<   2014年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

 

2014年5月5日(月)中欧 その14 ブラチスラバ~ブダペスト

今日は、ブラチスラバからブダペストへの移動日。
ブラチスラバ本駅発9時53分、ブダペスト東駅着12時35分着の普通電車に乗ります。

朝食は、スロバキア人が常食している「おかゆ」でした。「オートミール」みたいな感じで牛乳やチーズが入っていた感じでした。
写真はありませんが、多分、”ブリンゾベー・ハルシュキ”だと思います。
食べやすいので朝の忙しい時間に好都合な食事でしょう。味も良かったです。
”すり下ろしたジャガイモと小麦粉をゆでて作ったダンプリングと牛乳で溶いた羊乳のチーズソースを絡めたもの。カリカリに焼いたベーコンをのせて食べることもある。”

b0214184_11574636.jpg
(出展:ウィキペディア)
食後にウラジミールが経営している工場を見学することに・・・
工場は自宅から車で10分たらずの住宅街のはずれにありました。

b0214184_13275229.jpg

幅50m、長さ150mくらいの実に広大な工場でした。エクステリア用の製品を製作していました。
内部にはオフィス、展示場、製品置き場、製作工場など一連の施設が配置されていました。
オフィスは、小さめの1階建ての平屋ですが、中は実に立派でした。

b0214184_13290927.jpg

沢山の製品が展示されていました。

b0214184_14222581.jpg

b0214184_13300994.jpg

一番奥にカマボコ型の工場がありました。

b0214184_13310933.jpg

工場内部では、白いセメントを混ぜて製品を造っていました。

b0214184_13325452.jpg

会社名は、「 ANDROMEDA」。ウラジミールはこの会社の社長でした。業績は好調のようでした。
次男の同名の「ウラジミール」もこの工場勤務だそうです。出掛けに挨拶を受けましたが、なかなかの好青年でした。ウラジミールは、立派な後継者もいて幸せな男だと感じます。


b0214184_13460776.jpg

事務所は小振りですが、内部はインテリア雑誌に出てきてもおかしくないほどお洒落でした。

b0214184_13465824.jpg

会社のホームページを読むと、1993年に設立されたとの事。89年に共産党政権が解体、93年にチェコ・スロバキアから分離独立。独立の年に設立されたようです。
彼の一番の自信作の前でスナップ写真。

b0214184_13494621.jpg

彼の会社も紹介しておきましょう。。。
http://www.fontany.sk/
会社の製品案内もありました。

b0214184_13523279.jpg

ウラジミールのイチオシの製品は、トップページに掲載されていました。(左上の写真)

b0214184_13524714.jpg

工場に近くに8基の原発がありました。人口500万のこの国ならこの発電所ですべて電気を賄えそうな感じもします。
このあたりにはドナウ川の支川が流れていました。原子炉の冷却は河川水かも知れません。
隣国のオーストリアには発電用風車が沢山建っていました。エネルギー政策はEUの各国でバラバラにような気がします。

b0214184_14331458.jpg

高速でブラチスラバ本駅に向かいました。車間距離確保の看板でしょうか?

b0214184_14444426.jpg

都心に近づくと渋滞が始まりました。ウラジミールはラジオを付けて渋滞情報を入手していました。
「長男はこの放送局で仕事をしている・・・」

b0214184_14474937.jpg

スロバキアではフランス、イギリスでよく見た”ラウンドアバウト”は見かけませんでした。信号は縦置き型でした。日本では雪国などでよく見かけます。

b0214184_14521829.jpg

フランスの原子力会社”AREVA"の支社がありました。さっきみた原発と関係があるのかも・・・

b0214184_14551582.jpg

日本の”SUZUKI”。。。
車の話になりました。ブラチスラバ市内で見かけた車は、ヨーロッパの小型車が多かった感じですが、日本車も健闘しているようでした。
ウラジミールの評価はこうでした。
「デザインはイタリア、品質はドイツ、信頼性は日本」。。。
ドイツと日本の違いは不明ですが、とにかく日本製品の品質の良さは定着しているようでした。

b0214184_14574753.jpg

"IBM"なども。


b0214184_14592930.jpg

都心ではトラムと車道が共用でした。

b0214184_15010415.jpg


b0214184_15014617.jpg

駅が近くなりました。
丘の上にモニュメントがありました。都心には韓国の"HYUNDAI"がありました。トロリーバスも走っています。

b0214184_15050497.jpg

9時20分、ブラチスラバ本駅に到着。駅舎は旧式で随分とこじんまりした駅でした。頂部にワシの像が付いていました。

b0214184_15105514.jpg

発車まで少し時間があったので、ウラジミール夫妻、アドリアナと構内のカフェでお茶にしました。
ホームで3人の見送りを受けました。
僕は、2泊3日お世話になったお礼と2020年の東京五輪への誘いを伝えました。ウラジミール家はなかなか裕福な家庭です。
6年後に是非日本を訪問してもらいたいものです。

b0214184_15203905.jpg

最後に3人とハグしてお別れ。。。日本人には照れくさいけど、向こうの人には当たり前の習慣です。
去年のフランス旅行でも同じでした。

b0214184_15210301.jpg

9時53分、EC273号はブラチスラバ本駅を定刻に発車しました。ブダペストまでの所要時間は2時間40分。
この電車はプラハ本駅からブラチスラバ本駅を経由してベオグラード駅に向かう国際列車。

b0214184_15333953.jpg

4人掛けのコンパートメントでした。

b0214184_15271455.jpg


b0214184_15290485.jpg

列車内には自転車を格納できる装置も付いていました。

b0214184_15355632.jpg

電車は、ドナウ川の左岸側を東に下ります。

b0214184_15280723.jpg

途中停車駅はこんな感じ。。。

b0214184_15375381.jpg

ハンガリーに入りました。沿線の風景がスロバキアと少し違った印象がありました。検札係りにパスポートと切符を見せて簡単に入国手続きが完了。シュンゲン条約というのは実にありがたい取極めです。

b0214184_15425925.jpg


b0214184_15432351.jpg

定刻にブダペスト東駅に到着。

b0214184_15453920.jpg

この駅舎はドーム型のシックでレトロな駅でした。

b0214184_15481523.jpg


b0214184_15475143.jpg

駅前で一休みして、駅の売店で買ったサンドウィッチで昼食を済ませました。
10kgのバックパックをホテルに預けて観光するためホテルに向かいました。
以下、次号。。。



by camino0810 | 2014-06-30 15:53 | 中欧 | Comments(1)  

