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2010年9月10日(金) 28日目 Triacastela~Sarria

今日の目的地は、Sarria(サリア)。
朝6時50分、出発。22km(累計665km)を歩きます。
Sarriaまでのルートは2つありました。山道コースは、18kmのショートカット。もう一つは、、Samos(サモス)経由の22kmの川沿いのコース。どちらも基本的に緩やかな下りのコース、距離も短いので、川沿いのコースを選択することに・・・
これが、少し失敗でした。余計に5km歩くことに・・・

出発時点は、あたりは、真っ暗。ヘッドライトと黄色い矢印を頼りに慎重に歩を進めます。
国道沿いに分岐点が・・・黄色い矢印はありません。どちらをとるべきか迷いました。周りには、先導者もいません。
そこに、1本杖の大柄な1人の外国人男性が、通りかかりました。思い切って、彼に道を尋ねました。
彼は、持参のガイドブックを示し、国道沿いの道が正しいと教えてくれました。僕の日本製ガイドブックは、少しアバウト。詳細なルート図はありません。
Ponferradaからの道で、スペイン人について行って痛い目にあっていたので、心配はありましたが、彼の言葉を信じて、その後をついて行くことに・・・
正解でした。しばらく歩くと村に到着。黄色い矢印を発見。
後で判ったことですが、このガイド役は、ドイツ人男性Peterさんでした。以降、ゴールまで何かとご一緒したドイツ、北欧グループのリーダー役。上品で礼儀正しい人でしたが、ユーモア、カリスマ性もあった方です。

