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2016年5月1日(日)ドイツ その29 ケルン~ライプチヒ(1)

ドイツ滞在4日目、今日はケルンから電車を使ってライプチに向かいました。
前日、DBのインフォで係の人から勧められた旅程は、フランクフルト空港駅経由でICE(ドイツの新幹線)を利用するものでした。
朝、8時にホテルをチェックアウトして駅まで歩きました。日曜の朝なのでケルンの街はまだ眠っていました。大聖堂という判り易いランドマークは便利です。迷ってもこの尖塔を目指せば間違いなくケルン中央駅に辿り着く事ができます。

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駅前のMACで朝食にしました。パンとコーヒーで2.79ユーロ(360円)とリーズナブル。MACはどの国にもあり便利なファストフードだと思います。

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ケルン発8時51分発→フランクフルト空港駅着9時52分着のICE103号に乗車、フランクフルト空港駅で乗り換え。
フランクフルト空港駅発10時11分→ライプチヒ駅着13時23分着ICE1547号に乗車。
4時間30分の電車の旅になる予定でした。

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初めて乗車したICEでしたが、滅茶苦茶混んでいました。上手い具合に空いた席をゲットできました。ICEは網棚の下の表示が点灯していなければその席に座る事ができるというルールでした。大きなスーツケースを抱えた旅行客が沢山いました。多分、フランクフルト空港で飛行機に乗る人たちだと思います。

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沿線の景色は、丘陵、農地、小さい街など・・・日本に比べて自然が豊富な印象がありました。

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アウトバーンも線路に併行していました。日本でも新幹線と高速道路は概ね似たような場所に選定されています。

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電車はフランクフルト空港駅に近づいてきました。川を渡りましたが、この時はこの川がライン川の支川マイン川だとは承知していませんでした。よく見ると、観光船らしき船が航行していました。

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ICE103号は定刻より30分遅れて10時20分にフランクフルト空港駅に到着したので当初の乗り換え電車に間に合いませんでした。結局、11時02分発のICE1559号に変更しました。
発車まで時間があるのでこの駅構内外を歩いてみました。ヨーロッパの鉄道駅は何処でも改札がありません。外へも自由な出入りができます。

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駅の外に出てドイツらしい光景に遭遇しました。森の中に高速道路が走っていました。何か環境の保全を最優先にするコンセプトがあるようにも感じました。


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フランクフルト空港は4km×2本の主滑走路を持つ大きな国際空港でした。他にも小さい滑走路が付いていました。空港駅はターミナルに並行に設置されており、新幹線ICEとのスムーズな連絡が確保されていました。ドイツ最初の日は在来線でフランクフルト中央駅に行きました。市街地には新幹線、在来線の2本のアクセスがある事になります。

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(出典:Google)

フランクフルト空港駅は、長さが700m近い細長い船形の駅舎でした。ICEの全車両をカバーできる充分な長さがあるようです。

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(出典:Google)

フランクフルト市街地にある中央駅は伝統的な風格に溢れた駅舎でしたが、フランクフルト空港駅はピカピカの斬新なデザインでした。2階建ての駅舎は1Fがホーム階、2Fが移動、商業階になっていました。駅舎の周囲をオフィス棟が取り囲んでいました。
ワントップのドーム型天井は全面ガラス張りでした。非常に明るく省エネ駅舎だと感じました。

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ドーム型のガラス張りの天井は鋼製の円型ビームで固定されていました。雨漏りがしないような配慮も必要であり、ドイツの高い建築技術を感じました。

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1Fのホーム階も建物側面の開口を大きくとり、明るいプラットホームになっていました。

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ホームの売店で2.35ユーロ(300円)のバゲットのサンドウィッチを買ってお昼ご飯にしました。

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当日にFBにアップした記事によれば、このピカピカに駅舎に驚かされた様子が窺われます。

5月1日(日)、ケルンは曇り寒い。フランクフルトは晴れ、温暖。
ケルンからICE(新幹線)でライプチヒに向かった。直行便はないので、フランクフルト空港駅経由の乗り継ぎを選択した。
ケルン発8時51分発、フランクフルト空港駅着9時52分着のICE103号は30分も遅れた。
結局、フランクフルト空港駅発11時2分、ICE1559号に乗車してライプチヒに向かう事にした。14時22分着なので約3時間の旅になる。
ネットで予約した鉄道パスが便利だと思っている。DB(ドイツ国鉄)はドイツの津々浦々まで路線を張り巡らせていて、新幹線、特急、普通、都市近郊線が全て使える。10日連続使用で309€だった。いちいち切符を買う手間が省けるのが良い。検札に来た車掌さんにパスポートとカードを見せて完了した。
それにしても、フランクフルト空港駅の駅舎には驚かされた。ピカピカのワントップ総ガラス張りのドーム型駅舎だった。
ICEは、懐かしいフランクフルト本駅に寄ってライプチヒに向けて走っている。車窓の風景は、新緑に溢れていて、お天気になると文句なしに気持ちがいい。

