2016年5月7日(土)ドイツ その74 シュトゥットガルト(1)


12時15分、定刻より1時間40分遅れてベルリン東中央駅行きの電車は、シュトゥットガルト中央駅に到着しました。


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この駅はミュンヘン中央駅と似たタイプの直立式トップライト型のホームでした。


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駅舎は、自立式の土留め壁で大規模な改修工事を行っていました。くい打ち機で構台の支持杭を打っていました。

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通路に世界の著名な駅の写真が展示されていました。
巨大なライプチヒ中央駅・・・


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人気の原宿駅も判るけど、東京駅にして欲しかったです。


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リヨン駅はロココ風のゴージャスな駅舎みたいです。


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ニューヨーク中央駅は意外にも風格溢れる駅舎でした。

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シュトゥットガルト中央駅の通路は、デッキプレートを乗せただけの日本型の安上がりの屋根でした。


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構内の売店でお昼のサンドウィッチを買いました。

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フランクフルト空港駅行きのICEの時刻表を確認しました。
シュトゥットガルト中央駅発17時22分、フランクフルト空港駅着18時38分のICE572号で出発地の空港ホテルに戻ります。


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中央駅の玄関はお洒落なデザインでした。Sバーン、Uバーンの意味も判るようになりました。駅のロッカーに40Lのバックパックとお土産を入れた袋を預けて13時に街歩きを開始しました。


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今日は土曜日、駅前に民族衣装風の若い人たちが集まっていました。男子はチェックのシャツに半ズボン、女子は田舎ムスメ風の装い・・・
お祭りでもあるようです。


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シュトゥットガルトは、バーデン=ヴュルテンベルク州の州都で人口は約60万、フランクフルトと同程度の大都市でした。驚かされたのは、地下鉄が24路線もあることでした。人口1300万の首都圏でも地下鉄本数は13路線。この街では路面電車(トラム)を地下鉄に置き換えたのだろうと思います。
中央駅の地下からU14で市街地の北にあるネッカー河畔のWilhelma(ウィルヘルマ)へ向かいました。


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地下鉄構内・・・


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昼間から地元のサッカー応援団が電車の中で怪気炎を上げていました。ドイツ人はお祭り好きの国民だと感じました。


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以下、次号・・・・


# by camino0810 | 2017-01-10 15:02 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月7日(土)ドイツ その73 ミュンヘン~シュトゥットガルト

今日でドイツ滞在10日目、5月8日にフランクフルト空港から羽田に戻ります。
ミュンヘンを発ってシュトゥットガルトに立ち寄って今夜中にフランクフルト空港駅のホテルに入る必要がありました。


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(出典 Google)
7時55分、ホテルチェックアウト。これでミュンヘンともお別れです。


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ミュンヘン発8時10分 シュトゥットガルト着10時35分 ICE690に乗車しました。
久し振りのICEです。頭は扁平は顔つきをしていました。ミュンヘンとフランクフルト間は東北新幹線みたいな基幹新幹線だと思います。途中停車駅はアウグスブルクとウルム。


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朝ご飯は、駅構内の売店で買ったサンドウィッチ3.95ユーロ(510円)とコーヒー1.4ユーロ(180円)。


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お馴染みミュンヘン郊外のクラインガルテン・・・


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太陽光発電のモジュール群・・・


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麦畑とトラクター・・・


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白壁と赤屋根の民家群・・・

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途中停車駅のウルムに着く直前、車窓から線路脇に川が見えました。もしかしたら運河かもしれません。



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築堤の向こう側の運河の水面は手前の小川よりかなり高かったです。運河と思っていたら実はドナウ本川でした。


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ドナウ川のこの部分を切り出してみると、ドイツの川の使われ方がかなり理解できました。
治水、利水、環境という日本の河川の有り方を示す3つのキーワードが実践されているという感じです。
まず、洪水をスムーズに流下させるために河道を直線化していました。次に、堰を造って水力発電を行っていました。水力発電所は河床勾配に応じて一定の間隔で設置されていました。環境面は、河畔の砕石プラントで土砂を生産していましたが、採取跡地は湖に復元していました。ライプチヒ郊外の人造湖と似ています。堰の脇には魚道らしき水路も設置されており、ドイツ人の環境への拘りを感じさせます。
舟運については河床勾配が大きいので難しいようでした。一応、閘門らしき施設は付いてはいましたが、使用されている形跡がありません。中流部のドナウは勾配があるため水力発電利用がメーンにように思います。ミュンヘンのイーザル・ヴェルク運河と似ていました。