2014年5月4日(日)中欧 その13 スロバキア中部地方(その3)

スキーリゾートを下って例のダム湖に向かいました。
空がすっかり晴れ上がり、気持ちのいいドライブになりました。

b0214184_16152661.jpg

前方に見える山脈は国境、その向こうはポーランドです。

b0214184_16191132.jpg

スロバキア最高峰の山が見えました。姿形のいい山ですが、名前を聞くのを忘れました。

b0214184_16212194.jpg

ダム湖のほとりで一休み。風が強かったけど、最高の景色を堪能できました。

b0214184_16362590.jpg

ウラジミールも嬉しそうです。

b0214184_16384273.jpg


b0214184_16400524.jpg

山間の道路をひらすら走りました。デジカメの電池が無くなったので、スマホで動画などを撮影しました。
1時間半くらい走って、平野部に入りました。

b0214184_16515957.jpg

麦畑の向こうの集落にはロシア風の尖塔がある教会が見えました。こんな村で1日、2日のんびりするのもありでしょう。
車中でウラジミールはこんなことを話しました。彼はエクステリアの専門家。住居のデザインには詳しいようです。
「スロバキアの住居は外観からその築年代を推定できる。公団アパート風は共産主義時代の1960~70年代、戸建の家も80年代、90年代それぞれに特徴がある。」なんとなく共産主義時代の暗い時代を敬遠する気分を感じました。

b0214184_16532169.jpg

16時過ぎにボイニチェ城に到着。トルナバの北東100kmにある古城でした。バラ窓も付いたお洒落なデザインです。

b0214184_17223662.jpg

円形の塔の天辺には魔よけが付いていました。フランスの大聖堂にも同じものがありました。

b0214184_17250280.jpg

弓矢を射るための銃眼は細長い形状。この形もイギリスやフランスで見ました。日本のお城は、□や△型だったような・・・
上部の腕木はものの上げ下げや出し入れをするための設備だと思われます。

b0214184_17255926.jpg


b0214184_17485651.jpg

説明ツアーに皆で参加しました。ちょうど僕の組が定員の関係で最後尾になりました。ラッキーでした。

b0214184_17480125.jpg


b0214184_17480149.jpg

このあたりには、ドラキュラ伝説もあるそうです。ドラキュラ伯爵はルーマニアの人、まあかっての東欧諸国の一員ということでしょうか。
ツアーを終えて皆で集合写真を撮りました。

b0214184_17532546.jpg


b0214184_17535487.jpg


b0214184_17550709.jpg

古城の参道にあるレストランで夕食にしました。スロバキアの伝統料理は美味しかったです。レストランの係りの女性は皆モデル張りの綺麗な人たちばかり、ビックリしました。


b0214184_17580151.jpg

アドリアナやヤンから食事をしながら明日観光するブダペストのおススメスポットや料理を教えてもらいました。
アドリアナ:「トカイワインがおススメ。甘口の白ワインだけど、度数が高いので飲みすぎに注意・・・」

b0214184_17572725.jpg

仕上げにお城の前で記念写真。。。朝の6時から夕方の8時まで結構疲れたけど楽しい1日になりました。

b0214184_10152130.jpg


b0214184_10161081.jpg

ウラジミールの自宅に戻ったのは、たしか21時過ぎ。アドリアナ、ヤン夫妻は自宅のあるトルナバに帰りました。
リビングで軽いお酒を飲みながら雑談。

彼にスロバキアと隣国の関係や距離感を訪ねてみました。上手とは言えない英語とジェスチャー、紙と鉛筆で懸命に説明してくれました。
チェコは家族、ポーランドとはそりが合わない。ハンガリーとは少し微妙だが、一応友人の範囲、オーストリアは、ハンガリーと同じ。ウクライナは、単なる隣人、付き合いはない。
これまで1000年以上の歴史的背景、地政学的配置などが各国との距離感を造ったようでした。シュンゲン条約による西のユーロ圏と東のロシア圏との新たな壁が西側のスロバキア人にはしっかり根付いているようでした。
本やネット情報では得られない貴重な話を聴くことができたように感じます。

明日は次の訪問地ハンガリーのブダペストに向かいます。

以下、次号・・・


by camino0810 | 2014-06-27 10:43 | 中欧 | Comments(0)  

2014年5月4日(日)中欧 その12 スロバキア中部地方(その2)

