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2011年1月1日(金) 埼玉 初詣 北本

2011年1月1日(金)、元旦は朝から快晴。

荒川の土手を車を転がして、富士山を見ることに・・・
北本市は、荒川の河口から概ね45km上流の地点にあります。このあたりは、川幅が広く、さえぎるものが全くないオープンスペース。お隣の鴻巣市で荒川の川幅は、日本最大で、確か、2,534m。

鴻巣市は、これに目をつけ、B級グルメ「川幅うどん」をプロデュース。幅が8cmのきしめんみたいなうどんですが、テレビでも紹介され、最近、有名になってきました。ナイフとフォークで食べるらしいです。

余談ですが、この記事をアップしているのは、2011年12月30日。つい最近、北本市で開催された「第9回埼玉B級ご当地グルメ王決定戦」で北本市の「真っ赤な誘惑 北本トマトカレー」が、2位の「こうのす川幅うどん」を抑えて、堂々の優勝。7万人の来場者による投票で決まったとのこと。北本市は、大正時代?、日本で初めて本格的なトマト栽培が行われた処だそうです。

お目当ての富士山が見えてきました。都内から見える富士山は、手前の奥多摩の山々にさえぎられて頂上付近しか見えません。北本からの富士山は山体の大部分が見えるのが大変良い。
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恒例の神社詣りをいつものように・・・
最初は、氷川神社。
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甘酒とみかんのサービスがあります。車なのでみかんだけ頂きました。
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たき火をしています。
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次は、お隣の厳島神社。石段を降りてお詣り。
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お更に、お隣の須賀神社へ。地元の有志が、幟を建てている最中でした。
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近くの「北向き地蔵」へ。「北向き地蔵」は、願い事をするときは、泥団子をお供えし、それが叶うとお礼に本物のお団子を供えるのがルール。
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午後は、家族4人で、地元では厄除けで有名な「石戸両大師」へお詣りに・・・参道には沢山の屋台が並び、上野のアメ横並みに人が出ます。
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お天気に恵まれた良い元旦でした。

by camino0810 | 2011-12-30 05:12 | 埼玉 | Comments(0)  

2010年11月24日(水) 大分 中津

2010年11月24日(水) 大分県中津市の郊外にある実家に帰りました。

東京駅9時30分発の新幹線に乗車。小倉駅に14時43分着、ここで日豊本線に乗り換えて中津駅へ・・・小倉駅のホームに降りると、何となく九州の匂いや気分を感じます。

日豊本線のホームで定番のかしわうどんを食べました。
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350円とお手軽な値段。トッピングは、甘辛のかしわ(鶏肉)、カマボコ、ねぎ。このかしわが実に旨い。うどんが全く腰がなくグズグズなのが、またいいです。如何にも駅のファストフードらしい・・・
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JR九州の列車は、皆、結構、おしゃれな外装、内装をしています。いつもお世話になっているJR東日本の味気ない車両とは大違い・・・

特急ソニック号のデッキはこんな風・・・
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座席はミッキーマウスのヘッドレスト。
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15時13分、中津駅に到着。
北口に出て、駅前ロータリーの左側にある「日の出町」アーケードへ・・・
中津市は福沢諭吉の生誕地。福沢諭吉記念館には、一万円札の第2号が展示されています。第1号は、東京の日本橋にある日銀本店にあるらしいです。
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曾て、「日の出町」アーケードは、中津市の最も繁華な街でした。通りに人が沢山歩いていたものです。
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平日の15時過ぎの時間帯なのもあって人影は疎ら。ほとんどのお店がシャッターを下ろしています。市内の別の場所に新設されたショッピングモールと郊外のショッピングモールに人を取られてすっかりさびれていました。
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アーケードの中間あたりの路地を右折すると、「宝来軒本店」があります。ここのトンコツラーメンは地元では旨いことで超有名。帰省した折には必ず食します。
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アーケードの出口にある鮮魚店も閉まっていました。中津市は、周防灘で獲れた地物の魚がお店に並びます。鱧、真ゴチ、イシモチ、ワタリガニ、車エビ、フグ、ボラ、イワシなど。この「大阪べん」の店先に並んだ地物を見るのが楽しみでした。
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福沢通りを挟んで向い側に、「壽屋」がありました。かって、九州一円に展開したデパートです。建物だけが残ってテナントも入っていません。1974年頃、完成した記憶があります。当時は、「日の出町」アーケードと「壽屋」は多くの人で賑わっていました。
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奥の「新博多町」アーケードは、壊滅状態。
地域の中核をなす地方都市の衰退と現在の日本の元気の無さは、完全にパラレル状態。このまま推移すると、生産年齢人口が益々減って、もっと深刻な状況に陥るでしょう・・・

