<   2012年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 

2011年5月2日(月) 大阪 通天閣

大阪城を後にして、地下鉄谷町線「天満橋」へ。天王寺駅で地下鉄御堂筋線に乗り換え、「動物園前」駅に向かいました。今回の大阪ミニツアーの目論見は、午後に大阪城をみて、夕食を通天閣の「づぼらや」で摂ることでした。
b0214184_120557.jpg

舗道に号外が・・・ビンラディン容疑者殺害のニュースでした。
b0214184_1205054.jpg

「動物園前」駅で下車して、アーケード商店街を歩いて行きました。将棋道場があり、しかも、お客が沢山いることに驚かされました。坂田三吉の出身地でもあり、昔から将棋が盛んな地域のようでした。
b0214184_1282098.jpg
通天閣前の商店街に到着。この大阪特有の独特な下町気分に圧倒されました。
上野のアメ横にちょっと似ている感じもしましたが、大阪の下町の町人の生き方が濃厚に滲み出ているように感じました。
b0214184_14056100.jpg
宣伝の字数がやたらに多い・・・こんなの初めてでした。
b0214184_1353730.jpg

通天閣は、真新しい印象がありました。大阪が出身母体である「奥村組」が建造したそうです。東京タワーを設計した内藤多冲博士の設計かもしれません。建造方法は、多分、「ジンポール」方式だと思います。
b0214184_543172.jpg
王将「坂田三吉翁」の記念碑も・・・1946年77歳で逝去。「大阪人の土根性を知らしめたる功績・・・」との碑文も。ど根性は「土根性」と表記していました。
b0214184_5521928.jpg

名物「ビリケン」の前で記念写真を撮ってもらいました。
b0214184_5545790.jpg
いよいよ「づぼらや本店」へ・・・このド派手な装飾が、大阪流なのでしょうか?
b0214184_5593430.jpg

予約していましたが、本店ではなく、別館とのこと。別館は真新しい建物でした。
b0214184_621079.jpg
内部は広々としていました。夫婦でトラフグのセット料理を2人分オーダー。
最初にフグちりが出てきました。
b0214184_6145932.jpg
フグ刺し、フグの天麩羅、フグの白子焼など定番料理が次々と出てきました。
b0214184_68157.jpg
b0214184_684174.jpg
2人分でビールを付けて、9,400円。まずまずの味とボリュームでした。B/C=1.1という処でしょうか?

本場大阪の串揚げを食べようということになり、づぼらやの店員さんにおすすめスポットを聞きだし、アーケード街にあるそのお店に行きました。20人くらい並んでいたので、諦めて、近くの串揚げやに入りました。串揚げやの中は、カウンター席でしたが、スツールが付いていました。
b0214184_6291525.jpg
ウズラ、シイタケ、しし唐、牛肉など定番ものをオーダー。値段は100円前後とお手軽な設定にしていました。確か、キャベツはサービルだったような記憶があります。ウーロン茶2本で締めて920円。旨かったです。「2度付け禁止」のルールをこの目で見ることができたのも良かったです。
b0214184_6455013.jpg
「動物園前」駅に向かう途中に変わったスーパーが、名前は「玉出」。多分、パチンコ屋を居抜きで改造し、名前までそのまま残したという感じ。
b0214184_6425442.jpg
ド派手な看板、これが、大阪下町の保守本流なのでしょうか?関東と関西の気質の違いを感じたものです。

京阪本線で京都に戻りました。楽しい1日でした。

by camino0810 | 2012-02-16 06:54 | 京都 | Comments(0)  

2011年5月2日(月) 大阪 大阪城その2

北面の刻印石広場には、大阪城の石垣に使用された石が展示されていました。石には、どこの大名が積んだものかがわかるように、刻印が彫られていました。
b0214184_5553595.jpg


専門的には、トレーサビリティー(追跡可能性)と言います。この石は、何処の誰か、何処から切りだし、何処に据えたのかが判ることを言います。

「フクシマ」の放射能汚染問題で、マンションのコンクリートの骨材の汚染が最近話題になりました。セメント、骨材、混和剤など、すべてトレーサビリティーが判るようになっています。

