2017年5月3日(水)ドイツⅡ その41 ベルリン(7)

シュロス橋はシュプレー川の派川運河に架かる小さな3連のアーチ橋でした。親柱の上には白の立派な彫像が建っていました。


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シュロス橋の上から運河を眺めました。運河は写真上から下に流れています。橋のすぐ脇の左側にU5線の「博物館の島」駅ができる予定です。開削で駅舎を築造し地下からシールドトンネルを掘る段取りでしょうか。運河の締め切り工事が完了し、駅舎の開削が始まるようです。


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ここにも泥水シールド工事の坑内の写真が展示されていました。


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運河沿いの道を南にあるホテルに向いて歩いて行きました。


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(出展 Google)

気になることがありました。Googleの地図にはシュロス橋の袂に「ベルリン王宮」と記載される空き地がありました。
これは何か?
調べてみると、この「お題」の答えが少し判りました。簡単に言うと、それとは知らずに歩いた運河河畔はかつてベルリンのヘソだった事が判りました。東京でいえば、この運河は江戸城の内堀にあたるでしょう。

Wikipediaから

ベルリン王宮はベルリン王宮(ベルリンおうきゅう、Berliner Stadtschloss)は、かつてドイツの首都ベルリンの中心部にあった宮殿。1701年からはプロイセン王国国王の、1871年からはドイツ帝国皇帝の居城であった。1918年のドイツ革命で君主制が滅びて以来、王宮は博物館として利用されてきたが、1945年の英米軍の空襲で焼失し、その廃墟は1950年にドイツ民主共和国(東ドイツ)政府によって取り壊された。

王宮は下の図のピンクに着色された建物でした。


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(出展 Wikipedia)


1688年、日本では江戸の元禄期にあたる時のベルリン城の地図を見ると、王宮はシュプレー川の左岸側のケルン地区にありました。右岸のベルリン地区にはアレキサンダープラッツがあります。
ベルリン城はこれまで観てきたハンブルク、ブレーメン、リューベックと似た稲妻型のお堀で防衛されていました。
ウンターデンリンデンは当時はお城の外にありました。ケルンはライン河畔の大きな街ですが、古代ローマから栄えた歴史のある大きな街だったのでこの名前を借りたのかもしれません。
ドイツ語不如意につき妄想の類ですが、江戸期の江戸城に例えると、ケルン地区は本丸御殿、ベルリン地区は旗本や親藩の屋敷、ウンターデンリンデン地区は商工業者の仕事場みたいな職能別の住み分けがあったような感じがします。


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(出展 Wikipedia)

19世紀の王宮の絵にはシュロス橋の彫像付きの親柱が描かれていました。


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(出展 Wikipedia)


1900年の写真を見ると、王宮前の運河には恐ろしく立派な門がありました。恐らく、第2次大戦の爆撃で宮殿も門も破壊され、誕生した共産党政権は政治的な理由から瓦礫を撤去したまま、その再建をせず現代に至ったものと考えられます。それにしても、宮殿前の広場は広大でした。3台の馬車が通行している様子も撮影されていました。大きいこと、広いことはそれだけで価値が高いことを示す貴重な写真だと思います。


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(出展 Wikipedia)

現地案内図から1897年にはこの門が出来ていたことが判りました。


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同じく現地案内図によると、1652年には宮殿地区の骨格が出来上がっていました。ベルサイユ宮殿張りの広大な庭園も出来上がっていました。1688年の絵図面ではベルリン城の整備が完成していました。シュプレー川本川と派川を利用して外濠を造るなど、36年間でベルリン城の整備事業が完成したということになります。フランスのルイ14世が活躍した時代にベルリンも負けずに頑張っていたということになります。


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運河は本川が30m、両サイドに10mに道路が付いていました。運河沿いに道路があるので建物は運河を向いていました。写真左側がかつて王宮のあったケルン地区でした。
水位調整用の自在堰?がありました。堰の右岸の小さな構造物は魚道か閘門かもしれません。



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かつてはベルリンの花形だった運河は実際のところ静かで地味な印象がありました。「栄枯盛衰世の流れ」という諺を想い出しました。

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ユニークな橋に出会いました。ユングフェルン橋はメカニカルな跳ね橋でした。かつては産業舟運用に活躍したようです。手動の巻き上げ機が付いていました。


