2012年3月29日(土) 佐原

千葉県の旭市の工場で製品検査を終えて、香取市に向かいました。

目的地は、佐原。
江戸時代の気分を保存し、それを町興しの核にした街。佐原には、「小江戸」というサブネームが付きます。関東では、埼玉の川越が有名。
「小京都」というサブネームもよく聞きます。大分の日田、福岡の秋月、島根の津和野、萩、秋田の角館・・・

昔は、佐原市ですが、最近流行の広域合併で隣町の香取の名前に変わっていました。部外者から観ると、香取より佐原の方が、有名なのに・・・なんて感じます。
まあ、浦和と大宮がすったもんだで合併してできた「さいたま市」よりは、はるかにましでしょうが・・・

外房線は、1時間に2本程度の運行。松岸駅で随分待たされました。このあたりは、完璧な日本の田舎。のんびりした気分が漂っていました。
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成田線に乗り換えて、佐原で下車。このあたりは、利根川の下流域にあり、対岸には有名な水郷、潮来があります。

JR佐原駅は、江戸時代の気分を彷彿とさせるデザインになっていました。
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佐原の街は、どちらかと言うと、沈滞気味。街の核となるなるデパートも開店休業状態。地方都市で元気な街を見かけたことはありません。
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町興しに伊能忠敬を大河にという運動が・・・
伊能忠敬は、50歳で家業を譲り、地球の大きさを計測するために北海道まで歩いて測量をし、そのまま、全国を歩き、正確な日本地図を作り上げた人。
測量は、土木屋の範疇。土木屋の僕から観ると、超偉大な大先輩にあたる方でもあります。
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千葉県の土木事務所に知り合いの方がいるので、電話を入れて、お会いしました。
佐原市内を流れる小野川が、3.11の地震で液状化し、両岸の地盤が川の中央部に流れていき、川底が盛り上がったそうです。復旧工事は、ほぼ、完了していました。
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3.11の地震は、地震の継続時間が3分間もあったため、関東地方は、世界最大級の液状化の被害を受けました。浦安の液状化は、すざましいものでしたが、利根川周辺の旧河川地帯も、激しく液状化しました。
佐原駅の周辺の建物には、液状化の痕跡が残っていました。建物と地盤に段差が出来て、手付かずにままになっていました。震災後、1年が経過しても、いまだに、爪あとが、割と生々しく残っていることに、正直、ショックを受けました。
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小野川の周囲に古い蔵造りの商店などが保存されていました。メーンは、伊能忠敬邸の付近に集中していました。
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小野川の護岸は、石積み構造。所々に船着場が設置されており、この川が舟運の航路となっていたようです。新設された護岸は、震災で痛んだ部分の補修箇所かも知れません。
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板張り、格子壁の喫茶店が・・・
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重厚な蔵造りの家屋は、同じサブネームを持つ川越にもあります。
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柳と掘割と格子戸、小江戸の気分が出ていました。
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いよいよ、核心部に・・・忠敬橋には、忠敬が測量に使った測量器具が設置されていました。多分、北極星の角度を測って、緯度を測定したのでしょう。
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アヤメと測量器がセットになった紋章は、佐原市のエンブレムでしょうか?
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川沿いの伊能忠敬旧宅は、ブルーシートが掛けられていました。震災で被災したためなのか?
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木杭の護岸と船着場、板張りの灯籠など、小江戸情緒がタップリ。残念なのは、忠敬旧宅のブルーシート。
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「樋橋」は、木橋。江戸時代の風景が再現されていました。
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木杭の護岸は、水郷佐原を特徴つけるキーワード。低水護岸の天辺には、アヤメが咲くそうです。
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昔ながらの懐かしい商店も・・・
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江戸時代のままの旅館も・・・本当に宿泊できるのでしょうか?
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船着場には、小船も浮かんでいました。
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小野川の左岸側から下流を眺めた光景は、佐原ならではのものではないか?
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唯、気になったのは、震災の跡が色濃く残っていることでした。補修を終えたばかりの掘割の石積み。
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補修中の商店。
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全面改築中の家。
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震災後1年が経過したにも拘わらず、復興のペースが遅すぎる気がしました。
原発の除染、再稼動問題、東北地方の復興も前進しているようには思えません。

佐原は、ウナギも名物ということで、大奮発して、うな重をいただく事に・・・結構、目立つ一軒家の鰻やさんが偶々見つかったので、早速、暖簾を潜りました。
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メニューを見てビックリ。うな重の値段が、1,900円から2,600円に変更されていました。シラスウナギの減少で値段が高騰したのは、聞いていました。値上がり幅が半端ではない。
一瞬、オーダーを躊躇ったものの、方針変更はNGと思い聞かせ、平然を装い、オーダーしました。
ウナギの味は、それなりに旨かったです。但し、値上がりのため、B/c=0.7。
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佐原駅に戻って、電車を乗り継いで、新潟に戻りました。

途中、電柱に不思議な住所名が・・・「佐原イ」。実に、奇妙な住所です。とても理解できません。ずっと、頭から離れませんでした。
5月に再度、旭市の工場検査に出かけました。この「イ」の秘密を地元の方に聞いてみました。
答えはこう・・・「1丁目のことをこのあたりではイといいます。」
「佐原イ」は「佐原1丁目」。1.2.3をイ、ロ、ハに読み替えたということらしいです。
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佐原の街は、小江戸情緒が結構一杯。震災から完全に復興した時、アヤメが咲く時期に訪れるのが良いかなどと想いました。

by camino0810 | 2012-08-14 17:17 | 東京 | Comments(0)  

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