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2013年5月8日(水) フランス その40 再び、パリその3

セーヌ河の河岸を上流に向けて歩きました。
アレクサンダー3世橋を渡って、セーヌ左岸に向かうことに。。。

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ホントにゴージャスな橋でした。

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橋の上から見るエッフェル塔の眺めも良かったです。

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こんな豪華な親柱は見たことがありません。

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欄干の天使は、金の巻物をつかんでいました。後ろにグランパレも見えました。

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マロニエの木々の間に2つの銅像が・・・
最初は、ロシアの将軍の像、第一次世界大戦の時にロシアはフランスの同盟軍としてドイツと戦っていたようです。

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次は、ラファイエット、カトリーヌの会社がある通りに名前にもなったフランスの政治家で軍人で愛国者。アメリカの独立戦争を応援したことからアメリカの小学生が感謝の意を込めてこの銅像を建てたそうです。

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橋を渡って、アンバリッドの方に歩きました。このあたりは実に気持ちの良いオープンスペースになっていて、皇居前の広場と似た気分を感じました。ランドアバウトの向こうにあるアンバリッドには時間がないので、見学省略。

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2010年の8月、初めてパリを訪問した時を懐かしく思い出しました。このベンチで近くのカルフールで買った4€のお寿司を食べたものです。

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往復に使ったエールフランスの本社もありました。

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セーヌ左岸から右岸を見た絵柄も実に素晴らしい。お天気は晴れたり曇ったりでしたが、この時は陽がさしてきました。

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広々した歩道は、歩いていて気持ちがいいもの。街づくりの基本でしょうか?

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アレクサンダー3世橋の左岸側から上流方向に歩きました。これまで数多くの補修現場を見ていましたが、セーヌ河畔も補修工事中でした。河畔の散策路のレンガ舗装でした。オルレアンのジャンヌ・ダルクの公園で見たやり方と同じ方法で砂で下地を取ってレンガを並べていました。

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上流左岸から振り返ったアレクサンダー3世橋はこんな感じ。。。どこから見てもゴージャスです。

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ユニットハウスと呼ばれる仮設事務所と仮設トイレが置いてありました。トイレには”使用禁止”の貼紙が。。。てっきり補修工事の現場事務所と思っていたら違っていました。

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ユニットハウスから持ち出したテント、テーブル、椅子を並べて昼食会を開していました。なにかのNPOなのかもしれません。

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コンコルド橋の右岸側にはオベリスクが見えました。

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左岸側の歩道をポンヌフを目指して歩きました。
右手に国会議事堂が。。。パルテノン宮殿仕様でした。ワシントンDCもこの手の建物がどっさりありました。DCの基本設計を担当したのは、フランス人のデュポン。パリの気分をそのままDCに持ち込んだのかとも思えます。

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以下、次号。。。

by camino0810 | 2014-01-30 06:05 | フランス | Comments(0)  

2013年5月8日(水) フランス その39 再び、パリその2

今日の23時25分発AF278便で帰国します。よって、2時間前にはシャルル・ド・ゴール空港には着いておく必要がありました。
この日は17時ごろ家族とルーブルのピラミッドで待ち合わせ、18時ごろ、カトリーヌとオペラ前で再会する段取りでした。ちなみに、この日はフランスは戦勝記念日でお休み。第2次大戦の戦勝国は羨ましいです。
12時過ぎ、いよいよ、セーヌ河探検の再開です。この日のお天気は雨交じりの曇りだったのが残念。。。
コンコルド広場からスタート。

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改めて、パリの街の巨大さとゴージャスさに圧倒されました。これまで観てきたロワール沿川の街は掌に納まる規模だったので。。。
どちらがいいか?感動の大きさの違いもありますが、要は”1ポンドのステーキ”がいいか”コハダのニギリ”がいいかの違いみたいなもので、それぞれにいいという結論にしました。
オベリスクはワシントンDCの高さ150mに比べると、小振りですが、こちらが本家。

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凱旋門がかなたに見えました。

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噴水広場で記念写真をお願いしました。

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セーヌ河はすぐ近くにあります。コンコルド橋の袂から対岸の国会議事堂が見えました。ロワール河も増水していましたが、セーヌ河も同じでした。