11時02分、ライプチヒ行きのICE1559号に乗り込みました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2016-09-25 11:07 | ドイツ | Comments(0)  

2016年4月30日(土)ドイツ その28 ケルン(7)

時刻は18時前、そろそろお腹が空いてきました。15時から街歩きを始めて3時間が経過しました。
河畔公園に立ち並ぶカフェやレストランでお店探しを始めました。くだんの洪水防止板の基礎が延々と続いていました。

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5月のヨーロッパの日暮れは21時くらい、まだまだお昼みたいに明るいです。この日は生憎の雨模様、真冬並みに寒かったです。

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値段の安そうなお店を探し出して入りました。お店の前のテラス席は寒いので室内で食事を摂りました。

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薄暗い店内のテーブル席についてメニューを吟味して、シュニッチェルに決めました。前日のリューデスハイムと同じ夕食です。シュニッチェルは8.9ユーロ、コーヒーが2.2ユーロ、締めて11.1ユーロ(1400円)。サイズは普通でしたが、美味しかったです。この食事がドイツ滞在10日間で最も贅沢な食事になりました。
以降、コメの飯が恋しくなって夕食はエスニックばかりになりました。支払いはカードを拒否されました。仕方なくなけなしの現金で支払いました。

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前の席に座った若いカップルはピザを食べていました。こちらの食事は大き目、女性は完食できるかと注視していましたが、案の定食べ残しました。店員を呼んでそれを包んでもらって持ち帰りました。
日本では食べ残しのテイクアウトが一般的ではありませんが、大量の食品廃棄は感心できません。この習慣は大いに見習うべき美徳だと思います。
ちなみにお店のトイレは簡略式でした。

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食事を終えて、ホーエンツウォレルン橋に戻りました。日本の公園でも見られるようになった縁なしの池がありました。

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池にはオブジェも・・・

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階段を登って大聖堂の裏手に出ました。

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登り切った広場からケルン大聖堂の東側の祭壇、奥の西側のファサードの尖塔が見えました。

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この視点から観た河畔公園の光景は実に優れた景観だと感じました。


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ホーエンツウォレルン橋の袂は高台にあるので、眺めも良かったです。橋を通過船舶の運行に支障が出ない高さまで持ち上げたのでしょう。ライン川は古代ローマから2000年の歴史のある基幹運輸インフラ、交差する橋梁の出現は恐らく19世紀くらいからでしょう。優先権はライン川にある訳で必要な桁下空間を確保するのは当たり前という不文律があったのではないかと思います。
鋼材はリベット接合だったので相当古い橋だと思います。観光船とコンテナ船がすれ違いました。ライン川らしい絵柄だと思います。


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高欄には無数の南京錠が取り付けられていました。パリ市内のセーヌ川のある歩道橋が南京錠で有名ですが、構造が華奢なため鍵の荷重が構造的に支障するため鍵が撤去されたと聞いています。鉄道橋には鍵荷重くらいは構造に影響することはないでしょう。


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通りががりの2人連れの女性観光客にスナップ写真をお願いしました。

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来た道をホテルまで戻る事にしました。大聖堂、駅舎は隣り合わせだという事が良く判りました。

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中央駅に再び戻ってきました。駅前広場には車が入れません。そのせいで賑わいができているように感じました。

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この大聖堂ともお別れです。

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無機質な駅前通りをホテルを目指して歩きました。

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例のロマネスク式?の教会まで戻ってきました。多角形のずんぐりした建物は祭壇のようにも思えます。玄関には尖頭アーチやバラ窓があり、2階は尖頭アーチと細長い大きな窓が設置されていて、開口部が大き目でした。1階は円形アーチで開口も小さ目でした。もしかして、1階はロマネスク、2階はゴシックの混合様式の教会かもしれません。


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教会の隣には実に静かで瀟洒な公園がありました。

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小リングまで戻ってきました。このリング公園も落ち着いた印象がありました。

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地下鉄Uバーンの駅舎の出入り口は全面ガラス張りでした。

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19時30分、ホテルの戻ってきました。4時間半のケルンの街歩きが終わりました。