現在の大阪城は徳川時代初期の作品。秀吉のオリジナル版を大幅に改造したようです。徳川幕府が、石垣工事をどのように配分したかが判りました。

工区分けは、「大阪城内ゾーン」(多分内堀の石垣工事でしょうか?)が30工区、「寝屋川ゾーン」(外堀?)が20工区のようでした。メンバーは、概ね、徳川の松平、本多、前田などの譜代、親藩がメーン。外様の毛利も入っていました。
b0214184_663087.jpg
b0214184_66581.jpg
僕の実家のある大分県佐伯市の毛利藩のものもありました。「豊後佐伯 毛利伊勢守高政」が責任者でした。個人名が特定されているので、築造年代の推定は容易でしょう。
b0214184_6131055.jpg
毛利藩の刻印は、こんな感じ。象形文字みたいで、意味はよくわかりません。
b0214184_618297.jpg


当時、大阪城築造工事は、国家的なプロジェクトだったのではないか?現在価値に換算すると、多分、数千億になりそうな感じがします。

簡単な石垣工事費の試算   工区数×工区あたり工事額=(30+20)×30億=1500億円。

他にお堀工事、天守閣工事などの上物、周辺整備工事を合算すると、5000億~1兆円規模にはなりそうです。

財源をどうしたのか?設計会社はどこだったのか?工事を統括する幕府の工事局はどんな仕組みだったのか?各大名の工事事務所はどんな風?職人たちの住まいは?などなど、考え始めると結構面白そうです。

公園の中に、桐の花が咲いていました。上品な紫です。
b0214184_6425877.jpg
京橋口に向かいました。極楽橋の袂の石垣も立派でした。
b0214184_6462891.jpg
極楽橋は改築工事中。
b0214184_6501932.jpg
リニューアル工事のようでした。以前のイメージを保持しつつ耐震補強でもするのでしょうか?
b0214184_653341.jpg
京橋口から振り返った大阪城は、実に、雄大かつ優美でした。屋根の緑青が宝石のように綺麗でした。
b0214184_2336463.jpg

パリの凱旋門に勝るとも劣らない迫力と上品さを感じました。
b0214184_2385658.jpg


「大阪城は、日本を代表する建造物だった。」改めてそう思いました。

京橋口にも超巨大な石垣が・・・
b0214184_23174820.jpg

寝屋川に架かる橋の上から見た大阪城と赤レンガの建物のコラボも素晴らしかったです。
b0214184_23205281.jpg
寝屋川を走る水上バスと高層ビルのコラボも「水の都」大阪に相応しい光景でした。
b0214184_2325595.jpg


大阪城は、単なる名所・旧跡程度だと思っていました。想像以上に素晴らしいところでした。

by camino0810 | 2012-02-10 06:00 | 京都 | Comments(0)  

2011年5月2日(月) 大阪 大阪城その1

水上バスのミニクルージングを終えて、大阪城に向かいました。大阪城ホールを通って、青屋門から入ることに・・・
b0214184_19284957.png
外堀は、こんな風・・・
b0214184_636394.jpg
程なく青屋門に到着。
b0214184_637673.jpg
青谷門を潜り抜けると、お目当てのの大阪城の天守が視界に飛び込んできました。
b0214184_6384729.jpg
内堀にそびえたつ石垣の巨大さに圧倒されました。皇居前の江戸城、実家の大分の中津城の石垣など遠く及びません。
b0214184_645369.jpg
内堀脇の遊歩道を歩いて、南面の桜門へ。このあたりは空堀になっていました。
b0214184_6484449.jpg
来た道を振り返ると、こんな感じ・・・角の石垣の大きさは、半端なく巨大でした。多分、3m×2m×1m。20t位はありそうでした
b0214184_6492997.jpg
桜門から城内へ・・・
b0214184_21544148.jpg
門をくぐると、巨大な石垣が・・・高さ3m、幅9mはありそうです。厚みが不明なため重さは不明ですが、運搬中に石が壊れないためには、最低でも1mは必要でしょう。そうすると、3×9×1×2.7t/m3=73t。下手をすると、100tはあるかもしれません。
下々のものに判りやすいパフォーマンスで自らの強大さを示すのは、いつの時代でも権力者の常とう手段。秀吉はそういう人心操縦術に長けた人物。墨俣の一夜城など土木技術者としても一流の人物と推察されます。
b0214184_225774.jpg


これだけの石を切り出してどうやって運搬するか?
写真の印象から判断すると、花崗岩。花崗岩は神戸の御影か瀬戸内海一円に産出されます。いずれにせよ、陸上運搬は困難。多分、船を使って、運河で近場まで運搬、それ以降はコロと人力でしょう。
100tの石をどうやって船で運搬したのか?
ひとつの仮説として、海中に縄で吊るした状態で運搬すれば、浮力を利用できる分、船を小さくできるという考えもあります。
土木工事の記録はどの時代でも乏しいのが、残念。多分、企業秘密か国家機密位の重要度があったのかもしれません。

