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2016年5月4日(水)ドイツ その54 バンベルク(6)

カフェで黒ビールを1杯呑んで一休みした後、17時10分、街歩きを再開しました。
すっかりレグニッツ川とも馴染みになりました。

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旧市街のメーン通りをマイン・ドナウ運河に向けて歩きました。バンベルクの旧市街の中心部でした。
3つの広場はそれぞれに個性があって賑わっていました。地図をからこの街はかつて旧市庁舎を中心にした都市国家だったと言えそうです。城壁にあたる部分が、リング状の道路や公園として残されていました。リングはフランクフルト、ケルン、ライプチヒでも確認できました。旧市街地はリング内にあり、赤い屋根の建物から出来ていました。


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5月のヨーロッパの陽の入りは21時、たっぷり時間があります。観光客は橋の高欄に腰かけて風景を楽しんでいました。この記事を書いているのは半年後、当日のリアルな思いはほとんど忘れ去っています。
旅行に携行するメモ帳に面白い書き込みがありました。「女優ばりの人が沢山、フランス、イギリスよりも綺麗・・・」
たまたまかも知れませんが、そう感じたのは事実、綺麗な女性が目立ちました。これまでのドイツの地味なイメージとは真逆でした。

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橋の袂の広場Aは親水公園風に仕上げていました。

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建物は個性があってもそこそこトーンが揃っていて可愛らしい設えにしてありました。

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旧市街の主要道路、東西方向のランゲ通りを渡って、広場Bに行きました。

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広場Bは完全に車を排除した歩行者専用の広場型街路でした。このパターンはこれまで歩いてきたドイツの他の街と共通したものでした。車を排除すると賑わいが増すように感じました。このような事例は2015年のイギリスの地方都市でも見掛けました。


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フランクフルトで見た市場と似ていました。フランス、イギリスで見た市場と同じ気分がありました。ヨーロッパは何処でもこんな市場があるという事でしょうか。
日本のようなイオンのような大型ショッピングモールを見掛けませんでした。そのような縛りがあるのかもしれません。


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野菜コーナーではお馴染みの野菜が並んでいました。大根やネギなども並んでいました。

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可愛い売り子さんもいました。

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ドイツ人の主食?のジャガイモは1kg2ユーロ(260円)、日本と大体同じ値段でした。

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広場Cは新市庁舎前の広場でした。バンベルクで最も広い広場でした。写真左側の広場と右側のメーン道路の境目がありません。境界を曖昧にして人を誘導する仕組みにしてあるのかもしれません。道路と建物周りの境界ブロックを省略するとついつい建物に足が向いてしまうという人の習性を上手く使っているのでしょうか。

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ライプチヒの旧市街のマルクトみたいな気分がありました。


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この市場では食品以外の雑貨や衣料品が売られていました。

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広場Cからマイン・ドナウ運河へ歩きました。幅15m位の石畳の道を北に歩きました。

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振り返ったメーン道路の入り口・・・

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リング道路は狭いけど歩行者優先でした。

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旧市街のはずれにあるゲッテン橋はマインドナウ運河に架かる橋でした。この吊り橋はユニークな構造でした。ブダペストの鎖橋、東京の清洲橋と同じで主ケーブルがより線のケーブルではなく、鋼材をピンで連結して主ケーブルにしていました。


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橋から下流の眺め・・・運河は写真の下から上に流れています。左岸の散策路には背の低い黒っぽい柵が設置してありました。


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小さい街なのですぐに中心部を歩き終えました。まだ、17時30分、引き続き街歩きを続けました。
以下、次号・・・

当日にFBにアップした記事です。

5月4日(水)、バンベルクは快晴、適温。
バンベルクの「おまけの1回」・・・。
お天気に恵まれて良い街歩きができた。「絵葉書のような」という言い方があるが、バンベルクはそんな街だった。
ビールで良い気分になってホテルにそのまま帰ろうと思ったが、折角の機会なので、旧市街のモールから運河の周りを歩いてみた。
バンベルクには2つの川が流れている。
最初に歩いた、マイン川の上流にあるレグニッツ川は南にあり、その支川が運河になっていた。
マイン・ドナウ運河は北側にある。観光スポットはこの運河の南側に集中していた。そういえば、フランクフルトはマイン川沿いの街だった。マイン川はドナウ川の支川なので、この運河はライン・ドナウ運河と読み替える事もできる。
バンベルクがこの大運河の起点にあたり、はるばる170kmを南下してドナウ川に繋がっているとの事だ。1992年に完成した出来たてホヤホヤの運河でもある。
ヨーロッパを代表する2大河川が繋がっているとはある意味凄い事だ。大西洋と黒海経由で地中海が繋がっている訳でその効果を実際どうだったのか興味深い。
モールの入り口の吊り橋はユニークな構造だった。ブダペストの鎖橋、東京の清洲橋と似ていた。主ケーブルがより線のケーブルではなく、鋼材をピンで連結して主ケーブルにしていた。
マイン・ドナウ運河の周辺は実に素晴らしい「かわまち」が出来上がっていた。河川敷には幼児用の公園もある。ドイツ中南部地帯の都市内河川は掘り込みタイプだった。洪水の恐れが少ないのはありがたい事だ。如何に川を使うかに専念できる。
明日は、ドナウ河畔のレーゲンスブルクに向かう。

by camino0810 | 2016-11-29 06:08 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月4日(水)ドイツ その53 バンベルク(5)