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当日にFBにアップした記事は以下のとおり。

⑫またもやシュニッチェル
夕食はウィーン風のシュニッチェルにした。サラダとフライドポテトが添えられていた。今回のは少し小振りだったが、美味かった。
珈琲とセットで約11€(1,400円)、現金で支払った。
⑬親水
親水公園はお洒落なオブジェがセットになっていた。水際の境目にブロックなど置きたがるものだが、水際は変幻自在だ。
⑭公園
鉄道橋の袂から見下ろした河畔の公園の眺めは大変優れていた。
⑮鍵
鉄道橋の高欄には沢山の南京錠は付けられていた。セーヌ川の歩道橋が有名だが、構造が華奢なため鍵の荷重が効くため撤去されたと聞いている。鉄道橋には鍵荷重くらいは何ともないだろう。
⑯再び大聖堂
東面の祭壇方向から観る大聖堂は神々しさが感じられた。
⑰ラウンドアバウト
駅前にラウンドアバウトがあった。右側通行の国はリングを反時計回りに回る。ドイツもこの信号要らずの交差点を積極的に導入しているのだろうか。2015年、本家のイギリスで何度となく走った。
⑱公園B
ロマネスク式?教会の祭壇の隣りに瀟洒な公園があった。絵心に乏しい自分は写真しか撮れないが、絵画にするにはもってこい公園だった。
明日は、ドイツの新幹線ICEでライプチヒに向かう。

翌日の朝、東部ドイツのライプチヒに向かいました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2016-09-24 12:00 | ドイツ | Comments(0)  

2016年4月30日(土)ドイツ その27 ケルン(6)

ライン川の河畔公園を上流に向けて歩いて行くと運河らしきものがありました。中の島の建物はチョコレート博物館でした。

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この運河は下流に向かって開いていました。両岸は6mを超える直立護岸でした。

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中の島と河畔はトラス橋で連結されていました。

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トラス橋の中程まで行って、上流を見ました。幅30mの運河の奥にはプレジャーボートが停泊していました。



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せっかちに歩き回るので、この時は運河だろう程度にしか思っていませんでした。この記事を書いている時に何か違和感を感じました。運河なら中の島の上流側に取り入れ口を造った方が合理的ではないか?
フランスのミディ運河はツールーズのガロンヌ川を始点とした有名な運河ですが、運河の始点は上流側に開いていました。

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(出典:Google)


下流側に開いた運河は果たして何か?
そのヒントがケルンの下流側のライン川にありました。ライン川の蛇行箇所に大きな埠頭らしきものが並んでいました。下流に開いているので河川港ではないかと考えてみました。遊水地機能を抱かせる事もできない事もありません。蛇行部分を開削して埠頭を形成したように思います。
ライン川を「川」と考えるのでなく、細長い「海」と考えると妙に納得できました。一定の幅、安定した水量と水深があれば、産業舟運も可能だし、造船用のドッグにすることだって可能でしょう。


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(出典:Google)

Googleの地図を見ると、どうもこの左岸側の運河は港か船溜まりのようでした。というのは、運河が内陸に伸びていく様子が窺われなかったので・・・
そう考えると、右岸の尻切れトンボの細長い運河はもしかして造船用のドックかもしれません。
とに角、観光舟運、産業舟運の舞台であり、公園の役割も兼ねたライン川自体が、ドイツの重要な基幹運輸インフラだと感じます。


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(出典:Google)

ライン川の洪水対策も確認できました。路面やパラペット天端に洪水防止板を建て込むための柱の基礎が2m間隔で設置してありました。スロバキアのドナウ川、プラハのブルタヴァ川でも似たような基礎が設置してありました。

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2016年6月、パリのセーヌ川で異常出水があり洪水防止板の建込作業がTVで紹介されました。日本と違って河床勾配は小さいため水位がゆっくり上昇するので、洪水防止板を建込む時間は十分に取れるという事だと思います。

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同じ時期、ドイツのバイエルン、イギリスでも洪水が発生しました。年間500~600mm程度の降雨量の国々でも深刻な事態が出るとは驚きです。温暖化の影響かもしれません。

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しばらく歩くと、河畔公園の下を潜り抜ける道路がありました。片側3車線なのでトンネルの全幅は外壁も含めて約25mくらいでしょうか。この25mが公園となって復活する事で優れた水辺空間と賑わいが出来上がったように思います。


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(出典:Google)


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トンネルの入り口のパラペットにも洪水防止版の基礎プレートが設置されていました。日本では鉄道を下越しするアンダーパスで浸水による自動車事故が絶えませんが、ゆっくり水位が上昇するライン川では規制線を設置するリードタイムが確保できるという事だと思います。

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当日にFBにアップした記事はこんな風に書かれていました。


