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2015年5月5日(火)イギリスⅡ その21 リーズ(3)

リーズの街は昔ながらの赤レンガ造りの建物と新しい建物が共存していました。

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ショッピングモールに入りました。リーズにはこのようなモールが何か所かあるようでした。
日本のショピングモールは一つの建物に様々なお店が入っている形式ですが、リーズは道路にトップライト型の屋根を設置して既存の建物群を一体化していました。
大変優れたやり方だと感心させられました。

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仙台のようなアーケード方式に近い商店街もありましたが、趣きは大分違っていました。

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ガーボルさんの友人が働いているカフェ「La Bottega Milanese The light」に入りました。名前からするとイタリヤ系のカフェかもしれません。カウンターで戴いたカフェラテはさすがに美味かったです。

お土産を買いました。
ヨークでも見かけた紅茶専門店「Whittard」に入りました。

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このトップライト型アーケードはなかなかお洒落にしていました。

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広々とした大通りに出ました。建物やそのスカイラインも実に素晴らしいです。車を排除して歩行者専用の広場兼道路に設えていました。
よく考えると、日本ではこれだけ幅広の通りで車の走っていない道路は思いつきません。札幌、仙台、新潟、東京、名古屋、京都、大阪、広島、福岡などの街を歩いてきましたが、幅広の歩道や公園はあるものの必ず車道とセットになっています。
歩行者専用の幅広の街路は、新しい街づくりのポイントになるように感じます。

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ロココ調のアーケードもありました。シックでゴージャスでした。

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綺麗な花壇付きのアーケードも・・・

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工事中のアーケードもありました。立ち入り禁止看板は完成予想図でした。

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車道には電柱、電線はなくスッキリしています。

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キティ―さんはこの市場で買い物をするそうです。

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こんな古風なカフェでコーヒーを飲んでみたいです。

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「Leeds Corn Exchange」はトウモロコシなどの穀物の先物取引でもする建物だと思います。株の替りに穀物を取り扱っていたのでしょうか。リーズの周辺はヨークシャー地方の広大な農地が広がっています。リーズはヨークシャー地方の中心都市であり、工業のみならず農産物の一大集散地だったようです。イギリスの農業国としての一面を垣間見ました。

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ネットで調べると内部はシックにリニューワルされていました。ショッピングモールも入っているようです。古いものを現在に活かす工夫を感じました。

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                                             web より転載
巨大なショッピングモールにやってきました。
これだけ大きなトップライトの屋根は見た事がありません。既存の建物の上に大きな屋根を掛けるだけこれほど街の景色が変わるとは思ってもみませんでした。意外な発見でした。
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2012年5月にロンドンを旅行しました。大英博物館は全面トップライト型の屋根で建物群が覆われていました。イギリスの流儀かもしれません。

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モールの出口から駅の方に歩いて行きました。

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まだまだ街歩きが続きました。
以下、次号・・・・


by camino0810 | 2015-07-30 10:04 | イギリスⅡ | Comments(0)  

2015年5月5日(火)イギリスⅡ その20 リーズ(2)

ホテルの道路を挟んで向かい側にリーズ大学がありました。
道路わきの教会はレストランになっているそうです。日本では神社やお寺の敷地に中に民間の商業施設が建つことがあっても本体までを委譲する事はないと思います。宗教施設の維持管理にもお金が掛かります。なかなか大胆な発想のように感じました。


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リーズベケット大学は、会計、建築、土木など多岐に亘る学科を持った大学のようでした。
「イギリスの大学、リーズ・ベケット大学には、29,000の学生と3,000人のスタッフが在籍しており、100か国以上からの留学生が学んでいます。私たちの財産は、『人』です。スタッフと学生こそが、リーズ・ベケット大学をユニークな学校にすると同時に、提携パートナーや仲間と共に数々の功績を成し遂げています。」
沖大幹先生の著書「東大教授」によれば、東大には学生28,000人、教職員10,000人がいるそうです。教職員の数にはかなりの差異はるものの、東大並みの大学があり、他に2つの大学があるリーズは学生の街でしょう。

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都心に下りてくると、建設中のビルが目立ちました。イギリスはタワークレーンがお好みのお国柄だと思います。プレキャストの外壁を貼り付けていましたが、建物の構造は華奢な印象です。地震を考慮する必要のない程安定した強固な岩盤があるのでしょうか・・・。

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フランスやスペインでよく見かけた水平ジブクレーンが使われていました。