15時30分、坂道を登るとすぐに大聖堂に着きました。

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この大聖堂はこれまで見てきたゴシック式の大聖堂と相当違っていました。
ゴシック式大聖堂は上から見ると十字架の形をしていて、長手方向の主軸がキッチリ東西を向いていて、西側がファサード、東側が祭壇という基本パターンがありました。
この大聖堂は十字架の形をしていないし、向きも違っていました。


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(出典 Google)
ゴシック式を代表するケルン大聖堂・・・

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ゴシック式フランクフルト大聖堂・・・

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バンベルク市のガイドブックにヒントがありました。
正式名称は「聖ピーター・聖ジョージ帝国大聖堂」・・・神聖ローマ帝国ハインリッヒⅡ世 (973年~1024年)が1012年に建設した歴史のある大聖堂でした。1237年、後期ロマネスク様式と前期ゴシック様式の混合仕様の現在の大聖堂に改造されたそうです。ライン川流域はゴシック式、ライン上流のマイン川はロマネスクとゴシックの混合様式、東のエルベ川流域はロマネスク様式という感じです。
日本の場合、関ヶ原で言語や文化が分かれます。蒲焼のうなぎを蒸すか蒸さないかの境目はどうも浜松付近で、先日名古屋で食べたひつまぶしのうなぎは「蒸しなし」でした。バンベルクは日本でいえば名古屋という位置づけかもしれません。
ゴシック式はファサードに1~2本の尖塔、十字架の交点に1本の尖頭、合計2~3本の尖塔がありますが、この大聖堂は両サイドに2本づつ計4本の尖頭が建っていました。



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広場とはこういう空間をいうのでしょう。大聖堂の広場は、標識なども含め一切モノを置いていませんし、車道と広場の境目も判然としていません。そういうコンセプトに大きな価値を感じます。



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大聖堂の反対側の建物も実に風格に溢れていました。


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大聖堂周りの路地を歩いてみました。一切、緑を入れていませんが、かといって無機質な気分もありません。


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それでも、近くには緑一杯の庭や小路がありました。

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広々した芝生広場もありました。

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少し歩くとロマネスク様式の教会がありました。


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旧市街に引き返しました。坂の向こうに見える建物は修道院でした。

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路地風の狭い坂道を下りました。


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坂道の所どころに設置されたレリーフ・・・十字架を背負ってゴルゴタの丘を登るイエス、字が読めない当時の庶民にも理解できます。

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1738年完成の建物が路地脇にありました。築278年の建物です。

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この古い建物の屋根は赤いうろこで葺かれていました。旧市街地の赤い屋根はこのタイプでした。自然石ではなく焼き物のように思います。航空写真を見ると旧市街は赤い屋根が多いのですぐに判ります。


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旧市街入口まで下りてきました。


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旧市街中心部は沢山の観光客で賑わっていました。車は関係者のみで基本は歩行者専用の石畳の道路、建物は薄めのパステルカラーで綺麗に塗り分けられていました。


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このあたりを歩き回って、このカフェに決めました。


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このカフェは自前の黒ビールを造っていました。

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お店に入ってスタッフにスナップ写真を撮ってもらうパターンが定着してきました。

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500ccの黒ビール(3.9ユーロ:510円)を飲みながら今日の日記をFBにアップしました。

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当日にアップした記事・・・

5月4日(水)、バンベルクは快晴、適温。
ドレスデン新駅発7時27分のIC2046で8時28分にライプチヒ到着。その後がまずくなった。肝心のICEが来なかった。到着ホームが変更になったのかもしれない。
DBのインフォに行って係りの人から別便の時刻表をもらった。別の電車でLichtenfels駅へ、ここで高速バスに乗り換えた。アウトバーンは日本の高速と大して変わらなかったが、周囲の景色は素晴らしかった。
そんな訳でバンベルク駅に着いたのが12時30分。5時間の長旅になり、相当疲れた。駅前で食べた昼食のチャーハンが実に美味かった。普段はサンドウィッチばかり食べているので、コメの飯を胃袋に入れると力が出る。
13時30分ホテルにチェックイン、14時から街歩きを始めた。
最高の天気に恵まれ、運河、高台の大聖堂周囲をひたすら歩いた。
人口7万の地方の小都市でも街は実に綺麗にしていた。
ヨーロッパは5月の新緑に限る。そんな言葉が浮かぶほどこの街の緑はフレッシュだった。
16時、旧市街のカフェで黒ビールを飲みながらこの記事を書いている。


一休みして、街歩きを再開しました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2016-11-27 20:42 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月4日(水)ドイツ その52 バンベルク(4)