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(出典 Google)

堰と水力発電所・・・安定した流量を確保するため上流側の湛水面を大きくしてありました。


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(出典 Google)

砕石プラントの採取池は濁っていて、沈砂池も兼ねているようです。写真右側は採取跡地の復元湖ではないかと思います。


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(出典 Google)

電車がドナウ川を渡る直前、巨大な大聖堂が見えました。ウルム大聖堂でした。アインシュタインの生まれ故郷だそうです。
 
「地球の歩き方ドイツ2015~2016」によると・・・

「世界一高い塔を持つ大聖堂で有名なウルムは、中世以来ドナウの水運で栄えた町。色鮮やかな壁画で飾られた市庁舎にも、町の繁栄の名残が見て取れる。物理学者アルバート・アインシュタイン(1879~1955年)はウルム生まれ・・・


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ウルムの旧市街を見ると、これまで見てきた街と似たような様子です。リングに囲まれた旧市街は赤屋根の建物で埋まっています。この街は人口12万の大きな街ですが、ミュンヘンと同様に河川舟運で発展したとありますが、現在はその舟運も衰退したようです。


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(出典 Google)

ウルム大聖堂は1377年に建設が始まり、1890年に完成したとか、500年の工期とは驚きです。高さは161mで世界一だそうです。高さが157mケルン大聖堂のファサードよりも4mも高いとはもっと驚きです。


(出典 Google)

この大聖堂はゴシック式のルールどおり、主軸がキッチリ東西方向を向いていました。これまでの大聖堂との違いはファサードが1本、通常は2本が多いのですが・・・2本を1本にまとめて高みを目指したのかも。十字架の交点が祭壇側に寄っていて、尖塔はなく替りに短軸の両サイドに尖塔設けていました。まあ、ゴシック式といっても結構バリエーションがあるということでしょうか。


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(出典 Google)


菜の畑が見えてきました。ドイツ滞在も10日目になると車窓の風景がだんだん当たり前になってきて、新鮮味がなくなってきました。電車のドイツ人乗客たちは無感動な様子でしたが、考えてみれば当たりでしょう。


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自分も持っている「Online-Ticket」と同じ切符で乗車している方もいました。日本の新幹線はネットで購入しても従前の紙の切符に替えて使用しますが、ドイツでは自宅で購入印刷したキップでもOKです。


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シュトゥットガルトの一駅手前のゲッピンゲンという小さな駅で電車が停まりました。


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10時15分~11時48分まで1時間半の緊急停車でした。車掌さんに聞いてみたら衝突事故は発生したとの事、乗り換えた方が良いかと聞くと「乗車したままの待て」との事でした。
ドイツ人は、日本人、特にせっかちな自分と違ってノンビリしていました。ホームに裸足で座り込んでスマホで話したり、タバコを吸ったり、ビールを呑んで写真を撮ったり、日向ぼっこをしたりとこの椿事を楽しんでいる風にさえ見えました。


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この時の様子を時間潰しにFBにアップしていました。

5月7日(土)、ミュンヘンは快晴、温暖。
ホテルを7時55分にチェックアウト、慌ただしく8時10分発のICE690号に乗車した。
シュッツトガルトの一駅前のゲッピンゲンという駅で電車が緊急停車した。駅員に訊いたらクラッシュ事故が発生したと言う。「どうすればいい」と問うと、彼は「Wait」と苦笑いしながら応えた。
10時15分に停車してもうすぐ1時間が経つ。
最悪シュッツトガルトを諦めて、夕刻までにはフランクフルト空港駅に着かなければならない。
それにしてもドイツ人は大らかだ。ホームに座り込んでスマホで話したり、タバコを吸ったり、ビールを呑んで写真を撮ったり、この椿事を楽しんでいる風にさえ見える。
日本人ならそろそろカリカリし始める頃だ。


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電車はシュトゥットガルト郊外に入りました。斜面には一面にブドウ畑が広がっていました。


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ドイツの中核都市の中央駅は行き止まりの駅が多いように感じます。この駅にもたくさんの引込み線がありました。