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ミレニアム広場にあるパルテノン型ファサードを持った歴史建造物で記念写真を撮りました。

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リーズの街のシンボルはフクロウだそうです。冠を被ったフクロウが沢山並んでいました。

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市役所には赤十字のイングランド国旗が掲揚されていました。

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この街にも建物のスカイラインを維持する意識があるように感じます。新しい建物も概ね軒高を揃えていました。

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図書館に来ました。大きなイギリス全図が歩道に置かれていてその上を歩くことが出来ました。

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広い歩道で英国写真展が開催されていました。

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ガーボルさんが航空写真でリーズ街の説明をしてくれました。


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何点か面白い写真もありました。
バンボロー城はエディンバラの東100kmの北海沿いのお城でした。この記事を書いているのは全英オープン開催時。舞台は同じスコットランドのセントアンドリュースです。ヒースのリンクス風の原っぱにそびえる古城のようでした。


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このお城はフランスのヴェルサイユ城を髣髴とさせる幾何学模様の庭園のあるお城でした。何というお城でしょうか・・・


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バースにある円環状のフラット集合住宅?は実にユニークです。車道に囲まれた円環の中央は公園になっています。「サーカス」という名前らしいです。


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エネルギー政策は国の根幹。この写真を見るとイギリスは原子力にも力を入れてように思えます。お隣のモクモクと煙を吐く巨大な煙突は石炭火力発電所でしょうか・・・


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戦没者を弔う塔には例の赤いリースが供えられていました。

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この街は去年ツール・ド・フランスの出発地点に選ばれたとの事でした。ドーバー海峡の下を潜るユーロトンネルを走行してフランス本土に渡るのでしょうか・・・

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まだまだ街歩きが続きます。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2015-07-20 20:29 | イギリスⅡ | Comments(0)  

2015年5月5日(火)イギリスⅡ その19 リーズ(1)

16時ヨーク探検を終えて、リーズに向かいました。
駅近くの道路脇の駐車スペースに停めてあった車の所まで3人で歩きました。ガーボルさん、キティ―さんは免許を持っていませんでした。ガーボルさんにナビゲーターをお願いしました。
17時過ぎにリーズの街に入りました。最初にリーズに予約してあった「The Kingston Hotel」に行って車を置いて、彼らの案内でリーズの街を歩いて探検しました。
リーズはイギリス4番目の大都市、新しいものと古いものがコラボした元気な街のように感じました。イギリスというと古風なレンガの街並みを思い浮かべますが、この街には新しい風も吹いているような気分を感じました。大学が3つもあり、学生の街でもあります。

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本音を言うと、今回のイギリス旅行で最も勉強になった街かもしれません。
宿泊したホテルは高台にありました。駐車後、チェクインして荷物を部屋に置き、3人で都心に出かけました。


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(Googleを編集)

グーグルの鳥瞰図を見ると沢山の高層ビルが林立していました。この街がこれからのイギリスの在り様を占うように感じました。

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(Googleを編集)

Wikipediaから引用・・・

中世中期においては農業が中心であったが、百年戦争が行われた14世紀ころよりフランドルから毛織物の技術が持ち込まれた。テューダー朝の時代には、羊毛、毛織物の生産で栄えたほか、交通路の結節点として流通拠点としての役割も果たした。

ヨークシャーの紋章として、白いバラが使われているが、これはヨーク家の紋章に由来するものであり、リーズ市内のいたるところで見る事が出来る。かつてこの白薔薇を家紋とする、ヨーク家と、赤薔薇のランカスター家が争った際には、この両家の家紋から「薔薇戦争」と名付けられた。ヨークシャーは白薔薇であるが、マンチェスターを中心とするランカシャー地方の紋章は赤薔薇で、今でも仲が良くないのはこうした歴史的背景によるものである。実際、サッカークラブのリーズ・ユナイテッドマンチェスター・ユナイテッドの試合は「ローズ・ダービー」と呼ばれるほどで、ペニン山で分けられたリーズ対マンチェスターは、イングランド内でも対抗意識の激しい2都市である。

産業革命の進展にともなって交通網の整備はさらに進み、1816年にはリーズ・リヴァプール運河、1848年には鉄道が開通した。

近年リーズは「北の首都」とも最近は呼ばれ、金融経済の中核をなす都市として目覚しい発展を遂げている。19世紀来の羊毛産業が不振になると産業転換を図り、現在はIT、金融等の経済都市として成長を遂げている。経済紙の調査によると、リーズはヨーロッパの都市で最も成長率の高い都市として認められ、観光面でもヨーロッパで注目度の高い都市として賞を受賞した。

