2017年5月6日(土)ドイツⅡ その53 クラクフ(5)

昨日は朝ワルシャワの街歩き、夕方はクラクフの街歩きと大変忙しい一日で疲れました。今日はクラクフ空港発18時20分発の飛行機でグダンスクに向かう予定です。久し振りに遅めに起きてノンビリできました。
ホテル「ROYAL」は三ツ星のリーズナブルなホテルでしたが、ヨーロッパでよく見掛ける伝統的な外観や内装のホテルでした。


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7時30分朝食、ビュフェ式でお好きな料理を好きなだけ食べることができました。美味しかったです。


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食事を終えて、ホテル裏口から表玄関まで電車通りの歩道を歩いてみました。ホテルの外壁を見てみると、結構、痛んでいました。ヨーロッパの伝統的な建物は赤レンガの表面をモルタルで仕上げていました。


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外壁はモルタルで仕上げていました。モルタルの横目地はこの手の建物のマストアイテムになっています。ハイレベルな建物だと砂岩や石灰石などの自然石を使用しているようでした。

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この外壁は目抜き通りから丸見えですが、かなりの間放置されているようでした。メンテナンスに回すお金が出せないのかもしれません。


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今日は40Lのバックパックと30Lのデイパックを持って空港まで行く必要があります。重い荷物を背負って動き回るのは大変です。そんな訳で、30Lのデイパックだけを携行して、10時から1時間半掛けて昨日見た旧市街をおさらいする作戦にしました。12時頃にホテルに戻ってチェックアウト、クラクフ本駅からクラクフ空港に向かう段取りです。

10時、旧市街の南端にあるヴァヴェル城から街歩きスタート。
伝統に溢れるこのお城も良く見ると補修の跡が沢山ありました。城壁も赤レンガと自然石の2種類で出来ていました。お城本体の外壁も同じです。欧州の建造物は基本的に「ツギハギの思想」が基本的なコンセプトになっているように感じます。


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旧市街のモルタル造りの建物・・・。例の横目地が落ち着いた風格のある気分を出していました。


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旧市街の教会の外壁もツギハギだらけです。これが決して貧相に見えないのも実に不思議です。欧州では昔のものを大事に使いまわす伝統が今でもしっかり根付いているように思います。欧州は、日本のスクラップビルト型のフロー社会とは対照的なストック社会だといつも感じます。

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旧市街のメーン通りを右に折れて路地裏を歩いてみました。石畳の舗道にカフェがしっくりと収まっていて落ち着いた良い気分を出していました。電柱や電線などは勿論ありません。

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横目地の建物もありました。

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職人さんが外壁の補修をしている貴重な場面に遭遇しました。このような職人がクラクフの街の景観を支えているようです。粗仕上げを終えた外壁のタッチアップをどう処理するのかが腕の見せ所だと思います。


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旧市街を東西に横断する通りにはトラムが走っていました。


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旧市街のリングの公園・・・。新緑が眩しいかぎりです。


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飾り馬の馬車もすっかりお馴染みになりました。

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中央広場の東北の角にある聖マリア教会の裏手にある広場までやってきました。


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建物の外壁はパステルカラーを上手に塗り分けていました。


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聖マリア教会の裏手から中央広場に抜けました。

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中央広場は実に広々しています。


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若い女性たちがパフォーマンスを始めました。


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聖マリア教会が旧市街で最も高い建物でした。2本の尖塔は非対称でした。


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ポーランドの国王と思いきや、19世紀の革命詩人で愛国詩人のアダム・ミツキエヴィッチという人だそうです。銅像は19世紀末に造られました。



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お土産でもないかと中央広場の真ん中にある織物会館に入ってみました。

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織物会館の中はお土産物さんがずらりと並んでいました。東欧の気分が溢れた民族色豊かなお土産がどっさり陳列されていました。

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彫刻が入った小箱・・・


素朴な木彫りの人形、ユダヤ人の人形もありました。

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ポーランドはほぼ100%カトリックですが、ロシア正教のイコン像が並んでいました。


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名産の琥珀を使ったペンダント・・・


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民族衣装・・・

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琥珀、お人形、レース・・・


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イコン像と十字架、イースターエッグ、琥珀・・・

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カミサンにお土産を買いました。琥珀は、255ズオティー(7900円)、日本で買うと3倍はするといわれています。カードで購入できました。