明るくなってきました。こうなればしめたもの。迷うことはありませんし、巡礼者にも出会います。
ガリシアの道は、緑が濃く、快適でした。
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ウロコ屋根の小屋が・・・扁平に割れる粘板岩(スレート)を丸く整えて屋根材にしていました。
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村の家々の屋根もこのスレートで葺いてありました。
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牧場には、沢山の牛がいました。
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9時過ぎ、Samos(サモス)修道院に到着。木々の切れ間から全容が現れました。
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修道院前のBarで休憩。定番のクロワッサンとカフェコンレッチェ(合計2€)でガソリン補給。
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川沿いの国道を下って行きました。巡礼者の彫像が・・・杖、瓢箪、ホタテ貝、3種の神器も。それにしても、この杖は大き過ぎ。何か特別意味があるのでしょうか?
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この道は、不思議と懐かしかったです。何故か?
日本でも、このような緑深い木々の間を流れる渓流沿いの風景を見た記憶があるような気がします。
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ポプラの樹も・・・札幌あたりにありそうな光景でした。昔の出来事などを思い出しながら歩きました。
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国道を横断して、山道に入りました。道路脇の大きな木の幹は、蔦や苔をまとっていました。木漏れ日が気持ち良かったです。
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ウロコ屋根の小さな教会が・・・
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再び、国道に出ました。多くの巡礼者がSarriaを目指していました。この時点で、12時。すでに5時間を歩いています。Sarriaの街がサッパリ見えません。歩行距離は概ね25km。予定距離を3kmもオーバー。13Kgのリュックが肩に食い込みます。日差しもきつくなってきました。疲労が襲ってきました。道路脇の木陰で何回も休息をとりました。
正直、あせっていました。
Sarriaの街は、巡礼のメッカ。ここからSantigoまでの100kmを歩けば、完歩証明書がもらえるためここから巡礼を始める人が多いのです。しかも、2010年は聖年という特別な年。
公営のアルベルゲのベッド数は40。果して、今日のベッドを確保できるか?時間的にはぎりぎり一杯と判断していました。
ガイドブックのアバウトさに腹を立てながら、疲れた体を励まして、13時にアルベルゲに到着。沢山の巡礼者が順番待ちをしていましたが、ぎりぎりセーフでした。それにしても、最後の1時間は疲れました。結局、この日は6時間、30kmを歩いたことになります。
 ちなみに、Vega de Valcarceから一緒になった例のイタリア人女性が、僕より早く着いていました。多分、タクシーを使ったのでしょう。
洗濯物を狭いベランダに干し終えて、一安心。シエステ後に街の探検に・・・
Sarriaの街は、人口1.3万。巡礼者の宿泊施設も多数ありました。いわば、巡礼宿場町みたいなところ。アルベルゲは旧市街にありました。巡礼通りみたいな通りもありました。
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小さな教会も・・・
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丘の上に登ると、Sarriaの新市街が一望できました。
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壊れかけた古城も・・・
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丘を下って新市街へ・・・街の規模は、とても人口1.3万とは思えないほど大きかったです。
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舗装工事をやっていましたが、歩行者が平気で現場の中を歩いていました。日本と違ってなかなか大らかです。
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駅に行ってみました。
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ホームへの出入りは、自由、プラットホームと線路との段差は、日本と同程度でした。電化はされていません。
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スーパーで買い物を済ませ、雑貨屋や本屋のショーウィンドウを覗きました。
日本のアニメは、北スペインの小さな街でも人気のようでした。「ポケモン」、「クレヨンしんちゃん」、「ハローキティー」がいい位置を占めていました。日本のアニメは、スペインでは一種のブランドと考えていいようです。
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19時近くになりました。夕食を摂れるレストランを探すことに・・・Sarria川沿いのオープンテラスには、実にいい気分がありました。川の水も綺麗で、魚が沢山泳いでいました。
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カフェテリア「Santiago」の夕食が、僕のcaminoの中で最も楽しい食事になりました。一人ご飯ですが・・・日本でも、川沿いのオープンテラスで食事をしたことはありません。33日間のCaminoの中でも、このSarriaだけでした。昼間歩いた沿道の素晴らしかった風景、思わぬ苦労、何とか確保できたベッド・・・今日1日の出来事を思い出しながらゆっくりワインを飲みながら食事しました。
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オーダーするのに一苦労しました。お店の女性はまだ若い方でしたが、英語が全く通じず。メニューの英語表記はもちろんありません。主菜の選択では、結局、牛の鳴き声と牛らしい?ポーズををまねして、何とか理解してもらいましたが、その女性は、笑いをこらえていました。主菜のビーフステーキは、もちろん旨かったです。
簡単なスペイン語会話が掲載された愛用の日本製のガイドブックを携行するべきでした。スペインの地元でいきなり英語で話すというのは、やはり、傲慢にしか思えません・・・
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このmenu del diaは、カフェコンレッチェ付きで、9€。もちろんワインは1本ついています。水辺の風景も付いて、この値段。僕がこれまで食べてきた食事の中で、B/Cは文句なしにトップだと思いました。
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たっぷり1時間かけていつものように完食。珍しくワインも1本あけました。
いい気分になって、千鳥足でアルベルゲに戻りました。宿の近くに道標が・・・
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残り距離は、111km。僕のCaminoもいよいよ大詰めを迎えました。

by camino0810 | 2011-08-28 10:32 | CAMINO(スペイン巡礼) | Comments(0)  

