2017年5月4日(木)ドイツⅡ その44 ワルシャワ(3)

16時30分、ワルシャワ中央駅の外に出ました。
予約したホテルまで歩いて行きました。40Lのバックパックと30Lのデイパックを携行したままだと身動きが制約されます。街歩きの必要条件は、ホテルに着いて荷物を預け身軽になること。
正直、地上に出て驚きました。昨日のベルリン中央駅の驚きを超えていました。この時に感じた衝撃的な感想が当日にフェイスブックにアップした記事からも窺えます。ワルシャワはパリの街のような、スカイラインを揃えた伝統的な低層の建物が並んでいるものと勝手に想像していましたから・・・

5月4日(木)ワルシャワは雨、温暖。
(省略)
ワルシャワ中央駅に降りたって度肝を抜かれた。ベルリン中央駅にも随分と驚かされたけど、こっちの方の驚きが大きい。駅の周囲はピカピカの斬新な高層ビルで取り囲まれているではないか。
しかも、建物のスカイラインを揃えようという観念など全く眼中にない感じだ。「ここまでやって大丈夫なの」とスカイラインに拘りの薄い日本人の僕が心配するくらいだ。去年行った旧東ドイツのライプチヒ駅前は、駅舎も駅前の建物も古典的な気分がタップリと感じられた。
『よくぞここまで突き抜けた。あっぱれ』という見方もあるだろう。
(省略)


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『よくぞここまで突き抜けた。あっぱれ』と感じた超高層ビル群・・・

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ホテルはワルシャワ中央駅から歩いて20分くらいの北西部にありました。


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(出展 Google)

奥に見えているのが「文化科学宮殿」・・・ポーランドがソ連の支配を受けていた共産党政権時代の歴史的建造物です。


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駅の真横の大通りを北に向いて歩きました。

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聖十字架通りの交差点・・・

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ワルシャワ中心街にはあちこちに古い建物が廃墟みたいに残っていました。

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駅前地区の摩天楼とLRT・・・実に近未来的な光景です。

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この交差点は実にユニークでした。交差点の中央部を広場にしていました。ラウンドアバウトとも違った初めて見る交差点です。

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(出展 Google)

トラムと地下鉄の出入り口・・・斬新なデザインです。


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聖十字架通りを西に向けて歩いて行きました。左手の古めかしい建物群は共産政権時代のアパートかもしれません。


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曲がり角から来た道を振り返りました。

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しばらく歩くと、ピカピカのホテルも出来上がっていました。左手のツインビルは5つ星のホテル、右手はヒルトン・・・


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ガソリンスタンドにはコンビニが併設されていました。イギリスと似ています。ドイツはコンビニがないので意外に不便でしたが、このコンビニには大抵のものが用意されていました。旅行者にはありがたいお店です。
一番上の数字がレギュラーガソリンだと思います。1Lで4.77ズオティー(148円)、日本より20円くらい高いようです。


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駅から歩くこと20分、ようやくお目当てのホテルに辿り着きました。GoogleのMAPが使えたので手戻りなく探せました。手前の建物は老朽化が進行し、相当傷んでいました。


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ホテルの対面の古い建物が廃墟化していました・・・これがワルシャワの現状だと感じました。

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実はこのホテルは滞在型アパートでした。チェックインで係りの男性からカードを渡され、部屋への出入り方法などを教えてもらいました。

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建物の裏側のレストランには世界各国の「召し上がれ」が・・・

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試行錯誤を繰り返しようやく予約した部屋に入ることができました。予約したのはホテルではなく、滞在型のアパートでした。建物に入る時と部屋に入る時、渡されたIDカードをタッチします。最初はやり方が判らず疲れと相俟ってキレ掛かりましたが、慣れると実に便利なシステムでした。寝室、リビング、ダイニングキッチンと浴室が付いていて、広さは50m2はありそうです。家族連れで1週間くらい使うとリーズナブルな旅行ができるでしょう。セキュリティーもしっかりしているので安心・安全な滞在も可能です。


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部屋から超高層ビルが見えました。

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中庭・・・

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夕食を摂るために市街地中心を歩いてレストランを探しました。

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ワルシャワにも八重桜が咲いていました。


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お洒落な広場まで来ました。

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都心にもスーパーマーケットがありました。このようなお店は旅行者にはありがたいものです。

