2013年5月8日(水) フランス その43 再び、パリその6

芸術橋を渡って、再び、左岸側を歩きました。

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古本の屋台には、1900年の初頭のパリの全盛期時代のポスターなどが展示されていました。1枚が2€(270円)。エッフェル塔、ムーランルージュ、ロートレックが目立ちました。東京で言えば、東京タワー、浅草の雷門の大きな赤提灯、広重みたいなものでしょうか。。。いささか紋ぎり型だけど定着された各々の売りの部分でもあります。

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"Ville d'amour"(恋の街)のポスターには、”Je t'aime "の各国語訳が描かれていて、一応、一番下に小さい日本語で”私はあなたを愛しています”と書かれていました。

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子供向けの絵本も売っていました。

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”PLAYBOY"などの雑誌も売られていました。マリリンモンローが表紙になっていました。

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更に上流に向けて歩きました。貨物船が停泊していました。
この船には2本のマストと沢山の横木が付いていて、一見、帆船に見えるけど、違っていました。このマストは船倉内の貨物を出し入れするクレーンだと思います。日本の船舶にはこのようなレトロなクレーン付きの貨物船は働いていないでしょう。岸壁に荷役できる走行型のクレーンが貨物の出し入れをすると思います。

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ポンヌフにようやく到着しました。
この橋は、中の島になっているシテ島を連結している橋です。よって、2つの橋を一緒にポンヌフと呼んでいるようです。石造りのアーチ橋ですが、創建当時の姿をほぼ留めている唯一の橋らしいです。特徴は、各橋脚に円筒状の欄干が付いていること。セーヌには石造りのアーチ橋は沢山あるので、識別するには、この丸い欄干と周囲の景色が良いと感じています。

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説明書きには、建造期間は、1578~1607年、ヘンリ3世時代に工事が始められ、アンリ4世時代に完成したとありました。
実に30年に近い歳月をかけて出来上がった橋だと判りました。多分、建設中に何度か洪水の流出に遭遇したものと推察します。
土木屋の僕には、当時の乏しい資機材を使ってこの橋をどのように造ったのか非常に興味があるところです。水が流れている川の中に橋を造るのは簡単ではありません。当時、川に中に仮締切を造る技術はなかったと考えた場合、一時的に流路を付け替えるやり方を採用したのではないか?
ポンヌフの場合、川が2本あるので、片方づつ造ったのではないか?建造する橋の川の上流端と下流端を全面的に土砂で締切り、水を片方の川に流して、中の水を掻い出して、橋を造ったのでしょう。。。同じ作業を繰り返して完成。
この方法が取れないときは、内陸部に仮回し用の水路を造るより他ありません。

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ポンヌフは、"Pont Neuf"(新しい橋)、建造当時、何故この橋が新しい橋だったのかが引っかかっていました。少し調べるとその答えが判りました。当時のシテ島の5本の橋は、全て橋上家屋付きの橋。橋は道路に加えて住居や商店の役割を果たしていたようです。この絵図には、まだポンヌフはありません。セーヌは絵図の上から下に向けて流れています。シテ島の下側の端部が、ポンヌフの位置になります。

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シュノンソー城もそうでした。

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イギリスのバースにも橋上家屋タイプの橋梁がありました。

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当時橋の上に住居や商店を造った理由を5つほど考えました。フェレンチェのヴェッキオ橋もそうだと思います・・・
① 否応なく人が集まるので、商売が成立する。
② 川をお堀と考えれば、外敵から守られているし、守りやすい。
③ 舟運を利用しやすいので、物資の運搬が楽。
④ 生活に必要な水がすぐに得られ、洗濯も楽。
⑤ トイレの処理が簡便で衛生的(19世紀までパリ、ロンドンもし尿の匂いが大問題だったとか)
但し、橋上住居には致命的な弱点があります。
洪水による橋の流出が何度も発生したようです。ポンヌフを築造を命じたアンリ3世は、この橋を道路専用の橋とするよう指示したのでしょう。ポンヌフは、その意味で新しい橋だったということです。
21世紀のいまから考えると、極めて当たり前ですが、当時としては道路専用の画期的な橋だった・・・
シテ島から左岸の上流側はこんな感じ・・・岸壁に穴埋めの跡が多数ありました。多分、セーヌに排出していた下水道用の暗渠跡ではないかと思います。

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左岸側のポンヌフから下流を見ると、2つの河川の再合流点が確認できました。芸術橋もかなたに見えました。

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上流側方面はこんな感じ。。。河畔まで車が下りることができるようです。ベンチには3組のカップルがいました。

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シテ島の公園にはライラックが沢山植わっていました。フランス人はリラと呼ぶそうです。

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リラの花は、藤の花と違って空に向いていました。

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フランス人は本当にカフェ好き、少し遠慮がちなオープンカフェも裏通りの一角にありました。

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もう一つのポンヌフを見るために、シテ島の河畔道路を上流に向けて歩きました。このポンヌフはさっきのものと構造は同じですが、川幅が広い分アーチの支間も沢山ありました。

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コンシェルジュリーの脇を通ってシャンジュ橋に向かいました。

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以下、次号・・・

by camino0810 | 2014-02-16 13:05 | フランス | Comments(0)  

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