バンベルクの旧市街は1993年に世界遺産に登録されたそうです。
その核心部はレグニッツ川の中の島に建つ旧市庁舎だと思います。川は写真下から上に流れています。

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ガイドマップによると、旧市庁舎は14世紀中頃建造されたものの、1440年の火事で消失、市民によって再建されたそうです。
ドレスデンで見たドーム教会も第2次大戦の爆撃で灰燼に帰しましたが、市民の手で再建されました。どんな地域にも地域のアイデンティティーの核となる重要な施設はあるという事でしょう。1700年中期にバロック、ロココ様式に改造されたそうです。


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手前の木造の古民家風の建物はちょっとハリポテ風にも見えます。洪水から市庁舎をガードする役割かもしれません。

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市庁舎壁面のフレスコ画・・・なんかパステルカラー風でした。

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旧市庁舎まわりの水関連インフラを見て回りました。

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(出典 Google)

1602年当時の鳥瞰図には、船着き場に荷役設備のクレーンが描かれている事からも、産業舟運が盛んだった様子が窺われます。
そもそも、何故、中の島に役所を造ったのか?
防衛しやすさも考えられますが、リューデスハイム~ケルンのライン下りで見た中州のお城にも似た感じがします。産業舟運が盛んだったのであれば、当初は、レグニッツ川を通行する船から通行料を徴収する目的で建設された「関税」だったと考える事ができるかもしれません。
左岸の大聖堂と右岸の旧市街を連結する交通の要衝でもあり、多くの人が集まるようになって役所に機能アップしたのでは・・・


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レグニッツ川と旧運河の合流点には融雪流と思われる豊富な水流があり、流れも速かったです。このような場所に運河、橋や堰を造るのは容易ではありません。どうやって当時の土木技術で造ったか?現在の土木技術でも建設難度は高いでしょう。
旧市庁舎の建っている中の島をシテ島に置き換えると、何かセーヌ川のシテ島とも似た感じがします。
最初に川を左岸に寄せて、右岸に締切を設置して右岸側のアーチ橋を造り、完成後に右岸に瀬替えして左岸のアーチ橋を造ったのでしょう。

上流に堰が設置してありました。中央のゲートの上げ下げで水量調節をしているようでした。川をせきあげて導水してるか、水位差で発電用の水車も回すのか?

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旧市庁舎には上下流に2本のアーチ橋が架かっています。上流側の橋を渡りました。旧市庁舎は左手の立派な建造物でした。初めて見たフレスコ画も実に立派です。右手の建物は木造のガード役です。


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旧市庁舎上流側の歩道橋・・・


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旧市庁舎下流側のレグニッツ川・・・川は写真の下から上に流れています。


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旧市庁舎の下流のアーチ橋の欄干には女神像が建っていました。河畔の建物は水色のパステルカラーの繊細な飾り窓とフレスコ画で仕上げられていました。


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レグニッツ川右岸の船着き場にある荷役用クレーン・・・1602年当時の鳥瞰図にも描かれていました。


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旧市庁舎下流のアーチ橋は、沢山の観光客で賑わっていました。水色のパステルカラーの建物の屋根越しに大聖堂の尖塔が見えました。


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川巡りを終えて丘の上の大聖堂へ向かいました。左岸の旧市街地はパステルカラーで塗り分けられていました。


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白壁と木でできた田舎づくり風の建物もありました。


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大聖堂が近づいてきました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2016-11-27 08:03 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月4日(水)ドイツ その51 バンベルク(3)

レグニッツ川の河畔を更に上流に向けて歩きました。

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(出典:Google)

当日にアップしたFBの記事・・・

5月4日(水)、バンベルクは快晴、適温。
ドレスデン新駅発7時27分のIC2046で8時28分にライプチヒ到着。その後がまずくなった。肝心のICEが来なかった。到着ホームが変更になったのかもしれない。
DBのインフォに行って係りの人から別便の時刻表をもらった。別の電車でLichtenfels駅へ、ここで高速バスに乗り換えた。アウトバーンは日本の高速と大して変わらなかったが、周囲の景色は素晴らしかった。
そんな訳でバンベルク駅に着いたのが12時30分。5時間の長旅になり、相当疲れた。駅前で食べた昼食のチャーハンが実に美味かった。普段はサンドウィッチばかり食べているので、コメの飯を胃袋に入れると力が出る。
13時30分ホテルにチェックイン、14時から街歩きを始めた。
最高の天気に恵まれ、運河、高台の大聖堂周囲をひたすら歩いた。
人口7万の地方の小都市でも街は実に綺麗にしていた。
ヨーロッパは5月の新緑に限る。そんな言葉が浮かぶほどこの街の緑はフレッシュだった。
16時、旧市街のカフェで黒ビールを飲みながらこの記事を書いている。

散策路は砂利道で両脇に大きな樹木が植わっていました。この散策路は好天にも恵まれて実に快適でした。洪水や航行波から河岸を保護する役割を背負わせたように思います。フランスのミディ運河には大きなプラタナスが同じ目的で植えられていて独自の景観を演出していました。

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旧運河は小さな水路になっていました。初代のマイン・ドナウ運河の痕跡でしょうか。