天守閣は立派でした。鉄筋コンクリート造なのが、少々残念。
b0214184_2231132.jpg
最上階からの展望は、素晴らしかったです。秀吉が存命中は周囲は軒の低い民家だけ。さぞ天守からの広大な眺めに痛快な思いをしたことでしょう。
b0214184_22345126.jpg
実は、現在の大阪城は徳川秀忠、家光時代に再構築されたものらしいです。
秀吉のオリジナル版はもう少し小振りだったとか。オリジナル版は黒田官兵衛の作。僕の実家、大分県中津城を造った人でした。
b0214184_19425194.jpg

黒田官兵衛、加藤清正、藤堂高虎などの城つくりの巨匠は、いずれもいくさ上手。攻城戦での坑道戦法、地下水遮断戦法、水攻め戦法など、土木技術の知見の多寡が、戦の勝敗を分けるポイントだったのでしょうか?

僕が導き出した結論・・・「戦国時代の名将は、優秀な土木屋だった。」

大阪城と中津城の石垣の勾配は明確に違います。
石垣の曲線勾配は、土質力学の簡単な土圧理論から説明ができます。官兵衛は、石垣の基礎地盤の強度、石垣背面の盛り土の性質などを熟知した優秀な土木屋だったと思われます。

現在の大阪城は、東京スカイツリーを建設中の大林組。大阪を発祥の地とする名門建設会社です。大阪城の建設時の模型が展示されていました。1958年、東京タワーで用いられた「ジンポール方式」でした。この手法は、東京スカイツリーで使用されたタワークレーンがなかった時代の代表的な建設手法だと得心しました。
b0214184_20175240.jpg
北面の刻印石広場に向かいました。
b0214184_2033141.jpg

北面から見る大阪城はインパクトがありました。
b0214184_20364857.jpg
b0214184_20344536.jpg


次は、刻印石広場の記事、章を改めてご紹介します。

by camino0810 | 2012-02-08 05:48 | 京都 | Comments(0)  

2011年5月2日(月) 大阪 水上バス

2011年5月2日(日) 今日は、カミサンと2人で大阪城見物に出掛けました。

出町柳から京阪本線の特急に乗って大阪へ。特急料金が不要。車内は、中吊り広告などの宣伝がほとんどなく、すっきり落着いた感じでOK。
b0214184_6343561.jpg
京橋で下車して、JR環状線に乗り換え、大阪城公園で下車。
b0214184_6375538.jpg
駅を出たら、周囲には高層ビルが立ち並んでしました。このあたりが大阪の政治・経済・文化の中心部だと思います。
b0214184_648419.jpg

大阪の街に来るのは、1995年1月の阪神大震災以来16年振り。当時、僕は建設会社に勤めていたので、東京の本社から設計応援で2週間滞在しました。

当時、感心したのは、阪急電車がいち早く改札にICカードを導入していたこと。東京は、裏が茶色の切符でした。

最初に「アクアライナー」で淀川のクルーズをすることに・・・
遊覧コースは、大阪城港→大川(淀川)→天満橋→天神橋→難波橋→淀屋橋港→OAP港→大阪城港。約50分のクルージング。料金は1700円。大阪城の入場券(単品で600円)とセットで2000円。よって、セット券を購入。
隅田川のクルージングが同じ時間で900円程度。安くはありませんが、折角の機会なので奮発しました。
b0214184_1114145.jpg
b0214184_871885.jpg
水上バス駅でイカ焼き300円を買い食いして、ガソリン補給。
イカ焼きは、イカの切り身が入ったお好み焼き。大阪のB級グルメの代表的1品でしょうか。旨かったです。
b0214184_8151715.jpg
12時、船着き場から搭乗。
b0214184_8293857.jpg
船内はこんな感じ・・・天井部分も眺望をよくするためガラス張りにしていました。
b0214184_834419.jpg
b0214184_8343332.jpg
離岸後、船から見た水上駅はこんな風・・・
b0214184_83845.jpg
天満橋を潜ります。橋脚の基礎はどうなっているのか?どういう造り方だったのか?土木屋の僕はいつものように考えます。
b0214184_8401976.jpg
天神橋はアーチ橋でした。
b0214184_10311657.jpg
次は、難波橋。東京の日本橋と同様な歴史的建造物のような気分がありました。
b0214184_10243899.jpg
気になったのが、護岸のコンクリートがかなり劣化していること。空洞が沢山出来、中の鉄筋がむき出しになっていました。淀川の干潮部なので、塩害を受けた可能性があります。早急な対応が必要でしょう。
b0214184_10341243.jpg
Uターン地点の向うには、淀屋橋と船着き場が見えました。淀屋橋も歴史的建造物のようでした。
b0214184_1044882.jpg
川崎橋は、現代的な斜張橋でした。
b0214184_1114752.jpg
遊覧船は低空頭の扁平な形をしていました。土佐堀川や堂島川は、感潮河川なので、水位が変化します。びっくりしたのは、橋の下は満潮時に狭くなるので天井高さが自動的に調整できる仕組みになっていたこと。最初の写真は通常時。窓辺の柱は50cmほど。
b0214184_10552451.jpg
天井を低くした後は、柱は20cm、概ね、30cm柱がちぢみました。
b0214184_10555088.jpg
沿川の風景は、「水の都」大阪に相応しい気分がありました。川と都市が一体的に整備されていました。素晴らしかったです。
b0214184_116131.jpg
b0214184_1175285.jpg
OAP港には、帝国ホテル大阪が・・・夜景が、多分素晴らしいことでしょう。
b0214184_11115727.jpg