ガーボルさんとキティ―さんは、ドーバー海峡の観光都市ブライトンから3年前にこの街に移り住んだそうです。ガーボルさんはバーテンダーの責任者、キティ―さんはシュラスコのお店で働いています。彼らがこの街を選択したのは飲食関係の仕事があるからだと感じます。彼らの案内の口振りからもリーズは新規投資が盛んで、ITと金融を核に発展している事が理解できました。

下の表を見ると、ロンドンへの1極集中の傾向はあるものの、地方都市は人口減少する街と増加する街に分かれていました。エディンバラやリーズは僅かですが、増加していました。そうなる原因は何か?

一方、リーズのライバル都市マンチェスターは減少傾向にありました。
セレブを除いて、普通は「仕事」がある街でないと生活が成り立ちません。如何に雇用機会を増やすかその工夫の差異が理由のひとつになっているように思います。

リーズには仕事がある。ITと金融、インフラ整備、観光、飲食業など・・・それに学園都市としての若い労働力もある。リーズに滞在したのはほんの数時間ですが、そのような気分はあったように思います。

                 1,981年    1991年    2001年     2007年
1 ロンドン       6,574,009  6,638,109  7,172,091   7,554,236 イングランド
2 バーミンガム    1,013,995 965,928  970,892    989,141 イングランド
3 グラスゴー    765,030 658,379  629,501    604,355    スコットランド
4 リヴァプール    538,809 481,786  469,017    468,011 イングランド
5 リーズ        445,242   424,194    443,247    460,459 イングランド
6 シェフィールド    470,685 431,607    439,866    449,971 イングランド
7 エディンバラ   420,169 400,632  430,082    441,419    スコットランド
8 ブリストル     413,861 407,992  420,556    435,028 イングランド
9 マンチェスター  437,612 402,889  394,269    395,323 イングランド
10 レスター     324,394 318,518  330,574    343,019 イングランド
(出典 Wikipedia を一部編集)



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当日のFBから・・・

5月5日(火)、イングランドは朝一時雨、昼快晴、温暖。
16時過ぎにヨークからガーボルさんとキティさんと車でリーズに向かった。ガーボルさんは26歳、キティさんは22歳。ガーボルさんは大分大学に1年間の留学経験もある。
彼らはこの街で3年前から働いている。この二人はブダペストの日本語サークルで知り合った仲なので日本語が堪能だ。当日の会話や事前のメールでのやり取りは全て日本語で行った。
二人の案内でリーズの街を歩いた。
リーズは、学生と金融や情報産業の街で英国4番目の大都市だそうだ。新規のショッピングモールが複数建設中で、新しいお店がどんどんオープンしているらしい。新規投資が盛んな元気のある街のようだ。
街並みは、古いものと新しいものを上手にコラボさせていたように感じた。
イギリスも日本と同様高齢化が進行していると思われる。
この街でイギリスは生き残り戦略をかけた壮大な社会実験をしているのかもしれない・・・。そんな思いを感じさせる街だった。今後の趨勢が楽しみな街のように感じた。
キティさんが勤めている運河沿いのシュラスコのレストランで夕食をごちそうになった。串焼きにしたお肉と赤ワインを堪能した。
半日彼らといろいろな話ができて楽しかった。次回は2020の東京オリンピックで二人に会えればと思っている。ガーボルさんとキティさん、ありがとう。
運河にはナローボートが数隻停泊していた。観音
開きの手動ゲートが付いた昔ながらの閘門もあった。
相当疲れてはいるが、充実した1日になった。


これからリーズの街を歩いて行きます。
以下、次号・・・



by camino0810 | 2015-07-12 10:50 | イギリスⅡ | Comments(0)  

2015年6月28日(日)荒川 その2 東京東部低地(1)