山国川の方へ歩いて行きました。橋の上から観た河口の風景はこんな感じ・・・
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河口の中州にある中津城へ。
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中津城は、豊臣秀吉の参謀役、黒田如水が建てたものらしいです。
河口の三角州に城を建てる理由は、多分、お堀を掘る必要がないため安くできること。当時は物資の主要輸送手段は舟運、陸地ぎりぎりに川や運河を設置できれば、城下町の発展に何かと便利だったのでしょう。
但し、軟弱地盤対策や、洪水の処理を上手にやる必要もあるし、干満の差が大きいため、潮位調節も必要でしょう。黒田如水は、色々な点を考慮して、この地にお城を築造したのでしょうか・・・
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この石垣をどのようにして造ったか、いつものように考えます。
まずは、石垣の勾配に目が行きました。大阪城や姫路城などの石垣に比べて緩くなっていることに気付きます。これは、河口の柔らかい地盤上にあるため。多分、基礎石の下には、どっさり松杭が打ってあるでしょう。
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なかなかスタイルの良いお城です。信州の松本城を彷彿させます。
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石垣をどのように造るか?
まずは、主材料の石材の調達と運搬。石材の種類がよくわかりません。写真から判断すると、安山岩か角礫凝灰岩のように思えます。運搬距離が短い方が良いので、近場の石切り場から持ってきたと思われます。まあ、地産地消というところでしょうか。この岩石は、山国川の上流の耶馬溪地方に豊富にあります。多分、耶馬溪の石切り場から概ね1m程度の大きさに切り出して船積して、山国川を下って、運んできたのでしょう。

その前に、石垣設置個所の水替えをして、水を掻い出す。設置位置が、川の水位より低いので、風車型の排水ポンプで湧水を掻き出す。地ならしをした後、松杭を櫓に吊るした大型の鎚で打ち込む。あとは、下から石材を1段並べる。裏側に砂利を詰めて固める。これを繰り返して完成。

中津城の石垣は結構アバウトな積み方でした。石垣をよく見ると、補修した跡が・・天守閣の下の石垣は少し小振りで真新しい・・・
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天守本体はどうして造るか?
高さが50mの東大寺と違って、5層の木造の建物。1層あたり3mとして全高15m。普通の木造家屋が大きくなった程度。外周に足場を巡らせて、1層づつ仕上げる。柱、梁、壁材、屋根材はすべて人力で運搬が可能だと思われます。

お城の中はこんな風・・・奥平神社という小さい神社がありました。
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江戸時代になると、譜代の奥平家が転勤してきたと書いてありました。福沢諭吉は、奥平藩の下級武士の出身。「福翁自伝」という本のなかで、福沢は理不尽な階級的差別への激しい不満を吐露していたように記憶しています。能力のない上級武士が立身出世する仕組みを憎んでいたようでした。特に、奥平藩は保守的な傾向が強かったため、その思いが増幅し、比較的平等に評価される長崎、大坂、江戸に活路を開いて行ったのでしょう。

