2010年5月1日(土) 奈良 法隆寺、東大寺

今日は、京都から奈良に行きました。
京都駅からJR奈良線に乗って、奈良駅で大和路線に乗り換え、JR法隆寺駅で下車。
駅構内のすっかり有名になった遷都くんの前で記念撮影。奈良は平城遷都1300年記念のイベントが行われていました。
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僕とカミサン、下の娘と3人で法隆寺へ。中学校の修学旅行以来、約40年振りの訪問です。
松林の参道を歩いて行きました。
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参道を抜けると、法隆寺が目に飛び込んできました。京都のお寺とは違った気分を感じました。うまく言えませんが、すっきりと乾燥した清潔感を感じました。
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山門の入り口に仁王像が・・・多分、高名な仏師が彫ったものでしょう。これまで見てきた仁王像の中では最上位にあると思います。
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境内に入ると、有名な五重塔が・・・
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本堂とセットだとこんな感じ・・・
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境内の非常にスッキリとした雰囲気は建物と砂利道と松の3点セットで造られているように感じます。余計なものをそぎ落としたシンプルさが素敵でした。
有名な夢殿が・・・
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石畳の通路もすっきり仕上げられていました。
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帰り道の光景もいかにも奈良を感じさせます。
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法隆寺は実にいい所でした。季節を変えて再訪するのもいいでしょう・・・
バスに乗って、東大寺へ。途中、薬師寺に寄りました。少し距離を置いて見える薬師寺の風景は、奈良を感じさせました。近鉄奈良駅から歩いて奈良公園へ。天候にも恵まれ大勢の観光客がいました。有名な奈良公園の鹿は、すっかり人馴れしていました。
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東大寺の最初の山門はちょっと古びた感じでした。部材の木材が大分劣化しているので、そろそろ補修でも掛けるのでしょうか?
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山門の中に巨大な仁王像が・・・もしかしたら学校で学んだ運慶・快慶のどちらか造ったものでしょうか?圧倒的な迫力でした。
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いよいよ本堂の山門です。
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山門を抜けると、お目当ての巨大な建造物が目に飛び込んできました。
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少し脇から見るとこんな感じ・・・高さが50mあるそうです。
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スペインでさんざんカテードラルを見てきました。東大寺の本堂は、ブルゴス、レオン、サンティアゴのカテードラルにも引けを取らない、いやそれ以上迫力を感じさせます。
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木を主材料とする日本建築、石を主材料とする欧州建築。それぞれにインパクトがあります。共通点は、見る者を圧倒する巨大さ。

ポイントは、巨大さを演出する建築技術。現在のクレーンのような便利な揚重機械がない時代、どうやって巨大構造物を造るか?僕は、いつも気になります。

東大寺の50mの高さを支える柱や梁、屋根をどうやって組み立てたか?いつものように考えます。

その前に大仏はどうやって築造したか?
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実物大の大仏の一部を粘土で造り、その表面に一定の厚みを持った燃えやすいものを貼って、更に砂か粘土で覆って、できた隙間に溶けた銅を流し込む。これを少しずつ重ねていったと思われます。大仏の内部は多分空洞だろうと思われるので、中に入れば、どこで打ち継いだかが判るでしょう。

建物を支える直径1.5m程の柱は、1本ものではなく、集成材でした。建造当時には、太い真直ぐな材木がなかったといことになります。金属製の円環で締め上げていました。

造り方のヒントは、2つの写真。
1つめは、1958年の東京タワーの建築中の写真。もう1つは、1926年のサグラダファミリアの写真。
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写真中央部の1本の塔をジンポールというそうです。よく見ると沢山のワイヤーで支えられています。東京タワーの下層部分は、このジンポールという頂部に滑車の付いた1本の柱を巧みに動かして、本体の部材を吊り上げて組み立てていったことが判ります。下層部分の組み立てが完了したら、このジンポールを上部に移設し、同じ作業を繰り返していけば完成します。
東京タワー方式で考えてみました。
まず、東大寺の下層階の屋根の部分(地上25m)までを約50mのジンポールで、柱、梁を組み上げます。平面的には4分割し、4本のジンポールで2階の屋根の頂部までを組み立てる・・・
下層階の屋根までが完了したら、ジンポールを上層階の屋根の頂部に移設して、頂部までを組み立てて柱、梁が完了。
ジンポールを解体して、外周に足場を組んで、屋根を葺いて、壁を塗って完成。
当時は、ウィンチなどの巻き上げ機がないので、牛や馬、人力で綱を引っ張ったのでしょう。問題は、ジンポールのようなものが当時あったか?

建設時の記録は?・・・歴史的建造物の建設時の記録は洋の東西を問わず残されていないケースが多いような感じです。日本を代表するこの東大寺、法隆寺の記録が見たいものです。ピラミッドや写真のレオンのカテードラルの記録も・・・

次は、サグラダファミリア方式。
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スペイン巡礼でも触れました。ある程度の高さの部分までを足場で囲って、最上部に設置した櫓と滑車で石材を吊り上げ、組み立てたようです。その部分が完成したら、足場を解体して、その上に移設し、これを繰り返して完成。

最初に東大寺の最上階までの柱を総て立てる。柱の一端を礎石の上に据え、もう一端に縄を縛り、牛や馬、人力で綱を引っ張って、立てます。
次に、下層階の屋根までの組み立て。外部足場を架設後、吊り上げる梁の両側の2本の柱の上に小さいジンポールを建て、梁を吊り上げ所定の位置にはめ込む。これを繰り返して総ての梁を渡して完了。
更に、上層階の頂部までの足場を架設して、同じ作業を繰り返して柱と梁が完成。上層階の屋根を葺き、壁を塗って、上層階の足場を解体。下層階の屋根、壁を拭いて下層階の足場を解体して、すべて完成。

東京タワー方式か?サグラダファミリア方式か?
多分、後者に近い構築方式を取ったのではないかと推察します。理由は、東京タワー方式に必要な巨大なジンポールが、当時の技術では難しいのではないか。

帰りは、近鉄奈良駅から京都へ。近鉄京都駅でも、遷都くんが大活躍でした。
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楽しい1日でした。

by camino0810 | 2011-12-07 04:45 | 京都 | Comments(0)  

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