2011年12月31日(土) 大分 小鹿田

猿飛千壺峡・魔林峡から再び国道212号線に戻って、日田方面へ・・・・

目的地は、焼き物の里「小鹿田」。「おんた」と読みます。

民芸の陶器で、コアなファンはご存知ではないか?江戸時代から10数件の窯元が川沿いでお皿などを焼いています。すべて手作業、一子相伝を頑固に守り抜き、商業ベースに走らない生き方がカッコいいです。

小鹿田の陶器は、一目で識別できる特徴を持っています。

 ①飛びかんなと呼ばれる文様
 ②刷毛目模様

素朴ですが、味わい深い焼き物です。
時折、東京あたりの小料理屋さんでも見かけるし、おしゃれなお店でも使われているようです。
これは、大皿の例、飛びかんなの文様がよく判ります。刷毛目模様は、付いていません。
飛びかんなの技法をテレビで見ました。道具は、そのあたりで拾ってきた薄い細長い鉄板のみ。ろくろに乗せた陶器の表面に、鉄板を当てて、鉄板の弾力を利用し、等間隔で小さな切れ込みを掘り込んで行きます。見事なものでした。
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珈琲茶碗セットは、刷毛目模様で装飾されていました。
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明治時代、柳宗悦が中心となって始めた民芸運動で小鹿田焼が発掘され、昭和になって、イギリス人の陶芸家バーナード・リーチが、小鹿田焼を褒めてから、脚光を浴びるようになったといわれています。バーナード・リーチが、小鹿田の陶工に伝授した取っ手の接合手法は今でも活きているとのこと。

道中、面白いオブジェが・・・
懐かしいウルトラマンが枯れ田に展示されていました。こんな遊び心も時には必要でしょう。
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スペックのウルトラマンの体重が気になりました。本当に、3万5000トンもあるの?
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最近、話題のBMIで検証してみました。

BMI=体重(kg)/(身長m)2

僕のBMIは、身長183cm、体重76kgとしてBMI=76/(1.83×1.83)=23。
チョイ肥満程度の標準範囲。標準値は、確か、22。

ウルトラマンの身長は40m、、BMI=22として体重を計算すると、
体重=22×40×40=35,200kg=35t。
3.5万tではなく、3.5万kgなら辻褄が合います。

以上の計算は、単なる理屈の世界。ウルトラマンに出てくる怪獣たちは、万t単位の超大型。怪獣を退治するには、やはり、万t単位が必要でしょう。

ちなみに、もうひとつ、お人形が・・・・膝辺りのリアルさが、実に、秀逸。
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家族で大笑いしながら、車で小野川を登っていきました。
杉林を抜けると、小鹿田の里が・・・小野川の渓流沿いの斜面にへばり付くように、10数軒の
窯元が建っていました。
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陶器の主材料は、陶土。近くの山から粘土を切り出して、使用します。多分、原材料には、石なども混じっているので、篩いで篩い、細かい粘土を抽出し、それを細かく砕く仕組みのようです。
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唐臼と呼ばれる大型の「鹿威し」みたいな装置で数日掛けて、粘土を優しく細かく粉砕します。
土木屋の僕は、コンクリートの材質に関係した仕事もします。昔のコンクリートと現在のコンクリートの大きな違いのひとつに、骨材となる砂利や砂があります。昔のものは、砂利は川で採取した丸い石や川砂を使っていました。現在のものは、大きな岩石を機械で砕いて使っています。現在の骨材は、無理無理砕くため、角張った形になり、練りあがったコンクリートは、昔のものに比べて作業性がよくありません。
小鹿田の陶工たちは、出来るだけ、優しく、時間を掛けて、丸い粘土を造るほうが、成型時にいいものができることを経験的に知っているようです。
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粉砕した粘土を水に入れて攪拌し、不純物を取り除き、沈殿させた細かい粘土を取り出します。これが、陶器の材料になります。
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陶器の製作の写真はありません。テレビで小鹿田焼が紹介されていました。蹴ロクロと呼ばれる足で回転させるロクロで製作していました。
出来上がった半製品を庭先で干していました。
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仕上げは、焼き。いくつかの窯元が共同で使用する登り窯が・・・
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釜の中は、多くのひな壇に分かれていて、陶工の経験と勘で置く場所を決めるようです。半製品を詰め終えて、出入り口をレンガで塞ぎ、焚口から薪を投げ入れて焼きます。
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僕は、いつも窯元「黒木隆」で作品を買います。
陶工の黒木隆さんは数年前に亡くなったそうです。10数年前、朝日新聞で黒木さんが紹介されました。記事を読んで、その素朴で飾らない人柄が気に入り、以来、この黒木窯で陶器を購入してきました。残念なことです。
現在は、その父親で80歳を超えた?黒木力さんが作っているようでした。展示室は、通り沿いと奥の2箇所にあり、ここでチョイスして購入します。
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今回は、大皿1枚、珈琲茶碗セット2組を購入。応対は、隆さんの娘さんがしてくれました。品物を新聞紙で包み、レジ袋に入れてくれました。
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隆さんには、男の子供はいないようでした。
小鹿田焼は、江戸時代から続く一子相伝の世襲制。日本の天皇家と同様な跡継ぎ問題があるはず。。
どう解消するのか?女帝、女陶工を認めるのか?養子を採るのか?

お昼は、この集落の入り口にある蕎麦屋さんでいただきました。このお店1軒きりなので、いつも、このお店を利用します。
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お蕎麦は、おのおの違うものをオーダー。B/C=0.9。味は、まずまず。
牛蒡天のお蕎麦には大振りの牛蒡天が・・・
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山菜蕎麦には、こんにゃくがトッピング。。。
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肉蕎麦には、鶏肉が・・・
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お店に珍しい色紙が飾っていました。
2年前?に亡くなった筑紫哲也さんのものでした。筑紫さんは、地元日田市出身。知性、人柄、ビジュアルの三拍子がすべて揃った優れたジャーナリストでした。色紙に書かれた直筆の字体にも、誠実な人柄が感じられました。
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小野川沿いの道を下り、日田市豆田町へ向かいました。

by camino0810 | 2012-07-12 14:43 | 大分 | Comments(0)  

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