「天は人の上に人をつくらず、人の下にひとをつくらず」という福沢の有名な言葉は、単に、西欧の啓蒙主義から出たものだけではなく、彼自身の幼少時代の不遇な体験に根ざしたもののように思えます。

その福沢の「独立自尊」の記念碑が近くにありました。
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このあたりには、猫が沢山いました。
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お城の近くにお寺が固まってしました。合元寺というお寺が・・・通称「赤壁寺」。壁を真っ赤塗っていました。
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17時発の最終バスの時刻が迫ってきました。大慌てで駅前へ・・・
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バスの中はこんな風・・・小型のマイクロバスです。
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17時30分、実家の近くのバス停に到着。暮れなずむ夕暮れの中、実家に歩いて行きました。
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地元の中津市を結構真剣に見ることができた1日でした。

by camino0810 | 2011-12-29 19:14 | 大分 | Comments(0)  

2011年1月1日(土) 京都 瓢亭 南禅寺 平安神宮

2011年1月1日(土) 京都は、前日の雪もすっかり上がって快晴。

アパートの近くにある小さい神社に一人で初詣。
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高野川の橋詰から北側を見ると、かなたに比叡山が望めました。
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南側の風景はこんな風・・・家々の屋根は、雪を被っていました。
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11時にアパートを出発。娘が「チェブラーシカ」を塀の上に置いた演出を・・・きょうびの子はこういうパフォーマンスに長けているようです。
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家族4人で南禅寺の近くにある料亭「瓢亭」へ・・・
平安神宮の鳥居、蹴上の琵琶湖疏水の脇を歩いて行きました。
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12時、路地に入ると、お目当ての料亭が・・・
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娘2人がネットで予約を入れたのとの事。かなり高級なお店でした。和服のカップルやセレブ風な人たちが食事をしていました。中の坪庭はこんな感じ・・・
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いよいよお料理が出てきました。
最初は、先付・・・。
明石鯛のお刺身は脂が乗っていて、あっさりした鯛のイメージとは随分違っていました。大変、美味でした。からすみ、黒豆、ゴマメなどのお正月定番の品々も美味でした。
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何かひとつ食べれば、概ねそのお店の力量はわかるもの・・・。
出されたすべてに手抜きなしの丁寧さや繊細な味付けが感じられました。多分、これが、本格的な京懐石だと思います。何せ、恥ずかしながら、この年になって、本格的な京懐石など食べたことがなかったのだから・・・
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約1時間でしたが、大変満足度の高い食事でした。玄関で記念写真を・・・
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南禅寺へ・・・
途中、蹴上の琵琶湖疏水のインクラインがありました。
琵琶湖疏水は、僕たち土木屋の偉大な先輩である田辺朔朗という人の記念碑的作品です。田辺朔朗さんは、大学の卒論で書いた琵琶湖疏水の設計、施工に卒業直後から携わったとのこと。偉い人がいたものです。
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南禅寺の入り口に到着。暖かいので、積もった雪も解けてきました。
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テレビのシーンでもよく見る山門の前で記念写真。
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入場料を払って、山門の上に登ることに・・・廊下から雪の京都の街が一望できました。
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内部の仏様はこんな風・・・
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琵琶湖疏水の水路橋へ・・・ここも定番のスポット。
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田辺朔朗さんの説明がありました。
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家族写真を撮りました。娘たちは実に上手にポーズを取ります。
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一方、オヤジの僕は、上手なポーズが取れません。何か表情がぎこちありません。
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次の目的地は、平安神宮・・・
途中に白河院という建物がありました。中の見学は自由。
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昔ながらの日本家屋と日本庭園の絶妙なコラボを感じました。
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上の娘が、雪と葉っぱと小石で小さなウサギを・・・こういうセンスには、いつも感心させられます。
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平安神宮は、参拝客で混み合っていました。
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宇治の平等院と似た建物も・・・
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皆でおみくじを・・・・。僕は23番の札でした。「中吉」でした。「大吉」よりもこちらの方が良かったです。本当は「小吉」がベスト。これから先の楽しみがあるからです。
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このおみくじのコメント「人多き人の中にも人はなし。人になれひと。人になせひと」は、「人」を連発したなかなか秀逸な短歌。昔の人はいいことを言うなと感心しました。
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2011年の元旦は、実に良かったです。
このブログをアップしているのが、2011年12月28日・・・結構、充実した1年でした。

by camino0810 | 2011-12-26 06:27 | 京都 | Comments(0)  