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琥珀を買ったお土産さんの若い女性店員は愛想が良かったです。英語OKでした。


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引き続き旧市街を歩きました。
以下、次号・・・

# by camino0810 | 2017-12-15 09:28 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月5日(金)ドイツⅡ その52 クラクフ(4)

18時40分、中央広場の西側の道路からリングの西側に出ました。

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北を下にしたクラクフの旧市街の地図です。リングを時計回りに歩いてホテルを目指しました。


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(出展 Google)

リングは道路と公園でできていました。道路はトラム、車、歩行者が混在していました。夕食時のせいか、買い物客らしい多くの市民が歩いていました。リングの内側は公園にしてありました。



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リング内側の公園の手入れは実に丁寧でした。


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リング外側の建物は、見事にスカイラインを揃え、デザインも合わせていました。統一感のある、風格に溢れた街並みでした。クラクフでは街区を綺麗に整えることがごく当たり前に浸透しているのかもしれません。十数年前、東京郊外の国立でマンションの建設が差し止めになった事案がありました。確か、新規のマンションが周囲の景観を毀損する恐れがあって反対運動が起こったと記憶しています。
日本は未だ景観後進国という気がしますが、最近、良い景観を目指そうという機運が高まってきたように感じます。


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リング最北端の公園に入ってみました。恐るべき手入れの良さに唖然としました。




良く手入れされた瑞々しい新緑と水のある光景は、文句なしに素晴らしかったです。


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道路を渡って、リングの外側にある広場に立ち寄ってみました。


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再び、リングの内側の公園に戻りました。円形の赤レンガの建物は、バルバカンという1498年に完成した昔の砦だそうです。ワルシャワ城の城壁にも似たような円形の城門がありました。城壁から半島状に飛び出した防衛施設のようでした。



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この辺りにはクラクフ城の外壁が残っていました。かつてリングの公園部分はお堀で、その内側に城壁が張り巡らされていたと推測します。フロリアンスカ門は、1300年に完成、高さが20m近い高い鐘楼になっていて、監視塔の役割もあったようです。中世から近世に掛けてこのような城門が城壁の各所にあったと思います。




城壁の高さは、10m程度はあったと思います。




バルバカンの裏側・・・現在は周囲と地続きですが、近世頃まではフロリアンスカ門とはお掘を横断する道路で繋がっていたでしょう。江戸城の半蔵門や平川門みたいな感じだったのではないかと思います。




何故か、公園内に東京の風景写真が展示されていました。道路上に高架の鉄道が走っているので、秋葉原だと思います。建物のスカイラインやデザインのバラバラ感、ど派手な宣伝看板などはクラクフ市民には全く異次元とも言える世界ではないでしょうか。
そもそも、京都ではなく東京の秋葉原の写真が何故展示してあるのか?
日本人の自分としては自虐感を捨てて、肯定的な理由を考えてみました。もしかして、クラクフ市民は東京の街の価値をそれなりに認めているのではないか。
 ①東京の街並みは、クラクフとは相当違っていて、異文化的存在でなんか不思議で面白そう。
 ②漫画、お寿司、ラーメンなどの娯楽や食文化が興味深い。




再び、リングに戻り南に向けて歩きました。風格のある建物が続きました。



クラクフでもトラムは大活躍の様子でした。




噴水広場まで来ました。この近くにクラクフ本駅があります。沢山の通勤客が歩いていました。


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写真の赤レンガの建物は消防署でした。


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リング内の公園の遊歩道を歩いて行きました。

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手入れは何処でも行き届いていました。

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ホテルの裏口まで戻ってきました。

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電車通りに出て、ホテルの表玄関まで行きました。

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ヴァヴェル城も夕暮れに包まれていました。

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19時30分、ホテルの玄関に到着しました。17時にここを出発したので、2時間半の街歩きでしたが、クラクフの旧市街は大きな街ではないので一通り歩けました。


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ホテル内には昔のクラクフの絵が飾ってありました。

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部屋はシックで古風な部屋でした。ブラウン管テレビが置いてありました。

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この日は、朝早くからワルシャワを歩き、お昼に電車でクラクフに着いて、夕方からクラクフを歩きました。相当疲れましたが、ポーランドを代表する2つの街を無事歩き終えて満足できました。