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引き返して再び下流側を目指しました。住宅地はドレスデンと同様に路上駐車が許されていました。

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旧運河脇の散策路を歩きました。

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最初のノンネン橋まで戻ってきました。

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旧運河は正式には「ルードウィッヒ・ドナウ・マイン運河」(1836年~1846年)と呼ばれていました。バイエルン王国のルートヴィヒ1世が年建設した運河でした。現在の2代目マイン・ドナウ運河(1960年~1992年)は大型船舶の通行を可能にした別ルートの運河だと思います。

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ルートヴィヒ1世はこの運河の開削や鉄道を敷設を手掛けたたインフラ投資に熱心だった国王だったようです。ドイツの近代化や産業革命を支えたひとりかもしれません。
以下、Wikipedia・・・

ルートヴィヒ1世(Ludwig I., 1786年8月25日 - 1868年2月29日)は、バイエルン王国の第2代国王(在位:1825年 - 1848年)。全名はルートヴィヒ・カール・アウグスト (Ludwig Karl August)。先王マクシミリアン1世の長子である。
マクシミリアン1世はバイエルン選帝侯に即位する以前、フランス陸軍の将官としてストラスブールに赴任しており、ルートヴィヒも同地で生まれた。フランス王ルイ16世が名付け親を務めており、王の名を取ってルイ(Louis: ドイツ語でルートヴィヒ Ludwig)と命名された。母親はヘッセン=ダルムシュタット家のアウグステ・ヴィルヘルミーネである。1810年、バイエルン王太子となっていたルートヴィヒは、ザクセン=ヒルトブルクハウゼン公女テレーゼと結婚し、1825年に父の死去によって王位を継承した。
ルートヴィヒは芸術を奨励する一方、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学をランツフートからミュンヘンに移転し、工業化も奨励したまた、マイン川とドナウ川の間にルートヴィヒ水路を作る事業を始めた1835年、ドイツ初の鉄道をバイエルン王国内のフュルトとニュルンベルクの間に敷設した。

河畔を歩く軍人姿の歩行者が写った写真から推定すると、1900年初頭に撮影された写真のように思えます。
クレーンによる荷役や切り出した材木の運搬の様子が撮影されていました。


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ドイツ語不如意ですが、バンベルク(マイン川)からケルハイム(ドナウ川)を結ぶ全長173kmの運河で、幅15m、深さ1.5m、建設期間1836年~1846年の10年といった内容だと思います。


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その荷役用クレーンが保存されていました。物持ちのいい国だと思います。

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大きなドラムは電気式のモーターでしょうか。

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少し下流に行くと河畔に古風な集合住宅が建っていました。


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1900年に撮影された写真と見比べると、同じ建物だと判りました。昔のものを大事にして上手に使いまわす国民性を感じます。イギリスと同様ドイツもストック社会だという実例でしょうか。大火事の度に壊しては建て替えてきた日本はフロー社会ですが、それぞれの伝統や文化があり、その良し悪しは一概には言えません。
写真から筏流しがあった事が判ります。木場と呼ばれる貯木場も何処かに用意されていたのでしょうか。


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旧運河の最下流端が近づいてきました。木製アーチ支保工で補修をしているアーチ橋が見えてきました。

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世界遺産に登録されたリトルヴェニスと呼ばれるバンベルクの核心部に着きました。

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以下、次号・・・



by camino0810 | 2016-11-25 05:32 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月4日(水)ドイツ その50 バンベルク(2)

14時、街歩きを開始しました。
ホテルから少し西に行くと、旧運河に出くわしました。旧運河を上流に向けて歩きました。

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ノンネン橋という橋から旧運河の下流側を眺めました。写真右側の運河の下流右岸側は運河→護岸→道路→建物の順に並んでいました。道路があるので建物は運河を向いています。ドイツは割と河畔の転落防止柵が多かった気がします。利用頻度が高いから柵は必要だという考え方は日本人の感覚と似ているのかもしれません。
安全柵の考え方は、国ごとに違っているようで、ウィーン市街地のドナウ運河では利用頻度が高く、高低差が4mくらいあっても柵はありませんでした。どちらかというと、ウィーン流の自己責任の考え方が欧州の主流のように感じます。現金払いと安全柵に関してだけは、堅実路線という意味合いで日本とドイツは似ているなと感じます。

左岸側は自然河岸ですが、右岸はスペースが少ないので直立護岸にせざるを得なかった感じでした。

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ノンネン橋の下流左岸は中の島です。高水敷の散策路は綺麗にしてありました。

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赤色系のパステルカラーの建物はレストランでしょうか。八重桜が満開でした。

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ノンネン橋の上流側・・・運河は写真の上から下に流れています。右岸の護岸は一部を階段式にして水辺のアクセスを確保してありました。


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右岸の河畔散策路を上流に向けて歩きました。5月のヨーロッパは新緑がとても綺麗で、木漏れ日の中の歩きは実に快適でした。ジドリ写真も撮りました。

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旧運河の河岸は自然河岸にしてありました。ドイツの近自然河川とはこんな川の事を指すのかもしれません。水は澄んではいないけど合格点の範囲だと感じました。 

