2017年5月5日(金)ドイツⅡ その51 クラクフ(3)

海外旅行では必ず携行する、マストアイテム「地球の歩き方 チェコ ポーランド スロヴァキア(’13~’14)」にクラクフの紹介がありました。
クラクフのキャッチコピーは「ポーランドの京都と称される美しい古都」でした。

『クラクフは11世紀中頃から1596年までの約550年間ポーランド王国の首都として栄えた都。特に1386年から1572年まで続いたヤギェウォ王朝の時代は黄金期といわれ、当時のクラクフはボヘミアのプラハ、オーストリアのウィーンと並ぶ文化の中心であった。旧市街の南、ヴィスワ川河畔の丘に華麗な姿を見せるヴァヴェル城には歴代のポーランド王が住み、同じ敷地内にある大聖堂は、王の戴冠式が行われたとともに、永眠の場所であった。
ポーランドのほかの都市が第2次大戦で壊滅的な打撃を受けたなか、クラクフが戦災を免れたのはここにドイツ軍の司令部がおかれていたためだという。「ワルシャワが東京とすればクラクフは京都」ともたとえられる歴史的な町並みは、1978年にユネスコに世界遺産に登録されている。ヴァヴェル城や旧市街をはじめ町全体が中世のたたずまいを残し、しっとりした古都の趣きが薫り立つ。時代を超えた雰囲気のなか、足の向くままに街をそぞろ歩いてみよう。風にのってどこかから漂ってくる音楽の調べが、遠い歴史の彼方へ誘ってくれる』

第2次大戦中、アメリカ軍は京都だけを爆撃目標から外し、ドイツ軍はフランスのパリを無血開城し、その街並みを保全しました。高名な歴史文化資産は市民をも守る力があったと考えてもいいでしょう。

18時、再び、ヴァヴェル城の北側まで戻って、クラクフ旧市街の街歩きを開始しました。

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(出展 Google)


写真左側の建物が王宮、ポーランド歴代国王の墓所もあるそうです。そのお隣の青い屋根の尖塔がヴァヴェル大聖堂。城壁の赤レンガと芝生の緑のコントラストも優れた景観になっていました。


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旧市街には観光用の馬車がひっきりなしに走っていました。馬車の装丁もゴージャスですが、馬もお化粧も負けずに豪華です。

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旧市街の入り口・・・車を排除して人の通行だけにしている感じでした。石畳の道を北に向けて歩いて行きました。

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小学生らしい一団に出会いました。服装は日本の小学生と似たような感じです。

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引率の先生たちでしょうか、女性は全員パンツルック・・・これまで欧州の街でスカート姿の女性はほとんど見かけたことはありません。日本人女性のスカートの割合が高いのは何故でしょうか。

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聖ペテロ聖パウロ教会は白壁のどっしりしたファサードでした。

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賢人像がずらりと並んでいました。

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聖アンデレ教会のファサードは尖塔タイプ。教会建築にもいろいろな流儀があるようです。この辺りは教会が多く、宗教施設が集中していました。江戸時代の東京のみたいに職能別の住み分けがあったのかもしれません。

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馬車を引く2頭の馬の飾りもゴージャス。

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今日は金曜日、5月のヨーロッパは21時くらいまで明るいのでこれから益々人出があるでしょう。

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本通り脇の私有地?建物と芝生や樹木が良く調和していました。

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大通りを北に歩いて行きました。

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ホテルのフロントで夕食のおすすめのお店を紹介してもらうのを忘れていました。仕方がないので、通り沿いの「SPAR」に寄って夕食を買い求めました。ドイツではコンビニが見当たらず結構困ったものです。日本ほど高密度ではないけど、ポーランドはコンビニがあった方だと感じます。惣菜パン、菓子パン、ジュースなどで15.18ズオティー(470円)、とにかくリーズナブルでした。
コンビニでも野菜なども販売していました。
 オレンジ1kg 5.05ズオティー(160円)
 ブドウ 1kg 9.39ズオティー(290円)
 パプリカ1kg 11.48ズオティー(360円)
 ズッキーニ1kg 4.69ズオティー(150円)


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菓子パン1個 1.95ズオティー(60円)、食パン1個 2.79ズオティー(90円)