ウラジミール、ヤン、僕の3人でつづら折りの歩道を登ることに・・・。
b0214184_14074726.jpg
15分ほど登った広場に、鍾乳洞の入り口がありました。鍾乳洞の図面を見ると、相当に大きな鍾乳洞のようです。
雨に溶け込んだ空気中の二酸化炭素が炭酸に変化して、地下の石灰岩を溶かし、空洞が出来ると同時に、溶けた石灰分が再石灰石化して鍾乳洞になります。断面図を見ると最深部の地下河川は平坦になっていました。これより深い部分は多分石灰岩以外の溶けない岩石のようです。
b0214184_14191590.jpg
この鍾乳洞は、幻想的であると同時にちょっぴり不気味な印象も受けました。なんかエイリアンが出てきそうな感じです。
b0214184_14252702.jpg
b0214184_14270043.jpg
b0214184_14280993.jpg
地下河川はライトアップされ幻想的でした。
b0214184_14301369.jpg
b0214184_14371079.jpg
石筍でできた巨大な石の滝が現れました。
b0214184_14332552.jpg
b0214184_14375373.jpg
b0214184_14382257.jpg
アドリアナの夫ヤンとも話しをしました。彼とヤナはブラチスラバの同じ職場に勤めていました。
これは、想像の域を超えていませんが、アドリアナの親友ヤナの紹介でヤンはアドリアナと交際を始め結婚したのでは・・・
ヤンは、ちょっと控えめで誠実で優しい人柄のようでした。
スペインを歩いた経験があること、ウラジミールは庭の置物を製作する工場を経営してかなり成功していること、ヤナは職場で悩みを抱えていることなどを教えてくれました。
b0214184_14411905.jpg

洞穴ツアーを終えて、麓に戻り、アドリアナたちと例の三ツ星ホテルで合流し、お茶にしました。

標高2004mのCHOPOK山の山頂を目指すことに・・・
リフト乗り場は車で10分ほど上った場所にありました。雪のないチケット売り場でチケットを購入、上着を着込んで山頂までロープウェイで登りました。
b0214184_15091970.jpg

チケット売り場の建物自体は平凡ですが、その周囲を透けて見える柵で囲うとお洒落なデザインに変わります。岩手県の釜石駅と同じ手法でした。
b0214184_15114057.jpg
最初はリフト。雪のないゲレンデを登っていきます。
b0214184_15134344.jpg
b0214184_15162617.jpg
標高1342mの中継地点で一休み。ガスが出ていました。
b0214184_09435579.jpg
2世代夫婦の写真撮影。アドリアナは父親似のようです。
b0214184_09464979.jpg
お天気がイマイチだったのが、残念。予報では好天でしたが・・・
b0214184_09482418.jpg
頂上に向かうゴンドラはピカピカの最新式でした。
b0214184_09495246.jpg
頂上駅に着いた時、雲が取れて青空になりました。
b0214184_09524181.jpg
頂上駅から近くの山小屋に歩いていきました。反対側の斜面は、猛烈なガスと強風、2m先が見えません。山の天候の凄さを体感させられました。やっとの思いで山小屋に到着。
b0214184_09562966.jpg
山小屋には登山者も沢山休憩していました。
皆でパンケーキで紅茶ブレーク、ウラジミールと僕は例によってスピリットを・・・
僕は、スロバキアでスピリットの洗礼を受けて、帰国してからバーではウィスキーをロックで飲むようになりました。
b0214184_10153190.jpg
b0214184_10161970.jpg
ウラジミールに僕のカメラを渡して写真を撮ってもらいました。
b0214184_10255661.jpg
b0214184_10262249.jpg
b0214184_10265515.jpg
下界は風もなく温暖、青空になりました。
これから、新緑のスロバキアの自然満喫ドライブが始まりました。
以下、次号。。。



by camino0810 | 2014-06-24 10:36 | 中欧 | Comments(0)  

2014年5月4日(日)中欧 その11 スロバキア中部地方(その1)

今日は、車でスロバキア中部山岳地方のスキーリゾート地ヤスナに行きました。
地図のスキーマークが付いている場所です。トルナバからおよそ300km東にありました。
b0214184_15594637.png
出発は朝の6時過ぎでした。
高速道路は空いていました。ウラジミールは、平均140km/Hのスピードで運転しました。スペイン、イギリス、フランスもそうでしたが、ヨーロッパの人は日本より車を飛ばすように思えます。
古城の傍を通過していきました。スロバキアにはこんな感じの古城が沢山あるようでした。
b0214184_16081397.jpg
田園地帯をどんどん走っていきました。
b0214184_16094878.jpg
7時、サービスエリアのコンビニでトイレ休憩。ミネラルウォーターやチョコレートの品揃えは実に豊富でした。
b0214184_16172085.jpg
b0214184_16402214.jpg
b0214184_16374456.jpg
サンドウィッチが少し品薄になっていました。日本みたいに角型に切った食パンのサンドウィッチはあちらでは見た記憶がありません。バゲットに挟んだタイプが主流のようです。
b0214184_16380412.jpg
どこに行ってもトイレはチェックします。
b0214184_16421233.jpg