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旧運河と並行して流れているレグニッツ川本川の河畔まで来ました。川は写真の上から下に流れています。右岸の石張りの散策路には転落防止柵が設置されていました。唯、高さが膝程度に低く抑えてあり、黒い配色にしてありました。河畔の良い眺めを支障しない配慮を感じました。川を横断中の小舟は昔からある渡し船だと思います。

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レグニッツ川本川の下流側左岸にはピンク屋根の歴史的な建造物が建っていました。写真左側の河岸は自然河岸あり、直立護岸ありと割と自由な整備がされていました。画一的、一律的でない河岸のデザインもなかなかいいものです。



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バンベルク市当局が作った説明書きがありました。同じアングルの1913年当時を見ると左岸側は当時のままでした。木製の船が浮かんでいました。産業舟運が盛んだったのかもしれません。


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1949年当時の写真には小舟から岸に降りる自転車の女性が写っていました。「矢切りの渡し」みたいに通勤用の渡しだったのかもしれません。


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大昔から川の利用形態は運搬路、エネルギー源の2つと相場が決まったいたようです。ドイツの小さな地方都市でも同じでした。

水車小屋の説明書きもありました。1779年に書かれた水車小屋の設計図でした。水車小屋の下には沢山の杭が打たれていました。
水車のような、水インフラの原初の利用形態は製粉か織物である事は何処の国でも同じです。世界に先駆けて産業革命を成功させたイギリスでも最初は織物業の動力に水車を使ったと思います。ここではレグニッツ川本川と旧運河の3m位の水位差を利用して水車を回したようです。
イギリスの産業革命は1760年代から始まり1830年代に終了したそうです。後発のドイツは1840年代から産業革命を開始したと言われています。産業革命以前の1779年の時点では製粉程度の利用しかなかったのでしょう。

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運河の必須アイテムである閘門は産業舟運に欠かせない水インフラのひとつです。イギリスの閘門は幅が狭いのに対し、ドイツやフランスの閘門は幅広でした。
ガイドマップには「Lock no.100」と記載されていました。不思議な名称です。

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「1836年~1845年に建設された旧ルードウィヒ・マイン・ドナウ運河の最後の閘門。この運河はドナウ川とバンベルクのはずれにあるマイン川を結んでいた。172kmの運河を航行するため、船は100の閘門を通過し、約200mの高低差を克服する必要があった。上流に航行する時は、河畔で船を曳航する必要もあった。”Lock no.100”は現在でも現役でレジャーやボート、カヌーが利用しており、手動で操作されている。小さい渡し船が閘門の反対側にあるレグニッツ川で人々を渡している」
意外な事実が判りました。現在のマイン・ドナウ運河は2代目の運河であり、初代の運河は江戸時代末期の1845年に完成していた事になります。渡し船は現在も現役で頑張ってるそうです。
”Lock no.100”は、初代運河の終点という事になる訳で、お隣の大きな池は船溜まりになっていたと考えられます。


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木製ゲートでした。当時もままにしてあるのかもしれません。




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閘門の大きさは、長さ34m、幅5m、水位差3m、石造りの立派な閘門でした。長さが長いので閘室には3隻分くらい入船できそうです。閘室の水の出し入れに時間が掛かりそうなのでなるべく沢山の舟を収容した方が効率的でしょう。

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説明書きには船の出し入れの様子がリアルに再現されていました。当時は、馬に船を曳かせていたようです。閘門の下にはしっかり木製の杭が設置されていました。


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赤い屋根の水車小屋と旧運河のたまりをやり過ごしました。

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更にレグニッツ川の上流を歩きました。
以下、次号・・・



by camino0810 | 2016-11-23 07:04 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月4日(水)ドイツ その49 バンベルク(1)

バンベルクは、フランクフルトの東150Kmにある人口7万人ほどの小さい地方都市でした。
バンベルクは、マイン川の上流にあるレグニッツ川とマイン・ドナウ運河の河畔に市街地があり、歴史的な街並みと水インフラが良く調和した素晴らしい街でした。好天に恵まれた事もあり、強く印象に残っています。今回のドイツ旅行で10の大都市、中都市、小都市を歩きました。それぞれに個性的で大変良い街ばかりでしたが、個人的にはバンベルクがNo1だと思っています。


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バンベルク駅はこれまで見てきたメジャーな風格のある駅とは違って、身の丈にあった小さい駅でした。それでも風格を感じさせるハチミツ色の石造りでした。


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現在の駅舎は1844年や1910年当時の建物をベースにして玄関部分を継ぎ足した姿でした。鉄道の駅舎は、街の顔でもある訳で、その街の歴史や文化を大事する基本的な考え方がよく反映された事例のように感じます。古いものに新しいものを「継ぎ足していく文化」がドイツに限らず欧州全域に見られる共通した事象のように感じます。


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駅前通りは3階建の格式ある建物が軒を揃えていました。ケルンやフランクフルトなどの大都市は5階建てがベースですが、この地方都市は3階と少し小振りでした。