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19時20分、広場の建物内にあるレストランで夕食を摂りました。確か、50ズオティー(1550円)くらいだったと記憶しています。お味はそこそこでした。

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左手のフランクフルト中央駅のファサード風の建物は、昔の駅舎をスーパーマーケットにリノベーションしてあるようでした。
http://camino0810.exblog.jp/25971549/

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帰りに珍しい光景に出会いました。ドイツでは日本車はほとんど見掛けませんでした。トヨタとマツダが仲良く並んでいました。


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とにかく、ワルシャワの中心部はスクラップ・ビルドが盛んでした。2015年に旅行したイギリスのリーズを超えている感じでした。建設中の建物の脇には木製通路が設置されていました。日本では見たことがありません。


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20時前、薄暗い街をホテルまで戻りました。

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例のGSのコンビニに寄って明日の朝食などを買いました。


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品揃えは実に豊富、日本のコンビニというよりスーパー並みでした。

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サンドイッチ、コーヒー、水などを買い込みました。全部で26.34ズオティー(820円)、ポーランドの物価は日本の6~7割くらいの感じ、旅行者には優しい街でした。
500ccのペットボトル 1.99ズオティー(60円)
カフェラテ        4.99ズオティー(150円)
サンドイッチ       7.49ズオティー(230円)

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若い男性店員さんの対応はとてもフレンドリーで良かったです。レジ横のホットスペースにコンドームが堂々と置いてありました。平均15ズオティー(470円)。ポーランド人の性に対するスタンスは意外にオープンかも・・・

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この写真は翌朝に撮ったものですが、リビングに荷物を全部空けて寛ぎました。朝、ベルリンのホテルを出発し、飛行機でベルリンからワルシャワに来て相当疲労しました。

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当日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月4日(木)ワルシャワは雨、温暖。
15時10分、エアベルリン8214便は1時間遅れでワルシャワショパン国際空港に到着した。ネイミングがなんか高知龍馬空港と似ている。
チャージが付いた60ユーロのバックパックも無事届いた。ATMで現地通貨ズウォテイーも入手できてとにかく一安心だ。
空港発の電車でワルシャワ中央駅に16時20分に到着した。初めての場所で切符を買い、発着所を探し当てるのは結構ハードルが高い。初心者でも1時間余りのアクセス時間と4,4ズウォテイー(130円)の料金は優れものだ。
ワルシャワ中央駅に降りたって度肝を抜かれた。ベルリン中央駅にも随分と驚かされたけど、こっちの方の驚きが大きい。駅の周囲はピカピカの斬新な高層ビルで取り囲まれているではないか。
しかも、建物のスカイラインを揃えようという観念など全く眼中にない感じだ。「ここまでやって大丈夫なの」とスカイラインに拘りの薄い日本人の僕が心配するくらいだ。去年行った旧東ドイツのライプチヒ駅前は、駅舎も駅前の建物も古典的な気分がタップリと感じられた。
『よくぞここまで突き抜けた。あっぱれ』という見方もあるだろう。
予約したホテルは駅から歩いて20分の新市街にあった。周囲にはお洒落な高層ビルが並んでいる。昨日行ったベルリンのポツダム広場のピカピカの気分に近い。
ワルシャワと言えば、古典的な建物が行儀よく頭を揃えている街だろうと思っていたら大間違いだった訳だ。
予約したのはホテルではなく、滞在型のアパートだった。建物に入る時と部屋に入る時、渡されたIDカードをタッチする。最初はやり方が判らず疲れと相俟ってキレ掛かったが、慣れると実に便利なシステムだ。寝室、リビング、ダイニングキッチンと浴室が付いている。50m2はありそうだ。家族連れで1週間くらい使うとリーズナブルな旅行ができそうだ。
とにかく疲れが酷い。明日、早起きして旧市街を観て、電車でクラクフに行く計画に変えた。

翌日は、早起きしてビィスワ川、旧市街を観て、クラクフに行く計画に変えました。
以下、次号・・・

# by camino0810 | 2017-10-22 16:31 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月4日(木)ドイツⅡ その43 ワルシャワ(2)

ワルシャワ行きエアベルリン8214便は定刻より40分遅れて13時50分テーゲル国際空港を出航しました。

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雨の空港・・・

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プロペラ機の窓からベルリン郊外の街並みが望めました。街路に面した赤い屋根の集合住宅は、中庭にたっぷりの緑があります。2015年のイギリス旅行でも似たような街並みを見ました。戸建て住宅よりもこのような形の方が土地を有効に使えると提案する、お知り合いの大学の先生もいます。
戸建ての家を区画整理的に集約・換地して、外側を居住空間、内部を共有スペースとして中庭にするやり方は高齢化社会に突入した日本にも合っているかも・・・