⑩洪水対策
散策路とライン川の高低差は約4m。洪水の危険性はないと踏んでいたら、河畔のパラペットに洪水防止板の取り付け装置が連続していた。約2m間隔で支柱の取り付けボルト用の穴が付いたステンレス製の板が埋め込まれていた。
2014年、中欧を旅行した時、ドナウ河畔のブラチスラバ、エルベ川上流のプラハでも同じものを見つけた。流域面積が大きいだけに融雪流や異常降雨が過去にあって氾濫が起きたという事だろうか。
⑪地下化
河畔の芝生公園は6車線分の道路を地下化して造成した人工地盤だった。日本では札幌の創成川公園が知られている。ドイツには他にもこの様な場所があると聞いている。道路を地下に落として水辺のアクセスを改善して公園にすると賑わいも出るという事だろうか。

札幌の創成川公園では道路4車線分を地下化して立派な親水公園が出来上がっていました。

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JR飯田橋駅から市ヶ谷駅間のJR総武線の脇に外濠があります。新宿区側の外濠通りも4車線道路ですが、この道路を地下化して防災も兼ねた親水公園を創る「外濠再生構想」が現在検討されています。


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再び、河畔公園を大聖堂方面に戻って夕食にしました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2016-09-22 11:37 | ドイツ | Comments(0)  

2016年4月30日(土)ドイツ その26 ケルン(5)

程なくライン川左岸の河畔に到着しました。
ホーエンツウォレルン橋の3連アーチが見えました。川幅は、400~500m位あり、ライン川は満々かつ悠々と流れていました。沢山の観光船が航行、停泊していました。

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河畔公園の遊歩道は幅は10mくらいあり、ゆったりと歩くことができました。

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公園全体で幅は40~50mくらいあったと思います。遊歩道と建物の間は芝生広場がありました。このゆったりしたスペースを確保できた理由が、しばらく歩いて判りました。
河川、道路、街を一体的に整備できるとより大きなオープンスペースを創りあげる事が可能となり、結果、より価値の高い空間ができる良い事例だと思います。


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(出典:Google)

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散策路と川の水面差は約4m、転落防止柵が設置してありました。これまであちこちヨーロッパの河畔を見てきましたが、初めてのケースでした。ブダペストのドナウ川やウィーンのドナウ運河は同程度の高低差がありましたが、柵はなかったです。
自己責任か?管理者責任か?その両方か?
欧州各国は鉄道、地下鉄、路面電車とも検札がない事からも基本的には自己責任の世界かとも思います。
当局の考え方や国民性にもよりますが、日本なら柵は必須アイテムでしょうし、日本人的には観光客も多いのでもっともな事だと感じます。現金払い主義も含めドイツの国民性は日本に近いのかとも感じます。

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ライン川は意外にも流速があったように感じました。川屋を自称しながら流速を目分量で測る事が出来ないだらしなさを常々感じております。歩行速度程度は有ったので、流速は0.5m~1.0m/秒程度はあると感じました。


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ケルンとフランクフルトの水辺の違いは、どうだったか?
フランクフルトのマイン川はライン川の支川なので川幅は半分以下、それに応じて河畔の整備も少しだけ地味めだったと感じました。ケルンの河畔は世界遺産の大聖堂からすぐの立地にあり、観光的な価値がより大きいからでしょう。自分的にはフランクフルトのこじんまりした水辺の方が好みですが・・・

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建物前にはオープンカフェ席が沢山並んでしました。時刻は16時30分頃、時間が早かったのでガラガラでした。

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ロマネスク式?の教会の横にはパステルカラーの建物が並んでいました。おとぎ話にでも出てきそうな可愛らしい建物たちでした。

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観光舟運も盛んでした。大型観光船が沢山停泊していました。
このあたりもフランクフルトと比べてその規模の大きさを感じました。


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長さが150mくらいありそうな細長い観光船も停泊していました。

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チケット売り場も立派でした。ケルンと下流のデュッセルドルフ間のクルーズをやっている船会社のようでした。

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船上パーティーやイベント付のクルーズで概ね30ユーロ(4000円)、日本で言えば隅田川の屋形船みたいな感じでしょうか。
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もう一度この地を訪れるチャンスは多分ないでしょう。折角の機会なのでセルフタイマーでジドリしました。

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4か月も経つと現場で感じた事などすっかり忘れています。当日にアップしたFBの記事を読み返すと再びその時の感動などが蘇ってきます。

4月30日(土)、ケルンは曇り、少し寒い。
ホテルで一休みして15時から街歩きを始めた。戻りは19時30分、4時間30分でも中心市街地なら十分に歩ける。
ライン川の左岸に拡がる旧市街は大聖堂を含めて見どころが満載だった。