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ユングフェルン橋から眺めた下流側の運河・・・運河水面と道路面の高低差は3m弱、しっかり転落防止策が取り付けてありました。


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上流側・・・植樹がないためかなり無機質な眺めですが、東京の神田川や日本橋川と違って建物自体は運河を向いていました。



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大通りを下越しするとシュピテルマルクト駅はすぐそこです。運河は写真左から右に流れています。この辺りまで来るとさっきの無機質感が薄らぎ、有機質な豊かさや賑わいも感じられるようになってきました。


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ミニ運河ツアーのゴール、グリューンシュトラーセン橋が見えてきました。ホテルは右手の建物の裏手にあります。


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18時、グリューンシュトラーセン橋に到着。重厚な石造りのアーチ橋でした。



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この橋の上から運河を眺めてみました。
上流側・・・道路脇に植栽があるため親しみを感じる運河に変わっていました。やはり、水辺に木は必須アイテムでしょう。用地不足を解消する両岸のコンクリート製の直壁護岸にはもう一工夫あってもいいかなと思いました。部分的に階段式護岸を入れて、水辺のアクセスを確保すると文句なしでしょう。


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下流側・・・左岸の石積み護岸はいいけど、右岸のPCのプレキャスト護岸はやはり戴けません。


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18時10分、再びシュピテルマルクト駅前に戻ってきました。

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夕食をどうするか、オフィス街なので適切なレストランが近くにあるか・・・。駅前を歩き回りましたが、レストラン自体を見つけられませんでした。
仕方ないのでオフィスビルの1階のレストランにしました。


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ウィンナー・シュニッチェルをオーダーしました。お皿からはみ出しそうな巨大な薄いカツが出てきました。お勘定の時、お店のスタッフから「カード払いだと手数料1.5ユーロが加算されます」と忠告されました。そうならと、なけなしのお札で10.9ユーロ(1360円)を支払いました。スタッフは足し算式でお釣りを差し出しました。引き算方式しか知らない日本人には新鮮な経験でした。


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おトイレは脚なしタイプでした。


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明日のお昼過ぎに、テーゲル国際空港からワルシャワに行きます。ホテルには朝食が付いていないので、朝食を事前に準備しておく必要がありました。オフィス街なので日本のコンビニに相当するキオスクなどはありません。結局、シュピテルマルクト駅構内の売店で菓子パンを買いました。
19時、ホテルに無事戻りました。
ホテルのテレビをつけると、フランス大統領選のニュースが放映されていました。マカロンさんとルペンさんのテレビ討論でした。結果的にマカロンさんが大統領に選ばれましたが、この記事を書いている時点では当選時の勢いを失っているようです。

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この日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月3日(水)ベルリンは晴れ、温暖。
ICE845号は定刻12時09分にベルリン中央駅に到着した。ピカピカの駅舎の巨大さに度肝を抜かれた。ハンブルク、ケルンやフランクフルトはホーム階は当たり前に1階だった。ところがこの駅のホーム階は上下に3層分くらいはあった。ワントップのドーム屋根で全面ガラス張りだった。
DBのインフォでホテルの最寄り駅への行き方を教えてもらい、Sバーン(都市近郊鉄道)、Uバーン(地下鉄)と乗り継いでホテルの近くの地下鉄駅まで来た。
チェックインを済ませて14時30分から街歩きを開始した。Uバーンのポツダム駅で下車してミッテ地区を歩いた。ベルリンの壁は高さ4mのプレキャストのRC擁壁だった。ブランデンブルク門の前は大賑わいだった。連邦議事堂は巨大かつ風格に溢れた建物だった。シュプレー川は観光ボートが沢山運航していた。水辺のデサインは興味深いし、なにより観光舟運が盛んなのに驚かされた。ウンター・デン・リンデンの大通りには歴史的建造物が沢山建っていた。運河を南に歩いて18時にホテルに戻った。疲れがピークに達した。
明日のお昼過ぎにベルリン国際空港からワルシャワに飛ぶ。空港に上手くたどり着けるか心配だ。

長い1日がようやく終わりました。よく考えると、朝ツェレを発って、ハノーファーで途中下車、ベルリンを歩き回りました。クタクタに疲れたので早々にベッドに入りました。
翌日、ワルシャワに向かいました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2017-10-14 20:19 | ドイツⅡ | Comments(0)  

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