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12時15分、定刻より1時間40分遅れてシュトゥットガルト中央駅に到着しました。
これまでのパターンでは予約したホテルに行って40Lのバックパックを預けますが、夕刻にはフランクフルト空港駅に向かいます。駅構内のコインロッカー(3ユーロ:390円)に荷物やお土産を入れて街歩きに出掛けました。
以下、次号・・・


# by camino0810 | 2017-01-07 10:40 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月6日(金)ドイツ その72 ミュンヘン(3)

18時過ぎ、旧市街の路地を歩いてホテルに戻りました。
ミュンヘンの街も街路に面した赤屋根の建物の内部に立派な中庭を備えていました。

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路地裏でも建物のスカイラインは綺麗に揃えていました。

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「クリムト&春画」展のポスターが・・・

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ドイツ土産を旧市街のスーパーで買いました。チョコレートやビスケットなどにしました。その後はお決まりの「物価調査」を始めました。日本に比べて同程か少し高めの印象を受けました。

お肉コーナー、100g単位は日本と同じ。イギリス、フランスは1kg単位だった記憶があります。
ザックリ鶏は2ユーロ(260円)、牛4ユーロ(520円)、豚3ユーロ(390円)。


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野菜コーナーには豊富な種類の野菜が並んでいました。白菜もありました。1kg3.5ユーロ(460円)。

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豊富な種類のキノコが並んでいました。

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ジャガイモは、1kg2ユーロ(260円)、ショウガは100g1ユーロ(130円)。

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小腹が空いたので、休憩も兼て路地裏のカフェのテラス席で一休みしました。このカフェは、レーゲンスブルクのカフェで飲んだ「Hacker-Pschorr」というビールの専門店でした。


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お客はビールの大ジョッキを飲みながら楽しげに話していましたが、スープ3.5ユーロ(460円)にしました。肉団子はすこし臭みがありましたが、美味しかったです。

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ドイツ人は定置式水平ジブクレーンがお好みのようです。路地裏の建物の改修に台座付きのクレーンを使っていました。

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壁一面をレリーフにしたシックな建物もありました。


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天使が醜悪な鬼を懲らしめていました。日本ではお寺の山門で仁王様が鬼を懲らしめたりします。洋の東西を問わず、勧善懲悪の考えは共通しているようです。


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19時50分、旧市街の入り口にあるカールス広場まで戻ってきました。西日がきつくなってきました。それにしてもこの広場の人だかりには驚かされました。


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駅前通り・・・

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またもや「「春画&クリムト」展のポスター・・・日本の浮世絵とクリムトを関連付けた展覧会のようです。


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ミュンヘン中央駅まで戻って来ました。構内の寿司ショップに立ち寄りました。海苔巻きは「sushi、wrap」、海苔巻きとにぎりの詰め合わせは「bento,boxen」。海苔巻きは1本2ユーロ(260円)、詰め合わせは5.9ユーロ(770円)~15.9ユーロ(2100円)、お値段が張るのでスルーしました。

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20時、ホテルに戻りました。
この日は朝からオーバーアマガウに行って、戻ったその足でミュンヘンのさわり部分を歩きました。相当疲れました。
翌日は、シュツットガルトに寄ってフランクフルト空港駅まで戻ります。
ドイツ旅行もいよいよ最終段階に入りました。
以下、次号・・・

# by camino0810 | 2017-01-04 10:47 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月6日(金)ドイツ その71 ミュンヘン(2)

17時50分、イーザル門を潜り抜けてルードヴィッヒス橋の袂まで来ました。日の入りは21時なので街歩きの時間はたっぷり残されています。


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(出典 Google)

この橋の親柱は随分と凝った装飾が施されていました。

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最初にイーザル・ヴェルク運河を渡りました。運河は写真上から下に流れています。写真左は中の島にあるドイツ博物館。

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中の島を越えるとイーザル川がありました。川は写真上から下に流れています。イーザル川の方は流れがあり、水深も浅かったです。水は澄んでいました。

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イーザル川右岸の河畔道路を上流方向に歩いてみました。建物→車道→河畔散策路→高水護岸の並び、建物は川を向いています。

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ルードヴィッヒス橋とイーザル川、良い眺めでした。川は写真左から右に流れています。

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川の中に入ってラインフィッシングをしていた釣り人が河畔に上がって、地元の人と何やら会話をしていました。都心の川で釣りとは何とも羨ましい限り。

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引き返してイーザル川右岸の河畔を下流方向に歩きました。この川はドナウ川の支流、源流はアルプスなので雪解け水が瀬となって流れていました。水量もあり、中流域のセグメント1といった河相でした。