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現在でもセーヌ河は舟運が盛んなようでした。橋の上から見下ろすと、”働く船たち”が沢山停泊していました。

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コンコルド橋の袂を降りて、河畔の道を下流に向けて歩いてみました。珍しい形をした浮桟橋を見ました。

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貨物船や作業船が多かったです。”PETITE VITESSE"(遅い速度)と名前の船を見ました。早く航行できないので、追い越しどうぞという意味合いでしょうか?ちなみにフランスの新幹線TGVは"TRAIN GRANDE VITESSE"(高速列車)、まんまの名前です。

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”LE CID"はコルネイユのオペラのタイトル・・・日本では第〇〇丸というワンパターンの紋切り型が普通。フランスは流石にお洒落でエスプリが利いた国です。

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係船柱の脇にひっそりとチャウチャウみたいな番犬がうずくまっていました。

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超ゴージャスなアレクサンドル3世橋を背景にして韓国人の夫婦に記念写真をお願いしました。

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このゴージャスな橋の下にやってきました。下から見上げてもやっぱりゴージャス。ロシアが、その国力を宣伝するためにどっさりお金を投入したということでしょう。


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橋の構造は、単支間のメタルのアーチ橋ですが、欄干、綱、アーチすべてを精密な鋳物で装飾していました。多分、これだけ凝った橋は他にないと感じています。

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東京タワーと同じリベットと飛ばれるボルトで部材を接合していました。

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アーチ桁を支える最も大事な支承部分は現在のものと大差ありません。

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インフラを改造して景観面からその価値の向上させようという活動も国内で始まりました。2020年の五輪開催に合わせるという考えもあるでしょう。公共事業では、事業を始めるには、このブログでも再々触れてきたB/C(費用対効果)が1.0以上であることが必要とされています。C(コスト)は、割と簡単に試算できるけど、B(効果)を貨幣換算することは、なかなか難しいです。特に景観が良くなったことの効果をどのように計測するかが難問です。
アレクサンダー3世橋が、パリの価値向上に大きく貢献しているのは明らか。パリのセーヌの橋といえば、この橋かポンヌフでしょう。

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過去の事例を参照して、あるインフラを高品質に改造したら、観光客が増加し、観光収入の増加に伴う税収増加分、関連産業の増加に伴う税収増加分なども計算できそうな気もします。そうすると、一応B(効果)の算定は可能ですが。。。土木工学は、Civil Engineering。軍事工学のMilitary Engineeringと対比されます。軍事以外が土木となると相当広範囲に亘る分野ということになり、このような計算モデルを研究する分野も土木にありそうな気がします。
自称”川屋”にとって、うれしい看板がアレクサンダー3世橋の橋台に・・・セーヌ河の過去の最高水位と最低水位が表示されていました。

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フランス語は相当不明ですが、セーヌ河の水位表示は以下のようでした。
 水位 0m 流量50m3/秒:最低水位(1719年)
     3m 流量800m3/秒:上流部が水没する水位
     4m 流量1000m3/秒:船舶航行の中止水位。
     6m 流量1500m3/秒:通常の洪水時の水位
     9m             :既往最高水位(1910年)
”働く船たち”が航行できる水位は、1m~3mに設定されているようでした。

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ロワール河は1856年が最高水位ですが、セーヌ河は1910年の洪水で最高水位。それ以降の記録がないので、河川改修、ダム、遊水地などを整備したようです。
いずれにせよ、明治時代の終わり頃には主要河川の治水対策が完成していたようで、フランスは治水先進国だったと言えるでしょう。
ちなみに、多摩川の計画洪水は7,000m3/秒程度なので、セーヌ河の洪水はあまり大きくない感じでした。セーヌ河は、広い国土をゆったりと流れるため、洪水もゆっくりとで出るようで、その流量も小さめです。

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懐かしくも珍しいものを発見しました。ホタテ貝の装飾が施された扉でした。ホタテ貝は、スペイン巡礼で巡礼者が目印に付ける記しです。4本あるフランスからの巡礼路の1本は、パリが出発点です。何か関係があると思います。