2010年9月9日(木) 27日目 O cebreiro~Triacastela

今日の目的地は、Triacastela(トリアカステーラ)。
朝7:00出発。20km(累計643km)を歩きます。
今日ののルートは、峠の頂点から約600mの下り道。昨日と違って快晴、沿道の眺めは、素晴らしかったです。
出発して1時間ほど歩いて、San Roque(サン・ロケ)峠(標高1270m)に到着。眼下に広がる雲海の眺めは最高でした。
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巡礼者の銅像の前で記念写真。逆光で表情が判りませんが、小さいシルエットが僕です。
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Barで朝食も兼ねて一休み。定番のパンとカフェコンレッチェ(合計2€)。
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Barで休憩しているときに、ガイドブックで今日のコースを確認していました。ガイドブックの出し入れは面倒なので、デジカメで撮影した画像をデジカメで見る方法をとっていました。
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沿道の風景は、緑が実に豊かでした。
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但し、閉口したのが、牛の糞。巡礼路は、足の踏み場がありません。牛は、道路を便所と思っているのでしょう。
1日目のSaint Jean Pie de Port からとにかく糞は目についていました。ウサギ、羊など小型動物のものも・・・。砂利道や路肩の草叢は要注意。必ず、アスファルト舗装の所でリュックを下していました。
それにしても、このルートの糞は半端ではなかったです。
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石造りの小さな休憩小屋が・・・
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このあたりから最終目的地Santiago de Compostelaへのカウントダウンが始まりました。道標の「K.136」は、Santiagoまでの距離呈(km)を示しています。
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眺めのいい道をどんどん下って行きました。下りきると、鬱蒼とした木々に覆われた道に入りました。木漏れ日が、気持ち良かったです。
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無人販売所がありました。民家の中庭のテーブルに木苺の盛り合わせが・・・良く見ると1€の張り紙のある缶がおいてあります。日本の無人販売も100円単位。日本だったら、ちょうど100円位の値段でしょう。よって、購買力平価は、1€=100円。当時の交換レートは、1€=110円なので概ねあっているようです。3種類の木苺はどれも旨かったです。
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目的地Triacastelaに近づいてきました。このあたりは栗の名産地。大きな栗の樹がありました。
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12:00、Triacastelaのアルベルゲに到着。アルベルゲの前は広い草原。皆、リュックを置いて、のんびりしていました。
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ゴールが近づいてきたので、巡礼者の数が増えて来たようです。
このアルベルゲの収容人数は56名。アルベルゲは先着順。予約は不可。ベットをゲットするには、早めに到着する必要があります。僕は、先頭から20番目。OKです。
玄関にアルベルゲのルールが掲示されていました。
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細かいルールも・・・優先順位は①身体障害の巡礼者②徒歩の巡礼者③騎馬の巡礼者④自転車の巡礼者⑤車の一般人の順。面白いのは、③騎馬の巡礼者。馬の警察官は見ましたが、馬の巡礼者は最後まで見かけませんでした。
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このアルベルゲで、Turboさんと再会しました。Leonでお別れして以来、8日振りでした。早速、得意の絵を描いて、お客さんを集めていました。
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洗濯物を干し終えて、いつものように街の探検に・・・
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小さな田舎町でした。こんな街でもATMがありました。都合7回目のキャッシング。100€をおろして、スーパーに買い物に・・・小さな教会、墓地もありました。
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例の道標も・・・残りは130km。
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夕食は、Turboさんとご一緒することに・・・沙織さんは、この街のホテルに泊まるとか。3人で食べようということで、彼女を探しましたが、分からず仕舞い。
結局、2人で食事をしました。例によってMenu del Dia(本日の定食)10€。Turboさんは、Caminoの人気者。食事中も多くの外国人巡礼者から挨拶がありました。
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アルベルゲの同室者は、イタリア人男性のシモーヌとルカ。なかなかハンサムな2人でした。彼らは、この街が出発点。僕が、「Saint Jean Pie de Port から歩き始めて、600km歩いた」というと、2人は結構驚いていました。彼らとは、ゴール手前のMonte do Gozoで再会することになります。

by camino0810 | 2011-08-27 21:10 | CAMINO(スペイン巡礼) | Comments(2)  

2010年9月8日(水) 26日目 Vega de Valcarce~O cebreiro

今日の目的地は、O cebreiro(オ・セブレイロ)。
朝8時出発。12km(累計623km)を歩きます。
O cebreiroは、標高1300mの峠の頂上にある小さな村でした。高低差700mの山道を登ります。
このあたりから、沿道の風景は、極端に緑が濃くなりました。スペインの乾燥したイメージは全くありません。
Ruitelan(ルイテラン)の村に到着。高速道路の橋梁が見えました。日本でもよく見られる跳ねだしタイプの橋です。先に橋脚を作って、その頂点から両サイドにヤジロベーのように橋げたを伸ばしていきます。ただ、橋脚、橋げたも日本と違って、非常にスレンダーでした。
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9時過ぎにLas Herrerias村に到着。牧場沿いの道を登ります。
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いよいよ急な山道になりました。振り返ると霧のかかった山の斜面に牧場が・・・
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黄色の矢印が・・・徒歩の巡礼者は左側の山道を選択します。
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どんどん高度を上げて行きました。
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頂上付近の尾根沿いに州の境界標がありました。いよいよ、Galicia(ガリシア)州です。雨模様のお天気なので、雨用の格好をしました。レインスーツの上下、リュックのレインカバー。ポンチョは着脱が簡単ですが、風にあおられると防水・防寒機能はほとんどありません。この選択は正解でした。小雨で、息が白くなる程、寒かったです。
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11:30分、O cebreiroに到着。市が立っていました。
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昼食は、屋台でプルポ(タコ:9€)、ワイン(1.5€)、パン(1€)。歯ごたえのあるプルポでした。
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公営のアルベルゲは、3階建ての新築でした。受付時間まで、寒い思いで待つことに・・・
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沙織さんもいました。
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雨は巡礼者泣かせ。洗濯ものが乾きません。館内には、自動販売機もなく、結構、不便でした。