ウラジミールと2ショット。
彼は54歳、この歳で孫が1人のジージです。快活、好奇心旺盛で生活力にあふれた気持ちのいい男です。
b0214184_16502251.jpg
彼は、スペイン巡礼をすでに5回経験しています。
2010年、確か2回目の巡礼の時、彼はアドリアナと親子2人で歩きました。その時、僕と彼らは800kmの巡礼路を一緒に歩きました。巡礼宿がだいたい同じだったので、夜になるとバルで一緒に飲んだりしました。それで友達になったというわけです。
巡礼にすっかりはまった感じの彼は、来年は、ポルトガルルート、再来年はアルプスを越えるローマ巡礼を計画しているとか・・・
集合写真でセンターの僕の右側の黒の女性が、フランスのカトリーヌ。去年の5月に遊びに行きました。その右のうす緑の女性は、フェロー諸島のクリスチーナ。この2名もスペインを2回以上歩いています。
彼に「もう一度スペインを歩くのか?」と聞かれてました。
僕は「まとまった時間が取れる65歳過ぎに南フランスのアルルからサンティアゴまで歩く計画がある。」と返しました。
b0214184_17015804.jpg
スロバキアの地方部は豊かな自然と上手にお付き合いしているようでした。かなたの川沿いの街もなんかいい感じです。
b0214184_09195918.jpg
古城の近くを通過する時、ウラジミールは車の速度をわざわざ緩めてくれました。
お城は、絶壁の上の、防衛、監視、通信の各機能が高い場所に立地していました。領民に威圧感を与える高みも必要でしょう。
「これらの城では、通信用の狼煙を発信していた」と彼から説明がありました。狼煙は、電話やネットがない時代には非常に重要な通信手段。敵の襲来をいち早く仲間に伝えることは洋の東西を問わず大事です。
岐阜の金華山の頂上にある岐阜城は、これらすべての機能を満足する高機能なお城ですが、水がないことが弱点。頂上に雨水を貯める池はありましたが・・・
b0214184_09214587.jpg
b0214184_09232766.jpg
b0214184_09244469.jpg
高速道路は、平野部から山間部に入りました。
川を横断する橋梁は斜張橋でした。ブラチスラバのUFO橋は先駆的な斜張橋、スロバキアは高い橋梁技術を持っているようです。
b0214184_09433244.jpg
ICで橋梁工事をやっていました。支間が小さいので総足場で橋桁を造っていました。そういえば、ICに料金所はありません。スロバキアは本来の意味のFree Wayです。
b0214184_09530281.jpg
ドナウ川の支川沿いの一般道を走りました。
沿川の風景は特段日本と変わった感じはありません。いい景色です。
b0214184_10100854.jpg
牧草地の斜面に沢山家が並んでしました。なかなか豊な気分を感じます。
b0214184_10121668.jpg
リジョムベロクという川沿い街で休憩。この街には大きな製紙工場や大学がありました。スロバキア中部の県庁所在地かもしれません。
b0214184_10283959.jpg
工場で働く従業員用のアパートがたくさん建っていました。
b0214184_10293298.jpg
「Katolicka Univerzita」という大学は、アドリアナの夫ヤンが卒業した大学だそうです。邦訳は、「カトリック大学」。日本でいえば上智大学、桜美林大学、東洋大学、大正大学のような宗教をベースにした大学のようです。
b0214184_10360589.jpg
街を抜けると一面の草原になりました。
b0214184_10383164.jpg
巨大なダム湖の湖畔を通過しました。大きなフィルダムが見えました。
グーグルの地図でみると、ダム近くに変電所らしきプラントがあるので、もしかして発電用のダムでしょうか。。。下流にあるリジョムベロクの製紙工場の電力を供給しているのかも。
b0214184_10461589.jpg
湖岸道路を右折して、山道に入りました。車は、渓流沿いの道を登っていきました。
9時にお目当ての鍾乳洞の入り口に到着。スキーリゾート地ヤスナはここから車で10分程度上った場所です。
b0214184_10485301.jpg
三ツ星のリゾートホテルもありました。
b0214184_10501256.jpg
ウラジミール、ヤン、僕の3人で洞穴ツアーに向かいました。ウラジミールの奥さんアンとアドリアナは、ここで待機しました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2014-06-20 10:54 | 中欧 | Comments(0)  

2014年5月3日(土)中欧 その10 トルナバ(その2)

庭の隅に設置した特製のBBQセットでスタート。
翌日わかったことですが、この焼き釜は、ウラジミールが経営する工場の製品でした。この製品は、普段は庭の置物になること、焼き網の高さ調節が簡単にできること、食材を脇に置けることなど、工夫が感じられる一品でした。

b0214184_09573290.jpg

この日のBBQパーティーは、アドリアナのメールで1ヶ月前から計画されていたことを知っていました。
食材は実にリッチでした。
この中に牛はありません。フランスでも感じましたが、豚、鶏がメーンでした。ヨーロッパの人は牛はあまり食べないようです。

① 豚の厚切りロース
② お手製の塊りベーコン
③ たれに漬け込んだチキン
④ マス、チョウザメ
⑤ 焼きサラダ(ズッキーニ、トマト、パプリカ、マッシュルーム)

BBQの鍋奉行?は、主人のウラジミール。自慢の焼き網の高さを調節しながら上手に焼いていきます。


b0214184_10100314.jpg

ヤナと僕は”見てるだけ”、”食べるだけ”の役でした。

b0214184_10114531.jpg


b0214184_10121642.jpg

リビングでアドリアナがお兄さんの子供をだっこしていました。来年の今頃は彼女が実の子供を抱いていることでしょう。

b0214184_10295327.jpg

小さな牝のビーグル犬が飼われていました。
名前は「アイーダ」、オペラの主人公だそうです。彼女は極東から来た日本人にひどく興味があるようで、この小さな「アイーダ」に付きまとわれました。

b0214184_10381857.jpg

洋の東西を問わず、犬や猫は家族の一員。
フェロー諸島に住んでいる友達のクリスチーナは、「プンバ」という雄犬が家族です。ライオンキングのイノシシ、「プンバ」に因んだ命名ですが、ご本人はかなり小さいです。

b0214184_10481498.jpg

20時、晩餐会が始まりました。遅いので、焼きあがった食材はダイニングでいただきました。

b0214184_11002222.jpg

ウラジミールは世界各国の「乾杯」に興味があるようで、スロバキア式、スペイン式、中国式、日本式の乾杯をしました。

b0214184_11103842.jpg

スロバキアの赤ワインを沢山いただきました。

b0214184_11122467.jpg

チキンなどどれも美味しかったけど、特に旨かったのは、ウラジミールお手製の塊りベーコン、塩が効いていて旨かったです。


b0214184_11111839.jpg

珍しい食材はチョウザメ、さっぱりした白身のお魚でした。これも旨かった。

b0214184_11090412.jpg

食後は、リビングに移ってワインや例のスピリットを飲みながらワイワイやりました。右から次男の奥さん、ウラジミールの奥さん、アドリアナ、ヤナ、僕です。スロバキアでは、室内は土足厳禁、スリッパを履きます。フランスの友達の自宅もそうでした。日本と同じです。