当日にフェイスブックにアップした記事・・・明日のお天気が雨の予報なので無理をして歩いたことが判りました。

5月5日(金)クラクフは晴れ、温暖。
15時にホテルにチェックイン、一休みして17時から街歩きを始めた。5月のヨーロッパは21時位まで明るいので時間は十分に取れる。
(省略)
リングの北端まで行ってリング道路沿いに南下した。ホテルに帰り着いたのが19時、2時間の歩きでもこの街の素晴らしさが理解できた。
リング道路の外周には風格ある建物が並んでいた。リング公園は新緑が瑞々しかった。夕方近くでも沢山の人がせっせと歩いていた。
明日は雨の予報なので今日中歩いておいたほうが得策と考えてかなり無理して歩いた。朝はワルシャワで歩き、夕方クラクフで歩き相当疲労した。
明日の夕方、今回の旅の最終目的地グダンスクに向かう。

翌日も再び旧市街を歩きました。
以下、次号・・・


# by camino0810 | 2017-12-07 06:13 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月5日(金)ドイツⅡ その51 クラクフ(3)

海外旅行では必ず携行する、マストアイテム「地球の歩き方 チェコ ポーランド スロヴァキア(’13~’14)」にクラクフの紹介がありました。
クラクフのキャッチコピーは「ポーランドの京都と称される美しい古都」でした。

『クラクフは11世紀中頃から1596年までの約550年間ポーランド王国の首都として栄えた都。特に1386年から1572年まで続いたヤギェウォ王朝の時代は黄金期といわれ、当時のクラクフはボヘミアのプラハ、オーストリアのウィーンと並ぶ文化の中心であった。旧市街の南、ヴィスワ川河畔の丘に華麗な姿を見せるヴァヴェル城には歴代のポーランド王が住み、同じ敷地内にある大聖堂は、王の戴冠式が行われたとともに、永眠の場所であった。
ポーランドのほかの都市が第2次大戦で壊滅的な打撃を受けたなか、クラクフが戦災を免れたのはここにドイツ軍の司令部がおかれていたためだという。「ワルシャワが東京とすればクラクフは京都」ともたとえられる歴史的な町並みは、1978年にユネスコに世界遺産に登録されている。ヴァヴェル城や旧市街をはじめ町全体が中世のたたずまいを残し、しっとりした古都の趣きが薫り立つ。時代を超えた雰囲気のなか、足の向くままに街をそぞろ歩いてみよう。風にのってどこかから漂ってくる音楽の調べが、遠い歴史の彼方へ誘ってくれる』

第2次大戦中、アメリカ軍は京都だけを爆撃目標から外し、ドイツ軍はフランスのパリを無血開城し、その街並みを保全しました。高名な歴史文化資産は市民をも守る力があったと考えてもいいでしょう。

18時、再び、ヴァヴェル城の北側まで戻って、クラクフ旧市街の街歩きを開始しました。

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(出展 Google)


写真左側の建物が王宮、ポーランド歴代国王の墓所もあるそうです。そのお隣の青い屋根の尖塔がヴァヴェル大聖堂。城壁の赤レンガと芝生の緑のコントラストも優れた景観になっていました。


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旧市街には観光用の馬車がひっきりなしに走っていました。馬車の装丁もゴージャスですが、馬もお化粧も負けずに豪華です。

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旧市街の入り口・・・車を排除して人の通行だけにしている感じでした。石畳の道を北に向けて歩いて行きました。

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小学生らしい一団に出会いました。服装は日本の小学生と似たような感じです。

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引率の先生たちでしょうか、女性は全員パンツルック・・・これまで欧州の街でスカート姿の女性はほとんど見かけたことはありません。日本人女性のスカートの割合が高いのは何故でしょうか。

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聖ペテロ聖パウロ教会は白壁のどっしりしたファサードでした。

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賢人像がずらりと並んでいました。

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聖アンデレ教会のファサードは尖塔タイプ。教会建築にもいろいろな流儀があるようです。この辺りは教会が多く、宗教施設が集中していました。江戸時代の東京のみたいに職能別の住み分けがあったのかもしれません。