by camino0810 | 2011-08-19 20:54 | CAMINO(スペイン巡礼) | Comments(0)  

2010年9月7日(火) 25日目 Villafranca del Bierzo~Vega de Valcarce

今日の目的地は、Vega de Valcarce(ベガ・デ・バルカルセ)。
18km(累計611km)を歩きます。
多くの巡礼者たちは、もう一つ先のO cebreiro(オ・セブレイロ)を目指していました。その場合は、30kmを1日で歩くことになります。多分、日本以外のガイドブックでは、この歩き方を推奨しているのでしょう。O cebreiroは高低差600mの峠の頂上にあります。結構、ハードなルートです。僕は、日本のガイドブックに従うことに・・・よって、今日の仕事はかなり楽ちんです。
ただし、お友達になった外国人たちとは、一部の人以外は、最後まで再会することはありませんでした。
朝、7時出発。部屋の人たちは、O cebreiroを目指して早めに出発。最後に部屋を出ました。大部屋に一人取り残されるのは、結構辛く淋しい思いがしました。

Villafranca del Bierzoの街外れの石造りのアーチ橋を渡って、山道を登ります。
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今日の道は、国道脇の山道。一般の巡礼者にとっては、退屈な道。
でも、土木屋の僕には、結構、興味深い道でした。
高速道路の橋脚は日本のもの比べてスレンダーでした。地震があまりないからでしょう。
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テールアルメ(補強土を意味するフランス語)と呼ばれるコンクリートブロックを組み立てた形式の橋台が使われていました。これは、日本と全く同じ。但し、橋台の本体にテールアルメを使うのが、スペイン流なのでしょう。日本では、橋台本体はコンクリート造り、橋台以外に部分にテールアルメ使うのが普通。
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橋げたの継ぎ目は、斜めになっていました。日本では普通考えられません。
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しばらく歩くと、高速道路のトンネルが・・・
このトンネルは、よく見ると、ちょっと奇妙です。トンネルの真上にはほとんど山がありません。トンネルを作った後で、土を被せたようにも見えます。右側の山の斜面の高低差は約60m。斜面には、コンクリートを吹き付けて、アンカーで縫い付けていました。
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このトンネルは、地すべり対策として設置されたように思えました。
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こんなストリーを想定しました。
一旦、高低差60mの掘削を完了したものの、地すべりが発生。斜面を吹き付け、アンカーで補強したものの、地すべりが止まらず・・・
どうするか?道路の線形を変更する方法も多分考えたでしょうが、道路の半径など変更するのは大変。結局、トンネルを先に造って、その上に土砂を盛って、地すべりを抑えて、道路空間を確保した・・・
このようなことは、日本でもよくあります。

前方を犬連れの夫婦が歩いていました。この夫婦は、Villafranca del Bierzoのアルベルゲで管理人と犬の宿泊の件で交渉していました。ルール上は不可。結局、この夫婦は、アルベルゲの前でテントを張って犬と泊まっていました。
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11時にVega de Valcarce村に到着。小さな村でした。
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アルベルゲは、高速道路の真下にありました。雨が降り始めました。第1日目のピレネー越え以来です。まだ、早いのでオスピタレイロ(管理人)はいません。とりあえずリュックを入り口に置いて、大部屋を覗くと子供が2人、ベッドで寝ていました。
実は、この2人は子供ではなく、成人したイタリア人女性。小さくて綺麗な人たちでした。その後、彼女たちをしばしば見かけました。奇妙なことに、僕より後に出発しますが、次のアルベルゲにはいつも先に到着していました。途中で抜かれたことはありません。
多分、タクシーを使っているのでしょう。Caminoには、リュックだけ、リュックと人間の両方を車で運ぶサービスがあるようです。
歩き抜きで、アルベルゲ泊まりのCaminoには、いささか抵抗がありますが、商売になっているところを見ると、結構利用する巡礼者は、多いようです。Boadilla del Caminoでご一緒したセレブな日本人4人組もタクシーサービスを利用していました。
大部屋でいささか不衛生なアルベルゲに泊まるというが、Caminoの必須アイテムということなのでしょうか。もちろん、クレデンシャル(巡礼手帳)にスタンプを押してもらうというのもポイントですが・・・