2010年12月31日(金) 京都 金閣寺 銀閣寺 祇園

2010年12月31日(金) 大晦日の京都は、珍しく雪が降りました。

高野にあるアパートの近くの川には、朝から雪が舞っていました。
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橋から見た高野川は、こんな風・・・
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高野川の橋詰もすっかり雪化粧。雪国に一変していました。
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家族4人で、雪の金閣を見に行こうということになりました。
市営バスで北大路のバスセンターへ。金閣行きに乗り換えて、金閣寺で下車。113時過ぎに到着。多くの観光客がいました。
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正直な感想を言うと、金閣は金閣本体以外にはあまり見るべきものはないなと思っています。

でも、雪の金閣寺は素晴らしかったです。ラッキーでした。
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アップで見る金閣はこんな感じ・・・
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池の脇のビューポイントは人が溢れかえり、なかなか池のヘリに行けないほどの混みようでした。
人並みをかき分け、無理無理、家族写真を撮りました。
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角度を変えた金閣はこんな感じ・・・
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バス停付近から「左大文字」が見えました。
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再び、市バスに乗って、銀閣寺で下車。
哲学の道を歩いて銀閣寺の参道へ・・・
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沿道のお店の人は雪かきをしていました。
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程なく、銀閣の入り口に到着。皆、雪の坂道で滑らないように慎重に歩を進めていました。
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お目当ての銀閣寺が・・・雪の銀閣寺は素晴らしかったです。
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帰り道の生垣はちょっと変わっていました。低木と高木で人の顔あたりに窓を造り、背後の竹林が見えるようにしていました。
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意外にいいスポットが見つかりました。参道の向かって左側の路地を入って行きました。雪はしんしんと振り続いていました。静かな夕暮れの雪の京都・・・なかなかいい気分がありました。
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しばらく歩くと、小さい神社が・・・
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「八神社」という名前でした。階段を登りきると、赤い鳥居が・・・
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境内の建物には、提灯に灯が入り、いい感じでした。
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戻って、銀閣の前の茶店でお茶をしました。
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定番の甘酒とお団子。
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市バスに乗って、四条河原町へ・・・四条大橋の橋詰から歌舞伎の南座が見えました。
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鴨川を渡って、祇園、花見小路へ・・・
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四条通りに戻って、八坂神社方面へ・・・八坂神社はライトアップされていました。
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19時、高野のアパートに戻って、皆でテレビを見ながら、おせち料理を頂きました。近くの有機野菜を使うお弁当屋さんにオーダーしたものです。繊細な味付けに感動。B/Cは相当高かったです。
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雪の大晦日の京都を満喫できた、いい1日でした。

by camino0810 | 2011-12-25 05:59 | 京都 | Comments(0)  

2010年11月10日(水) 東京 高尾山 聖蹟桜ヶ丘

2010年11月10日(水) 、下の娘と高尾山に行きました。

中高年のハイキングブームに加えて、ミシュランの観光ガイドで紹介されたことで、高尾山は、すっかり有名になったようです。東京に来て約40年、初めての高尾山でした。

今日は、快晴。期待できそうです。
京王線高尾山口駅のホームは、年輩のハイカーで溢れていました。。
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9時に駅前で娘と待ち合わせて、参道を歩いて行くと、程なく、ケーブルカーの駅に・・・
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今回は、ケーブルカーは使わず、歩いて登ることにしました。
途中に「東海自然歩道」の案内図が・・・高尾山から東海地方の山間をとおり大阪の箕面まで歩道が整備されているそうです。
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この年の8月、9月にスペインで800kmを歩いて来たばかり・・・・距離的には同程度のようなので、宿泊施設と安全な道が整備されていれば、約1か月で踏破できるように感じました。