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馬車を引く2頭の馬の飾りもゴージャス。

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今日は金曜日、5月のヨーロッパは21時くらいまで明るいのでこれから益々人出があるでしょう。

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本通り脇の私有地?建物と芝生や樹木が良く調和していました。

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大通りを北に歩いて行きました。

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ホテルのフロントで夕食のおすすめのお店を紹介してもらうのを忘れていました。仕方がないので、通り沿いの「SPAR」に寄って夕食を買い求めました。ドイツではコンビニが見当たらず結構困ったものです。日本ほど高密度ではないけど、ポーランドはコンビニがあった方だと感じます。惣菜パン、菓子パン、ジュースなどで15.18ズオティー(470円)、とにかくリーズナブルでした。
コンビニでも野菜なども販売していました。
 オレンジ1kg 5.05ズオティー(160円)
 ブドウ 1kg 9.39ズオティー(290円)
 パプリカ1kg 11.48ズオティー(360円)
 ズッキーニ1kg 4.69ズオティー(150円)


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菓子パン1個 1.95ズオティー(60円)、食パン1個 2.79ズオティー(90円)


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ドミニカン修道院のファサードは、閻魔大王の帽子みたいで日本人には怖い思いをするでしょう。写真左端に「GETTO」という標識が写っていました。ユダヤ人居住区の「ゲットー」だと思います。クラクフにはユダヤ人が沢山居住しているそうです。ヴァヴェル城の東南にはゲットーがあり、映画「シンドラーのリスト」のロケが行われたそうです。クラクフの近くにはアウシュヴィッツもあります。

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両替商のレート・・・
ユーロの交換レート WE BUY 1ユーロ⇒4.02ズオティー(125円)
          WE SELL 1ユーロ⇒4.25ズオティー(132円)
日本円の交換レートはWE BUY100円⇒3.05ズオティー 1ズオティー≒33円
         WE SELL 100円⇒3.80ズオティー 1ズオティー≒26円

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「中央広場」に到着しました。クラクフ旧市街といえば何といっても「中央広場」。大きな尖塔は旧市庁舎の塔でした。

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中央広場は200m四方の大きな広場でした。中央にある織物会館は、お土産物さんが沢山入った一種のショッピングモールでした。中央市場は、東京でいえば、築地市場みたいなものかもしれません。広場の右上に「聖マリア教会」がありました。


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(出展 Google)
旧市庁舎の塔と織物会館・・・

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聖マリア教会は1222年に建てられたゴシック式の教会。塔の高さは82mだそうです。

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これだけ広々とした広場を歩いたことはありません。ドイツのライプチヒの駅舎もそうですが、大きいこと、広いことはそれだけで十分価値が高いなと感じました。


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聖マリア教会のファサードの2本の尖塔は左右非対称でした。尖塔は赤レンガ製、ドイツもそうでしたが、石材が乏しい地方だったのかもしれません。

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織物会館のファサードは多連のアーチで長さは100mもあるそうです。ゴージャスな建物でした。クラクフの繁栄を象徴する建物だと思います。2Fはクラクフ国立美術館。

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広場周囲の建物群は5階建てでスカイラインを綺麗に整えていました。


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中央広場の西側の通路を歩いて外側のリングに向かいました。道路にはトラムの線路跡が残っていました。中央広場へのトラムの運行を止めたようでした。ドイツのブレーメンでは中央広場にトラムを入れていましたが、クラクフの方が正解ではないかと思います。


