロビーでこの記事を書いている。
シェンゲン条約の加盟国間の移動なので出国審査はないという事だろうか。国境がないのは旅行に限らず経済でのメリットも大きいだろう。ドイツのテレビでもフランス大統領選が毎日放送されていた。
チェックインの時、男性スタッフが40Lのバックパックには別途料金が発生するという。チケットカウンターで60ユーロを支払ってチェックインした。こんな事態は初めての事だ。
エアベルリン、高過ぎないかい?

バスに乗って、飛行機まで行きました。


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ワルシャワ行きの飛行機はなんとプロペラ機でした。意外にもプロペラ機は未だ活躍しているようで、機体自体の安さに加えて燃料代や整備費が節約できるメリットがあるのかもしれません。


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13時50分、エアベルリン8214便は定刻より40分遅れて飛び立ちました。
以下、次号・・・


# by camino0810 | 2017-10-17 03:50 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月3日(水)ドイツⅡ その41 ベルリン(7)

シュロス橋はシュプレー川の派川運河に架かる小さな3連のアーチ橋でした。親柱の上には白の立派な彫像が建っていました。


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シュロス橋の上から運河を眺めました。運河は写真上から下に流れています。橋のすぐ脇の左側にU5線の「博物館の島」駅ができる予定です。開削で駅舎を築造し地下からシールドトンネルを掘る段取りでしょうか。運河の締め切り工事が完了し、駅舎の開削が始まるようです。


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ここにも泥水シールド工事の坑内の写真が展示されていました。


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運河沿いの道を南にあるホテルに向いて歩いて行きました。


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(出展 Google)

気になることがありました。Googleの地図にはシュロス橋の袂に「ベルリン王宮」と記載される空き地がありました。
これは何か?
調べてみると、この「お題」の答えが少し判りました。簡単に言うと、それとは知らずに歩いた運河河畔はかつてベルリンのヘソだった事が判りました。東京でいえば、この運河は江戸城の内堀にあたるでしょう。

Wikipediaから

ベルリン王宮はベルリン王宮(ベルリンおうきゅう、Berliner Stadtschloss)は、かつてドイツの首都ベルリンの中心部にあった宮殿。1701年からはプロイセン王国国王の、1871年からはドイツ帝国皇帝の居城であった。1918年のドイツ革命で君主制が滅びて以来、王宮は博物館として利用されてきたが、1945年の英米軍の空襲で焼失し、その廃墟は1950年にドイツ民主共和国(東ドイツ)政府によって取り壊された。

王宮は下の図のピンクに着色された建物でした。


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(出展 Wikipedia)


1688年、日本では江戸の元禄期にあたる時のベルリン城の地図を見ると、王宮はシュプレー川の左岸側のケルン地区にありました。右岸のベルリン地区にはアレキサンダープラッツがあります。
ベルリン城はこれまで観てきたハンブルク、ブレーメン、リューベックと似た稲妻型のお堀で防衛されていました。
ウンターデンリンデンは当時はお城の外にありました。ケルンはライン河畔の大きな街ですが、古代ローマから栄えた歴史のある大きな街だったのでこの名前を借りたのかもしれません。
ドイツ語不如意につき妄想の類ですが、江戸期の江戸城に例えると、ケルン地区は本丸御殿、ベルリン地区は旗本や親藩の屋敷、ウンターデンリンデン地区は商工業者の仕事場みたいな職能別の住み分けがあったような感じがします。


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(出展 Wikipedia)

19世紀の王宮の絵にはシュロス橋の彫像付きの親柱が描かれていました。


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(出展 Wikipedia)


1900年の写真を見ると、王宮前の運河には恐ろしく立派な門がありました。恐らく、第2次大戦の爆撃で宮殿も門も破壊され、誕生した共産党政権は政治的な理由から瓦礫を撤去したまま、その再建をせず現代に至ったものと考えられます。それにしても、宮殿前の広場は広大でした。3台の馬車が通行している様子も撮影されていました。大きいこと、広いことはそれだけで価値が高いことを示す貴重な写真だと思います。


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(出展 Wikipedia)

現地案内図から1897年にはこの門が出来ていたことが判りました。


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同じく現地案内図によると、1652年には宮殿地区の骨格が出来上がっていました。ベルサイユ宮殿張りの広大な庭園も出来上がっていました。1688年の絵図面ではベルリン城の整備が完成していました。シュプレー川本川と派川を利用して外濠を造るなど、36年間でベルリン城の整備事業が完成したということになります。フランスのルイ14世が活躍した時代にベルリンも負けずに頑張っていたということになります。