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下流のアンバリッド橋は、石造りのアーチ橋です。この橋は1855年感完成、パリの万国博覧会用に建造されましたが、間に合わなかったそうです。構造的な限界から4つの支間に分割さてれていました。実に風格を感じさせる石橋です。

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アーチ部分は縦長の石材を連結していました。

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地上部に上がって、セーヌ河を上流に向けて歩きました。
以下、次号・・・    
 

by camino0810 | 2014-01-21 19:21 | フランス | Comments(0)  

2013年5月8日(水) フランス その38 再び、パリその1

ロワール河とツール、ナント、オルレアンの街巡りが完了し、本日、パリに戻ります。
朝、ホテルの部屋でテレビを見ました。情報番組をやっていましたが、フランス語でしゃべられるので細かいことはほとんど判りません。
アニメもやっていました。忍者にヒントを得た作品で、主人公の忍者たちは正義の味方のようでした。日本のサブカルチャーがフランスでも浸透してるなと感じました。

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子供向けのアニメはこんな感じ。。。

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フロントでチェックアウトを終えて、駅まではフロントで頼んだタクシーで行きました。高々、2㎞くらいでしたが、かなり高かった覚えがあります。
オルレアン発9時28分のパリ行きのTGVを利用しました。料金は20€(2,600円)。

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時間があるので、駅のファストフードで朝食。コーヒーとブドウパンです。

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お店の壁に貼ってあった昔を絵図を見ると、ロワール河には3つのお城があることが判りました。絵図の上に描かれた一番大きいお城が、多分、旧市街だと思います。

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例によって、トイレチェック。やはり、小便器には台がありませんでした。

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この電車は一応TGVではありましたが、普通電車と同じ仕様。珍しく検札がありました。多分、抜き打ちでしょう。

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パリの郊外に来ました。高層アパートのような建物が増えてきました。

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終着駅に近づいてきました。流石にパリの駅は線路が沢山あります。

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10時33分、パリ、オーステルリッツ駅に到着。この駅はかなり歴史があるようで、古色蒼然とした印象でした。

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この駅は、パリの中のハブ駅にしては小さい感じでした。

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メトロに乗って、再び、カトリーヌの会社に行き、荷物を預けました。彼女の会社はオペラ座の近くにあります。やはり、パリの街は大きいです。

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歩いて、オペラまで行きました。5月3日から5日振りでした。曇りだったのが、残念。

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フランスでの一人旅に慣れたせいか、オペラの眼の前のカフェに一人で入ってみました。立地が良いためか、メニュを見ると、皆、高額でした。仕方ないので、一番安そうなコーヒー6€(800円)を注文しました。この席でコーヒーを飲みながら、これから半日をどう過ごそうかを考えました。注文とりのギャルソンに写真をお願いしました。

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盗難注意を喚起する札には日本語が併記されていました。

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結局、オベリスクのあるコンコルド広場に行って、セーヌ河の河岸を歩こうと決めました。オペラの駅入り口で写真を撮ってもらいました。

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オペラ前から、街を眺めて思ったこと。「やっぱりパリはゴージャスだね」。。。

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メトロに乗車してコンコルド駅に向かいました。

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以下、次号・・・

by camino0810 | 2014-01-13 15:06 | フランス | Comments(0)  

2013年5月7日(火) フランス その37 オルレアンその9

いよいよオルレアン最終章。
21時近くになり、暮れなずんできました。
再び、大聖堂に行って見ました。沢山の人が大聖堂前の広場に集まっていました。

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警官が規制線を設置していました。何かの祝典が開催されるような感じでした。

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大聖堂前には市長の演台が・・・

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開会まで時間があるそうなので、再びカフェで賑わう路地の方へ。。。ブルゴーニュ通りは中世からフランスの基幹道路だったとか・・・

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カフェに賑わいが出てきました。

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21時15分、祝典がスタート、鼓笛隊のパレードが始まりました。

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ジャンヌ・ダルク通りには風船売りも出て、お祭り気分が盛り上がりました。

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祝典見学をそこそこにして、再び、ブルゴーニュ通りへ。カフェも大いに盛り上がっていました。フランス人はいい意味で人生を楽しむのが上手な国民だと感じました。

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ホテルに戻りました。昼食を摂ったジョルジュ・サンク橋の袂のカフェまで来ました。