東京駅で総武本線に乗り替えました。この乗り換えは、渋谷駅の副都心線の乗り換えと同じくらい大変です。途中に復元された旧東京駅が展示されていました。

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総武本線は東京駅の地下深くに設置されています。日本が膨張を重ねた時代の作品でしょうか・・・地上に線路を敷設する用地を確保するのはほぼ不可能でしょう。地下を通すしかなかった。ただ、東京都心部は地下も高密度に開発済、路線は深く潜らざるを得なかった。東京メトロや都営地下鉄も同じ状況でしょうが、この総武本線は一等深い。すでに地中を占有していた地下鉄や下水管などのインフラが深い場所にあった、トンネルを通す地盤の問題だろうか、隅田川の下をくぐすためだろうか・・
総武本線は隅田川を過ぎると地上に顔を出しました。
東京と千葉を結ぶ京葉線もこの地下駅が始発です。成田空港のアクセス線構想があったのかもしれません。
最近、中央環状品川線が開通しました。中央環状線は山手トンネルとして首都圏の交通渋滞の解消に役立っています。
この地下深いトンネルを通る時にはいつも恐怖感を感じます。一番怖いのは火事、二番目はゲリラ豪雨。トンネルにいる時に被災したらどう逃げるか?
新小岩駅で電車をを降りて待ち合わせ場所の東北広場に向かいました。東北広場は駅を直下を潜る都道を渡った場所にありました。
アンダーパスと呼ばれる地下道はゲリラ豪雨に対して必ずしも安全ではありません。排水能力を超える豪雨には対応できませんから・・・。


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新小岩駅は江戸川区役所の北1km位にあり、荒川・中川と新中川に挟まれた低地にあります。もともと水が溜まりやすい低地だという事です。

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2014年11月の土木学会の荒川ツアーで荒川ロックゲートを通過しました。荒川ロックゲートは、土地の低い東部低地の江東区を流れる小名木川と荒川の水位差を調整する閘門です。黒い部分は水位を下げる前の荒川の水位で、概ねAP+1m位です。荒川と小名木川の水位差は約2mある事になります。

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2014年1月に江戸川区役所にヒアリングに行った時の写真が出てきました。江戸川区役所の地盤高はAP±0m。APは隅田川河口の霊岸島水位観測所の最低水位で河口部の干潮時の水位を0mにした水位です。明治の初めには荒川放水路は存在していません。隅田川が荒川でしたから・・・

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先に見たように荒川の水位は冬場でもAP+1m位はあるようです。
堤防で守られた土地が川の水位より低いので荒川の堤防が切れると完全に水没します。もともと低い土地が、高度経済成長時代に地下水を沢山組み上げ過ぎて地盤沈下が進んだようです。

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ツアーバスは、荒川の右岸沿いにある首都高川口線を埼玉県に向けて北上しました。

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水色のたつみ橋は下部工から含めて6か月に完成させた橋梁だそうです。この場所で、これだけ短期間で完成させた橋梁は見た事がありません。語り部の土屋信行さんが東京都のお役人時代に担当したそうです。


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バスは首都高に入りました。荒川と中川の間の堤防に建造された高架を走りました。川屋はこれを背割堤と呼びます。これは、勝手な想定ですが、この背割堤は大正の始めに開始された荒川放水路開削工事で造られたのではないか・・・写真の左側が首都高とそのランプ、写真の川は中川、上から下に流れています。
奥に見えているのが平井の防潮堤水門。東京の東部低地は荒川放水路の開削によって洪水はなくなりました。逆に海からやってくる高潮が怖いです。東京都内には、昭和34年の伊勢湾台風クラスの襲来時に想定される高潮水位AP+5.1mに対応できる堤防や水門が沢山あります。これらの水インフラの耐震補強や長寿命化も大きな課題のようです。

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2011年9月、隅田川ウォーキングに参加しました。赤羽の岩淵水門から勝鬨橋まで約28kmを歩きました。蔵前橋付近の左岸のカミソリ堤防に水位の説明がありました。伊勢湾台風襲来時の高潮観測記録がAP+5.02m。これが東京東部低地の基準水位の根拠になっているようです。

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地図を見ると、蛇行している旧中川は荒川(荒川放水路)で分断された形になっています。旧中川の洪水と荒川放水路の洪水は各々の上流部の土地利用が違っていて洪水の出方が違うので、一緒にすると洪水処理がうまくできません。
このように人為的に河道を整理することも治水上は非常に大事で、昔からあちこちで行われてきました。濃尾平野の木曽三川、大阪平野の淀川など・・。
本来、川は自由な生き物、放置すると流れをあちことと変えて人の生活を脅かします。低平な沖積低地にしか街を造る事できない日本には河道整理は、必要不可欠な政策ともいえます。そう考えると、日本の川は、北海道の一部を除いて手つかずの原始河川はないと思います。ただ、効率的な河道処理の行き過ぎにより川は味気のない流路に変えました。その反省から多自然川つくりが始まり、最近、かなりの成果が出てきたように思います。
現在、渋谷駅前の大改造プロジェクトが進められています。渋谷の地下を流れる「渋谷川」の復活が期待されています。
河川法は1997年の大改正で「河川環境」が加えられました。
「川と上手に付き合う」、「川と人間の協働」・・・川の持つ怖さ(洪水)、川がもたらす恵み(利水)、川がもたらす文化や自然(環境)をよく理解する事が大事だと感じます。
「かつしかハープ橋」を通過しました。この橋は斜張橋ですが、橋の形が上から見るとS字型をしています。構造的にもデザイン的ににも優れた橋だと思います。