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コメ依存症の自分はたまたま見掛けた中華飯店を見過ごす事が出来ません。早速、このお店に入って昼ごはんにしました。


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牛肉入りチャーハン(4ユーロ:520円)は量もたっぷりでリーズナブル、実に美味かったです。


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地元ドイツ人にも人気があるレストランのようでした。


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当日にアップしたFBの記事・・・

5月4日(水)、バンベルクは快晴、適温。
ドレスデン新駅発7時27分のIC2046で8時28分にライプチヒ到着。その後がまずくなった。肝心のICEが来なかった。到着ホームが変更になったのかもしれない。
DBのインフォに行って係りの人から別便の時刻表をもらった。別の電車でLichtenfels駅へ、ここで高速バスに乗り換えた。アウトバーンは日本の高速と大して変わらなかったが、周囲の景色は素晴らしかった。
そんな訳でバンベルク駅に着いたのが12時30分。5時間の長旅になり、相当疲れた。駅前で食べた昼食のチャーハンが実に美味かった。普段はサンドウィッチばかり食べているので、コメの飯を胃袋に入れると力が出る。
13時30分ホテルにチェックイン、14時から街歩きを始めた。
省略・・・

駅前通りを川の方にどんどん歩きました。駅前通りには街路樹がありませんが、電柱・電線もなくスッキリしていました。


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和食レストランもありました。ドイツでも和食は高級レストランでした。


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アーチ橋が見えてきました。

 
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マイン・ドナウ運河を渡りました。運河は写真下から上に流れています。綿雲の青空、河畔の建物や木々と運河が素晴らしい景観を演出していました。


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運河の上流側・・・


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橋の袂の赤レンガの建物もひと回り小さく造ってありました。


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銀行などの商業ビルも小さくで可愛かったです。


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住宅街は2階半のパステルカラー、こちらも可愛らしい。スカイラインは綺麗に揃えてありました。


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駅前通りと東西通りの交差点に役所の建物がありました。


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芝生広場は青々としていました。


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交差点の脇道に面したカフェのテラス席では沢山のお客がランチを楽しんでいました。


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ちょっと歩くと予約したホテルがありました。薄緑のパステルカラーの4階建ての可愛らしいホテルでした。13時30分チェックインしました。


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いささか古めかし時代かかったが外見でも、明るく広い新しい部屋でした。街の景観を維持するための縛りがあるのかもしれません。


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部屋で一休みして、14時街歩きを開始しました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2016-11-20 14:37 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月4日(水)ドイツ その48 ドレスデン~バンベルク

朝、7時にホテルをチェックアウトしてバンベルクに向かいました。


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ドレスデン新駅ともこれでお別れです。

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ドレスデン新駅発7時27分のIC2046に乗車しました。

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ICシリーズは在来線特急といった感じでした。


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ドイツも含め欧州は自転車を行き先の行楽に利用するレクレーションが定着しているように感じます。車内に駐輪スペースがありました。


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2日振りにライプチヒ中央駅に戻って来ました。大きなドーム駅を見てなんかとても懐かしい気分になりました。この駅でちょっとしたトラブルが発生しました。

バンベルクは小さい街なので何度も乗り換えが必要でした。当初のルートでは約5時間の行程でした。

 IC2046号  ドレスデン7時27分→ライプチヒ8時28分
 ICE1642号 ライプチヒ8時35分→エルフルト9時18分
 RE3807号  エルフルト9時34分→シュバインフルト11時25分
 BB58033号 シュバインフルト11時38分→バンベルク12時19分

IC2046号は定刻8時28分にライプチヒに到着、12番ホームで8時35分発ICE1642号を待っていましたが、肝心の電車が来ません。到着ホームが変更になったのかもしれません。多分、場内放送を聞き洩らしたのでしょう。


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仕方ないのでDBのインフォに行って別の行き方を教えてもらいました。DBのインフォの係員は親切でした。早速、別の旅程をプリントして渡してくれました。
変更ルートは高速バスの利用でした。係の方に手持ちのフリーパスが使えるかを確認するとOKとの返答。
DBはバス路線も持つ実に便利で巨大な鉄道会社だと思いました。
変更ルート・・・

 RE4985号   ライプチヒ9時09分→リフィテンフェルス11時49分
 SEV(高速バス) リフィテンフェルス11時58分→バンベルク12時31分 

REシリーズは普通電車といった感じでした。 

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沿線のブドウ畑はブドウの三圃制方式?リューデスハイムで見た背丈が1mくらいの小さいブドウが時間差で植えられていました。


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丘の上に家が点在していました。


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途中駅はこんな感じ・・・

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リフィテンフェルスに定刻11時58分到着、バンベルク行きの高速バスに乗車しました。


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ドイツのアウトバーンを初めて走りました。道路自体は日本の高速道路と差異は感じません。

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日本の高速道路との違いは沿道の風景の美しさでした。ドイツは何処に行っても綺麗な風景がありました。

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高速バスは、定刻12時31分にバンベルク駅の駅裏に到着しました。


