2011年11月4日(金) 新潟  新潟市内(その1)

新潟シリーズ開始。

このブログをアップしているのは、新潟市内のアパート。新潟に常駐して、5ヶ月が経ちました。

2011年11月4日(金)、新潟デビュー。
仕事で県庁に行きました。早く会議が終わったので、新潟見物をすることに・・・この時点では、新潟にベッタリ貼りつくことは、思ってもみませんでした。

新潟市は、広域合併をして、全体では80万近い人口があるそうです。政令指定都市になるための合併だそうです。旧新潟市はおよそ40万。びっくりしたのは、人口規模以上のインフラがあること。幅広い街路、高層ビル、高速道路仕様のバイパスなど・・・

時間があったので、新潟駅前~万代橋~古町~日本海まで往復を歩いてみました。
駅前通りは、片側4車線の大通り。歩道の幅も十分に広い。


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駅から歩いて10分程度で、信濃川に架かる万代橋に到着。新潟の代名詞みないな有名な橋です。
信濃川は、大河津分水の完成により、洪水処理をする必要がなくなったようです。そのため、現在の橋は、3代目で橋の幅が300mに狭くできたとのこと。初代の万代橋は、900mもあったそうです。石造りの重厚なデザインの橋でした。

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万代橋の上から眺めた信濃川沿いの光景は、こんな感じ・・・建物が川に面した実に素晴らしい景観になっていました。

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万代橋を渡り終えると、新潟市の中心街、古町に・・・最近、この街からお客が駅前にシフトして、元気がなくなったとか。

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古町のアーケードはこんな風・・・

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古町には、お馴染みの三越が出店していました。

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古町を過ぎると、通りは片側1車線の道路に減少。海辺に近づいてきたようです。

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会津八一会館を過ぎると、松林が・・・

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日本海が現れました。
1978年、島根県の益田の日本海以来、実に、33振り。北日本の日本海は生まれて初めて。
砂浜を海流から護るためにテトラポットが沢山並んでしました。

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来た道を再び駅まで歩いて戻ることに。。
万代橋を渡ったところにあるお寿司屋で夕食を摂りました。

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新潟なので、お酒を1合、鰤カマ、チラシ寿司をオーダー。値段、味ともまずまずでした。

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女将さんと少しばかりお話をしました。
1964年の新潟地震のことを尋ねました。「万代橋は、全く平気でした。このお店もタイルにひびが入った程度の軽傷でした。地震のことを忘れないために、当時のひびを残してあります。」
女将さんは、カウンター席の下のタタキを指差しました。

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新潟地震では、激しい液状化が発生しました。4階建てのRC造のビルがひっくり返った写真が印象的でした。新潟の街は、信濃川が運んだ砂が厚く堆積しています。
液状化の講習会で当時の動画(珍しい)を見た事があります。地面から砂を含んだ泥水が、ゴボゴボ湧いていました。いまでこそ、液状化は今では普遍的な現象として認知されていますが、当時は、液状化の知見などなく、皆ただただ驚くしかなかったでしょう・・・

2012年3月、千葉県の佐原に行きました。小江戸気分を残した水郷で有名。市内を流れる小野川は、3.11の地震で液状化が発生。液体になった地盤が流れて、川幅が減少し、川底が持ち上がりました。液状化は、本当に怖いです。

話を新潟に戻します。
救われたのは、1929年に完成した万代橋が被災しなかったこと。橋の基礎は、道路脇の看板の絵柄から推定すると、ニューマチックケーソンではないか?厚く堆積した砂層の下にある比較的堅固な地盤まで基礎を下げたのでしょう。先人の土木屋さんは、偉いなと思いました。

初めて新潟の街を歩きました。有意義な小旅行になりました。
これから、新潟の名所などをアップしていきます。

by camino0810 | 2012-07-08 23:09 | 新潟 | Comments(0)  

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