b0214184_15543690.jpg

持参したモバイルで昼間観光した時の写真などを皆で見ました。

b0214184_20271174.jpg


b0214184_20323924.jpg

見たい写真をリアルタイムに見る・・・皆で盛り上がることができるなかなかいいやり方です。フランスの時も同じ事をしました。

b0214184_20382344.jpg

持参したお土産を披露しました。ウラジミールとアドリアナには名前入りの京扇子を、家族には和菓子(どら焼き、ゆべし)をプレゼントしました。
どら焼きは餡子の入った一種のパンケーキみたいなものなので、皆普通に食べていましたが、ゆべしは醤油風味の餅菓子。すこし微妙な顔つきだったので、僕が下手くそな英語で ”This cake is flavored by soy-sauce"といった感じで説明しました。

23時ごろにお開き。
僕には2階の寝室が用意されていました。シャワーを浴びて就寝。朝からよく歩いて疲れた上にお酒が入っていたのですぐに眠れました。
洗面室とシャワー室も実に立派、こんな家で生活してみたいものです。四つ星のホテル並みでした。

b0214184_16030583.jpg

次の日曜日は、ウラジミールの家族と一緒に車でスロバキアの中部地方にドライブに出ました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2014-06-18 17:01 | 中欧 | Comments(0)  

2014年5月3日(土)中欧 その9 トルナバ(その1)

高速道路でアドリアナ、ヤンの自宅があるトルナバへ向かいました。
ドナウ川を渡る時に、下流の河川港湾施設やプラントが見えました。ドナウ川は物資輸送にも活躍している役立つ川です。

b0214184_13171031.jpg

高速は片側3車線、日本と特段変わった印象はありません。郊外になると、背の低い工場に変わりました。

b0214184_13202482.jpg

田園地帯に入りました。スロバキアはどちらかというと農業主体の国のようです。

b0214184_13221215.jpg

高速を降りると、広大な畑に大型スプリンクラーが設置されていました。放水ラインの柱に車輪を付けて、まとめて一気に散水ができるようです。この形式はスペインでも目にしました。

b0214184_13235848.jpg

トルナバの街に入りました。
道路は片側2車線、中央分離帯や歩道もゆったりしています。

b0214184_13274357.jpg


b0214184_13281005.jpg

彼らのアパートは、一昔前の公団住宅に似ていました。

b0214184_13380852.jpg

外見とはうらはらに部屋は広くて立派でした。もうすぐ3人家族になりますが、十分な広さでしょう。
リビングのソファで一休み。

b0214184_13413530.jpg

応接台のマトリューシュカを前にして・・・
中欧の国にはどの国にもこのロシア式の入れ子人形がありました。

b0214184_13425504.jpg

大型の青いものには、物語が描かれていました。

b0214184_13481382.jpg

ウラジミールとヤナのこのポーズに彼らの距離感が良く出ています。ヤナは彼のもう一人の子供みたいな存在のようです。

b0214184_13503659.jpg

ウラジミールの自宅に向かいました。
トルナバの住宅街はこんな感じ・・・車線が広く、ゆったりした街並みでした。

b0214184_13533151.jpg

彼の自宅は車で10分のところにありました。
のんびりした村みたいでした。去年の5月に遊びに行ったフランスのカトリーヌの住んでいる村と同じ気分がありました。

b0214184_13574505.jpg

ウラジミールの自宅付近はこんな感じ・・・皆さんなかなか豊な生活を送っているようでした。

b0214184_15175040.jpg

ウラジミールの自宅も実に立派でした。彼はこの家を自分で建てたとか。。。スロバキア人にはそうする人が多いとか。皆すごい人たちです。

b0214184_15195203.jpg

裏庭のテラスも実に立派。

b0214184_15215767.jpg

裏庭は実に広大でした。自宅に近いところは芝生の庭、奥には畑があり日本でもお馴染みの野菜が栽培されていました。
裏庭は和風に仕上げていました。灯篭や滝もありました。

b0214184_15232203.jpg

庭の手入れも行き届いていました。ホントに綺麗なお庭です。

b0214184_15333104.jpg

b0214184_15254237.jpg

ウラジミールの奥さんと次男の奥さんが裏庭でバーベキューの準備を整えていたようでした。
19時過ぎにバーベキューパーティーが始まりました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2014-06-17 15:35 | 中欧 | Comments(0)  

2014年5月3日(土)中欧 その8 ブラチスラバ市内(その4)

ドナウ川の左岸道路を上流に向けてデヴィン城(Hrad Devin)に向かいました。
この古城は、ブラチスラバ市内から西に10km、オーストリア国境にあります。
道路は中央のトラム2車線を挟んで片側3車線の道路でした。僕の会社がある大塚の都電と道路構成は似ていました。

b0214184_05274400.jpg

5月のヨーロッパは、イギリスやフランスもそうでしたが、新緑が気持ちがいいです。しばらく走ると森の中に入りました。左側には小さなクリークになっていました。

b0214184_05334258.jpg

ドナウ川に出ました。

b0214184_05350258.jpg

古城に到着。河畔の岩山の絶壁に朽ち果てたお城が建っていました。周囲が見渡せかつ守りやすい実に素晴らしい立地です。

b0214184_05364765.jpg

お目当てのレストランが閉まっていたので、別のお店に行きました。
入り口には、共産主義時代のスターリンの絵が飾ってありました。「アンチ・テーゼ」の意味合いがあるようでした。ある種のエスプリのようなものかもしれません。
翌日、ウラジミールと会話を交わした時、彼は共産時代の戦後から1991年までの暗い時代を僕の前ではあからさまには批判はしませんでしたが、自国の自由な発展を阻害された辛い思いがあったように感じたものです。