村の食料品店に買い出しに。雨の中、カフェでカフェコンレッチェを飲んでいると、目の前をポンチョを着込んだ巡礼者たちが次々と通り過ぎていきました。いつものように、バゲット、チョリソー、リンゴ、ジュースを買って、アルベルゲに戻って昼食。
何故、スペインには、「お弁当」がないのか?アルベルゲでナイフを使ってバゲットとリンゴを切り分けながら思いました。
せいぜい、ボガディージョ(サンドウィッチ)がある程度。日本のコンビニでは、おにぎり、弁当などは主力商品で品揃えも実に豊富。
そもそも、caminoの沿道には、コンビニなるものに出会うことはありませんでした。スペイン人に24時間営業の日本のコンビニをどう思うかも聞いておけば良かった・・・
お弁当とは、主食とおかずをパッケージにしたもの。「手軽さ」、「利便性」が売り。スペインには、「お弁当」の概念がないようでした。
「シャワートイレ」にも出会うこともありませんでした。まあ、「お弁当」と「シャワートイレ」は
日本人には当たり前でも、スペイン人にとっては、当たり前でない、「不要なもの」ということでしょう。

アルベルゲのオスピタレイロ(管理人)は、30代のスペイン人女性でした。なかなかの美人で、親切な人でした。
外は雨。巡礼者は室内でじっとするよりありません。彼女から皆にインスタントコーヒーとビスケットが出されました。なんか幸せな気持ちになりました。

沙織さんと再会しました。Villadangos de Paramoでお会いして、5日振りでした。レストランで晩御飯をご一緒することに・・・
例によって、Menu del dia(本日の定食:10€)をチョイス。彼女は近くの川で獲れた?マスのムニエル、僕はスペアリブのソテー。沙織さんは、なかなかの健啖家。ワインの飲みっぷり、食事の食べ振りは実に良かったです。
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なかなか旨かったです。沙織さんも明日は、O cebreiro泊りとのことでした。

by camino0810 | 2011-08-18 23:00 | CAMINO(スペイン巡礼) | Comments(0)  

2010年9月6日(月) 24日目 Ponferrada~Villafranca del Bierzo

今日の目的地は、Villafranca del Bierzo(ビジャフランカ・デル・ビエルソ)。
24km(累計593km)を歩きます。
9月に入ると、夜明けも遅くなってきました。6時50分、出発。
この時間は、あたりは真っ暗。街灯とヘッドライトを頼りに、黄色い矢印をたどって歩きます。必ず、前の日の明るい時に歩くコースはチェックしていました。
街に途中で、この矢印を見失いました。どうするか?明るくなるまで待つ手もありますが、そうすると次のアルベルゲの到着時間が遅れます。
結局、信頼できそうなスペイン人4人組の後をついて行くことに・・・
実はこの選択が大失敗。彼らも迷子になってしまったのです。4人組は、途中で言い争いになり、仲間割れをしました。片方の男女の2人組について行くことに・・・
国道を歩いて行きました。これまで経験では、2時間も国道を歩いたことはありません。僕が、何度も心配そうな表情を浮かべたせいか、スペイン人の男性は「We are on the way」と繰り返しました。最初の2時間は心配でしょうがなかったです。
国道と並行する道をCristinaさんが歩いているのを見かけた時、ホットしました。やっと、いつものCaminoの道を歩けます。
高速道路のオーバーブリッジは地元産のスレートを化粧壁に使っていました。

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だんだん、沿道の緑も濃くなってきました。

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10時30分、barでガソリン補給。お店のメニューは、日本語の表記も。上手な字なので、多分、日本人が書いたものでしょう。スペインにもハンバーグがあることがわかります。