スペイン巡礼を一度経験すると、とにかく、歩くことへの抵抗感がなくなりました。
静岡県の三島市にいる兄のところへは、よく出掛けます。

こんな発想をするようになりました・・・。
仮に、歩きで考えると、想定ルートは、北本→圏央道沿いに高尾山→大月→河口湖→山中湖→御殿場→三島。自宅の北本市から三島までは約170km、1日平均30kmとして、概ね、6日で三島に行くことができる・・・

軍隊の行軍は、どうだったのか?
実際、13Kg程度のリュックを背負って、平均的な体力の僕の場合で、1日平均25km。多分、軍隊の歩兵の1日平均の歩行距離は、普通で20km、急ぎで30km程度ではなかったか?
兵士は、銃と背嚢と呼ばれる食糧や生活用品を詰めたカバンを肩から下げて歩いていたので、荷物の総重量は、せいぜい20Kg以下と想定されます。
つまり、軍事作戦を立案するうえでは、1日あたりの行軍距離を25km程度をベースにして、道幅、路面状態、勾配などを考慮して適宜決めていったのではないか・・・

「坂の上の雲」というテレビドラマを見ました。日本軍は、北朝鮮と中国の国境付近に上陸して、ロシア軍を追って、満州の奉天まで歩いたようです。仮に、上陸地点から奉天までが500Kmとすると、20日は最低必要です。

豊臣秀吉が、明智光秀を討つために中国地方の岡山付近から大阪と京都の中間点の天王山まで大急ぎで兵隊を戻しました。「中国おお返し」というそうです。ちょっとうろ覚えですが、5日で歩いたのでは・・・岡山~大阪間が、仮に、200kmとすると、1日平均40km。驚異的なスピードです。戦地に到着して、ほとんど休む間もなく、戦闘に入るわけですから、昔の兵隊さんも大変な苦労をされたということになります。

2011年3月11日の大震災の当日、会社がある大塚から自宅の北本まで歩いて帰宅しました。JRの運転再開が今日中にないと判断した時、歩いて帰宅することを簡単に決断できました。歩いた距離は約41km。8時間で歩き抜けました。貴重な経験でした。

歩き始めて1時間で、眺めのいい休憩所が・・・かすかに都心のスカイツリーが見えました。
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北側には、圏央道の八王子ジャックションが・・・おかげで埼玉の人間には大変便利になりました。
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程なく、高尾山薬王院の境内へ・・・
途中、「蛸供養碑」が・・・杉の大木の根が蛸の足に似ているので命名されたようです。
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薬王院の境内には、沢山の観光客で溢れていました。
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薬王院の山門には、沢山の千社札が貼られていました。
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境内の中はこんな風・・・
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本殿の透かし彫りは実に絢爛豪華です。日光東照宮と似ていました。葵の御紋のような標章があることから徳川家とも関係があるのでは・・・
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頂上に続く道は快適でした。
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11時、山頂に到着。約2時間のアルバイト。多分、高低差は500m程度。お手軽なコースでした。コンビニで買ったおにぎりとお茶で一休み。紅葉が始まってしました。
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お目当ての富士山が見えました。
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山頂から20分ほど尾根沿いの道を歩くと、もみじ台に到着。茶店がいい感じでした。
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ここからの富士山が有名だとか・・・
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帰りは稲荷山コースを歩いて降りました。
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12時30分、麓のケーブルカー駅に到着。
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高尾山の登山コースの案内が・・・今回の登山コースは、1号路→山頂→もみじ台→稲荷山コースということになります。
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麓のお蕎麦屋さんで昼食を摂った後、京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」へ・・・宮崎アニメで有名な「耳をすませば」の舞台になったところです。
大栗川を渡って、ヘヤピンの道路を突きって、台地を登ると、住宅地がありました。この川辺の風景や坂道は、アニメの中の風景と似ていたように思えます。
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このあたりは多摩市だそうです。ロータリーに出ました。多分、このあたりが舞台になったのでしょう。東京の郊外によくある平凡な光景でした。写真を撮っていないので、印象が薄かったのでしょうか・・・