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運河は本川が30m、両サイドに10mに道路が付いていました。運河沿いに道路があるので建物は運河を向いていました。写真左側がかつて王宮のあったケルン地区でした。
水位調整用の自在堰?がありました。堰の右岸の小さな構造物は魚道か閘門かもしれません。



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かつてはベルリンの花形だった運河は実際のところ静かで地味な印象がありました。「栄枯盛衰世の流れ」という諺を想い出しました。

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ユニークな橋に出会いました。ユングフェルン橋はメカニカルな跳ね橋でした。かつては産業舟運用に活躍したようです。手動の巻き上げ機が付いていました。


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ユングフェルン橋から眺めた下流側の運河・・・運河水面と道路面の高低差は3m弱、しっかり転落防止策が取り付けてありました。


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上流側・・・植樹がないためかなり無機質な眺めですが、東京の神田川や日本橋川と違って建物自体は運河を向いていました。



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大通りを下越しするとシュピテルマルクト駅はすぐそこです。運河は写真左から右に流れています。この辺りまで来るとさっきの無機質感が薄らぎ、有機質な豊かさや賑わいも感じられるようになってきました。


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ミニ運河ツアーのゴール、グリューンシュトラーセン橋が見えてきました。ホテルは右手の建物の裏手にあります。


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18時、グリューンシュトラーセン橋に到着。重厚な石造りのアーチ橋でした。



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この橋の上から運河を眺めてみました。
上流側・・・道路脇に植栽があるため親しみを感じる運河に変わっていました。やはり、水辺に木は必須アイテムでしょう。用地不足を解消する両岸のコンクリート製の直壁護岸にはもう一工夫あってもいいかなと思いました。部分的に階段式護岸を入れて、水辺のアクセスを確保すると文句なしでしょう。


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下流側・・・左岸の石積み護岸はいいけど、右岸のPCのプレキャスト護岸はやはり戴けません。


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18時10分、再びシュピテルマルクト駅前に戻ってきました。

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夕食をどうするか、オフィス街なので適切なレストランが近くにあるか・・・。駅前を歩き回りましたが、レストラン自体を見つけられませんでした。
仕方ないのでオフィスビルの1階のレストランにしました。


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ウィンナー・シュニッチェルをオーダーしました。お皿からはみ出しそうな巨大な薄いカツが出てきました。お勘定の時、お店のスタッフから「カード払いだと手数料1.5ユーロが加算されます」と忠告されました。そうならと、なけなしのお札で10.9ユーロ(1360円)を支払いました。スタッフは足し算式でお釣りを差し出しました。引き算方式しか知らない日本人には新鮮な経験でした。


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おトイレは脚なしタイプでした。


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明日のお昼過ぎに、テーゲル国際空港からワルシャワに行きます。ホテルには朝食が付いていないので、朝食を事前に準備しておく必要がありました。オフィス街なので日本のコンビニに相当するキオスクなどはありません。結局、シュピテルマルクト駅構内の売店で菓子パンを買いました。
19時、ホテルに無事戻りました。
ホテルのテレビをつけると、フランス大統領選のニュースが放映されていました。マカロンさんとルペンさんのテレビ討論でした。結果的にマカロンさんが大統領に選ばれましたが、この記事を書いている時点では当選時の勢いを失っているようです。

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この日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月3日(水)ベルリンは晴れ、温暖。
ICE845号は定刻12時09分にベルリン中央駅に到着した。ピカピカの駅舎の巨大さに度肝を抜かれた。ハンブルク、ケルンやフランクフルトはホーム階は当たり前に1階だった。ところがこの駅のホーム階は上下に3層分くらいはあった。ワントップのドーム屋根で全面ガラス張りだった。
DBのインフォでホテルの最寄り駅への行き方を教えてもらい、Sバーン(都市近郊鉄道)、Uバーン(地下鉄)と乗り継いでホテルの近くの地下鉄駅まで来た。
チェックインを済ませて14時30分から街歩きを開始した。Uバーンのポツダム駅で下車してミッテ地区を歩いた。ベルリンの壁は高さ4mのプレキャストのRC擁壁だった。ブランデンブルク門の前は大賑わいだった。連邦議事堂は巨大かつ風格に溢れた建物だった。シュプレー川は観光ボートが沢山運航していた。水辺のデサインは興味深いし、なにより観光舟運が盛んなのに驚かされた。ウンター・デン・リンデンの大通りには歴史的建造物が沢山建っていた。運河を南に歩いて18時にホテルに戻った。疲れがピークに達した。
明日のお昼過ぎにベルリン国際空港からワルシャワに飛ぶ。空港に上手くたどり着けるか心配だ。