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途中の村には、綺麗な川が流れていました。

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川の真上に家が建っていました。多分、水車小屋なのでしょう。それにしても綺麗な流れです。スペインは洪水がないのでしょうか?護岸らしきものがないため、親水性の高い眺めになっていました。

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12時30分、Villafranca del Bierzoに到着。村の入り口でフェロー諸島の女性Cristinaさんとお別れの挨拶をしました。

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シャワー、洗濯を終えて、14時から2時間のシエステ。このアルベルゲでハンガー女性Rekaさんと再び会いました。お話をして、お互いのメールアドレスを交換しました。
Villafranca del Bierzoの街は小さいながらも多くの教会や修道院がありました。絵を描く人には格好の街でしょう。

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この地方の屋根は、灰色。その理由がよく判りました。屋根材は扁平に割れる粘板岩。それを金具で固定していました。

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右側の新しい家の屋根材は丸い鱗状の形をしていました。今年の5月、神戸に行きました。北野の異人館の近くに「ウロコの家」という名所がありましたが、全く同じ形でした。

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by camino0810 | 2011-08-13 22:44 | CAMINO(スペイン巡礼) | Comments(0)  

2010年9月5日(日) 23日目 Foncebadon ~Ponferrada

今日の目的地は、Ponferrada(ポンフェラーダ)。27km(累計569km)を歩きます。
朝6時50分出発。
Camino中の最高点Irago(イラゴ)峠(標高1500m)を越えて、7時過ぎに、Cruz de Ferro(鉄の十字架)に到着。あたりはまだ夜明け前、うす昏かったです。

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巡礼者は、出身地から持参した石をこの場所に置くと願いが叶うとのこと。

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確かに名前を書いた石や運動靴などいろいろなものが置いてありました。僕は、日本の100円硬貨を置いてきました。確かに、出身地から持参したものですし、もしかしたらお金持ちになれるかもなどと思ったからです。

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Vladimir、Adriana親子と一緒になったので、記念写真を撮りました。

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山道を下っていくと、ほどなく、Manjarin(マンハリン)に到着。風変わりなアルベルゲがありました。

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メキシコから9376km、エルサレムから5000kmとあります。多分、メキシコ出身の人がオスピタレイロ(世話人)なのでしょう。

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ここで思わぬ事態が・・・
看板を眺めていると、日本語で「こんにちは」と声を掛けられました。振り向くと、若い外国人女性が立っていました。Camino中、外国人から日本語で話しかけられたのは、後にも先にもありません。
ハンガリー人のRekaさんでした。彼女とは、Barでも一緒になり、その後も何度か会うことになります。メールアドレスを交換し、Rekaさんからメールをいただきました。

彼女は、ブログを開設していました。ベースはハンガリー語ですが、このシーンは英語で書かれていました。以下引用すると・・・

There are two Japanese men here! Takeao and Takeshi, if I remember well. I met one of them while I was taking a photo of that board with the distances from cities on it. he was lauging at the "Mexico" sign and I asked him in Japanese, where he was from. (to be continued.)

<日本人2人と会った。看板の写真を撮っている時、そのうちの一人は、メキシコからの距離の看板を見て笑っていた。日本語で「どこから」と尋ねた。>

メキシコの看板を見て笑っていたのが、僕。彼女の記憶の方が正しいと思います。つまり「こんにちは」ではなく「どこから」が正解でしょう。写真中央をよく見ると、看板前の赤いTシャツの女性は確かに、Rekaさんでした。

これからは、、Ponferrada(ポンフェラーダ)までの下り道を歩きます。彼方にPonferrada(ポンフェラーダ)の街が見えました。

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小さな村にやってきました。屋根の色が灰色に変わりました。扁平に割れる黒っぽい粘板岩で屋根を葺いていました。

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この村のBarで10時休み。スペイン人女性Gelyさんとご一緒に・・・パンとコーヒーをごちそうになりました。Gelyさんに「クレヨンしんちゃんの作者が今年、ハイキング中に断崖から転落して死亡した」と言うと、彼女は一瞬顔を曇らせ、お店の女性にそのことを伝えました。お店の人も残念そうな表情を浮かべました。