今回のミニクルーズの価値は、どうだったか?同じ景観、同じ橋を楽しめる隅田川のクルージングが900円。

 隅田川の場合、B=1500円、C=900円  B/C=1500/900=1.7
 淀川の場合、B=1500円、C=1700円  B/C=1500/1700 =0.9

僕の場合、隅田川の方が、価値が高いという結果になりました。理由は、多分、集客数。淀川の集客数が増えれば、Cを抑えられるので、いい勝負になるでしょう。

これから、いよいよお目当ての大阪城へ・・・・記事を改めてご紹介します。

by camino0810 | 2012-02-05 12:00 | 京都 | Comments(0)  

2011年5月1日(日) 京都 錦市場

錦市場は、京都市民の台所。

食べることが好きな僕は、デパ地下が大好きです。錦市場は、京都という巨大なデパートのデパ地下みたいなもの。来京の折には、必ず立ち寄ります。落着いた京都御所もいいけど、庶民的で活気にあふれるアーケード商店街も良い。

錦市場は、四条通りから一筋北側に入ったアーケード商店街。
地元の京野菜、近在で獲れた魚、それらを調理、加工したおかず、タコ焼きなどのB級グルメなどなど・・・試食できるのが、また、嬉しい。

今回も道一杯に観光客が溢れていました。
b0214184_685698.jpg

定番のちりめん山椒。ご飯の友としては、実に秀逸な一品です。
b0214184_623150.jpg
京野菜のお店では、九条ネギ、わさび菜、水菜など・・・水菜は、一昔は珍しい野菜でしたが、今ではすっかり定着した感があります。ちなみに、僕の農業経験で言うと、水菜の栽培は非常に簡単。小松菜ともに最も育てやすい野菜です。
b0214184_6295871.jpg
佃煮専門店も・・・
b0214184_6364960.jpg
実に豊富なライアップ。棒だら、棒にしん、釘煮、シジミ山椒など京都人の味覚レベルの高さが判ります。
b0214184_638229.jpg
京都は海から遠いところにあるため加工した魚類も豊富。旨そうな干物が沢山並んでいました。若狭の焼きサバが・・・実に旨そうだったので、小振りな600円の焼サバを購入。塩引きのサバが1本2300円、いい値段です。
大分県出身の僕には気になることが・・・関サバの干物が840円、関アジの干物が500円。ほんとですか?本物の関サバ、関アジは、1本5000円ですよ・・・
b0214184_6463384.jpg
次は、お惣菜のお店・・・
だし巻き卵やうまきが100円程度。買い食いにお手頃な値段設定がうれしいです。
b0214184_7191320.jpg
仕上げは、タコ焼き。6個180円という超低価格のお店が・・・小さくけど一応タコは入っていました。味はまずまず。
b0214184_7242229.jpg
買い食いでお腹もくちくなって、高野のアパートに帰ることに・・・。市場の入り口のある錦天満宮へ。
b0214184_730151.jpg
面白い光景が・・・鳥居を端部を巻き込んで建物が建っていました。
b0214184_732577.jpg


アーケード商店街は、日本固有の街のかたち。元気のない商店街が増える中、錦市場は元気一杯。これからもがんばり続けて欲しいです。

by camino0810 | 2012-02-03 06:09 | 京都 | Comments(2)