中間、省略・・・

⑦工程
この周辺は広場が沢山ある。中世頃の仕事の様子だろうか。パン焼き職人、大工、ソーセージ職人、チーズ職人の作業工程がリアルに再現されていた。
⑧河畔と安全対策
ライン川は実に広々としていた。河口から何km地点かは不明だが、川幅は500mくらいはありそうだ。流れが結構早いのには驚かされた。上りの船は大変だろう。
河畔の散策路と川の水面差は約4m、転落防止柵が設置してあった。ヨーロッパでは初めて見た。ブダペストのドナウ川やウィーンのドナウ運河は同程度の高低差があったけど、柵はなかった。
当局の考え方や国民性にもよるが、日本なら柵は必須アイテムだ。観光客も多いのでもっともな事だ。ドイツの国民性は日本的?
⑨船
豪華観光船がどっさり停泊していた。1000人以上は乗れそうな大型客船も泊っていた。料金は下流のデュッセルドルフ間の片道で20€くらいのようだ。

以下、省略


この後、水インフラ、洪水対策と道路の地下化の様子を観察しました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2016-09-19 08:34 | ドイツ | Comments(0)  

2016年4月30日(土)ドイツ その25 ケルン(4)

ケルン大聖堂を一巡りした後、大聖堂の周りの広場を歩いてライン河畔まで歩いていきました。

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広場は車を排除して人中心の街づくりになっていました。沢山の観光客で賑わっていました。観光用の三輪車も活躍しているようです。

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高さ157mの大聖堂のファサードが建物越しに見えました。

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売店で1.5ユーロ(200円)の菓子パンを買い求めました。1.5ユーロ前後の旨そうなパンが並んでいました。菓子パンをかじりながら街を歩きました。

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小さな公園のレリーフに中世のドイツの生活の様子がリアルに再現されていました。写真左側から木工職人、パン焼き職人、ソーセージ職人、ワイン職人。中世はギルドと呼ばれる職能別組合があった事を歴史の授業で習いました。彼らの仕事の様子がリアルかつユーモラスに表現されていました。それにしても、職人たちの髯は見事なものです。

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木工職人たちがノコギリやノミで木材を加工しています。


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パン職人は粉を練って焼き釜にパンを入れています。

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ソーセージ職人は豚を解体して腸に肉を詰めています。

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ワイン職人は樽からワインを取り出し瓶詰めをしていました。

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道路脇で土木工事をやっていました。配管工事中でしたが、現場内の整理整頓も良く、安全設備もしっかりしていました。ワシントンDCの安全設備には寒い思いもしましたが、スペイン、フランス、イギリスと同程度以上に安全施工に心掛けている感じがしました。

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車道は完全に車の往来を禁止しているように感じました。石畳みの広い道路にはオープンカフェ席が沢山用意されていました。時刻は16時過ぎなので、ガラガラでしたが、夜になると賑わうのではと思います。建物のスカイラインも綺麗に揃っていました。車道と歩道の境目を無くした歩車道一体型の石張りの舗装は気持ちよく歩くことができました。
ドイツの他の都市も似た感じでした。どうもそのような法律でもあるのかと思います。


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車道と歩道の境界を敢えてぼかし、丸い石を目安替わりに置いてありました。この通りも建物を5~6階建てに統一し建物のスカイラインを揃えていました。景観法みたいな法律や条例などがあるのでしょうか。


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ほどなく、ライン川左岸の河畔公園に到着しました。


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以下、次号・・・


by camino0810 | 2016-09-17 12:14 | ドイツ | Comments(0)  

2016年4月30日(土)ドイツ その24 ケルン(3)

ケルン大聖堂はこれまで見てきたスペイン、フランス、イギリスの大聖堂の基本ルールどおりに建設されていました。

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この大聖堂も上空から見ると十字架の形をしていて、主軸が綺麗に東西方向をを向いていました。西側が2本の尖塔(高さ157m)のあるファサード、東側は祭壇。フランクフルト大聖堂も同じでした。十字架の交点の尖塔は小さく、スペイン、フランスのタイプと同じでした。
イギリスのソールズベリー大聖堂はこの交点の尖塔の方が大きかったです。

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(出典:Google)

ゴシック式大聖堂の特徴となっている頭が尖った「尖頭アーチ」や「飛び梁」も確認できました。

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東側の祭壇は外壁の痛みが進行しているように感じました。

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すぐ隣はケルン中央駅、プラットフォームにはお洒落でユニークな屋根が設置されていました。