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出発時に、先ほどのRekaさんとバッタリ。一緒に写真を撮りました。
ここで、Rekaさんをご紹介。彼女はハンガリーのブダペスト在住。多分、学生さんでしょう。1年前から日本語の勉強を始めたとのこと。上手な日本語を話せます。ご本人の希望で、日本語でメールを交換をしました。大震災の直後、日本語のお見舞いメールをいただきました。うれしかったです。

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素朴な道をひたすら下っていきます。

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日本語で書かれた看板が・・・

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粘板岩(スレート)の破片で「CAMINO」の案内が・・・

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山道を下り終えて、ようやくお昼前にMolinaseca(モリナセカ)の街に到着。こじんまりした綺麗な街です。川沿いの修道院の眺めは文句なしでしょう・・・

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街中はこんな風でした。

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街の出口に四国のお遍路のNPOの訪問記念碑が・・・Ponferradaまであと6km。

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相当疲れました。1時過ぎPonferradaの街に到着。
街の入り口に2本の橋が・・・左が石造りの古いアーチ橋。右の橋はコンクリートの新しい橋。新しい橋は、古い橋のイメージに合わせたデザインにしていました。日本では見かけない斬新なデザインでした。支間が大きいわりに、橋げたの厚みが薄く、構造的にも難しい形状です。スペインの土木技術の高さを感じました。

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公営のアルベルゲは混んでいました。ここで、日本人男性、敬博さんと出会いました。Cruz de Ferro(鉄の十字架)で見かけましたが、声掛けはしませんでした。韓国人の巡礼者かもしれないので・・・

この部分をアップしているのは、2011年8月10日。Caminoに向けて成田を発ったのがちょうど1年前の今日。ブログのタイトルは、8月10日にCaminoに出発したことにちなんでいます。

洗濯物を干し終えて、いつものように街の探検へ。

Ponferradaの旧市街地は2つの川に挟まれた城塞都市でした。川岸は、結構切り立っていました。この川をお堀替わりにしたようです。メーンはこれまでの街と違ってカテードラルではなく、カステージョ(古城)でした。素晴らしかったです。


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遅めの昼食を摂るために新市街に向かいました。

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橋を渡って新市街へ。振り返ると、カステージョ(古城)の城壁が一望できました。

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Ponferradaの人口は、たかだか6万人ですが、街の建物は立派で、規模も大きく、綺麗でした。僕の住む街は人口7万ですが、こんなに立派ではありません。日本だと15万人規模の街並みに匹敵するように感じました。ゴールのSantiagoの街も人口は8万程度、でも街並みは大きく立派で、おまけに空港まで付いていました。驚きです。この違いはなんなのか?
日曜日の3時頃なので、市内は閑散としていました。多分、シエステ(昼寝)をしているからでしょう。

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通り沿いのレストランでパエリヤ(8€)を食べて、再び、旧市街へ。カテードラルは街に規模に比べて小さ目でした。

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今日は、お祭りの日でした。Ponferradaは、巡礼者を保護した聖堂騎士団(テンプル騎士団)が要塞を築いた街だそうです。「TEMPLARIA」は多分、テンプル騎士団のことでしょう。

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アルベルゲには、いつもの連中が泊まっていました。いつものように、19時にカテードラル前の広場で集合。敬博さんを誘おう思い探しましたが見当たりません。諦めて、広場に向かう途中、彼に出会えました。懇親会で彼を皆に紹介しました。
今日は、Adrianaさんの24回目の誕生日。皆で、「Happy Birthday」を歌いました。実は、敬博さんも24歳の農業経済専攻の大学院生。Adrianaさんは、心理学専攻の大学院生。スロバキアと日本の大学院生が、スペインの地で、同席したことになりました。

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僕は、「東京スカイツリー」の話題を提供。634mを目指して現在建築中。第2展望台は地上450m。来年完成することなどを話しました。
盛り上がったのは、写真中央、黒い髪のスペイン人女性Gloriaさんの手巻きタバコ。タバコを吸わないドイツ人男性Urlichさんが彼女をまねて、一所懸命、タバコをまきますが、さっぱりうまく行きません。皆で大笑いしました。