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1時間後、プロペラ機はワルシャワ郊外まで来ました。街路に面した建物はドイツと同じですが、中庭部分に更に建物が入れ子状態になっていました。


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彼方に、一定の間隔を置いて超高層ビルが並んだ不思議な光景が見えてきました。ワルシャワの中心地区でした。これまで観てきた大きな街の高層ビルは一箇所にまとまって建っているが普通でした。
何故か?
「お題」が出された思いですが、旅行の最中は答えが見出せませんでした。この記事を書いていてその答えが見えてきました。 
いささか安易すぎかもしれませんが、自分の答はこんな感じ。
「ポーランドは人口が少ない上に使える平坦な土地がタップリある」
ポーランドは人口4000万、国土面積は日本より少し少ない32万km2、そもそも「ポーランド」は「平原の国」という意味の国名だそうです。70%が山間地の日本から見ると羨ましい限りです。


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郊外の集合住宅群は綺麗に並んでいました。

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ポーランドの交通インフラの一端も見えました。この国は使用可能な土地がタップリとある感じがしました。左手の高速道路のICは変則型のクローバ型、右手に鉄道も見えました。



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15時10分、プロペラ機は定刻より40分遅れて無事に「ワルシャワ・ショパン空港」に着陸しました。ポーランドは空港などの大きな施設には高名な個人名を付けるのが好きな国民性のようでした。クラクフは「ヨハネ・パウロ2世・クラクフ・バリツェ空港」、グダンスクは「グダンスク・レフ・ワレサ空港」・・・


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「ワルシャワ・ショパン空港」はポーランドのハブ空港、ナショナルフラッグキャリヤのポーランド航空の拠点空港でもありました。沢山のポーランド航空機が駐機していました。ドイツのルフトハンザ航空機やスイスのスイス航空機も停まっていました。


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この空港は4kmの主滑走路1本、3kmの補助滑走路が1本でした。

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(出展 Google)

航空施設内を撮影しようとしたら係りの人に制止されました。まずは現地通貨ズオティーを入手するのが先決、早速、空港内のATMで200ズオティー(6200円)をキャッシングしました。
予約したホテルはワルシャワ中心街にあります。空港から市街地中心部に行くのも初めての旅行者にはハードルの高いミッションです。

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両替所に各国通貨のレート一覧がありました。
通貨記号は上からドル、ポンド、ユーロ、円。ポーランドの評価ではポンドの方がユーロより上になっているようです。実は、円記号と中国元は同じ標記なのでどちらは不明。


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ポーランドの通貨はズオティー。この両替所のレートは1ズオティーは33円。ポーランドはカード決済が日本円で可能な国でした。初めての経験でした。以降、カードの換算レート、1ズオティー≒31円で日本円に換算します。


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BUY SELL ズオティー(円換算) 比率
USD 3.3100 4.1600 1.26
EUR 3.6100 4.4300 125 35 28 1.23
GBP 4.2700 5.1900 1.22
JPY 0.0301 0.0384 1 33 26 1.28



券売機で入手したばかりのズオティーでワルシャワ中央駅までの切符を買いました。4.4ズオティー(140円)とリーズナブルなお値段でした。


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空港前の地下駅に行って15時53時発の電車に乗車しました。ドイツのSバーン(郊外鉄道)みたいな電車でしょう。

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車内・・・

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車窓・・・
沿線はピカピカでお洒落な建物が目立ちました。沿線は土地が広いのでユッタリとした余裕を感じます。

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ハコモノの新規投資も盛んかも・・・

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オフィスビル?・・・

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ワルシャワ西駅まで来ました。次はお目当てのワルシャワ中央駅です。

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16時20分、ワルシャワ中央駅の地下ホームに無事到着しました。ワルシャワ・ショパン空港から都心まで約30分、4.4ズオティー(140円)と文句なしのアクセスでした。


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ワルシャワ中央駅の1階はお洒落なショッピングモールになっていました。天井はドーム型のトップライト。2015年のイギリス旅行で行ったリーズの駅前と似ていました。