b0214184_05452244.jpg

スロバキアの伝統料理を皆で戴きました。
アドリアナと僕は鹿肉のシチューを、ウラジミールは骨付きの豚のモモをオーダー。写真はありませんが、鹿肉はちょっと癖がありましたが、まずまずのお味。フランスのジビエ料理みたいなものです。
豚はでかくてインパクトがありました。中欧の他の国も骨付きの豚がごちそうのようでした。
カフェやレストラン、入場料などはすべてウラジミールが持ってくれました。なんか申し訳ない気がします。

b0214184_05574823.jpg

おトイレはやっぱり土台のない形式でした。

b0214184_06001411.jpg

食後に古城見学。
途中にボランティアの方が振舞い酒を提供していました。スロバキア人は、果実をウォッカに漬け込んだスピリットが大好きのようでした。
小さいグラスでいただきます。アルコール度数が高いので、むせながら飲み下します。
日本人の心意気を示そうなどと妙な男気を出して一気にあおったのが良くなかった。

b0214184_11371329.jpg

もう一杯勧められました。でも、少しくらいお酒が入った方がシャイな日本人にはよいと思います。すっかり気分が良くなりました。

b0214184_11374231.jpg


b0214184_11475102.jpg

古城の見学施設に入館しました。昔の領主夫妻はゴージャスな服を着ていたようです。

b0214184_11513278.jpg


b0214184_11505109.jpg

お城の頂上付近の眺めは大変良かったです。ドナウ川はオーストリアの豊かな森の中をゆったりと流れていました。お天気が良ければ最高でしょう。

b0214184_11561619.jpg

ドナウの河岸はあまりいじられていないようでした。実にいい河です。


b0214184_11581037.jpg

皆でスナップ写真をたくさん撮りました。ヤナはヒョウキンなキャラの持ち主。彼女のFBにそれがよく出ています。

b0214184_11585390.jpg


b0214184_11591899.jpg

古城の頂上は平坦でした。

b0214184_13005255.jpg

別の方に全員の集合写真をお願いしました。

b0214184_13020605.jpg

例によって、井戸を覗き込む若夫婦。

b0214184_13034869.jpg

赤い屋根の家が多かったです。

b0214184_13050345.jpg

車でヤンとアドリアナが住んでいるトルナバに向かいました。
トルナバは、ブラチスラバの東30kmにある小都市でした。
以下、次号。。。

by camino0810 | 2014-06-16 13:13 | 中欧 | Comments(0)  

2014年5月3日(土)中欧 その7 ブラチスラバ市内(その3)

ブラチスラバ城はドナウ河畔の左岸の丘の上にありました。
通常のお城のイメージとはかなり違っています。ヨーロッパのお城といえば、ドイツのノイシュバンシュタイン城のように城本体が塔状になっているイメージがあります。
このお城は、将棋盤を逆さまに返した形をしていました。足の部分が四隅の塔です。見方を換えると、大阪城や名古屋城の本丸がある石垣の四隅に隅櫓を建て、石垣に窓を設置した構造になっていると考えることもできます。まあ、天守閣のないお城みたいなものです。

b0214184_14043568.jpg

石垣に相当する建物には、地面から10mの間に窓はなく、ツルんとしています。聖マルチィン教会の城壁と同程度の高さまでが無垢の壁です。
中世の攻城戦が、梯子を掛けて兵がよじ登る作戦なら10m程度ツルツル壁なら防衛はできるでしょう。

b0214184_14550441.jpg

城の入り口に彫像がありました。馬に乗って刀を振り上げた勇ましい人物は、スヴァトプルクという9世紀の王様。スラブ人が創った大モラヴィア王国の国王。でも、10世紀にこの王国は滅亡したそうです。スヴァトプルク王はカトリック教徒、そのためスロバキア人の大半はカトリック教徒かもしれません。
陸上で国境を接する国々の大変さは、僕も含め日本人には多分理解できないでしょう。日本人が他国の占領を受けたのは、太平洋戦争で負けた後のたかだか数年間。四方を海に守られた分、外交オンチや外交能天気になるのはやむを得ないかもしれません。


b0214184_14374651.jpg

お城の正門まえで記念写真。。。

b0214184_14384791.jpg

外濠に相当する城壁から見たドナウの景色は素晴らしかったです。例のUFO橋も見えました。

b0214184_14441820.jpg

ウラジミールとアドリアナの親友ヤナは、かれこれ20年近い付き合いだそうです。

b0214184_14455862.jpg

ヤナと僕も2ショットで・・・

b0214184_14464546.jpg

聖マルティン教会の尖塔がまじかに見えました。

b0214184_15064389.jpg

スナップ写真を沢山撮りました。

b0214184_15134362.jpg


b0214184_15142411.jpg

何か可笑しい事でもあったようです。僕は大笑い、アドリアナは何の事って感じですが、何の事か、さっぱり思い出せません。

b0214184_15151014.jpg

UFO橋は、1972年に完成した世界に先駆けた斜張橋だそうです。横浜のベイブリッジのように主塔を2本建てて、雪吊りのようにケーブルで橋体を吊るのが普通ですが、400mの支間を1本の主塔で吊る形式は珍しいと思います。
頂上のレストランに昇り降りするエレベータは片側の主塔内に設置されているとか。。。