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大聖堂の近くに埋蔵文化財みたいな遺物が展示されていました。ラテン語が刻まれた石材もありましたが、ドイツ語が読めないのでスルーしました.
ケルンは2000年前は古代ローマの植民市なので地面を掘り返すとこのような遺物が沢山出土すると思います。


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交換・撤去した石材が展示されていました。

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ハチミツ色の砂岩が使用されていました。芯の鋼製の角材で石材同士を連結していました。砂岩の表面は剥離が進行していて、破片が高い所から落下すると大変な事態になります。


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中央の臍の部分を灰皿替りにしていました。ドイツ人は屋外でタバコを良く喫います。

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駅前広場の反対側の南面から大聖堂を眺めました。「尖頭アーチ」、「飛び梁」の様子が良く判ります。そのため大きな開口が取れるので内部も明るくできるそうです。


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当日にFBにアップした記事は、半年後に色々と想い出すきっかけになり便利です。

4月30日(土)、ケルンは曇り、少し寒い。
ホテルで一休みして15時から街歩きを始めた。戻りは19時30分、4時間30分でも中心市街地なら十分に歩ける。
ライン川の左岸に拡がる旧市街は大聖堂を含めて見どころが満載だった。
①公園A
ケルン本駅に向かう途中にリング状の公園があった。昔の城壁かライン川の旧河川かもしれない。フランクフルトにも似たようなリング状の公園があった。
②教会
ゴシック様式とは明らかに違う様式の教会があった。ロマネスク様式?
③オブジェ
教会の隣の公園に巨大な騎士の首がゴロンと転がっていた。
④街路
どうも金融街のようだ。この街路は、無機質過ぎる嫌いもあるが、電柱・電線がなく実にスッキリしていた。
⑤駅前広場
ケルン本駅の広場は車を排除した広々した広場だった。周辺の広場も車が入れないようにしていた。その方が人が集まって賑わいが増すように思える。2015年のイギリスの街まちでも同様な印象を持った。
⑥大聖堂
ケルンといえばこの大聖堂。ドイツ人はDomと呼んでいる。ゴシック様式でファサードは、世界一の高さがあるそうだ。大型クレーンのない時代に約160mの高さまでよく重い石を持ち上げたものだ。
大聖堂はスペイン、フランス、イギリスで沢山見てきたが、西側のファサードが十字架の交点の尖塔より高いスペイン、フランス型と同じだった。

以下、省略・・・

大聖堂を観終ってライン川の河畔に向かいました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2016-09-15 03:36 | ドイツ | Comments(0)  

2016年4月30日(土)ドイツ その23 ケルン(2)

ホテルで一休みして15時からケルンの街歩きを始めました。ホテルのフロント係、「ホテル前の道を15分も歩けば駅です。」

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(出典:Google)


クリストフ通りを駅とは逆方向に歩いていた事にに気付いたのはホテルを出て5分ほど経ってからでした。Googleのマップで間違いに気づきました。
リングの公園まで行って、来た道を引き返しました。


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ガードになっているアーチ橋は風格を感じさせます。

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ホテル前の道路の建物のスカイラインは綺麗に揃っていました。概ね5階建てでした。

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もう一つのリングを横切りました。東京でいえば、江戸城の「内堀」みたいなものかもしれません。中央分離帯にあたる部分を公園にしていました。

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沿道のロマネスク式?の教会は実に立派でした。祭壇らしい建物は西側に設置されていました。東側に祭壇を設けるゴシック式の大聖堂みたいな法則性はないようです。


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教会前の公園には大きな中世の騎士の頭部の像がオブジェ風に配置されていました。

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公園の塔は、ゴシック式大聖堂のファサードでよく見られる彫像が飾ってありました。

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クリストフ通りを駅に向けて歩いてゆきました。電柱・電線がなくスッキリした街路ですが、街路樹がなく少し無機質な感じもあります。

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屋根の床板が繋がったユニークな建物もありました。

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ラウンドアバウトに出会いました。ドイツに来て初めて見たラウンドアバウトでした。本家イギリスではあちこちで見ましたが、ドイツではあまり見掛けなかったです。背後のピンク色の教会はなんかロマネスク式みたいな感じでした。


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駅に近づいてきました。競馬の中継をやっている馬券売り場?がありました。

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ほどなくケルン中央駅に到着。ケルン大聖堂のファサードは実に巨大でした。

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巨大な大聖堂は煤が付いて黒ずんでいました。写真に収めるのが大変なくらい大きい建物です。

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補修用の足場もあり、これだけ大きい建物のメンテナンス費用は馬鹿にできない程大きいように思います。