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当日、フェイスブックにアップした記事・・・

5月4日(木)ワルシャワは雨、温暖。
15時10分、エアベルリン8214便は1時間遅れでワルシャワショパン国際空港に到着した。ネイミングがなんか高知龍馬空港と似ている。
チャージが付いた60ユーロのバックパックも無事届いた。ATMで現地通貨ズウォテイーも入手できてとにかく一安心だ。
空港発の電車でワルシャワ中央駅に16時20分に到着した。初めての場所で切符を買い、発着所を探し当てるのは結構ハードルが高い。初心者でも1時間余りのアクセス時間と4,4ズウォテイー(130円)の料金は優れものだ。
 (省略)

ワルシャワ中央駅の外に出て驚かされました。
以下、次号・・・

# by camino0810 | 2017-10-22 05:24 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月4日(木)ドイツⅡ その42 ワルシャワ(1)

今日はベルリン郊外にあるテーゲル国際空港(TXL)に行って、13時10分発のエアベルリン8214便でワルシャワに行きます。ワルシャワ着は14時30分、1時間20分の飛行機旅です。
昨日はハードな一日でした。早くベッドに入ったものの、眠りの質が今一つだったので疲れは抜けきれませんでした。生憎、ベルリンは朝から雨、それでも温暖なので助かりました。
ホテルの窓からの眺め・・・


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このホテルは都心にあり、かなり高品質で便利なホテルでしたが、意外にもリーズナブルでした。毎朝、出発前にはベッドの上に荷物をすべて開けて点検してリパックします。


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ポーランドはシェンゲン条約加盟国なので出国審査は省略されるだろうとは思っていましたが、念のため、空港には出航2時間前の11時には到着する段取りを考えました。一人でこの空港に2時間前に無事に着けるか、自分にはハードルの高いミッションでもあります。
9時30分、ホテルチェックアウト。
ロビーには沢山の観光客がソファーでくつろいでいました。


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ホテルの受付係りの女性にTXLまでの行き方をしっかりと教えてもらいました。彼女の提案ルートは地下鉄U2と路線バスの乗継ルートでした。都心から1時間、2.8ユーロ(350円)とアクセスも値段も文句なしでした。ベルリンの観光地図にU2の降車駅、バス停の場所などを記入してもらいました。彼女の丁寧な対応に感謝しています。
TXLまでのルート・・・シュピテルマルクト駅でU2に乗車、エルンスト・ロイター・プラッツ駅で下車、ここでTXL行きの路線バスに乗り換えました。U2はメンデルスゾーン駅から高架になりました。


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(出展 Google)

エルンスト・ロイター・プラッツ駅で下車して、路線バスを待ちました。ツェレでも触れたように、路面が光る程の強い雨でも傘を差さないネイティブが目立ちました。

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エルンスト・ロイター・プラッツ駅はベルリンの中心ミッテ地区にあるウンターデンリデン通りを西に4km行ったリング広場でした。パリの凱旋門みたいな広場で、ここから放射状に道路が伸びていました。ベルリン郊外のハブ駅といったところでしょうか。

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(出展 Google)


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10時05分、空港行きX9の路線バスに乗り込みました。空港行きのバスは概ね10分間隔で運行されているようでした。


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2連の路線バスの車内・・・つり革替わりの黄色いパイプがこまめに設置されていました。


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バスはベルリン郊外の街路を走りました。

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集合住宅でしょうか、壁を黄色に塗ってありました。日本では見掛けない色彩ですが、良い感じでした。

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こちらの壁は薄い茶色・・・

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川を渡りました。シュプレー川かも?

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高速道路に入りました。

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TXLの管制塔が見えてきました。意外にも地味目な空港なので少し驚きました。

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テーゲル国際空港は、約3kmの主滑走路と2.5km補助滑走路2本の国際空港でした。意外にも小振りな国際空港でした。超過密スケジュールをこなすドイツ人の高い管制能力を感じました。


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(出展 Google)

10時35分、予定より30分早くTXLに無事到着しました。

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時間がたっぷりあるので、空港構内を歩いてみました。

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11時30分、チェックインカウンターで搭乗券を発行してもらいました。係りの男性から「40Lのバックパックを機内持ち込みにすると60ユーロ(7500円)のチャージが追加されます。どうしますか?」知識不足の自分は言われるままに別のカウンターで60ユーロ(7500円)をカードで支払いました。客室持込なら無料だと知ったのは、グダンスクからフランクフルトに戻る時でした。
構内は一見すると、カラフルでお洒落ですが、よく見ると屋根はデッキプレートを並べただけ、配管類はむき出しといった具合で、意外にも安普請な空港でした。これまで利用してきた羽田国際空港、上海プードン空港、フランクフルト国際空港のピカピカで豪華な空港との差異を感じました。