長い1日がようやく終わりました。よく考えると、朝ツェレを発って、ハノーファーで途中下車、ベルリンを歩き回りました。クタクタに疲れたので早々にベッドに入りました。
翌日、ワルシャワに向かいました。
以下、次号・・・

# by camino0810 | 2017-10-14 20:19 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月3日(水)ドイツⅡ その40 ベルリン(6)

シュプレー河畔から引き返して、ウンターデンリンデンを東に向かって歩きました。
ウンターデンリンデンは「菩提樹の下」という意味のベルリンを代表する大通りです。西側は完成形ですが、東側は地下鉄工事や補修工事が意外にも盛んなリノベーションの街でした。

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(出展 Google)


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ウンターデンリンデンは、先日テロが発生したバルセロナのランブラス通りと似た構造で、幅広の中央分離帯が公園になっていました。中央分離帯は20m、両サイドの車道と歩道が25m、全幅で70mの大通りでした。
中央分離帯で地下鉄U5の建設が行われていました。沢山の説明看板が設置されていました。建設工事は、土木屋の自分には興味深いけど、一般の人には有り難いこととは言えません。銀座の中央通りで地下鉄の新線を造るのと似ている訳で、地元の人や観光客にとっては迷惑な事態です。
情報公開やお詫びの意味もあるのか丁寧な説明がされていました。


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U5地下鉄プロジェクトはブランデンブルク門からシュプレー川を渡って「赤の市庁舎」まで約2kmのトンネルを新設する巨大プロジェクトでした。シュプレー川の支川(運河)と本川を下越します。
ブランデンブルク門から既設のU55でベルリン中央駅まで行けるので交通の利便性が格段に高まるということだと思います。


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ウンターデンリンデン駅は開削方式で築造する長さ152m、深さ17mの地下駅。直交する既設のU6号線が一度撤去され、上部に再建される計画でした。
注目すべきは駅舎に中間スラブを入れず大きな吹き抜け空間を造る計画になっていたこと・・・去年歩いたライプチヒの地下鉄駅舎と似た構造ではないかと思います。


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土木工事に直接係る仕事から離れて大分時間が経ちました。自分の経験から推測すると、このトンネルは泥水シールド工法で築造されているのではないかと思いました。水色の鋼管は泥水シールドの送排泥管だと思います。離れた場所に設置した泥水再処理プラントに送る管でした。日本では地下に埋設しますが、ドイツでは架空配管でした。


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シールド機の直径は6.7m。この断面では車両は1本しか入らないので、トンネルは2本掘る計画だと思います。シールド機の面盤と呼ばれる顔部分の外周にローラービット、内部にはティースビットが付いていました。
日本のシールド機とよく似ていました。というか、日本がドイツの技術を取り込んだ可能性があるかもしれません。泥水シールドは先頭で掘削した土砂と泥水を撹拌して、坑外に流体輸送する掘削工法です。そのためトンネル内には太い送排泥管が設置されます。


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U5はU55と繋がるという意味合いかもしれません。左の絵柄は日本人には違和感を感じますが、ドイツでは同性愛や同姓婚が普通に認められているのかもしれません。


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ウンターデンリンデン新駅舎は、浅いU6を一度壊して駅舎を開削し、再度U6を構築する計画のようでした。


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工事現場にはドイツ人が好むジブクレーンが設置されていました。


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ウンターデンリンデンに南北に交わるフリードリヒ通り・・・この下に地下鉄U6号線が走っています。建物のスカイラインへの拘りを感じる通りでした。


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お隣のシャルロッテン通りまで来ました。こんな感じの風格の溢れた建物が沢山建っていました。


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フンボルト大学は、ベルリンの壁で仕切られた旧東ドイツ側の大学、世界的にも有名な大学だそうす。唯、西ベルリン側にも同じような大学が並立していることからも東西冷戦の影響が今でも残っている感じです。
 
ブリタニカ国際大百科事典から

ドイツのベルリンにある大学。 1809年フリードリヒ・ウィルヘルム3世のときフンボルトによって創設されたベルリン大学が母体となっている。初代学長のフィヒテのほか,シュライエルマッハー,ヘーゲルなどのすぐれた学者たちによって著しい発展を示し,ドイツ最大の大学となったばかりでなく,世界の大学の模範ともされていた。第2次世界大戦後東ドイツの管轄下におかれ,現在の名称に改称された。法学,農学・園芸,数学・自然科学,医学,哲学,神学,経済などの学部がある。教員数約 1600名,学生数約2万 2800名 (1997) 。なお,大戦後西ベルリンには旧ベルリン大学の教授,学生を中心にベルリン自由大学が設立され,ドイツ統一後も両大学が併立している。