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5時間の長旅で疲れましたが、思わぬ椿事のお陰でアウトバーンを楽しめました。
駅前で昼食を済ませてホテルまで歩きました。
以下、次号・・・



by camino0810 | 2016-11-19 18:52 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月3日(火)ドイツ その47 ドレスデン(7)

5月のヨーロッパはなかなか陽が落ちません。日暮れは21時くらいでした。
ホテルで2時間くらい仮眠を取って、18時30分夕食を摂るためにホテルから新駅に歩いて行きました。新駅の構内にあるお目当てのベトナム料理のファストフード店に入りました。2012年、ロンドンの中華街で食べた、ベトナム料理のチャーハンを超えるチャーハンを食べた事はありません。


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八宝菜と型押ししたご飯のワンプレートで5.5ユーロ(710円)、パン食に飽き飽きしていたので胃袋に滲みわたりました。


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当日のFBの記事・・・

5月3日(火)、ドレスデンは快晴、温暖。
ドレスデンのおまけの1回。
15時30分、街歩きを終えて、ホテルにチェックイン。相当に疲れたので一休みした。
18時30分、ドレスデン新駅駅舎内のベトナム料理で夕食。八宝菜風の一品は実に美味かった。やはり海外での食事はエスニックがいい。2012年、ロンドンのベトナム料理も最高に美味かった事を想い出した。
そのあと、エルベ川右岸の河畔に行ってみた。
ザクセン州の大蔵省前の階段テラスが最高のビュースポットだ。お昼に観た左岸のドームや大聖堂が一望できた。なんとなくプラハの街に似た気分がある。プラハにも沢山の塔が建っていたし、王宮の高台をなくすと似たような風景になるような気がする。ドレスデンのアウグストゥス橋とプラハのカレル橋も感じが似ている。
産業や商業、文化がエルベ川という連絡路で相互に運搬されたという事だろう。
とにかく、これだけ気持ちの良いオープンスペースは久し振りだ。ザックリ川幅は400m、流路幅は150m、残りの250mが遊歩道や道路、緑地になっている。
それにしてもエルベ川も大きな川だ。結構大型の観光船が浮かんでいた。2014年に旅行した上流のプラハではブルタヴァ川と名前が変わる。信濃川は新潟県内の呼称で長野県に行くと千曲川に変わる。国を跨いで流れる川とはそういうものだ。
明日は、バンベルクに向かう。

陽が落ちるまでまだ2時間もあるので、もう一度エルベ河畔に向かいました。スッキリした街路を歩きました。


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ドイツの押しボタン信号・・・

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ザクセン州政府ビルの大通り沿いには中層住宅らしき建物群が綺麗にスカイラインを整えていました。

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新市街はすべてがゆったりしていました。歩道、広場もたっぷりで目障りな高層ビルはありません。多分、街づくりを規制する縛り?のようなものがあるのでしょうか。とに角、広い事は良い事です。地図に記載されている灰色の部分が特別区域かもしれません。


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ザクセン州大蔵省前の交差点は実に広々と気持ちが良かったです。

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また、エルベ河畔にやって来ました。左岸の旧市街の歴史的建造物、船着き場が右岸の高水敷越し見えました。


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ザクセン州の州政府本部は実に風格に溢れた石造りの建物でした。この建物の玄関はエルベ川を向いていました


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ザクセン州大蔵省の玄関もエルベ川を向いていました。東京の神田川や日本橋川の河畔のビル群が川にソッポを向いているのと好対照です。


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ザクセン州大蔵省前の階段テラスの階段に腰かけて最高の景色をゆっくりと楽しみました。多分、この場所がドレスデンの最高のビュースポットではないかと思います。


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19時40分ホテルに戻ってお風呂に入って21時30分就寝。今日も一日朝からよく歩きました。
明日はマイン川の上流にあるバンベルクに向かいます。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2016-11-16 05:06 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月3日(火)ドイツ その46 ドレスデン(6)

昼食は駅構内のサンドウィッチにして、14時30分、ドレスデン中央駅から普通電車で新駅に戻りました。

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ドレスデン中央駅ホームには可愛らしいジオラマは展示されていました。

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地図の黒い矢線がこの時の街歩きコースでした。

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(出典 Google)

電車はエルベ川を渡りました。エルベ川は写真の上から下に流れています。


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新駅構内ではイタリア食フェアが開催されていました。


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夕食を予定しているベトナム料理のファストフード・・・

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新駅から新市街地の住宅地やオフィス街を歩いてエルベ川右岸の河畔を目指しました。街路、家ともゆったりとお洒落にしてありました。


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駅前の噴水公園・・・

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学校などの公共スペースでも路上駐車が許されていました。


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オフィス街に入りました。

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エルベ河畔にあるザクセン州大蔵省は実に風格に溢れた建物でした。


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ザクセン州政府ビルも実に立派です。


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エルベ川右岸の高水敷の散策路を歩きました。対岸に午前中歩いた大聖堂やドームが見えました。


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散策路から見たザクセン州大蔵省の玄関はしっかり川を向いていました。

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エルベ川と左岸旧市街と高水敷・・・


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堤防の八重桜が満開でした。

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アルベルト橋が見えました。

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河畔公園の花壇は綺麗な花が咲いていて手入れも行き届いていました。