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ジョルジュ・サンク橋はライトアップされていました。

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ロワール河の右岸側をホテルに向かって歩きました。

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河畔の夜も素晴らしかったです。ただ、気になったことが・・・女子会、男子会みたいな同性のグループが目立ちました。カップルの国であるべきフランスでも同性の集まりが増えてきているということでしょうか?少し気になる現象です。

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22時、ホテル着。朝9時からこの街をよく歩きました。疲れましたが、この街は、実によかったです。

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部屋に戻って、モバイルでメールなどをチェック、FBに当日の記事をアップしました。

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明朝、パリに戻ります。ルーブルのピラミッド前でカミサンと上の娘と再会する約束をしていました。ここで、椿事が起きました。
以下、次号。。。

by camino0810 | 2014-01-12 12:11 | フランス | Comments(0)  

2013年5月7日(火) フランス その36 オルレアンその8

19時過ぎ、夕食を摂るためにホテルを出てオルレアンの街を歩きました。
ホテルはすこし街はずれにあるので、住宅街を抜けてレストランのある都心に向かいました。狭い路地には2~3階建ての建物が軒を並べていました。狭いので街路樹はありません。電柱、電線も地下に埋めているようなので、すっきりした街路になっていました。

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フランス、スペインの街では、どんな小さい通りであっても必ず通りの名前が付いています。このあたりは、日本と大いに違っているところです。

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教会前の広場には街路樹がありました。

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この街は、小さいのですぐにメーンのジャンヌ・ダルク通りに出ました。

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ジャンヌ・ダルクの家がありました。外壁は珍しく木造レンガ造りになっっていました。

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入り口にこの建物の説明書きがありました。「ジャンヌ・ダルクは、1965年に復元されたこの家に1429年4月29日~5月9日までオルレアンの財務官、ジャコブ・ボブシェに招かれて滞在した」フランス語は不如意なので訳は怪しいですが、とにかくジャンヌはちょうど584年前のゴールデンウィーク期間に、このオルレアンにいたことは間違いないでしょう。オルレアン市は、この期間をジャンヌ・ダルク祭の期間に設定したようです。

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夕食をどうするか?
毎日、毎日バゲットばかりの食事が続くと和食やコメの飯が恋しくなりました。
フランスのみならずヨーロッパ、アメリカなど全世界で日本の寿司は確固たるプレゼンスを確保しています。
オルレアンにもお寿司屋さんがありました。”SUSHISHOP”はちょっとだけ高級レストラン風でした。

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この寿司ショップはチェーン店のようで、インターネットでも注文できるようです。ドメイン名は”fr”ではなく”eu”となっているので、ヨーロッパ全域に展開しているかもしれません。電話番号の標記もフランス流の2つ切りとは違っていました。

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この寿司屋は、”小僧寿し”を高級にした感じで、持ち帰りとイートインのオプションが可能でした。厨房では外国人の寿司職人が握っていました。
お値段は結構高かったです。清水の舞台から飛び降りる覚悟でオーダーしました。巻物とニギリのセットで12.99€(1,700円)。味は大変良かったです。日本のお寿司と全く遜色はありませんでした。美味かったです。課題は量が少なかったこと・・・大食いの僕には少し不満が残りました。

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コメの飯を求めて、街を歩き回りました。ツールにも日本料理店がありましたが、どうも日本人以外の経営なので敬遠。この街にも日本料理店があるものの、やはり同じ感じでした。

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但し、メニューは”刺身”、”寿司から”かつ丼””タコ焼き”、”とんかつ””焼きそば”など実に豊富。しかも、日本語併記でした。

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この日本料理店はスルーして、インド料理のお店でダメを押しました。この店は、インド人の若いギャルソンが注文に来ました。チキンカレー(7€:900円)が質、量とも申し分なかったです。

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20時30分食事終了。ようやく、暗くなってきました。夜のオルレアンの探検をこれから始めます。
以下、次号。。。

by camino0810 | 2014-01-12 10:01 | フランス | Comments(0)  