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プロムナードになっている中央分離帯の終点にフリードリヒⅡ世の銅像が建っていました。

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ウンターデンリンデンから少し入った大きな広場の前に格調の高い建物が建っていました。フンボルト大学の附属図書館でした。恐れ入りました。


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オペラハウスはパルテノン風のファサード・・・ピンクの壁が意外にもシックリと収まっているなという感がありました。


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オペラハウスは大々的なリノベーション中でした。


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反対側の建物もピンクの壁でした。

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シュロス橋はシュプレー川の支川運河に架かる小さな3連のアーチ橋でした。


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親柱の彫刻はゴージャス・・・

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17時40分、旧博物館まで来ました。歩きづくめで相当へばってきました。


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ベルリン大聖堂は中央に巨大ドームを持つ巨大な建物でした。4隅に小さいドームが付いていました。ドイツ語で「DOM」と記載される教会施設は「大聖堂」ですが、これまで観てきたドイツの「DOM」はゴシック様式でドームは付いていません。建物の東西軸もないこの大聖堂は明らかに別様式、その理由は未だ不明のままです。


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ウンターデンリンデンの先にはテレビ塔が見えていました。


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ここから運河を南に歩いてホテルに戻りました。
以下、次号・・・・


# by camino0810 | 2017-10-14 06:43 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月3日(水)ドイツⅡ その39 ベルリン(5)

ブランデンブルク門を通り抜けてお隣の国会議事堂の方に歩きました。
振り返って見たブランデンブルク門の屋根にはブロンズ製の4頭立て馬車を操る天使像が載っていました。

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折角の機会なので、ブランデンブルク門の西側の森も少し歩いてみました。大通りの向こうにオベリスクが見えていました。


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公園の街路は5月の新緑、広々していて気持ちよく歩けました。ドイツの輪タクを初めて見ました。似たようなものをパリでも見たことがあります。


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この時に歩いたコース・・・再び、シュプレー河畔を歩きました。


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国会議事堂は実に巨大で風格に溢れた建物でした。日本の国会議事堂も立派ですが、ドイツ連邦議会も実に素晴らしい・・・。


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国会議事堂は撮影位置を後ろに引かないと全景が入りきらないくらい巨大な建物でした。


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議事堂に脇にはピカピカのお洒落な建物がありました。多分、連邦政府のお役所ではないかと思います。


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首相官邸を横に見ながら歩いて行きました。メルケル首相は普段ここでお仕事をしているのかもしれません。


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手をつないだ年配のドイツ人夫妻の後をついていきました。なんかいい気分を感じました。うらやましい限りです。


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シュプレー河畔に再びやってきました。歩道橋から上流側を眺めてみました。運河は写真上から下に流れています。緩傾斜護岸の芝生にデッキチェアが沢山並んでいました。

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下流側のシュプレー川・・・運河は写真右から左に流れています。河畔の遊歩道と芝生の緩斜面、左岸側の河畔は無機質な右岸河畔に比べ、緑も多く優れた水辺だと感じました。

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シュプレー川の左岸河畔を上流に向けて歩いて行きました。対岸の再開発地区にはピカピカのお洒落な建物がスカイラインを揃えていました。
シュプレー川の流路幅は約50m、左岸のプロムナードが10m、右岸10m。全幅で70~80m程度の運河でした。


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クロンプリンチェン橋は1996年に完成した優れたデザインの橋でした。
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更に上流を歩いて行くと、不思議な光景に出会いました。運河を横断する橋のような構造物は一体何か?
「お題」を出された気分ですが、知識が乏しいので答えを探せません。両岸の政府系の建物を行き来できる通路としか言えません。


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黄色い遊覧船が通り過ぎて行きました。


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下流から振り返ったクロンプリンチェン橋もユニークの構造でした。基本的には3スパンのアーチの上路橋ですが、鋼製の橋脚は初めてみる不思議な形をしていました。遊覧船の衝突防止柵は茶色の鋼管でした。



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これだけ近未来的でお洒落な水辺は見たことがありません。ドイツはどちらかというと保守的なお国柄だと思っていましたが、大胆に水辺を設計していました。
運河水面と散策路の高低差は1m、転落防止策はありません。その分、水辺へのアクセス性や親水性が高まっていました。


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建物も実に斬新、一体誰が設計したのでしょうか?