お天気に恵まれたいい1日でした。

by camino0810 | 2011-12-24 17:58 | 東京 | Comments(0)  

2008年5月17日(土) 埼玉 農園日記(その2)

その1の続き・・・
5月11日に、中央の畝にゴーヤ、枝豆、落花生、とうもろこしの苗も植えました。

全部で13種類になりました。
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5月15日に第2陣(5月5日に種まき)の葉物野菜の間引き。左側が小松菜、右側は水菜。
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最初に植えたトマト、きゅうり、ナスは、大分大きくなったけど、すこしだけ元気不足。
この1週間の低温、雨のせいかも。アブラムシも出ました。
トマトはこんな風・・・
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ナスです。
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きゅうりです。
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となりの区画の岡田さんに聞くと、専用スプレーを1、2回かけたらよいとアドバイスしてくれました。

ちょっと「教え魔」なひとです。元高校の先生らしいです。博学な上に、実践経験も豊富。でも、とても助かります。

結果はどうだったか?
それは追々紹介します・・・

by camino0810 | 2011-12-24 08:57 | 埼玉 | Comments(0)  

2008年5月6日(火) 埼玉 農園日記(その1)

今日も、3年前の話・・・

市民農園の空きが出たので、3月に申し込み。
広さは、4.5m×4.0mの18㎡。昔風に言うと、5坪です。初心者には手ごろなサイズです。家から約300mの近場もポイントです。
4月6日に、消石灰を入れて土壌中和。4月25日に牛ふん堆肥と化成肥料散布。4月27日に苗の植え付け。

支柱を建てると、なんか畑らしくなりました。
苗は、きゅうり、トマト、茄子、ピーマン、しし唐などの定番の夏野菜。畑は、畝を3本にして、中2年のローテーションにします。

写真の一番奥の畝にトマト、茄子、ピーマン、しし唐えのナス科のグループを・・・手前の真ん中の畝にきゅうりなどのウリ科を植えました。
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連作障害が結構ネックになるらしいです。接木苗は高いので、半分は普通苗。
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手前の残りの1畝には、葉物を植えました。ほうれん草、小松菜、チンゲン菜、水菜の4種類。4月28日に種まき。

5月5日に間引きした新芽をお浸しにしたら、おいしかったです。

今日は、ここまで。

by camino0810 | 2011-12-24 08:47 | 埼玉 | Comments(0)  

2008年10月12日(日) 埼玉 村祭り 北本

北本市に住んで、かれこれ21年になります。これといった特徴のない地味な街ですが、よく見ると味わいのある街でもあります。

今日も、3年前のお話・・・

2008年10月12日(日)いつものジョギングコースを走っていると道路端で村祭りをやっていました。
この辺は、荒川中流部の左岸側の台地にあります。荒川に沿って、桜堤通りが通っています。地元では桜の名所になっています。

石戸宿の天神社でお祭りが行われていました。
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入り口に幟が・・・なんか懐かしい光景です。
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神社の入り口の鳥居には、2本の国旗が交差するように飾られていました。
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奥の本堂で二人のおじさんが賽銭箱の前に座り込んで、何やら話をしていました。
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もうひとつの本堂でも地元のおじさん達が、たむろしてのんびり話していました。

田舎のまつりはヒマそうでいいです。花飾りのついた「ノボリ」もなんか可愛らしい・・・
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日本の何処にでもありそうな懐かしいシーンです。この光景に、日本の原風景にも近いものを感じるのは、僕だけでしょうか?何やらホットした癒されるシーンです。