2013年5月7日(火) フランス その35 オルレアンその7

駅前から繁華街の方を歩きました。
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綺麗な花壇でした。
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カラフルなケーキとマカロンが並んでいました。
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道路工事中の路上でもカフェが・・・フランス人は、本当にオープンカフェ好きみたいです。
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中心街のトラム停車場・・・
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お天気に恵まれたせいもあるけど、本当に清潔でスッキリした街路です。電柱や電線がないことも大きな要因でしょう。この道路は街をジャンヌ・ダルク通りの続きにあたる道路ですが、車の通行を排除していたようで、トラムの走行路も歩行者に開放していました。ツールでも同じような道路がありました。なかなか素晴らしい光景です。
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ホテルに向かって歩きました。
少し街外れの街路には、この街の歴史を物語る建物が保存されていました。救護院?みたいな建物は1885年完成。日本でいう保育園兼病院みないなものでしょう。明治初期にのような公共施設があった訳で、フランスの先進性を感じました。
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次は、病院。"Hotel de Dieu"という名称からホテルを想定しますが、Hotel には公共の建物の意味があります。したがって、”神の病院”と言う訳です。1844年、江戸末期にこの建物が出来上がり、169年続いていることになります。フランス、イギリスなどヨーロッパの国々は物もちのいい国です。
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ワシントンDCでしばしば見かけたパルテノン様式のチャペルもありました。
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”サムライ道場”の看板に惹かれて探すことに。。。。。
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オルレアンの街は小さいので、中心部から5分も歩くと住宅街でした。2階建ての住宅が軒を揃えていました。職住近接のいい街だと感じました。
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”サムライ道場”は、ホテルの近くにありました。壁面緑化?された一軒家でした。
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合気道の道場のようでした。とにかく、フランス人は東洋の歴史や精神にかなり強いあこがれを持っているようです。
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16時にホテル着。お風呂に入って夕方までシエステ。19時ごろ、再び、街の探検に出かけました。
以下、次号。。。。

by camino0810 | 2014-01-10 07:01 | フランス | Comments(0)  

2013年5月7日(火) フランス その34 オルレアンその6

カルフールは、コストコみたいに天井の高い倉庫のような部屋にプラスチック箱を重ねて商品を陳列していました。陳列用の棚など余計なものは、一切ありませんでした。不必要な経費を削減して価格を抑える戦略のようでした。

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最初は魚。
日本でもお馴染みのクロダイ、アジ、イトヨリ、マダイ、スズキ、カレイ、ワカサギ、カワハギ、イカなど・・・お値段はクロダイやアジは1kgあたり6€(800円)、日本よりかなり安いです。手前の赤いウナギみたいな少々気味の悪い魚も食べるようです。

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次は貝類とエビ、カニ。
ムール貝、アサリ、バイガイ、テナガエビなど。。。1kgあたり10~20€(1,300~2,600円)、日本の値段がわからないので、高い安いは不明。高いものは100g単位でした。

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タラの干物もありました。1kgあたり14€(1,900円)。干物なので多分安いでしょう。

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フランス人の必須アイテム、バゲットはとにかく安い。下の段は、1本0.35€(50円)。

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プレカットしたふと目のパンは、1.35€(180円)。

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10個?入りのクロワッサンは、2.9€(390円)。これはかなり安そう。

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ジャガイモは、1kgあたり1.6€(210円)、日本の半額程度でしょう。ちなみに、ジャガイモは、”Pomme de Terre"(大地のリンゴ)と言います。なかなかお洒落な名前です。

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高級肉コーナー。
左側は、仔羊のスペアリブ。1kgあたり20€(2,700円)高そうです。中央は豚のスペアリブで1kgあたり10€(1,300円)これは安い。

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豚ロースは、1kgあたり10€(1,300円)、500gで5€に切り分けてありました。

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意外なことに牛肉の取り扱いは少なかったような記憶があります。フランス人は豚肉が好みなようです。
カルフールのコーラのプライベートブランド?は、1.5Lで1.74€(230円)、これは日本と同じくらいか?