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ちなみに、Gloriaさんの巻いたタバコはこんな風。実に上手に巻かれていました。僕も、Camino中は、禁煙していましたが、またしても、1本いただきました。

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タバコを喫わないUlazimirさんが、チャレンジしました。フェロー諸島の女性Cristinaさんは、皆がタバコを喫う様子をひどく喜んで、写真を撮りまくっていました。

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懇親会が終わった後、折角の機会なので、敬博さんを誘って、レストランで遅めの夕食。ワインとピザ(2人分で20€)をオーダー。スペインのピザは、旨かったです。

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今日は結構ハードな1日でしたが、新たな出会いもあった充実した1日でした。

by camino0810 | 2011-08-05 06:35 | CAMINO(スペイン巡礼) | Comments(0)  

2010年9月4日(土) 22日目 Astorga~Foncebadon

今日の目的地は、Foncebadon(フォンセバドン)。
朝6時50分に出発。26km(累計542km)を歩きます。
同室のポーランド人Andrzej さんは、人騒がせな人でした。彼は、アコーディオンを持ってCAMINOを旅していました。昨晩もAstorgaの広場で一人で路上パフォーマンスをしていました。多分、集めたお金で旅をしているのでしょう。朝6時ごろからアルベルゲの廊下で演奏を始めました。周りの巡礼者の迷惑などお構いなし。この徹底した能天気と明るさが妙に憎めないおじさんでした。
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日本人の僕を彼なりに大歓迎してくれました。無理無理アコーディオンを持たされて記念写真。連絡帳に絵の入ったポーランド語のコメントを書いてもらいましたが、字が小さくて読めません。お返しに、彼の手帳に自分の名前を漢字で書き入れました。Andrzej さんは、漢字に満足げな様子でした。
それにしても、この方は「スーパーマリオ」にそっくり。まさにCaminoのMarioでしょう・・・
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今日の道は、峠を目指す山道。
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映画「サンジャックへの道」に出てきたBARでコーラを飲みました。
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映画では、アル中の二男がこのBARで飲み過ぎて人事不省に陥り、長男と長女が介抱するシーンだったように思います。
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途中に奇妙な看板が・・・状況を考えると、巡礼者が道路を横断するので、注意しましょうという風に解釈すべきでしょうか?「危険は働く」・・・外国人の若干意味不明で、独自な日本語解釈が日本人にとってはちょっと意外で、面白いこともあります。
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Rabanal del Caminoに到着。素朴な味わいのある小さな村でした。
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Cruz de Ferro(鉄の十字架)のある峠が近くなってきました。
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目的地まであと5㎞。山道をひたすら歩きました。
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Foncebadonはせいぜい10軒程度の小さな村でした。巡礼宿で生計を立てているようです。
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今日のアルベルゲは民宿風。中山道の妻籠宿の旅籠のスペイン版みたいな感じです。
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夕食、朝食とセットで20€(宿代8€、食事12€)。民宿と考えれば、かなりリーズナブルなお値段。食堂で皆の前でパエリヤを調理してくれました。
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他の巡礼者たちと一緒に食事をしました。
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韓国のテレビ局が取材に来ていました。Camino中、韓国人巡礼者に結構会いました。キリスト教徒が多いからでしょう。
僕が洗濯物を干しているところにクルーがやってきて撮影許可を求められました。OKを出しましたので、もしかしたら韓国のテレビに放映されているのかもしれません。
スロバキア人のVlazimir Adriana親子とベッドがお隣に・・・その日の苦労談などをお互いに話します。
こんな廃村同様の村にも立派なBARがありました。実は、いつものメンバーたちもこの村に泊まっていました。19時にBARに集合。内装はおしゃれにしてあるのには驚かされました。いつものように、お酒を飲みながら雑談をします。この写真は2軒目のBARでマスターに撮ってもらったものです。一番手前のスペイン人のGloriaさんから愛用の手巻きタバコを1本もらって喫いました。
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明日は、標高1500mのイラゴ峠を越えてCruz de Ferro(鉄の十字架)に向かいます。

by camino0810 | 2011-08-01 06:40 | CAMINO(スペイン巡礼) | Comments(2)