2015年10月15日(木)天ケ瀬ダム

のぞみ号に乗って京都に向かいました。最近、東北新幹線ばかり乗っているので東海道新幹線は久し振りです。
好天に恵まれて新富士で富士山が綺麗に見えました。


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富士川の低水路には綺麗な礫河原が拡がっていました。


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京都駅でJR奈良線に乗り換ました。


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車内は外国人観光客が目立ちました。


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JR宇治駅で下車。タクシーに乗って天ヶ瀬ダムに行きました。


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天ヶ瀬ダムは駅から約3km上流の宇治川にありました。


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(出典 Google)

天ヶ瀬ダムは、高さ73m、堤長254mの大きなアーチダムです。アーチダムの命は固い岩盤、黒部ダムみたいな人跡未踏の地にあるものと思っていました。京都の郊外にこのような堅固な岩盤が存在している事に驚かされました。



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天ヶ瀬ダムは多目的ダムで洪水の一時貯留、発電用水や上水の貯留でした。

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下流には発電所がありました。この発電所は高低差を利用した水力発電で、9万KW。

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ダムの天端道路に沢山の説明書きが展示されていました。初めての見学者には大助かりです。この近くにある喜撰山ダムの上池とこのダムの高低差を利用した揚水式発電(47万KW)も行われていて、治水・利水に大活躍のダムだと初めて知りました。


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宇治川は淀川の中流域の名称、上流は瀬田川、木津川と桂川が合流した地点から淀川と呼ばれるそうです。
淀川は「淀んだ」川が命名の由来、なんとなくこの川の性格や生い立ちが感じられる名称です。信濃川は新潟県内の名称で、長野県では千曲川となっていて流域の歴史・文化を反映しているようです。
天ケ瀬ダムは淀川の河口からやく50km地点にあり、三川合流地点から下流は河床勾配が非常に緩やかになっていました。


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淀川の歴史がその名称と関係している様子が理解できました。
沖積世(Alluvium)と呼ばれる約1万年前からの歴史が展示されていました。地球は氷河期を終えて、再び海水面が上昇した時代です。約7000年前は中流域くらいまで海があって、淀川が運ぶ土砂でどんどん海が埋まっていったようです。
ポイントは奈良から北に延びる半島状の陸地が淀川の狭窄部を形成している事。。。この半島の東側に大きな湖が形成されていました。


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この湖が巨椋池(おぐらいけ)だと思います。今ではすっかり埋め立てられて巨大な農地になっていました。人の経済活動が盛んになると食糧の増産が必要ですが、多分、江戸期くらいから新田開発が進んだのではと推測します。
巨椋池は、もともとは低平な遊水地なので定期的な洪水で上流から土砂に交じって肥料成分となる塩類が運ばれたのではないかと思います。


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(出典 Google)

2013年夏、台風18号が近畿地方に猛烈な雨を降らせました。
渡月橋が一部冠水したような報道があったと記憶しています。宇治川の天ケ瀬ダム、桂川の日吉ダム、木津川のダム群が洪水で満杯になり、ぎりぎりのゲート操作で危機を乗り切ったという記事を読みました。
京都大学防災研究所のK先生のお話では3つの川の流域に同時に大量の雨が降ったケースは珍しいとの事でした。
温暖化の進行に伴い極端な気象が増えました。台風による1回分の降雨量が増える傾向にあるとか・・・
巨椋池は土地改良で綺麗な区画ができていましたが、遊水地にはなっていないようでした。
大船渡の復興関連の仕事を始めて1年になります。東北新幹線の一関を過ぎると広大な田園が拡がっています。一関遊水地は北上川の洪水を一時貯留する大きな遊水地です。


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最近、Eco-DRR(Disaster Risk Reduction)という言葉が言われるようになりました。コンクリートをメーンにした防災用の従前のインフラをグレイ・インフラと呼び、調整池のような自然を利用した防災インフラをグリーン・インフラと呼ぶようです。
これからの防災は地域の状況に応じてグレイとグリーンを上手にミックスさせるのが良いように思います。

2015年9月、関東地方の鬼怒川で破堤災害があったばかりでした。線状降水帯という強く細長い雨雲が北関東に居座った事が原因でした。鬼怒川流域の総雨量は500mmを超えました。
ダム天端に淀川の洪水の歴史が展示されていました。明治18年、大正6年、昭和28年に越水災害があったとの事でした。



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明治18年(1885年)洪水では大阪の旧淀川の天満橋が流出しました。


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大正6年(1917年)洪水では高槻で破堤しました。


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昭和28年(1953年)洪水では宇治川の最下流の久御山(くみやま)で破堤したようです。


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昭和39年(1963年)に天ケ瀬ダムが完成、その他のダムが逐次完成し、淀川流域の治水安全度は格段に高まったように思います。
2013年の台風18号豪雨では、京都市南部の桂川の右岸で越水が生じたものの辛うじて破堤を免れたそうです。もしここが破堤していたら鬼怒川を大きく超える被害が出た事でしょう。
宇治川や木津川の合流地点で水位が上がり、桂川の洪水が流れにくくなった事が原因だそうです。


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(出典 Google)

ちょうど、ダムサイトの左岸でトンネル工事が行われていました。先ほどのN先生のお話では宇治川の洪水時の放流能力を大きくするため新規にトンネルを設置しているとの事でした。ダムサイト下流の河道整備はすでに完成したとの事でした。
このトンネルが完成すると宇治川の放流能力が上がり、3つの川のピーク流量をずらす事ができるそうです。そうすると桂川が合流点での背水の影響を受けずスムーズに洪水流を流す事ができるようになるそうです。


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天ケ瀬ダムには1時間くらいいました。宇治川の左岸に設置されている県道を歩いて宇治の中心地に向かいました。



by camino0810 | 2015-11-02 05:55 | 国内 | Comments(0)  

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