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このあたりは語り部役の土屋信行さんの独壇場ともいえる場所でした。
対岸の白髭のアパート群には脅かされました。写真中央部のアパートの屋上には水を蓄えたオレンジ色のタンクが設置されていて火災にはシャワーとなって延焼を防ぐそうです。この建物自体も防火壁の役割もあるそうです。1923年の関東大震災では墨田区の木造密集地帯が火事になり火炎竜巻で10万人の方がなくなったそうです。その教訓を活かそうという事でしょうか・・・

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以下、次号・・・

by camino0810 | 2015-07-07 05:51 | 東京 | Comments(0)  

2015年6月28日(日)荒川 その1

「荒川源流探検」のバスツアーに参加しました。
北本発5時59分の電車で新小岩に向かいました。梅雨の合間の雲ひとつない快晴に何か予感めいたものを感じました。
新小岩駅に7時30分に集合しました。約50名の参加でした。

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市民防災まちづくり塾の土屋信行さんからお誘いがあり、参加を決めました。出発時間ぎりぎりに着いたのでバスの前列しか空いていません。ラッキーでした。バスから前方の景色を撮影できました。
 

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たまたま、連休に行ったイギリスのブログを書いている時期でした。

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物事は同一ジャンルの対象を比較すると双方の特徴の理解が進むという経験知があると感じています。
荒川の最下流から中流部、上流部を一気通貫に見る事が出来ました。

荒川は埼玉県の奥秩父から秩父、熊谷を経て東京の東部低地を流れ東京湾に注ぐ170kmの川です。バスの経路は新小岩→首都高荒川線→関越道→R140号でした。荒川が形成した流路沿いのルートでした。

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Wikipediaから
荒川(あらかわ)は、埼玉県および東京都を流れ東京湾に注ぐ河川である。一級水系である荒川水系の本流で一級河川に指定されている。水系として、流路延長173 km流域面積2,940平方キロメートル。川幅(両岸の堤防間の距離)は御成橋(埼玉県鴻巣市吉見町)付近で2,537 mになり、日本最大である。
一級水系 荒川
種別一級河川
延長173.0[1] km
水源の標高2,475 m
平均流量30 /s
(寄居観測所 2002年)
流域面積2,940[1] km²
水源甲武信ヶ岳
河口・合流先東京湾
流域日本の旗 日本
埼玉県東京都

最下流部の東京東部低地・・・

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中流部の埼玉県熊谷市あたり・・・

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最上流部の埼玉県秩父市の大滝村・・・


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この見学会で日本と連休に行ったイギリスのさまざまな違いの理解がかなり進んだように感じました。

比較対象の切り口は結構沢山ありました。思いつくままに列挙すると・・・

・地形・地質
・気候(気温と雨)
・河川
・都市の分布
・歴史
・宗教・文化
・価値観
・法律、条例
・土地利用
・食文化
・衣食住
・産業(農業、工業、商業など)

当日のFBから・・・

6月28日(日)東京、埼玉は快晴、心地よい暑さ。
市民防災まちづくり塾、関東地域づくり協会共催の「荒川源流探検」に参加しました。
新小岩駅前に7時30分に集合、塾の語りべ土屋信行さんの司会でバスツアーが始まりました。
奥秩父の二瀬ダム、滝沢ダム、浦山ダムの見学会でした。待望のダムカードもゲットできました。
20年前までは建設会社でダム屋をやっていました。浦山ダムには1990年から2年、工事現場に在籍していました。
ダムの建設工事に直接携わってはいましたが、完成後の管理段階のダムには行ったことがありません。
荒川の最下流から中流部、上流部を一息で見た事で、日本と連休に行ったイギリスのさまざまな違いの理解が少し進んだように感じました。
梅雨の合間に思わぬ快晴に恵まれ、有意義なツアーになりました。


以下、次号・・・

by camino0810 | 2015-07-02 06:24 | 東京 | Comments(0)