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少し下流に行くと礫河原に着きました。粒径が10cm位の円礫が一面に拡がっていて、沢山の人が寛いでいました。川を縦断する堰が見えていました。堰の向こう側はイーザル・ヴェルク運河、イーザル川との水位差は7~8m位はありそうでした。

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正直、この光景に驚かされました。都心にこれほど自然があり、皆、当たり前のように河原で楽しんでいるのは自称川屋にはなんとも羨ましい限りです。なんといっても文句なしの水辺のアクセスでした。

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当日にアップしたFBの記事・・・

5月6日(金)、ミュンヘンは快晴、温暖。
16時30分、オーバーアマガウからミュンヘンに戻って、その足で街歩きを開始した。流石にこの街はドイツで3番目に大きい街だけの事はある。これまで歩いてきた街とはスケールが違っていた。

途中省略

旧市街の城門を抜けると2本の川があった。ドナウの支川イーザル川が分派していた。東側の川の礫河原では沢山の人たちが水着姿で日光浴をしたりビールを飲んではしゃいでいた。
こんな都市内河川の使われ方を見たのは初めての事だ。日本の都市内河川では大阪の旧淀川の人工海浜以外に見た事がない有り得ない姿だが、成程、この手もありかと感心させられた。


礫河原がある事からもイーザル川は相当の急勾配の河川だと思います。日本でいえば、京都の賀茂川や高野川に似た感じですが、せいぜい散策程度。ミュンヘンの人たちにとってイーザル川の河原は海水浴の砂浜替りみたいなものなのでしょう。


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右岸河畔公園を抜けて中の島に向かいました。

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中の島に渡る歩道橋・・・


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橋の上からからイーザル川を眺めました。川は写真下から上に流れています。清流が川一杯に流れていて水深は1mもないくらいでした。河床の礫も透けて見えていました。


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橋から上流を眺めました。川は写真右から左に流れています。左岸の河原にも沢山の人がいました。この1枚を撮影出来て幸運だったなと思いました。

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運河に架かるマリアンネン橋から運河を観ました。運河は写真下から上に流れています。勾配が小さいので流れもゆったりしていました。


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運河の上流側、写真左は堰、向こう側にイーザル川が流れています。

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ミュンヘンの街は12世紀ごろから発展が始まり、ザルツブルクなど塩の産地とドイツ北部を結ぶ交通の要衝にあり、商業で栄えた街だそうです。中世から近世にかけて、ドイツ国境に近いオーストリアのザルツブルグの塩をどうやってこの街まで運搬したか。ザルツブルグはミュンヘンの約150km西にあります。
ザルツブルグはドナウ川の支川イン川河畔の街、国境線にもなっているイン川を下ってドナウ本川を上って、支川イーザル川に入る舟運ルートがあったのではないか。
運搬には船に塩を載せて運搬する方法と塩を馬か馬車に載せて運搬する方法が考えられます。水運ルートは四角形の3辺を行くかなり冗長なルートで、陸上のルートの3倍くらいはありますが、輸送途中の安全確保も含めて重くて嵩のある運搬物は船の方が楽だったのではないか。

ミュンヘン市街地のイーザル川は上流の背割堤から下流の堰まで概ね800m、水面差が約8mくらいなので、河床勾配は概ね1/100とかなり急勾配河川だと推定されます。
イーザル・ヴェルク運河には閘門が見当たりません。下流端の落差工でイーザル川と摺りついていました。そうするとこの運河の役目は何だったのか。舟運用の運河ならこの落差工で荷物の積み替え作業が発生して厄介です。都市用水路や農業用かんがい水路かもしれません。


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(出典 Google)

イーザル・ヴェルク運河は途中からイーザル川と離れて北20kmのミュンヘン空港を越えた地点で再びイーザル川と合流していました。
とすると、やはりこの運河は舟運用水路、農業用かんがい水路だったと考えられます。
これまでマイン川、ライン川、エルベ川、ドナウ川を見てきましたが、どの川にもGoogleの地図には必ず船舶や河川港が写っていました。しかし、イーザル・ヴェルク運河には閘門も船舶の写真もありません。
バイエルン王ルートヴィッヒ1世(在位1825~1848年)は、鉄道などの運輸インフラにも熱心な国王だったようです。この時期を境に運河は舟運の役割を終えたように思います。イギリスの8000kmの運河が鉄道の出現によって衰退したのと同じでしょう。