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階段式護岸も付いていました。

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不思議な歩道橋を振り返りました。運河は写真下から上に流れています。右岸の直径10mの円形の箱抜きも実にユニーク・・・


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斬新な建物と斬新な水辺のコラボ・・・こんなやり方もありかと恐れ入りました。


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高々、20分足らずの川歩きでしたが、シュプレー川の水辺は実に革新的でした。
再び、陸域に戻ってウンターデンリンデンを目指しました。

以下、次号・・・



# by camino0810 | 2017-10-13 05:41 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月3日(水)ドイツⅡ その38 ベルリン(4)

14時30分、ベルリンの街歩きを開始しました。
ホテルのあるシュピテルマルクト駅でU2線に乗車、ポツダム広場で下車してここからベルリンの核心部ミッテ地区を歩きました。


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(出展 Google)

ポツダム広場は実に広々としていて、ピカピカの高層ビルが立ち並んでいました。これまで観てきたドイツの伝統的な街並みと違った異質な気分があったので正直驚きました。この広場は、フランクフルト、デュッセルドルフの新市街、パリのデフォンスやウィーンのドナウ左岸のオフィス街に似た感じでした。駅周辺の一角は東京の街に似て建物のスカイラインへの拘りを捨てたような街並みでした。


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Sバーン(郊外鉄道)の駅舎もピカピカでした。


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その一方、南側の緑地帯の両サイドの建物群は見事に建物のスカイラインを揃えていました。都市計画でゾーン分けでもしているのかもしれません。名古屋の久屋大通公園みたいな幅100mくらいの大通りがあり、そのど真ん中に三角形断面の緑地帯がありました。
この不思議な形をした緑地は何か?
街歩きの最中は時間がないので写真だけ撮って、後で記事を書く時にあれこれと妄想することもあります。「お題」を出されたみたいな気分になりました。
答え ①ベルリンの壁の一部を形を変えて記念に残した
   ②第2次大戦の戦災瓦礫を埋めた
   ③ついでに覆土して防火帯も兼ねた都市公園にした


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中国風のあずまやも建っていました。


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ベルリンの壁の一部が置いてありました。高さが4mの逆T型のプレキャスト擁壁でした。1961年8月、ベルリンの壁は一夜にして完成したそうです。時間短縮には出来合いのものを並べるのが最も効率的です。


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写真右手の総ガラス張りの三日月状の超高層ビルは、ドイツ国鉄(DB)の本社かもしれません。デジカメに入りきらないので2枚に分けて撮りました。


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ポツダム広場の交差点・・・


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ベルリンの壁に沢山の観光客がついていました。かつてこのラインに沿って壁が並んでいたようです。

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壁のモザイク模様は意外にもチューインガムでした。


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歩道もゆったりしていました。ベルリンも含めドイツ自体が基本的に東京に比べて土地が広いのだとおもいます。


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大通りを北にあるブランデンブルク門方向に歩いて行きました。


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進行方向右手に不思議な公園がありました。


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様々な高さの無垢の四角いブロックが無数に並んでいました。「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」というそうです。


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大通りを歩いて行きました。幅の広い歩道には、街路樹が綺麗に並んでいました。


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15時50分、ブランデンブルク門の裏口に到着しました。コンサートをやっていました。


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ブランデンブルク門の表側に回りました。5つの門を持つ実に格調に溢れた門でした。沢山の観光客が写真を撮影していました。ただ、予想していたよりもかなり小さな門だったのが意外でした。歩測してみると門の幅は約35mでした。



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折角の機会なのでジドリしました。


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ウンターデンリンデンはブランデンブルク門から東に伸びる長さ1.5kmのベルリンを代表する大通り。パリで言えばシャンゼリゼ、東京で言えば銀座の中央通り、スペインで言えばマドリッドのグランビア通り、バルセロナのランブラス通りといったところでしょうか。出だしの部分だけ歩いて、引き返して国会議事堂へ向かいました。



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当日にアップしたフェイスブックの記事・・・

5月3日(水)ベルリンは晴れ、温暖。
(省略)
チェックインを済ませて14時30分から街歩きを開始した。Uバーンのポツダム駅で下車してミッテ地区を歩いた。ベルリンの壁は高さ4mのプレキャストのRC擁壁だった。ブランデンブルク門の前は大賑わいだった。連邦議事堂は巨大かつ風格に溢れた建物だった。シュプレー川は観光ボートが沢山運航していた。水辺のデサインは興味深いし、なにより観光舟運が盛んなのに驚かされた。ウンター・デン・リンデンの大通りには歴史的建造物が沢山建っていた。運河を南に歩いて18時にホテルに戻った。疲れがピークに達した。
明日のお昼過ぎにベルリン国際空港からワルシャワに飛ぶ。空港に上手くたどり着けるか心配だ。

以下、次号・・・

# by camino0810 | 2017-10-11 20:50 | ドイツⅡ | Comments(0)