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ざっくりまとめると、フランスの食料品のお値段は、日本の8割くらいかなと感じました。
カルフールに来たもう一つの目的は、お土産のお菓子を買うことでした。フランスのお菓子は甘目で美味くて安いのでお土産には好都合でした。チョコレートやクッキーを買いました。
驚かされたのは、レジ。
お客がバーコードを使って買い上げ額を計算しカードで支払う仕組みでした。ネイティブの真似をして何とか勘定できました。値段を安く押さえるために、レジ打ちの人件費を削減したのでしょう。

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”カルフールはいつでも最低価格でご提供”という看板がぶら下がっていました。

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再び、街歩きを開始しました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2014-01-07 21:05 | フランス | Comments(0)  

2013年5月7日(火) フランス その33 オルレアンその5

大聖堂を見終わって、ジャンヌ・ダルク通りを駅の方に歩いて行きました。

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街の観察も始めました。。
パン屋さんにはジャンヌの名前が付いていました。

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楽器屋さんもありました。

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小売店舗クラスの食料品店の品揃えや値段も観察しました。品揃えは豊富、お値段は日本より安めな感じでした。チーズなどの乳製品。

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ハムソーセージ。

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豚肉は1kgあたり11€(1,460円)、為替で変動するものの若干お安いようです。

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路地を抜けると、補修工事中の公園がありました。
土木屋の悪い癖が出てきました。何を造っているのか、その造り方は?安全は?東京にいる時も同じです。工事現場を始終見ているうちに見る目も肥えてきて、工事のやり方の良しあしを評価できるようになりました。

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歩道のタイル舗装は日本と同じでした。砂で下地をとってタイルを並べるやり方でした。丁張は万国共通みたいでした。

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興味深かったのは地下室工事。土留めは、親杭を打ち込んで、鉄板を土留め板に使用していました。躯体の型枠は日本では見たことがありません。多分、埋め殺し型枠なのではないか?

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公園の中央にジャンヌ・ダルク像がありました。

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地元の方に記念写真を。。。

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再び、駅前通りに戻り駅の方に・・・トラムが実によく街並に溶け込んでいました。

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フランス銀行のオルレアン支店も。。。オルレアンは小さい街ですが、一応、県庁所在地。日銀〇〇支店みたいなものでしょうか?風格がありました。

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駅前から電車通りを眺めるとこんな感じ。。。

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駅前のショピングモール「アルク広場」には、日本でもお馴染みの”カルフール”、ZARA”、”H&M"が入っていました。

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ショピングモールの最上階には、シネコンもありました。羽生のイオンと造りは同じです。

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お馴染み、PAULも出店していました。

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”ZARA”に入ってみました。自分の着ているジャケットと全く同じのものが80€(10,600円)。池袋の”ZARA”で15,000円で買いました。ちょっと損をした気分になりました。
カルフールは、日本でいえばヨーカ堂みたいなスーパーでしょう。パリにもスペイン国境の村にもありました。

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カルフールの内部を観察すると、フランス人の生活を理解できるのではと考え、中に入りました。
続きは、次号・・・

by camino0810 | 2014-01-07 06:22 | フランス | Comments(0)  

2013年5月7日(火) フランス その32 オルレアンその4

オルレアンの旧市街は、ナントに比べてこじんまりしていました。
駅前の電車通りを駅に向けて歩きました。3階建ての建物の屋根は、綺麗に揃えられていました。この通りの歩道は、建物の中を通っているアーケード形式でした。台北にも似た歩道がありました。

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トラムはTaoという会社が運営しているようでした。Taoは中国の道教の事でしょう。

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チケットの自動販売機もありました。

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おもちゃ屋さんもありました。

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右折して、路地に入って行きました。「KOOKAI」というブティックや「Zen &Belle」という化粧品店の名前からもフランス人の東洋趣味が窺いしれました。

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フランス人はオープンカフェが大好きです。路地の脇や小さな広場でも必ずテーブルと椅子を持ち出してカフェを開店させていました。

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オルレアンの街のもう一つのメーンストリート、ジャンヌ・ダルク通りに出ました。サン・クロワ大聖堂の雄姿が目に飛び込んできました。これほどスッキリした街並をこれまで見たことはありません。電柱やトラムの架線をすべて地下化したことも大きく貢献していると感じます。
日本人は、必ず街路樹を入れたがるものですが、木を排除したことも大きな要因でしょう。これまで見てきた西欧の街には、街路樹がなかった素晴らしい通りが、意外にも多かったです。
植樹すると、木の成長に伴う舗道の破壊や視界の阻害、剪定の手間などのマイナスの要因が出てきます。木がなくても十分に良好な都市景観が創出できるのでは・・・と感じています。