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当日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月5日(金)クラクフは晴れ、温暖。
15時にホテルにチェックイン、一休みして17時から街歩きを始めた。5月のヨーロッパは21時位まで明るいので時間は十分に取れる。
クラクフの街はリューベックと似ていた。旧市街は楕円状のリング道路、公園、城壁に囲まれている。中世の時代には、かなりの防衛力を持った都市国家だったのではないか。
リング道路はドイツのフランクフルト、ケルン、ライプチヒ、レーゲンスブルクでも見掛けた。中世~近世には、リング道路はお堀になっていて、現代になって埋め立てて公園や道路にしたのではないか。
ホテルはリングの南端にあるので、南のヴァヴェル城から歩き始めた。お城の城壁からヴィスワ川がよく見える。ワルシャワのヴィスワ川は河川利用がなかったが、上流のクラクフでは観光舟運が割と盛んだった。
リングの中は大勢の観光客で賑わっていた。第2次大戦で京都が爆撃対象から除外されたようにクラクフも爆撃を逃れたという。そのため中世からの歴史的建造物が沢山残されている。なるほど、古都クラクフが世界遺産に登録された所以だ。
欧州の街は大聖堂、教会や市庁舎と広場がセットになっているパターンが多いように感じる。
クラクフの広場はざっくり200m×100mが2面あり、大勢の人が集まっていた。
リングの北端まで行ってリング道路沿いに南下した。ホテルに帰り着いたのが19時、2時間の歩きでもこの街の素晴らしさが理解できた。
リング道路の外周には風格ある建物が並んでいた。リング公園は新緑が瑞々しかった。夕方近くでも沢山の人がせっせと歩いていた。
明日は雨の予報なので今日中歩いておいたほうが得策と考えてかなり無理して歩いた。朝はワルシャワで歩き、夕方クラクフで歩き相当疲労した。
明日の夕方、今回の旅の最終目的地グダンスクに向かう。

引き続き、リングの西端から時計回りに北端まで行って、リング沿いに南下してホテルに戻りました。
以下、次号・・


# by camino0810 | 2017-12-02 14:12 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月5日(金)ドイツⅡ その50 クラクフ(2)

朝早くからワルシャワでかなり歩きました。予約したホテルまで重い荷物を背負って歩く気力はありません。結局タクシーを使うことにしました。ホテルは旧市街の南端にあるヴァヴェル城の近くにありました。料金は20ズオティー(610円)、日本なら1000円くらいの距離なのでタクシーもリーズナブル。運転手は市街地でもかなりスピードを出しました。
15時、ホテルにチェックイン。3つ星ですが、シックな外見のホテルでした。

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一休みして17時に街歩きをスタートしました。
クラクフの旧市街は、南北1.5km、東西1kmでリューベックに似た形をしていましたが、リューベックより少し小振りでした。外周部のリングは公園になっていました。


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(出展 Google)

ヴァヴェル城はホテルからすぐのところにありました。お城の裏側の城壁は高さは10mくらいはありそうです。

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お城の南側の坂道を登って行きました。

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周囲は緑豊かな住宅街・・・


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城門が見えてきました。

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城門を潜ると、城内には綺麗に整えられた中庭が拡がっていました。ベンチで一休みしました。

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中庭の向こうに尖塔を有する建物がありました。ヴァヴェル大聖堂でした。ポーランドは、ほぼ100%の旧教徒国です。この大聖堂にはクラクフ教区?の司教座があることになります。クラクフは11世紀中頃から1596年まで約550年間ポーランドの首都だったそうです。クラクフは、日本の鎌倉時代から戦国時代まで首都だったことになり、クラクフは日本の京都に相当するポーランドの古都だと言えるでしょう。
大聖堂の右隣りの赤屋根の建物が代々のポーランド国王の王宮だったとか・・・。宗教と行政が渾然一体となった、中世の政教一致の支配体制の典型的な事例だと思います。


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ヴァヴェル城のレプリカが展示されていました。このお城はヴィスワ川河畔の小高い丘を巧みに利用した防衛力の高いお城だと感じました。


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ヴァヴェル大聖堂を背景に自撮りしました。

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お城の外周を囲う建物を出ると城壁の頂上部分の展望台です。真下にヴィスワ川が見えました。

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ヴァヴェル城はヴィスワ川河畔にある比高差20mくらいのお城なので頂上からヴィスワ川がよく見えました。ヴィスワ川はポーランドの国土の半分くらいの流域面積を持つ大きな河川で、中流にワルシャワ、河口にグダンスクがあります。
お城の上流側の河畔は青々とした緩傾斜の堤防と2段の散策路になっていて、沢山の人が歩いていました。ヴィスワ川から写真上から下に流れています。

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お城の下流側は、青々とした気持ちいい水辺が拡がっていました。川から写真右から左に流れています。

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クラクフは、ポーランドの南端にあり、ヴィスワ川河口のグダンスクからザックリ600kmのところに位置しています。ヴィスワ川の堤防間の河川幅は概ね200m、流路幅は130m、隅田川と同じくらいでした。ヴィスワ川は、ヴァヴェル城の直上流でほぼ90度流路を曲げていました。水衝部と呼ばれる、洪水流が河岸を攻撃する箇所を少し上流にずらしていてお城の安全性を高めているようにも思います。

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(出展 Google)


河畔公園でバザーが催されていました。

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お城周囲の建物・・・4階建てでした。

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坂道を下って河畔に降りました。

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この日は,金曜でも夕方なのでバザーは賑わっていました。

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屋台にはポケモンも・・・


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しゃもじのような民芸品がドッサリ並んでいました。何でしょう?

