2010年5月2日(日) 京都 宇治
2011年 12月 09日
出町柳から京阪本線で中書島へ、ここで京阪宇治線に乗り換えて宇治駅で下車。
京阪宇治線の電車はレトロ風ですが、宇治駅はなかなかオシャレでした。
鳳凰堂は、ちょっと不思議な構造をしているように思いました。両翼の建物の床面は地面から3m程度高い位置に設置され、下は吹き抜け構造になっていました。今風に言うと、ピロティー形式です。本尊が安置された中央の建物の床面も多分、高い位置に設置していると思われます。
この理由が、最近ようやく理解できました。これは、一種の仮説です。
東日本大震災で東北地方は津波で甚大な被害を受けました。多くの家屋が津波で流されました。今後どうやって復興するか?
復興の大方針ができ、復興予算も成立し、これから大事業が始まろうとしています。
復興のコンセプトは、「1000年に1回の大津波は、かわす、すかす、逃げる」。それに向けた具体的な設計手法ももうすぐ出来上がるでしょう。
鳳凰堂は宇治川に隣接しており、洪水の脅威に常にさらされている位置にあります。
この建物を1000年以上に亘って維持するためにどうするか?
宇治川の堤防をかさ上げするのは、現実的ではありません。鳳凰堂の敷地をかさ上げする方法は現実的な手法ですが、大掛かりな土木工事が必要です。
それに比べて、この吹き抜けピロティー方式は、洪水の巨大な外力を「すかす、かわす」には持ってこいの構造です。普段は宇治川の水を庭園の池に引き込んで、優れた景観を創出し、洪水の時は、「かわす」・・・・
良くも悪くも、川と共存せざるを得ない日本人の知恵を鳳凰堂に見ることできたような感じです。現在の日本人は、明治以降手にした強大な機械力でひたすら自然を改変することに腐心してきました。そのツケが今回の震災で回ってきたとい観方も可能です。
先人の知恵を現在の日本人は多いに学ぶべしということでしょうか。
鳳凰堂の屋根の檜皮葺をアップするとこんな感じ・・・
最下段は幅1cm、高さ5cmの木片を隙間なく敷き並べ、その上に30cmの厚さにびっしりと檜の皮を敷き並べ、端部を綺麗に切り揃えていました。雨水が切妻にかからないように水切りの用金属の板をはさみ、最上部は檜の皮を平たく重ねていました。檜皮葺は随分と手の込んだ屋根だということが、初めて理解できました。
宇治川の中の島に渡って、対岸の宇治上神社へ・・・宇治川の水量は実に豊かでしかも綺麗でした。
源氏物語ミュージアムへ。爽やかな木々の中にあるオシャレな美術館でした。
ミュージアムを出て、宇治駅へ。お天気に恵まれて楽しい1日になりました。
by camino0810 | 2011-12-09 06:05 | 京都 | Comments(0)