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ほぼ5分間隔で国内便、国際便が出航する過密な時刻表でした。13時05分にはザールブリュッケン、カールスルーエ、クラクフ、プラハ、ウィーン行きの飛行機が同時刻に出航すると恐ろしく忙しい空港でした。流石にドイツを代表する国際ハブ空港でした。


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お昼は構内の食堂にしました。

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ミートローフのサンドイッチ4.9ユーロ(610円)はボリュームたっぷりでした。

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結局、出国審査はなく、10分程度の簡単な手荷物検査で搭乗ロビーに行けました。やはり、シェンゲン条約の加盟国間の移動なので出国審査はないということでした。この条約は加盟国間の人、モノが自由に移動できる取極め、国境を低くすることのメリットを感じました。
この記事を書いている現在、EUとイギリスの離脱交渉が盛んに行なわれています。個人的には、何故イギリスがEU離脱を決断したのか、少し疑問を感じますが・・・。



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搭乗ロビーで飛行機を待ちました。搭乗ロビーも天井の配管はむき出しでした。


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出航時間が少し遅れました。時間潰しにモバイルで当日の記事をフェイスブックにアップしました。


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この時にアップした記事・・・

5月4日(木)ベルリンは雨、温暖。
ホテルを9時半にチェックアウトした。ホテルのスタッフの指示どおりに地下鉄とバスを利用したら10時半と順調にベルリン国際空港に着いた。都心から1時間、2.8ユーロとはアクセスも値段も文句なしだ。
それにしてもテ-ゲル空港は随分と地味な空港だ。利用するターミナルCは倉庫を改造したような感じの鉄骨造りで天井がデッキプレ-トでできている。
13時10分発エアベルリン8214便はワルシャワに14時30分に着く。チェックイン、手荷物検査を終えて搭乗ロビーでこの記事を書いている。
シェンゲン条約の加盟国間の移動なので出国審査はないという事だろうか。国境がないのは旅行に限らず経済でのメリットも大きいだろう。ドイツのテレビでもフランス大統領選が毎日放送されていた。
チェックインの時、男性スタッフが40Lのバックパックには別途料金が発生するという。チケットカウンターで60ユーロを支払ってチェックインした。こんな事態は初めての事だ。
エアベルリン、高過ぎないかい?

バスに乗って、飛行機まで行きました。


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ワルシャワ行きの飛行機はなんとプロペラ機でした。意外にもプロペラ機は未だ活躍しているようで、機体自体の安さに加えて燃料代や整備費が節約できるメリットがあるのかもしれません。


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13時50分、エアベルリン8214便は定刻より40分遅れて飛び立ちました。
以下、次号・・・


# by camino0810 | 2017-10-17 03:50 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月3日(水)ドイツⅡ その41 ベルリン(7)

シュロス橋はシュプレー川の派川運河に架かる小さな3連のアーチ橋でした。親柱の上には白の立派な彫像が建っていました。


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シュロス橋の上から運河を眺めました。運河は写真上から下に流れています。橋のすぐ脇の左側にU5線の「博物館の島」駅ができる予定です。開削で駅舎を築造し地下からシールドトンネルを掘る段取りでしょうか。運河の締め切り工事が完了し、駅舎の開削が始まるようです。


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ここにも泥水シールド工事の坑内の写真が展示されていました。


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運河沿いの道を南にあるホテルに向いて歩いて行きました。


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(出展 Google)

気になることがありました。Googleの地図にはシュロス橋の袂に「ベルリン王宮」と記載される空き地がありました。
これは何か?
調べてみると、この「お題」の答えが少し判りました。簡単に言うと、それとは知らずに歩いた運河河畔はかつてベルリンのヘソだった事が判りました。東京でいえば、この運河は江戸城の内堀にあたるでしょう。