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ドミニカン修道院のファサードは、閻魔大王の帽子みたいで日本人には怖い思いをするでしょう。写真左端に「GETTO」という標識が写っていました。ユダヤ人居住区の「ゲットー」だと思います。クラクフにはユダヤ人が沢山居住しているそうです。ヴァヴェル城の東南にはゲットーがあり、映画「シンドラーのリスト」のロケが行われたそうです。クラクフの近くにはアウシュヴィッツもあります。

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両替商のレート・・・
ユーロの交換レート WE BUY 1ユーロ⇒4.02ズオティー(125円)
          WE SELL 1ユーロ⇒4.25ズオティー(132円)
日本円の交換レートはWE BUY100円⇒3.05ズオティー 1ズオティー≒33円
         WE SELL 100円⇒3.80ズオティー 1ズオティー≒26円

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「中央広場」に到着しました。クラクフ旧市街といえば何といっても「中央広場」。大きな尖塔は旧市庁舎の塔でした。

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中央広場は200m四方の大きな広場でした。中央にある織物会館は、お土産物さんが沢山入った一種のショッピングモールでした。中央市場は、東京でいえば、築地市場みたいなものかもしれません。広場の右上に「聖マリア教会」がありました。


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(出展 Google)
旧市庁舎の塔と織物会館・・・

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聖マリア教会は1222年に建てられたゴシック式の教会。塔の高さは82mだそうです。

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これだけ広々とした広場を歩いたことはありません。ドイツのライプチヒの駅舎もそうですが、大きいこと、広いことはそれだけで十分価値が高いなと感じました。


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聖マリア教会のファサードの2本の尖塔は左右非対称でした。尖塔は赤レンガ製、ドイツもそうでしたが、石材が乏しい地方だったのかもしれません。

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織物会館のファサードは多連のアーチで長さは100mもあるそうです。ゴージャスな建物でした。クラクフの繁栄を象徴する建物だと思います。2Fはクラクフ国立美術館。

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広場周囲の建物群は5階建てでスカイラインを綺麗に整えていました。


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中央広場の西側の通路を歩いて外側のリングに向かいました。道路にはトラムの線路跡が残っていました。中央広場へのトラムの運行を止めたようでした。ドイツのブレーメンでは中央広場にトラムを入れていましたが、クラクフの方が正解ではないかと思います。


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当日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月5日(金)クラクフは晴れ、温暖。
15時にホテルにチェックイン、一休みして17時から街歩きを始めた。5月のヨーロッパは21時位まで明るいので時間は十分に取れる。
クラクフの街はリューベックと似ていた。旧市街は楕円状のリング道路、公園、城壁に囲まれている。中世の時代には、かなりの防衛力を持った都市国家だったのではないか。
リング道路はドイツのフランクフルト、ケルン、ライプチヒ、レーゲンスブルクでも見掛けた。中世~近世には、リング道路はお堀になっていて、現代になって埋め立てて公園や道路にしたのではないか。
ホテルはリングの南端にあるので、南のヴァヴェル城から歩き始めた。お城の城壁からヴィスワ川がよく見える。ワルシャワのヴィスワ川は河川利用がなかったが、上流のクラクフでは観光舟運が割と盛んだった。
リングの中は大勢の観光客で賑わっていた。第2次大戦で京都が爆撃対象から除外されたようにクラクフも爆撃を逃れたという。そのため中世からの歴史的建造物が沢山残されている。なるほど、古都クラクフが世界遺産に登録された所以だ。
欧州の街は大聖堂、教会や市庁舎と広場がセットになっているパターンが多いように感じる。
クラクフの広場はざっくり200m×100mが2面あり、大勢の人が集まっていた。
リングの北端まで行ってリング道路沿いに南下した。ホテルに帰り着いたのが19時、2時間の歩きでもこの街の素晴らしさが理解できた。
リング道路の外周には風格ある建物が並んでいた。リング公園は新緑が瑞々しかった。夕方近くでも沢山の人がせっせと歩いていた。
明日は雨の予報なので今日中歩いておいたほうが得策と考えてかなり無理して歩いた。朝はワルシャワで歩き、夕方クラクフで歩き相当疲労した。
明日の夕方、今回の旅の最終目的地グダンスクに向かう。

引き続き、リングの西端から時計回りに北端まで行って、リング沿いに南下してホテルに戻りました。
以下、次号・・


by camino0810 | 2017-12-02 14:12 | ドイツⅡ | Comments(0)  

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