b0214184_15165412.jpg

お城の中庭には何もありません。

b0214184_15192444.jpg

井戸を覗き込む親子。。。

b0214184_15200869.jpg

お庭に女性像がありました。病人らしき男にパンを与えています。聖エリザベス(1207~1231)はわずか24歳で生涯を閉じていました。

b0214184_17410492.jpg

アンドリュー2世の娘で、このブラチスラバ城で子供時代をすごし、夫の死後、修道女として貧しい人、病気の人を救うことに命を捧げた方だそうです。死後4年して守護聖人になったと書いてありました。そういえば、ジャンヌ・ダルクが亡くなったのはもっとも若かったけど、確か500年後くらいに聖人になったような。。。なんとも偉い人がいたものです。

b0214184_17293385.jpg

外濠に相当する城壁は高さ20mを越す石垣でした。日本の石垣と違って、石と石の間にはしっかりとモルタルを詰めて、急勾配で積んでいました。高さが高いので、控え壁方式にしたようです。

b0214184_15213034.jpg

お城の下の庭園は実にスッキリした端正なつくりでした。

b0214184_15273837.jpg


b0214184_15274927.jpg

お城の出口には小振りな国会議事堂がありました。

b0214184_15330376.jpg

ドナウ川沿いの古城のそばにあるレストランに車で向かいました。
以下、次号・・・



by camino0810 | 2014-06-13 17:08 | 中欧 | Comments(0)  

2014年5月3日(土)中欧 その6 ブラチスラバ市内(その2)

聖マルチィン教会に皆でやってきました。
この教会でハプスブルグ家の歴代の国王が戴冠式を行ったそうです。マリアテレジアもそうだったとか・・・
スロバキアは人口500万の小国。オーストリア、ハンガリーの傘下にあった時代が長いため、隣国への思いもそれぞれに違っているようでした。
彼らの口振りから、かってハンガリー王国の首都だった事、このマルティン教会で多くの戴冠式が行われた事を誇りにしている事が伺えました。

b0214184_09431436.jpg

古い城壁が残されていました。高さは約10m、中世には身を守るためにこの程度の高さが必要だったという事でしょう。2枚の壁をずらしてその間に昇降用の階段が設置されていました。

b0214184_09465437.jpg

教会の中ではミサが行われていました。スロバキアはカトリック、これまで見てきた大聖堂や教会内部と特段違った印象は受けなかったです。

b0214184_10002184.jpg

教会の裏手には甲冑姿の軍人の像とお墓がありました。

b0214184_10023482.jpg

教会の裏側の広場にはかなり老朽化した建物がありました。窓ふさぎ用の板に落書きが描いてありました。

b0214184_10052139.jpg

なかなか面白い絵柄です。

b0214184_10095878.jpg

公園の片隅にリスト像が。。。リストの出身地のプダペストでは彼を記念する盛大な施設がありましたが、ブラチスラバでは申し訳程度の取り扱い、ハンガリーに対する思いは複雑なようです。

b0214184_10133108.jpg

旧市街の石畳を歩いていきました。観光用の赤い遊覧車が走っていました。

b0214184_10373333.jpg

3階建ての綺麗な街並みでした。土曜の昼下がりなのでもう少し人通りがあってもと思いました。雨が降っていたからでしょう。


b0214184_10402800.jpg


b0214184_10410249.jpg

遊び心のある街でもありました。マンホールから兵士が顔を出していました。アドリアナの父親のウラジミールと記念写真・・・

b0214184_10442021.jpg

有名人?の帽子も観光スポットのようでした。

b0214184_10464344.jpg

僕も真似をしました。

b0214184_10471879.jpg

小奇麗な噴水広場にやってきました。周りの建物もお洒落でした。

b0214184_11032898.jpg



お土産物の屋台がたくさん並んでいました。

b0214184_11061687.jpg


b0214184_11060331.jpg

この街には、電柱や電線は一切ありません。すっきりした街並みはヨーロッパの街どこでも同じような感じです。

b0214184_11110740.jpg

ミカエル門に向かって歩いていきました。この門は旧市街の出入り口です。プラハにも同じような門がありました。スワロスキーがあることから、このあたりに高級なお店が集まっているようです。

b0214184_11113144.jpg

ミハエル門は、説明書きによると13世紀に建てられた城砦門で、17世紀からは堀を跨ぐ橋の一部だったそうです。ドナウ川の水を引き入れてお堀とし、城壁とセットで街を防衛したというのが考えやすいです。旧市街を取り巻く外周道路はかってはお堀だったかも知れません。
ウィーンの旧市街のリンクと同じでしょうか?まずは外敵から身を守る安全設備を構築するのが、街づくりの根本でしょう。

b0214184_11185165.jpg

方位計に世界中の大都市の距離が刻印されていました。
ヘルシンキ1430km、ワルシャワ530km、モスクワ1632km、北京7433km、ソウル8138km、東京9142km。

b0214184_11335745.jpg

ミカエル門を出てると教会が。。。結婚式が行われていたようでした。この教会はなんとなくロシア風に見えました。

b0214184_11364615.jpg

民芸品のお店には、スロバキア伝統の人形が売られていました。素朴な味わいのある人形です。籠の中で一番大きい人形と同じものをアドリアナからお土産にいただきました。

b0214184_11385985.jpg

駐車場に戻る途中、立ち止まって写真を1枚・・・3台の車の写真です。怪訝そうなウラジミールにこう説明しました。
「ホンダ、マツダ、トヨタが仲良く並んでいるから。。。」

b0214184_11470017.jpg

車でブラチスラバ城に向かいました。新市街にはビッグサイトみたいな建物がありました。

b0214184_11492589.jpg

丘の上にお目当てのものが見えてきました。

b0214184_11501618.jpg

以下、次号。。。




by camino0810 | 2014-06-13 11:53 | 中欧 | Comments(0)  