Wikipediaから

ベルリン王宮はベルリン王宮(ベルリンおうきゅう、Berliner Stadtschloss)は、かつてドイツの首都ベルリンの中心部にあった宮殿。1701年からはプロイセン王国国王の、1871年からはドイツ帝国皇帝の居城であった。1918年のドイツ革命で君主制が滅びて以来、王宮は博物館として利用されてきたが、1945年の英米軍の空襲で焼失し、その廃墟は1950年にドイツ民主共和国(東ドイツ)政府によって取り壊された。

王宮は下の図のピンクに着色された建物でした。


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(出展 Wikipedia)


1688年、日本では江戸の元禄期にあたる時のベルリン城の地図を見ると、王宮はシュプレー川の左岸側のケルン地区にありました。右岸のベルリン地区にはアレキサンダープラッツがあります。
ベルリン城はこれまで観てきたハンブルク、ブレーメン、リューベックと似た稲妻型のお堀で防衛されていました。
ウンターデンリンデンは当時はお城の外にありました。ケルンはライン河畔の大きな街ですが、古代ローマから栄えた歴史のある大きな街だったのでこの名前を借りたのかもしれません。
ドイツ語不如意につき妄想の類ですが、江戸期の江戸城に例えると、ケルン地区は本丸御殿、ベルリン地区は旗本や親藩の屋敷、ウンターデンリンデン地区は商工業者の仕事場みたいな職能別の住み分けがあったような感じがします。


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(出展 Wikipedia)

19世紀の王宮の絵にはシュロス橋の彫像付きの親柱が描かれていました。


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(出展 Wikipedia)


1900年の写真を見ると、王宮前の運河には恐ろしく立派な門がありました。恐らく、第2次大戦の爆撃で宮殿も門も破壊され、誕生した共産党政権は政治的な理由から瓦礫を撤去したまま、その再建をせず現代に至ったものと考えられます。それにしても、宮殿前の広場は広大でした。3台の馬車が通行している様子も撮影されていました。大きいこと、広いことはそれだけで価値が高いことを示す貴重な写真だと思います。


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(出展 Wikipedia)

現地案内図から1897年にはこの門が出来ていたことが判りました。


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同じく現地案内図によると、1652年には宮殿地区の骨格が出来上がっていました。ベルサイユ宮殿張りの広大な庭園も出来上がっていました。1688年の絵図面ではベルリン城の整備が完成していました。シュプレー川本川と派川を利用して外濠を造るなど、36年間でベルリン城の整備事業が完成したということになります。フランスのルイ14世が活躍した時代にベルリンも負けずに頑張っていたということになります。


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運河は本川が30m、両サイドに10mに道路が付いていました。運河沿いに道路があるので建物は運河を向いていました。写真左側がかつて王宮のあったケルン地区でした。
水位調整用の自在堰?がありました。堰の右岸の小さな構造物は魚道か閘門かもしれません。



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かつてはベルリンの花形だった運河は実際のところ静かで地味な印象がありました。「栄枯盛衰世の流れ」という諺を想い出しました。

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ユニークな橋に出会いました。ユングフェルン橋はメカニカルな跳ね橋でした。かつては産業舟運用に活躍したようです。手動の巻き上げ機が付いていました。


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ユングフェルン橋から眺めた下流側の運河・・・運河水面と道路面の高低差は3m弱、しっかり転落防止策が取り付けてありました。


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上流側・・・植樹がないためかなり無機質な眺めですが、東京の神田川や日本橋川と違って建物自体は運河を向いていました。



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大通りを下越しするとシュピテルマルクト駅はすぐそこです。運河は写真左から右に流れています。この辺りまで来るとさっきの無機質感が薄らぎ、有機質な豊かさや賑わいも感じられるようになってきました。


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ミニ運河ツアーのゴール、グリューンシュトラーセン橋が見えてきました。ホテルは右手の建物の裏手にあります。


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18時、グリューンシュトラーセン橋に到着。重厚な石造りのアーチ橋でした。



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この橋の上から運河を眺めてみました。
上流側・・・道路脇に植栽があるため親しみを感じる運河に変わっていました。やはり、水辺に木は必須アイテムでしょう。用地不足を解消する両岸のコンクリート製の直壁護岸にはもう一工夫あってもいいかなと思いました。部分的に階段式護岸を入れて、水辺のアクセスを確保すると文句なしでしょう。


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下流側・・・左岸の石積み護岸はいいけど、右岸のPCのプレキャスト護岸はやはり戴けません。


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18時10分、再びシュピテルマルクト駅前に戻ってきました。