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屋台で買ったスープ12ズオティー(370円)とパン3.5ズオティー(110円)で腹ごしらえしました。

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ヴァヴェル城は赤レンガの城壁でがっちり守られていました。


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河畔公園に沢山の人がいました。お天気が良く金曜日の夕方ということもあって、ワルシャワのヴィスワ川より河川利用が盛んな様子が伺えました。堤防の斜面に大きな木が植えてありました。川は写真右から左へ流れています。


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上流側のヴィスワ川・・・

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クラクフ出身のロマン・ポランスキー映画監督の手形・・・意外に小さい手でした。

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ヴィスワ川の水衝部にあたる公園まで来ました。ヴァヴェル城の北面にあるヴァヴェル大聖堂の尖塔が見えていました。

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河畔のパラペットには工夫を感じました。この部分はヴィスワ川が90度折れ曲がる治水上の要ではないかと感じます。洪水流は曲がる時の遠心力で水位が上がるでしょう。堤防道路脇に高さ1m弱のパラペットが設置されていました。
パラペットはベンチ替わりの修景施設も兼ねていました。洪水防止の目的が隠されていることに気付く市民は少ないかもしれません。天端には洪水防止板を嵌め込む柱が取り付けられるよう、ボルト穴の付いたベースプレートが2mピッチで設置されていました。


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パラペットの切り欠き部分の陸閘用角落しと洪水防止板用のベースプレート・・・

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ヴァヴェル城を借景にしたヴィスワ川河畔の眺めは優れた光景だと思いました。青々とした緩傾斜堤防でノンビリ寛いでいる人たちもいました。堤防斜面に大きな木を配置にしたのも優れたデザインになっていると思います。この景観のポイントとなっている、青々とした芝生の手入れは文句なしに素晴らしい。日本もこうありたいと思いますが・・・


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河畔には係船施設があり、遊覧船が停泊していました。


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公園の八重桜はほぼ満開でした。ポーランド、ドイツでも八重桜は人気の樹みたいです。


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当日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月5日(金)クラクフは晴れ、温暖。
15時にホテルにチェックイン、一休みして17時から街歩きを始めた。5月のヨーロッパは21時位まで明るいので時間は十分に取れる。
クラクフの街はリューベックと似ていた。旧市街は楕円状のリング道路、公園、城壁に囲まれている。中世の時代には、かなりの防衛力を持った都市国家だったのではないか。
リング道路はドイツのフランクフルト、ケルン、ライプチヒ、レーゲンスブルクでも見掛けた。中世~近世には、リング道路はお堀になっていて、現代になって埋め立てて公園や道路にしたのではないか。
ホテルはリングの南端にあるので、南のヴァヴェル城から歩き始めた。お城の城壁からヴィスワ川がよく見える。ワルシャワのヴィスワ川は河川利用がなかったが、上流のクラクフでは観光舟運が割と盛んだった。
(省略)

河畔から旧市街に戻って街歩きを続けました。
以下、次号・・・

# by camino0810 | 2017-11-27 03:15 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月5日(金)ドイツⅡ その49 クラクフ(1)

ワルシャワ中央駅11時45分発EIP8300号に乗車しました。クラクフには14時07分に到着、2時間半の電車旅でした。


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ワルシャワ中央駅は地下にホームがあります。市街地の約2kmの区間は地下化されていました。

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地下ホームは全部で4本、大都市のわりには少ない感じです。4番線からクラクフ行きの特急が発車しました。

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特急電車は定刻に発車しました。ドイツのDBの赤い電車とは違った趣きがありました。


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座席はゆったりしていて、快適な車内でした。ワゴンサービスも付いていました。お隣のアメリカ人?のカップルがパソコンで動画を観ていました。音が大きくはた迷惑でした。