3月11日の大震災で、日本人の地域共同体意識の高さ、共同体への献身は、外国人から高い評価を受けました。この村祭りに、その原点を見たような気がしました。
今年1年を表わす漢字は、「絆」・・・村祭り、運動会、遠足、縁日・・・こんなシーンの積み重ねから「絆」が育っていくのでしょう。

2010年夏、スペイン巡礼に行ってきました。沢山の小さな村々を歩いて通り抜けました。スペインの田舎の村々に共通した何かスペインらしい気分が感じられました。
同じように、日本の田舎にも日本流の気分があります。
日本の場合は、その核の部分にお寺や神社があります。スペインを含めたヨーロッパでは、それが、教会に相当するように思います。
日本でも、スペインでも、どんな小さな村にも核のなる宗教的な建造物がある。人間の力が小さかった時代、神や仏の力に頼るのは、ある意味、当たり前。これは、洋の東西を問わず、共通事項と思えます。

近くに、石屋下と呼ばれる旧荒川の一部がせき止められて池になっているところがあります。この池では、ヘラブナ釣りが盛んです。僕も初めての頃はよく通ったものです。
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北本市には、他にも北本自然観察公園、さくら公園、高尾宮岡の里山など豊かな自然がタップリ残されています。追々、紹介していこうと思います。

by camino0810 | 2011-12-21 05:58 | 埼玉 | Comments(0)  

2008年9月17日(水) 埼玉 さいたま市 鉄道博物館

今日も、3年前のお話です。

2008年9月17日(水)、さいたま市の大宮駅の近くにある鉄道博物館に行きました。

大宮駅でニューシャトルという新交通システムに乗り換えて、鉄道博物館駅で下車。
入場料1000円を払って入場。
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ミニ新幹線に乗って本館へ。
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昔のお弁当の包み紙の展示もありました。
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運転シュミレータで遊ぶこともできました。山手線の運転ができます。鉄道オタクにはたまらないでしょう。
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昔の汽車の展示場が・・・いろいろな機関車がありました。
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明治初年度の機関車はこんな感じ・・・
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東京~西鹿児島間を走る寝台特急「富士」も・・・この型式は、お召列車仕様の高級車両でした。その後の特急「富士」は、高校1年生の時、大分から東京に初めて来た時に利用しました。
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有名な寝台特急「あさかぜ」も・・・
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昔の切符なども・・・現在、ほとんどの人が、SUICAなどのICカードを利用しています。厚紙の切符→裏が茶色の薄い切符→ICカード・・・時代の流れを感じました。
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列車のエンブレムも・・・
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この博物館は、超大きいジオラマも有名。
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とにかく、平日なのに結構な人出でした。土日に行かなくて良かったです。
B/Cが、十分1.0より大きい、価値の高い博物館でした。

by camino0810 | 2011-12-18 12:53 | 埼玉 | Comments(0)  

2008年9月6日(土) 埼玉 羽生 椎の木湖

自宅のある埼玉シリーズの始まり・・・
とりあえず3年前から。

2008年9月6日(土)、久し振りにヘラブナ釣りにで出かけました。

釣り場は、埼玉県羽生市にある「椎の木湖」という管理釣り場。僕のホームグランドみたいなものです。
埼玉県は、海なし県なので、昔からヘラブナ釣りが盛んです。
「椎の木湖」は、この世界では有名な日本有数のヘラブナ釣り場。大型のヘラブナを放流しているので、長野県、新潟県、宮城県からわざわざ車で来る釣り人もいます。時々、ヘラブナの日本選手権などもやっています。釣り座は、確か、400席くらい。土日は、ほとんど満杯になります。

噂では、俳優の織田裕二さんも時々来ているとか・・・オジン臭い釣りなので、ご本人のイメージを毀損する可能性も・・・ただ、ヘラブナファンとしては、イメージアップを期待したいところですが・・・
実際、この釣り場には、若い女性も見かけます。