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ジャンヌ・ダルク祭りのためいろいろな旗が掲げられていました。

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サン・クロワ大聖堂は、ツールのサン・ガシアン大聖堂と同じくらいインパクトがありました。

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ファサードも実に立派。

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聖堂内部は実に荘厳な気分がありました。

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奥の祭壇にジャンヌ・ダルク像が掲示されていました。

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ブルボンの百合の花をあしらった旗やスカートをまとった甲冑姿のジャンヌの雄々しい姿が描かれていました。

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実は、もう一つの救国の英雄たちがいました。アメリカの戦士たちでした。
左側の祭壇の右脇に彼らに対する感謝の言葉を発見しました。

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「2つの大戦で150万以上のアメリカ軍兵士が、神のため、祖国のため、自由のためにその命を捧げた。67,581人の戦士がフランスの地に眠っている。」
2度の大戦でフランスは宿敵ドイツに徹底的に打ち負かされました。瀕死のフランスを救ったアメリカ軍兵士は、フランス人にとって20世紀のジャンヌ・ダルクと言えると思えます。

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この大聖堂の天井は、ナントの大聖堂より複雑な形状をしていました。アーチ状の骨組みに石材を張っていました。

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大聖堂の外面も気高い気分を感じさせました。

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最後に地元の方に記念写真を撮って頂きました。

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引き続き、オルレアンの街の探検を続けました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2014-01-05 19:13 | フランス | Comments(0)  

2013年5月7日(火) フランス その31 オルレアンその3

ホテルのすぐ脇はロワール。
12時過ぎ、早速オルレアンの街の探検を開始しました。
ロワールの右岸を上流に向けて歩き始めました。
川の左岸、右岸の呼び方には決まったルールがあります。下流に向かって、左手が左岸、右手が右岸です。この写真で左側を右岸というのは、流れが手前に向いているからです。
河畔は公園になっており、その奥に道路、建物が並んでいました。ナントのロワールでも見たようにいい「かわまち」2つの条件が当てはまっていました。
 ①建物や公園など施設が川を向いていること
 ②河岸へのアプローチが良いこと

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鴨の番いが2組、水辺で遊んでいました。3つ目の条件として、「生き物にやさしい環境であること」を加えてもいいでしょう。。。

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河畔のベンチで読書をしている人たちも・・・残念ながら・増水で河岸の状況は不明でした。

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この街のメーンの電車通りが走るジョルジュ・サンク橋の袂にやってきました。

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この橋は、石造りの多連のアーチ橋、歴史を感じさせる橋でした。

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この橋の袂から見たロワール河は最高に良かったです。歩いてきた散策路を振り返りました。

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ロワールは増水していました。濁流がごうごうと流下し、中の島の河畔林はかなり水没していました。

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オルレアンのトラムは最新型の2両編成でした。

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電車通りを渡って橋の上流に出ました。ここからの眺めも最高でした。橋のアプローチ部分は、形状的な理由から直壁の護岸にせざるを得ませんが、上流の一般部はもとのように段差をなくしてアクセスを良くしていました。

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警戒水位の標識がありました。「気温23度、水位2.34m、増水危険性はなし」と表示されていました。増水の警告は信号みたいに黄色から赤に変わったりするのかな?と思ったりしました。

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護岸には過去の洪水の履歴が記録されていました。パリのセーヌ河でも同様の水位記録を見ました。

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記録によると、1800年代に度々大洪水が発生していました。既往最大水位は1856年6月9日で約7m、現在の水位より約5m高くなったことになります。オルレアンの街は相当水没したことでしょう。1900年代の記録がないことからも、河川改修やダムの整備が進められたからでしょうか?

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15時近くになりました。遅めの昼食を橋の袂のカフェで戴きました。

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コーヒーとハム入りのバゲットで5.3€(700円)をオーダー。いい天気のなかでコーヒーを飲みながら、何となくフランスになじんできたなと感じたものです。

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昼食後、更に探検を続けました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2014-01-05 14:31 | フランス | Comments(0)