現在の運河は、発電、都市用水、かんがい、観光、修景、環境保全の役割を果たしているように感じました。イーザル川の急勾配を利用した水力発電所が一定の間隔で設置されていました。
2011年のフクシマ事故でドイツのエネルギー政策は原発の新規開発を中止しました。水力のような再生可能エネルギーの再開発が始まっているのでしょう。


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(出典 Google)

運河脇には立派な教会が建っていました。


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建物→車道→河畔散策路→運河の順番になっていました。


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再び、旧市街に戻ってお土産などを買ってホテルに戻りました。
以下、次号・・・




# by camino0810 | 2017-01-04 06:20 | ドイツ | Comments(0)  

2016年5月6日(金)ドイツ その70 ミュンヘン(1)

お馴染み「地球の歩き方」ドイツ(2015~2016)にミュンヘンは以下のように紹介されていました。

「ドイツ南部に広がるバイエルン州の州都ミュンヘンは、ベルリン、ハンブルクに次ぐドイツ第3の大都市。しかし都会というよりも、田舎町のようにのどかなあたたかさを感じる。人々はお祭り騒ぎが大好きで、市内には巨大なビアホールが何軒もあり、ジョッキ片手のおしゃべりは果てることがない。その頂点は、毎年9月下旬から開催される世界最大のビール祭りオクトーバーフェストだ。
町の発展は12世紀ごろから始まった。ザルツブルクなど塩の産地とドイツ北部を結ぶ交通の要衝にあり、商業で栄えた。ヴィッテルスバッハ家の居城レジデンツがおかれ、華やかな宮廷文化が花開いた。ギリシア・ローマの古典芸術を愛したバイエルン王ルートヴィッヒ1世(在位1825~1848年)は、いくつもの博物館や大学を創立し、ミュンヘンを「イーザル河畔のアテネ」と称される都に造り上げた」

16時30分、オーバーアマガウからミュンヘン中央駅に戻ってそのままミュンヘンの街歩きを開始しました。
ミュンヘン中央駅の東口から駅前通りに入りました。駅前通りは車を排除した歩行者優先道路になっていました。


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ミュンヘンは大きな街ですが、時間もないので歩いたのは旧市街のさわりの部分だけでした。


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(出典 Google)

電車通りに出てみました。


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格式の高い風格に溢れた裁判所に出会いました。


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ミュンヘン旧市街のメーン通りであるカウフィンガー通りの入り口には大きな城門がありました。


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カールス門を潜るとミュンヘン旧市街の核心部がありました。


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カウフィンガー通りを東の方に歩きました。この通りは平日の金曜日でも沢山の人で大賑わいでした。フランフルト、ケルン、ライプチヒ、ドレスデン、バンベルク、レーゲンスブルクでもメーン通りは車を排除した歩行者天国にしてありました。日本の銀座など行っている時間制限を掛けて一時的に車道を解放するやり方とは違って、常時「ホコテン」にしてあるのがミソだと思います。


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ミハエル教会のファサードはのっぺりしていました。


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フラウエン教会はミュンヘン最大の教会ですが、現在、足場を掛けて補修中でした。


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ドイツ人はアスパラが大好きのようです。ちょうどシーズンのようでした。1kg、8ユーロ(1040円)くらい。


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カウフィンガー通りは大賑わい、車を排除した方が街が元気になるように思います。


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マリエン広場まで来ました。ミュンヘンといえば、新市庁舎前のマリエン広場だそうです。


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(出典 Google)

新市庁舎はネオゴシック様式(建築期間:1867年~1909年)だそうです。明治初期に42年という長い工期を掛けて完成させていました。これまで見てきた欧州の大聖堂と似た気分を感じさせる風格のある建物でした。正直な感想を言うと、最初は自分には変則的なゴシック様式の大聖堂にしか見えませんでした。後で、市庁舎と判って驚いたものです。