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河畔公園の森の中を潜り抜けました。ホテルはすぐそこです。

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15時30分、予約したホテルの到着。
チェックインの時に宿泊代とは別にデポジット25ユーロ(3300円)を支払いました。一種の保証料だと思いますが、これまで沢山の欧州のホテルに泊まってきましたが、初めての経験でした。ホテルのスタッフから手数料の3ユーロを控除した22ユーロ(2900円)の払戻いを現金にするかカードに振り込むかを聞かれ現金を選択しました。チェックアウトの時に現金払戻しを受けました。

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四つ星ホテルの部屋なのでベッドや部屋も広かったです。

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記事を書く時にGoogleの地図を見て歩いた経路や建物などを確認します。
以下の内容はまったく想像ですが、ドレスデンの下流のエルベ川に面白い場所がありました。
エルベ川で分断された輪中的な街区(飛び地A、B)が形成されていました。どうも直線化したエルベ川を以前の状態に蛇行させて、その跡地を埋め戻して公園にしたのではないかと考えてみました。
ドイツという国がライプチヒの炭鉱跡地を人造湖に変えるなど、環境立国を国のポリシーの掲げた国のように感じます。このユニークは土地利用もその一環ではないかと感じました。
河川港や船溜まりはケルンのライン川やフランクフルトのマイン川にもありました。河川利用も盛んなようです。


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ホテルで仮眠を取って、再び、エルベ河畔まで行ってみました。
以下、次号・・・



by camino0810 | 2016-11-14 06:14 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月3日(火)ドイツ その45 ドレスデン(5)

13時、聖母教会前の広場を出発、ドレスデン中央駅に向かいました。それにしてもこのドーム教会は巨大でした。直径が25mもあるそうです。

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広場はなんかライプチヒ旧市街のマルクト広場に似ています。石畳の広大な広場を南に歩きました。建物はパステルカラーで綺麗に塗り分けられていました。


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偉人の像 ・・・誰でしょうか。広場に面した建物は5階建て、屋根裏部屋は2段の窓になっていました。

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ドーム教会を後にしました。


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旧市街を出てメーン通り、駅前通りを歩いてドレスデン中央駅に向かいました。旧市街を取り囲んでいる赤い屋根の建物群は集合住宅のように思います。街路に沿って建物を建て中庭を設けるやり方はライプチヒ郊外のマルククレーベルクと同じでした。それにしても豊かな緑の中にゆったりと建物が配置されていました。街区の形状が不整形なのは、この街が中世から形成された古い街だったという事でしょうか。京都、奈良も同じくらい古い街ですが、当時、宮城を中心にした碁盤の目の都市計画が出来ていたのはある意味凄い事だと思います。
ドレスデンの街ではフランクフルト、ケルン、ライプチヒで見掛けた超高層ビルは見掛けませんでした。ドイツは都市国家の集合体、連邦制の国、州ごとに規制が違うのかもしれません。

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(出典 Google)

東西方向のメーン道路は非常にスッキリしていて、歩道は幅広のタイル舗装、建物は低めでスカイラインが統一されていました。電柱・電線はなく、歩道の植樹は小さめでした。


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反対側の東方面・・・

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交差点の近くにある市営博物館は屋根の淡い赤と壁のクリーム色がよく馴染んでいました。


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交差点の建物は無垢の石材なので黒ずんでいましたが、風格を感じさせます。

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駅前通りは上下の車線の間に緑地公園が配置されていました。景観と防災(防火帯)を兼用しているのかも・・・
写真右端の黒い塔は聖十字架教会でした。


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八重桜が満開でした。

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聖十字架教会の黒くて高い塔が赤屋根の市庁舎からニョッキリと顔を出していました。この唐突感がインパクトを与えていました。


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駅前通りにはトラムが走っていました。トラムは道路中央を走っている事が多いのですが、ここではトラムの軌道と車道が分離していました。フランスのオルレアンでもこのやり方を見ました。芝生の軌道もいい感じでした。


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駅前通りを右折してモールに入りました。伝統的な街並みとは違った日本でも見慣れた街でした。唯、40mくらいはありそうな車を排除した専用歩道を日本で見た事はありません。タイル舗装の広々した広場を歩くのは快適でした。ピカピカの建物のスカイラインも揃えてありました。

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テラス席でノンビリ過ごすのもいいでしょう。


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ドレスデン中央駅に着きました。トラム軌道と歩道の段差を無くしてバリアフリーにしていました。1m位の大き目なタイル舗装にしてありました。

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ここは駅舎の側面部分、正面玄関ではありません。

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ドレスデン中央駅の正面玄関はすぐ前に駅前通りが走っているので駅前広場はありません。ライプチヒ中央駅に比べて随分と小振りですが、風格のあるファサードでした。

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駅舎の中は白塗りの伝統的仕様、トップライト付のアーチ型の屋根でした。


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ホームはワントップのシート貼りトップライトでした。

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普通電車に乗ってドレスデン新駅に戻りました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2016-11-08 05:30 | ドイツ | Comments(0)