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5号車36番の窓際席が自分の座席。OKNOはポーランド語で座席の意味でしょう。英語表記も・・・。


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座席の間にコンセントが付いていました。230V、50HZ、ドイツと同じC型プラグで使用できます。

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クラクフはワルシャワの約300km南にある古都でした。この地図を見ると、ポーランドはいろいろな国と地続きの国だと判ります。西からドイツ、チェコ、スロバキア、ウクライナ、ベラルーシ、リトアニア。陸続きの欧州の国々は中世の昔から隣国からの侵入に警戒が必要なのが理解できます。

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(出展 Google)

ワルシャワの郊外の公園・・・

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戸建て住宅・・・何となくドイツとは違った印象があるものの何処がどう違うのか上手く言えません。

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郊外のショッピングモール・・・

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落書きと集合住宅・・・

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電車は街を抜けて田舎に入りました。麦畑だと思います。

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もしかして、手付かずの自然河川かもしれません。日本では北海道の一部の河川で残っているのかもしれません。

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牧草地も何となくドイツと違った気分がありました。

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集落・・・

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麦畑・・・

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牧草地・・・

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この小川も手付かず?

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ドイツとの明らかな違いはポーランドには菜の花畑が見当たらなかったことでした。


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集落と牧草地・・・ポーランドは「平原」という意味、どこまでもなだらかな地形が続いているのかもしれません。
ポーランドの国土は、鉄道や道路インフラを造るには大助かりのように感じます。基本的に切土や盛土だけの「明かり土工」で処理できるのでリーズナブルな投資で済むでしょう。山や川の多い日本ではどうしてもトンネルや橋が必要、その分お金が掛る訳で羨ましい限りです。

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ゆったりした住居周りの敷地、広々した牧草地・・・田舎の住環境も良さそうです。ドイツとの違いはうまく説明できません。

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電車は定刻14時07分にクラクフに到着しました。ドイツの短い顔と違って、この電車は長い顔をしていました。


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ICはINTERCITY 、都市間長距離列車という意味だと思います。クラクフはワルシャワの約300km南にあります。東京~名古屋間の東海道新幹線が約370km、のぞみで1時間40分、平均時速は220km。ワルシャワ、クラクフ間の路線距離は、「トーマスクックのヨーロッパ鉄道時刻表」で約300km、平均時速は約120km/時。かなりの移動速度があると思いました。


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このホームは天井が塞がれてはいましたが、地下ではなく地上に設置されたホームでした。


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地図を見ると、ホーム直上は広大な駐車場にしてありました。日本で線路直上に駐車場を持った駅舎を知りません。日本では駅舎に対する法的な縛りがあるのかも知れませんが、「この手もありか」という感じで発想の転換にはなりそうです。


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(出展 Google)

駅構内のスーパーで定番の物価調査をしてみました。
パンは随分とリーズナブル。小さい丸いパンは1個0.59ズオティー(18円)。

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豚肉もリーズナブルで1kg13.99ズオティー(430円)。日本の3分の1位です。

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その代り、牛肉は随分と高く100g、8.99ズオティー(280円)。ドイツやポーランドは豚肉大国、牛肉小国だと思います。


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持参した2つのルーターが使えず、スマホのGoogleのマップも使えません。海外の初めての地で自分の位置とターゲットを特定できないのは結構致命的です。
駅構内のインフォメーションで地図をもらいました。予約したホテルまで概ね徒歩で3kmくらい、40Lのバックパックと30Lのデイパックを携行して歩くのはとても難儀な話です。

当日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月5日(金)ワルシャワは曇り後晴れ、適温。
(省略)
11時45分発の特急電車は定刻14時07分にクラクフに到着した。困ったことに持参したルーターが2つとも電波を拾えない事態が生じた。海外旅行で自分の位置やホテルの場所を特定できないのは致命的だ。仕方ないのでホテルまでタクシーを利用した。
ホテルのWihiでこの記事を書いている。明日のグダンスクでもルーターが使えないと相当な難儀を覚悟しなくてはならない。

やむなく、タクシーを使ってホテルに行くことにしました。
以下、次号・・・



# by camino0810 | 2017-11-18 07:40 | ドイツⅡ | Comments(0)