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夕食をどうするか、オフィス街なので適切なレストランが近くにあるか・・・。駅前を歩き回りましたが、レストラン自体を見つけられませんでした。
仕方ないのでオフィスビルの1階のレストランにしました。


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ウィンナー・シュニッチェルをオーダーしました。お皿からはみ出しそうな巨大な薄いカツが出てきました。お勘定の時、お店のスタッフから「カード払いだと手数料1.5ユーロが加算されます」と忠告されました。そうならと、なけなしのお札で10.9ユーロ(1360円)を支払いました。スタッフは足し算式でお釣りを差し出しました。引き算方式しか知らない日本人には新鮮な経験でした。


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おトイレは脚なしタイプでした。


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明日のお昼過ぎに、テーゲル国際空港からワルシャワに行きます。ホテルには朝食が付いていないので、朝食を事前に準備しておく必要がありました。オフィス街なので日本のコンビニに相当するキオスクなどはありません。結局、シュピテルマルクト駅構内の売店で菓子パンを買いました。
19時、ホテルに無事戻りました。
ホテルのテレビをつけると、フランス大統領選のニュースが放映されていました。マカロンさんとルペンさんのテレビ討論でした。結果的にマカロンさんが大統領に選ばれましたが、この記事を書いている時点では当選時の勢いを失っているようです。

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この日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月3日(水)ベルリンは晴れ、温暖。
ICE845号は定刻12時09分にベルリン中央駅に到着した。ピカピカの駅舎の巨大さに度肝を抜かれた。ハンブルク、ケルンやフランクフルトはホーム階は当たり前に1階だった。ところがこの駅のホーム階は上下に3層分くらいはあった。ワントップのドーム屋根で全面ガラス張りだった。
DBのインフォでホテルの最寄り駅への行き方を教えてもらい、Sバーン(都市近郊鉄道)、Uバーン(地下鉄)と乗り継いでホテルの近くの地下鉄駅まで来た。
チェックインを済ませて14時30分から街歩きを開始した。Uバーンのポツダム駅で下車してミッテ地区を歩いた。ベルリンの壁は高さ4mのプレキャストのRC擁壁だった。ブランデンブルク門の前は大賑わいだった。連邦議事堂は巨大かつ風格に溢れた建物だった。シュプレー川は観光ボートが沢山運航していた。水辺のデサインは興味深いし、なにより観光舟運が盛んなのに驚かされた。ウンター・デン・リンデンの大通りには歴史的建造物が沢山建っていた。運河を南に歩いて18時にホテルに戻った。疲れがピークに達した。
明日のお昼過ぎにベルリン国際空港からワルシャワに飛ぶ。空港に上手くたどり着けるか心配だ。

長い1日がようやく終わりました。よく考えると、朝ツェレを発って、ハノーファーで途中下車、ベルリンを歩き回りました。クタクタに疲れたので早々にベッドに入りました。
翌日、ワルシャワに向かいました。
以下、次号・・・

# by camino0810 | 2017-10-14 20:19 | ドイツⅡ | Comments(0)  

2017年5月3日(水)ドイツⅡ その40 ベルリン(6)

シュプレー河畔から引き返して、ウンターデンリンデンを東に向かって歩きました。
ウンターデンリンデンは「菩提樹の下」という意味のベルリンを代表する大通りです。西側は完成形ですが、東側は地下鉄工事や補修工事が意外にも盛んなリノベーションの街でした。

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(出展 Google)


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ウンターデンリンデンは、先日テロが発生したバルセロナのランブラス通りと似た構造で、幅広の中央分離帯が公園になっていました。中央分離帯は20m、両サイドの車道と歩道が25m、全幅で70mの大通りでした。
中央分離帯で地下鉄U5の建設が行われていました。沢山の説明看板が設置されていました。建設工事は、土木屋の自分には興味深いけど、一般の人には有り難いこととは言えません。銀座の中央通りで地下鉄の新線を造るのと似ている訳で、地元の人や観光客にとっては迷惑な事態です。
情報公開やお詫びの意味もあるのか丁寧な説明がされていました。


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U5地下鉄プロジェクトはブランデンブルク門からシュプレー川を渡って「赤の市庁舎」まで約2kmのトンネルを新設する巨大プロジェクトでした。シュプレー川の支川(運河)と本川を下越します。
ブランデンブルク門から既設のU55でベルリン中央駅まで行けるので交通の利便性が格段に高まるということだと思います。