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ミュンヘンの核心部を歩いてみて不思議に思ったことがあります。ミュンヘンの中心部には、これまで歩いて来た欧州の歴史のある大きな街に付き物の大聖堂が見当たらなかった事でした。
フランクフルト、ケルン、バンベルク、レーゲンスブルクには「DOM」(大聖堂)と命名された大聖堂が街の中心部にありました。フラウエン教会は大きな教会施設ですが、「KIRCHE」(教会)という名称でした。(ご当地の観光地図には”括弧付き”で「DOM」の名称が使われていましたが・・・)
いずれにせよフラウエン教会は、教区の司教座がある大聖堂ではないように思います。
冒頭の地球の歩き方のミュンヘンの概要にみるように、この街は経済的な発展を遂げてその地位を獲得した街のようです。
バイエルン王ルートヴィッヒ1世はマイン・ドナウ運河や鉄道を造るなど産業インフラにも熱心だった国王だったようです。マズローの欲求5段階説という学説にあるとおり、衣食住などの基礎的な欲求が満たされると、人は他の人から尊敬を求めるようなになるものだと言われています。ルートヴィッヒ1世は産業インフラによって蓄積した財力を文化的で風格のある施設建設に投入したのではないか・・・
見方を変えると、ミュンヘンは意図して造られた歴史文化都市なのではと思います。新市庁舎は意図して造られた「大聖堂」、意図して造られた「ヘソ」となる建造物だと個人的には思います。そういえば、ルートヴィッヒ2世のノイシュバンシュタイン城も似たようなものかもしれません。


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マリエン広場も大賑わいでした。これこそ「広場」というものでしょう。


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新市庁舎のお隣に旧市庁舎がありました。建物の下を通路にするのはバイエルンでは当たりまえだったのかも・・・


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旧市庁舎には渡り廊下も付いていました。街の発展で庁舎が手狭になったのかも・・・


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聖霊教会のファサードは何となくミハエル教会に似た感じでした。


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さらにカウフィンガー通りを東に歩きましたが、賑わいも続いていました。


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リングの外周部にあたるイーザル門まで来ました。バランスの悪い少し違和感のある城門でした。


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この部分のリングは道路に変わっていました。中世頃はお堀だったのかもしれません。


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当日、FBにアップした記事です。
8か月前に書いた記事の内容はすっかり忘れ去っていますが、「人口規模は建物の階数のみに反映される」とか「大河の流れを構成する水の粒子みたいな気分」など我ながらうまい事を思いついたものだと感心しました。

5月6日(金)、ミュンヘンは快晴、温暖。
16時30分、オーバーアマガウからミュンヘンに戻って、その足で街歩きを開始した。流石にこの街はドイツで3番目に大きい街だけの事はある。これまで歩いてきた街とはスケールが違っていた。
面白い事に気付いた。
これまで見てきた街の建物の構造やデザインの事だが、基本パターンはほとんど同じで、街の人口規模に応じてその階数だけが変わるという事だ。バンベルクは2階建て、レーゲンスブルクは3階建て、ミュンヘンは5階建てといった具合に街の大中小は、鉛直方向のみに反映されていた。
ミュンヘンの駅前大通りはレーゲンスブルクの大通りと似た造りだった。人車一体型で中央が最も低くなるように水勾配を付けていた。レーゲンスブルクの大通りは幅が約15mくらいだったが、ミュンヘンのは約30mもある。
この大通りを大勢の人がゾロゾロと道一杯に一斉に歩いて行く。渋谷センター街も顔負けの混雑振りだ。何となく自分も大河の流れを構成する水の粒子みたいな気分になってゾロゾロと皆の後を付いていった。
この街もリング状の道路に囲まれた旧市街に歴史的建造物が集中していた。ゴシック仕様の建物が市役所とは何とも贅沢な街だが、大聖堂が見当たらなかった。自分の経験則では必ず大聖堂が旧市街の中心部にあるはずなのだが・・・不思議な街でもある。
旧市街の城門を抜けると2本の川があった。ドナウの支川イーザル川が分派していた。東側の川の礫河原では沢山の人たちが水着姿で日光浴をしたりビールを飲んではしゃいでいた。
こんな都市内河川の使われ方を見たのは初めての事だ。日本の都市内河川では大阪の旧淀川の人工海浜以外に見た事がない有り得ない姿だが、成程、この手もありかと感心させられた。
20時、ホテル着。歩き疲れた一日がやっと終わる。
明日は、シュツットガルトに寄ってフランクフルト空港駅に戻る。ドイツ旅行も最終段階に入った。

引き続き、イーザル川の運河と川の周囲を歩きました。
以下、次号・・・

# by camino0810 | 2017-01-02 10:05 | ドイツ | Comments(0)