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この大聖堂は13世紀の着工、1880年完成。600年の工期だったとは驚きです。せっかちな日本人とヨーロッパ人の時間スケールの違いを感じます。何処に行ってもヨーロッパ人のキリスト教に対する強い献身や帰依を感じます。
13世紀、フランスではゴシック式大聖堂の建築ブームがあったようで、そのブームがドイツにも伝わったという事かもしれません。

以下、阪急交通社の案内から

古くから交易で栄えたライン河畔の町ケルン。その中央駅に降り立つと目の前に巨大な大聖堂がそびえ、高さおよそ157mの天を突く双塔に圧倒されます。13世紀の着工から完成までに、なんと600年余りを費やしたこの大聖堂には、東方三博士の聖遺物が納められています。

司教座が置かれたケルンの聖堂は9世紀に建て替えられ、12世紀には東方三博士の聖遺物(遺骨)が安置されました。東方三博士とは、イエスの誕生時に星に導かれ、幼子のイエスを拝んだとされる3人。その聖なる遺骨を見ようと、ヨーロッパ中から巡礼者が訪れるようになったが、1248年にゴシック様式の大聖堂が建築されることになった矢先、聖堂は火災で焼失。同年に建築工事は始まりますが、資金難などで300年近く中断を余儀なくされ、ようやく1880年に完成をみました。

精緻な彫刻で装飾された2本の尖塔が天空へと伸び、西正面扉口中央には「旧約聖書」の一場面の浮き彫りが施され、高さ約43mを超えるリブ・ヴォールトの円天井と尖頭アーチの聖堂内は、巡礼者を天上へ導くかのよう。大きな窓にはめ込まれたステンドグラスから差し込む神々しい光に満たされ、奥の主祭壇では東方三博士の聖遺物を納めた黄金の棺がひときわ輝きを放ちます。

紆余曲折を経て完成したゴシック建築の最高峰にして、600年以上途切れることのなかったドイツの人々の篤い信仰心の象徴でもある大聖堂には、年間数百万人もの巡礼者が訪れます。

土木屋として気になった事は3つありました。
1つ目は高さ157mまで重い石材をどうやって持ち上げたか?
2つ目は大聖堂の基礎地盤がどうだったか?ライン川の河畔に157mの石の塊りを支える堅固な岩盤でもあったのか?
3つ目は地震。建物の耐震性の照査はどの程度まで行っているのか?先日、イタリアの中部で大地震があり、中世風の街が完全に崩壊しました。

大聖堂の脇にケルン中央駅がありました。駅前広場は沢山の観光客で賑わっていました。

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駅前広場から大聖堂はこんな風に見えました。

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折角なのでスナップ写真を通行人にお願いしました。この日は日本の冬並みに寒く、持参したライトダウンとマフラーが役に立ちました。

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大聖堂の周りを歩いて、ライン河畔に向かいました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2016-09-14 05:28 | ドイツ | Comments(0)  

2016年4月30日(土)ドイツ その22 ケルン(1)

定刻10時53分から20分遅れで、電車がケルン中央駅に到着しました。ケルン はドイツではベルリン、ハンブルク、ミュンヘンに次いで4番目に大きな都市、駅舎も立派でした。
ドイツの大都市の「中央駅」は、マルチトップのドーム型駅舎が多かったように思います。天井のトップライトで採光していました。

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地下通路にはお寿司屋さんがありました。ドイツでも寿司は当たり前になっているようです。

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駅舎を出るといきなりケルンの大聖堂が現れました。実に巨大な建物でした。右手のファサードの尖塔は高さが約160mもあるそうです。

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まずは、予約したホテルの行って40lのバックパックを預けて身軽になるのが先決です。ケルン中央駅からホテルまで約1.5km。歩きでもいけますが、荷物を背負っているので電車を選択しました。
ドイツの中心都市にはSバーンと呼ばれる都市近郊線、Uバーンという地下鉄がセットで整備されていました。
この時は、そんな知識もほとんどないので、とりあえずSバーンに乗りました。乗換駅を間違えて電車に乗った事に気づき、引き返しました。結局リングと呼ばれる環状道路を20分ほど北方向に歩いてようやくホテルにチェックインできました。

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Sバーン駅の駅は日本の高架駅と似たような気分がありました。

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時刻表は日本のものと似た表記でした。

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駅から建設中の建物が見えました。柱が細くて数も少ない建物でした。日本の耐震基準で照査したらNGかもしれません。


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沿線の風景・・・大聖堂が彼方に見えました。

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近くの駅で下車してリングを北に向けて歩きました。道路の中央が、公園になっていました。