広さは、100m×200mくらい、農業用の溜池の一部を仕切って、釣り桟橋を渡しています。
1日釣り券(2,500円)を買って入場。535番の席を選択。水深は、5.5m。
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ヘラブナ釣りには、色々な釣り方があります。
ヘラブナは、表層の1m程度の浅いところ、中層の水深が3mのところ、湖底と全層に渡って回遊します。したがって、釣り方にも、それぞれの水深のサカナを狙う釣り方があります。多分、1種類のサカナで、ヘラブナ釣りほどバラエティーに富んだ釣りはないように思えます。

僕は、エサを底に着けて釣る「底釣 り」をやります。早速、19尺(5.7m)の竿を取り出して、準備開始。ヘラブナの竿は昔ながらの尺単位で呼ばれています。使用する竿は、水深+30cmの竿を用意します。
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園内のコーヒーの巡回サービスの方に写真を撮ってもらいました。写真の白いTシャツと野球帽が、僕です。
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エサは、釣りの種類に合わせて色々と市販されています。サナギ粉と麩が混ざった粉状のもので、ボールにあけて、水と混ぜて練ります。それを団子に丸めて針に付けます。
各々の粉や水の分量をカップでキッチリ量ることもポイント。適当に配合すると全く釣れません。
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浮きも色んな種類があり、釣り方により使い分けます。写真のいちばん下の浮きが今回使った「底釣り」用の浮き、全長が約40㎝。「トップ」と言われる直径1.5㎜程度目盛を切ってあるパイプの部分が長くなっています。
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「底釣り」は、結構、専門性が高いマニアックな釣り方なので、初心者には難しいけど、「ヘラブナ釣り」の原点。
アタリの出方(浮きの動き)が微妙。数は釣れないけど、やって見ると、繊細でおもしろいです。ポイントは、水深をきっちり測ること。

釣ったヘラブナは、タモ網ですくい、自動計量器で重さを量って放流します。ゲームフィッシングです。サカナさんには申し訳ないけど・・・

この釣り場のヘラブナは、大型揃い。
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写真のヘラブナは、体長39㎝、体重900g。このサイズは、ここでは少し大きめのサイズです。僕の最高記録は、体長42cm、体重1600gでした。
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ヘラブナは、琵琶湖原産のゲンゴロウブナを改良したものらしいです。顔が小さく、肩が盛り上がって体高が高いのが特徴。マブナに比べると何か不細工な感じだけど、慣れると可愛らしく思えるから不思議です。
 
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今日の釣果は、30枚で、20kg。底釣りとしてはまあまあの釣果です。下の写真は、自動計量器の表示。
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事務所で印字してもった釣果表は、こんな感じ・・・順位は250人中69位。
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2000年からヘラブナを始めました。
最初は、釣果、釣り上げた枚数や重さを重視した釣り方に拘っていました。数を釣るには、8尺(2.4m)の竿を使い、水深1mの浅ダナを狙ったテンポの速い宙釣りが適しています。
「椎の木湖」のホームページには、上位3名の名前や釣り方、釣果がアップされます。何とか、僕の名前をと・・・毎週土曜日に通い詰めたものです。
残念ながら、最高順位は、2001年7月9日の4位、76枚、55Kg。3位の人が56Kg。あと一歩及ばず・・・
以来、釣果に拘った短尺の竿を使う釣り方を止めて、数が出なくてもヘラブラ釣り本来の繊細さが感じられる「底釣り」をするようになりました。19尺(5.7m)~21尺(6.3m)の長竿で底からゆっくりサカナを抜きあげ、サカナのファイトが感じられる「底釣り」が、僕のスタイルになりました。

最近、すっかりヘラブナ釣りにもご無沙汰しています。この記事をアップしているうちに再開しようかなと考え始めました・・・

楽しい1日を過ごせました。

by camino0810 | 2011-12-18 06:39 | 埼玉 | Comments(0)