2014年5月3日(土)中欧 その5 ブラチスラバ市内(その1)

アドリアナの夫ヤンの車は、ヒュンダイ製のRV車でした。中欧では韓国、中国の健闘を感じました。
前に運転するヤン、助手席に僕、後ろにウラジミール、アドリアナ、ヤナの3人乗り。
アドリアナ(中央)とヤン(左)は昨年12月に結婚しました。彼女は27歳、現在妊娠中です。安定期に入っているので普通に生活が可能です。

b0214184_15355686.jpg

ブラチスラバ・ペトロザルカ駅はドナウ川の南側、旧市街は北側にあります。ドナウ川を渡って北側の旧市街に向かいました。
ドナウ川に架かるUFO橋が見えてきました。橋の主塔の頂点に円盤状のレストランが設置されているので、その様に呼ばれているとか・・・
左側の丘の上にブラチスラバ城の赤い屋根が見えました。

b0214184_16362482.jpg

初めて見るドナウ川は雨の中、ちょっぴり残念。。。

b0214184_16375548.jpg

旧市街に入りました。落ち着いた品のある街並みでした。

b0214184_16394216.jpg


b0214184_16402670.jpg

2両編成のいささか旧式なトラムが走っていました。

b0214184_16414651.jpg

中心部の駐車場に車を止めてお目当てのカフェに向かいました。雨の中、ボランティアが草花を移植していました。

b0214184_16442619.jpg

旧市街はレトロな気分を残した古風な街並みでした。面的に縛りを掛けて景観を保存しているようでした。新市街は多分旧市街を外した地区にあると思います。ウィーン、ブダペスト、プラハも同様でした。
ヨーロッパの街並みには、公共デザインのために個人の権利を制限する精神のようなものを感じます。このあたりが、日本と大きく違っているようでした。

b0214184_16453428.jpg

道路工事もしていました。ドリルが装着された機械で、穿孔して何かを挿入する工事のようでした。

b0214184_16475505.jpg

有名な詩人が開いた名物カフェに入りました。僕はカプチーノ、他の4人はピッチャーに入った生姜湯(レモン入り)。ウラジミールと僕は、景気づけに細長いコップに入ったスピリットもいただきました。ケーキも旨かったです。
スロバキア人は、桃やイチゴをウォッカに漬け込んだこのスピリットが大好きなようでした。お酒で口も軽くなりました。
ヤン(中央)、ヤナ(右)は、Jan、Jana。愛称は、男性は語尾にko、女性はkaを付けるようでした。ウラジミールは、彼をJanko(ヤンコ)と呼んでいました。英語表記は、Jean、Jenny、割とポピュラーな名前のようです。

b0214184_16553137.jpg

アドリアナには、メールで事前に「僕は、川の仕事をしている。」と伝えていました。

ドナウ河畔の散策路を最初に案内してもらいました。川幅はおよそ400mくらい、流れは結構速かったです。全長3000kmの大河、このあたりは中流域でしょうか?とにかく無事にドナウ川の河畔に立てたことを感謝しました。

b0214184_17022676.jpg

大きな観光船が沢山停泊していました。例のUFO橋もかなたに見えました。


b0214184_17023722.jpg

観光船の背丈は大きいほうです。その分船長の長い船ができるでしょう。橋の桁下空間が大きいからでしょうが、セーヌ川、隅田川、淀川は桁下が小さいので扁平な形状の観光船しか走っていません。橋の計画をする時に、水面利用をする観光船や物資の輸送船の大きさも考えると良いと思います。

b0214184_17020390.jpg

解体中の橋梁もありました。

b0214184_16585835.jpg

護岸の天端に洪水防止用の柵を立てる基礎が付いていました。アドリアナによると去年の5月頃の大雨の時に柵を立てたそうです。
同じ時期に僕はフランスに行っていましたが、セーヌ川もロワール川も増水していました。ヨーロッパの気象も少し異変があるようです。

b0214184_17100123.jpg

河畔の散策路は実にゆったりを造られていました。

b0214184_17115280.jpg

ヤナが卒業した高校は、河畔の素晴らしい場所にありました。こんな高校に通学したいものです。

b0214184_17283185.jpg

国立博物館は小振りですが、風格がありました。

b0214184_17304040.jpg

ブラチスラバは人口40万、スロバキアの首都。僕の経験でいうと、ヨーロッパの街は、同程度の日本の人口規模の街に比べてはるかに大きいもの。この街もそんな感じでした。
ただ、案内人を共にすると何も考えずについて行くだけ。。。どこを歩いているのかさっぱり思い出せません。ナビ付きのドライブと同じです。
この街は4~5階建ての古風な建物が綺麗に軒を揃えていました。パステルカラーの塗り分けは、ウィーン、プラハと同じ。中欧の街並の特徴でしょうか。

b0214184_23070735.jpg

サヴォイホテル?もありました。

b0214184_23072929.jpg

この建物はオペラ座だったかも・・・

b0214184_23104834.jpg

公園通りには、スロバキアの民芸品のお土産物屋が沢山並んでいました。スロバキアは基本的に豊かな自然が売りの国。その素朴さがお土産にもよく出ているようでした。

b0214184_23162889.jpg


b0214184_23154341.jpg

公園通りは、気持ちのいいプロムナードでした。雨模様の天気が残念でした。

b0214184_23185728.jpg

アメリカ大使館がありました。

b0214184_23194502.jpg

アンデルセン像の指を握ると夢が叶うとか・・・アドリアナは何を願ったのでしょうか?

b0214184_23212531.jpg

僕も真似をしました。何を願ったのか全く覚えていません。

b0214184_23224256.jpg

これからハイライトのブラチスラバ城に向かいます。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2014-06-11 23:43 | 中欧 | Comments(0)