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ウンターデンリンデン駅は開削方式で築造する長さ152m、深さ17mの地下駅。直交する既設のU6号線が一度撤去され、上部に再建される計画でした。
注目すべきは駅舎に中間スラブを入れず大きな吹き抜け空間を造る計画になっていたこと・・・去年歩いたライプチヒの地下鉄駅舎と似た構造ではないかと思います。


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土木工事に直接係る仕事から離れて大分時間が経ちました。自分の経験から推測すると、このトンネルは泥水シールド工法で築造されているのではないかと思いました。水色の鋼管は泥水シールドの送排泥管だと思います。離れた場所に設置した泥水再処理プラントに送る管でした。日本では地下に埋設しますが、ドイツでは架空配管でした。


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シールド機の直径は6.7m。この断面では車両は1本しか入らないので、トンネルは2本掘る計画だと思います。シールド機の面盤と呼ばれる顔部分の外周にローラービット、内部にはティースビットが付いていました。
日本のシールド機とよく似ていました。というか、日本がドイツの技術を取り込んだ可能性があるかもしれません。泥水シールドは先頭で掘削した土砂と泥水を撹拌して、坑外に流体輸送する掘削工法です。そのためトンネル内には太い送排泥管が設置されます。


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U5はU55と繋がるという意味合いかもしれません。左の絵柄は日本人には違和感を感じますが、ドイツでは同性愛や同姓婚が普通に認められているのかもしれません。


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ウンターデンリンデン新駅舎は、浅いU6を一度壊して駅舎を開削し、再度U6を構築する計画のようでした。


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工事現場にはドイツ人が好むジブクレーンが設置されていました。


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ウンターデンリンデンに南北に交わるフリードリヒ通り・・・この下に地下鉄U6号線が走っています。建物のスカイラインへの拘りを感じる通りでした。


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お隣のシャルロッテン通りまで来ました。こんな感じの風格の溢れた建物が沢山建っていました。


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フンボルト大学は、ベルリンの壁で仕切られた旧東ドイツ側の大学、世界的にも有名な大学だそうす。唯、西ベルリン側にも同じような大学が並立していることからも東西冷戦の影響が今でも残っている感じです。
 
ブリタニカ国際大百科事典から

ドイツのベルリンにある大学。 1809年フリードリヒ・ウィルヘルム3世のときフンボルトによって創設されたベルリン大学が母体となっている。初代学長のフィヒテのほか,シュライエルマッハー,ヘーゲルなどのすぐれた学者たちによって著しい発展を示し,ドイツ最大の大学となったばかりでなく,世界の大学の模範ともされていた。第2次世界大戦後東ドイツの管轄下におかれ,現在の名称に改称された。法学,農学・園芸,数学・自然科学,医学,哲学,神学,経済などの学部がある。教員数約 1600名,学生数約2万 2800名 (1997) 。なお,大戦後西ベルリンには旧ベルリン大学の教授,学生を中心にベルリン自由大学が設立され,ドイツ統一後も両大学が併立している。


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プロムナードになっている中央分離帯の終点にフリードリヒⅡ世の銅像が建っていました。

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ウンターデンリンデンから少し入った大きな広場の前に格調の高い建物が建っていました。フンボルト大学の附属図書館でした。恐れ入りました。


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オペラハウスはパルテノン風のファサード・・・ピンクの壁が意外にもシックリと収まっているなという感がありました。


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オペラハウスは大々的なリノベーション中でした。


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反対側の建物もピンクの壁でした。

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シュロス橋はシュプレー川の支川運河に架かる小さな3連のアーチ橋でした。


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親柱の彫刻はゴージャス・・・

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17時40分、旧博物館まで来ました。歩きづくめで相当へばってきました。


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ベルリン大聖堂は中央に巨大ドームを持つ巨大な建物でした。4隅に小さいドームが付いていました。ドイツ語で「DOM」と記載される教会施設は「大聖堂」ですが、これまで観てきたドイツの「DOM」はゴシック様式でドームは付いていません。建物の東西軸もないこの大聖堂は明らかに別様式、その理由は未だ不明のままです。


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ウンターデンリンデンの先にはテレビ塔が見えていました。


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ここから運河を南に歩いてホテルに戻りました。
以下、次号・・・・


# by camino0810 | 2017-10-14 06:43 | ドイツⅡ | Comments(0)