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城壁が残っていました。ケルンの街を守る城壁だったと思います。

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予約したホテルはケルン中央駅から西に延びる駅前通りに面していました。建物のスカイラインは5階建てで一応揃えてありました。


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12時30分過ぎにホテルにチェックイン。



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このホテルは現金払い、チェックインした時に43ユーロ(5600円)を支払いました。ホテルは既存のアパートをホテルに改造した感じでしたが、狭いけど明るくて快適でした。

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部屋で一休みして15時からケルンの街歩きを始めました。
以下、次号・・・・

追記
この記事を書いている9月に三番町のN先生からケルンの名前の由来を教えて頂きました。
古代ローマ皇帝ネロの母親アグリッピナに因んだ名前で、コロニア・アグリッピナ Colonia Agrippina」アグリッピナの植民市)のアグリッピナが抜け落ちたコローニアが語源だそうです。
ケルンは古代ローマの植民地であり、2000年の伝統を持った歴史のある都市でした。
紀元初期のローマの権力闘争は凄まじかったようです。

以下、あるブログからの引用。

ケルンは、紀元前に、オッピドゥム・ウビオルムと呼ばれていました。古代ローマ皇帝で、暴君として悪名高いネロ(西暦37~68)の母親は、アグリッピナ(西暦15~59)という女性です。彼女も、異常な権勢欲、毒殺、近親相姦などの話に富んだ、なかなかの悪女ですが、ここで生まれました。ローマ皇帝クラウディウスの五番目の妻となったアグリッピナは、夫に頼んで、この町に自分の名前をとって、「コロニア・アグリッピナ Colonia Agrippina」 と変えてもらいました。「アグリッピナの植民市」という意味です。ところが、皮肉なことに、アグリッピナという自分の名前は残らないで、植民市という意味のコロニアのほうが残ってしまいました。そのコロニアが訛って、ドイツ語では、ケルン Koeln、英語やフランス語では、コロン Cologne と言います。
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ローマ皇帝ネロ(左)と母親アグリッピナを刻んだコイン(Wikipediaより)

ケルンにゆかりのあるもとして、香水のオー・デ・コロン eau de Cologne があります。フランス語で、「ケルンの水」という意味です。18世紀末に「不思議な水」として、販売されました。ナポレオン軍のケルン占領の際、軍の混乱を避けるために、ケルンの建物に番号を書きつけました。オーデコロンの工場には、4711と書かれました。それが、今も残っている「オーデコロン4711」という商品名だそうです。

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by camino0810 | 2016-09-11 12:05 | ドイツ | Comments(0)  

2016年4月30日(土)ドイツ その21 リューデスハイム~ケルン(3)

9時4分、電車はコブレンツ駅に停車しました。

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この街はモーゼル川がライン川と合流するヨーロッパの水上交通の要衝だそうで、2000年以上前にローマ人が建設した街だとか・・・合流点「コンフルエンテス」(合流点)がこの街の語源とは驚きです。

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ホームから大きな教会が見えました。ロマネスク型の教会でした。

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お洒落な街並のようでした。

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電車はライン川の左岸を走りました。沿線は広々としていました。畑に白マルチと呼ばれるビニールのシートを貼っていました。

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片側4車線の高速道路が見えました。ドイツの「アウトバーン」を初めて見ました。緑の中を走り抜けるのはさぞ快適でしょう。ドイツ語で「アウト」は「車」、「バーン」は「道」、「アウトバーン」は「自動車道」、実にシンプルで明解な名前です。

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電車は再度ライン川を渡って右岸を走りました。

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9時26分、電車の終点のノイウィード駅に到着。この電車の小旅行は実に良かったです。

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ノイウィード駅は、とても小さななローカル駅でした。

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9時33分発のケルン行きの電車に乗り換えました。

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曇って小雨が降ってきました。電車はライン川の右岸を走りました。沿川の風景から山が消えました。

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沿川にはライン川が開析した平地が拡がっていました。

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ライン川の左岸の森に高層ビルが唐突に現れました。多分、ここがかっての西ドイツの首都のボンだと思います。人口30万の都市を首都にした理由は一体何か?気になります。

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電車はケルンの郊外に来ました。

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中央のアーチ型の梁で屋根を吊ったユニークなドームがありました。

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ケルンの中心地はライン川の左岸にありました。電車は再びライン川を渡りました。

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ケルンの大聖堂がどんどん大きくなってきました。

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定刻10時53分から20分遅れで、電車がケルン中央駅に到着しました。

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以下、次号・・・



by camino0810 | 2016-09-04 05:37 | ドイツ | Comments(0)