2013年5月7日(火) フランス その32 オルレアンその4

オルレアンの旧市街は、ナントに比べてこじんまりしていました。
駅前の電車通りを駅に向けて歩きました。3階建ての建物の屋根は、綺麗に揃えられていました。この通りの歩道は、建物の中を通っているアーケード形式でした。台北にも似た歩道がありました。

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トラムはTaoという会社が運営しているようでした。Taoは中国の道教の事でしょう。

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チケットの自動販売機もありました。

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おもちゃ屋さんもありました。

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右折して、路地に入って行きました。「KOOKAI」というブティックや「Zen &Belle」という化粧品店の名前からもフランス人の東洋趣味が窺いしれました。

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フランス人はオープンカフェが大好きです。路地の脇や小さな広場でも必ずテーブルと椅子を持ち出してカフェを開店させていました。

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オルレアンの街のもう一つのメーンストリート、ジャンヌ・ダルク通りに出ました。サン・クロワ大聖堂の雄姿が目に飛び込んできました。これほどスッキリした街並をこれまで見たことはありません。電柱やトラムの架線をすべて地下化したことも大きく貢献していると感じます。
日本人は、必ず街路樹を入れたがるものですが、木を排除したことも大きな要因でしょう。これまで見てきた西欧の街には、街路樹がなかった素晴らしい通りが、意外にも多かったです。
植樹すると、木の成長に伴う舗道の破壊や視界の阻害、剪定の手間などのマイナスの要因が出てきます。木がなくても十分に良好な都市景観が創出できるのでは・・・と感じています。

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ジャンヌ・ダルク祭りのためいろいろな旗が掲げられていました。

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サン・クロワ大聖堂は、ツールのサン・ガシアン大聖堂と同じくらいインパクトがありました。

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ファサードも実に立派。

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聖堂内部は実に荘厳な気分がありました。

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奥の祭壇にジャンヌ・ダルク像が掲示されていました。

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ブルボンの百合の花をあしらった旗やスカートをまとった甲冑姿のジャンヌの雄々しい姿が描かれていました。

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実は、もう一つの救国の英雄たちがいました。アメリカの戦士たちでした。
左側の祭壇の右脇に彼らに対する感謝の言葉を発見しました。

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「2つの大戦で150万以上のアメリカ軍兵士が、神のため、祖国のため、自由のためにその命を捧げた。67,581人の戦士がフランスの地に眠っている。」
2度の大戦でフランスは宿敵ドイツに徹底的に打ち負かされました。瀕死のフランスを救ったアメリカ軍兵士は、フランス人にとって20世紀のジャンヌ・ダルクと言えると思えます。

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この大聖堂の天井は、ナントの大聖堂より複雑な形状をしていました。アーチ状の骨組みに石材を張っていました。

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大聖堂の外面も気高い気分を感じさせました。

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最後に地元の方に記念写真を撮って頂きました。

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引き続き、オルレアンの街の探検を続けました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2014-01-05 19:13 | フランス | Comments(0)  

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