2015年10月16日(金)再び大阪

都賀川を見終えて大石駅から阪神電車の各駅と急行を乗り継いで梅田まで行きました。途中、武庫川駅で急行に乗り換えました。ホームから武庫川を見る事が出来ました。よく考えると大石駅は都賀川を跨いでいたし、武庫川駅も武庫川を跨いでいます。東京都内、近郊で電車はよく利用しますが、橋上駅というのは初めての体験でした。河川直上の駅舎のような構築物は河川法のどのような適用を受けるかは不明すが、こういうやり方もありという事でしょうか。落ち着いた気分のある良い川でした。河畔には釣り人もいました。


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大阪、神戸方面に来ることはあまりありません。これまで通った場所を地図に落としてみました。
大阪湾沿岸部の開発も随分と進んでいでいる事が判りました。神戸空港、ポートアイランド、六甲アイランド、淀川河口の咲洲など・・・沖合の防波堤が2つ出来ていました。多分、ゴミ処分場ではないかと思います。ゴミ問題はどこの都市でも深刻な問題になっているようです。この記事を書いている時、廃棄食品の横流し事件が発覚しました。
人が生きるという事は、食物を口に入れて未消化のモノを排出する事と言い換えられる事もできます。古代から不変の事実です。同時に、生きるという事はゴミを出し続ける事でもあります。モラル低下とともに資源の有効活用という課題もあぶり出すでしょう。廃棄物処理の法律は建設関係では最も処罰が厳しい法律になっている事を想い出しました。

今日の予定は大阪市の南にある長居公園内の大阪市立自然史博物館を訪問する事でした。


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阪神電車の梅田駅で下車して御堂筋線の梅田駅に向かいました。

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地下鉄御堂筋線の梅田駅はお洒落なドーム構造でした。この駅は朝ドラの「ごちそうさん」の舞台になっていた事を思い出しました。

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梅田駅構内でこの駅の歴史を展示していたのはラッキーでした。
大阪の地下鉄構想が練られていた当時は、関東大震災(1923年)で東京が壊滅的な打撃を受け、復興の真っ最中だったと思います。関西の復権を目指して風格のある駅舎を設計したようでした。地下鉄の駅舎は機能面から言うと真四角な箱で十分です。お金が掛かり施工が難しいドーム型にして意匠的な価値を加えた事が、建設当時には反発があっても将来的には地元の誇りにも繋がるし後世からの評価は高まるという事だと思います。

日本の国も高度成長時代を随分昔に終えて成熟社会に入りました。これからのインフラは機能だけ満たせばよいという事ではなくて、品格があり優美なモノを後世に残す努力をするのが良いと思っています。
橋梁がご専門のF先生の言葉を想い出しました。
「橋には3つのEがある。一つ目はEconomyのE(経済性)。二つ目はEfficiencyのE(機能性、効率性)。三つ目は、ElegantのE(優美)。」
3番目のEを客観公正に評価できる指標がなかなか見当たらないので、このEは建設コンサルタントにはハードルが高い部分です。もう少し建築の意匠設計のような自由度が許容されるとやりよいとは思うけど、インフラの原資は税金で賄われるのでそういう訳にも行きません。大きな課題だと思います。

梅田駅の工事は昭和5年(1930年)に開始されました。この工事は当時の社会状況から見ると、ある意味国家的なプロジェクトかもしれません。同時期、新潟の大河津分水路で起死回生とも言うべき可動堰が建設中だった事を想い出しました。


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「梅田」は「埋めた」が転じた地名だそうで、大川が造った沖積の軟弱地盤地帯だったようです。この工事は大変な難工事でしたが、当時の大阪市長や建設部長の不退転の意思で完遂されたようでした。

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開削工事だったので土留め壁に外国製の鋼矢板が使用されたとありました。当時の日本には鋼矢板を製造する技術がなかった事になります。

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基礎の下には沢山松杭が打設されていました。


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当時の配筋図がホームに展示されていました。昭和10年(1935年)の図面でした。

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御堂筋線長居駅で下車して、長居公園内にある市立博物館の館長を務めるT先生を訪問しました。先生から「たまごとたね」特別展のお誘いを受けていました。
地下ホームから地上に出たら先生とバッタリお会いしました。郡山で開催されたある大会に次いで今回が2回目のバッタリになりました。
長居公園のベンチに腰かけてコンビニ買った弁当を食べました。園内のタイル舗装は良かったです。


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「たまごとたね」特別展の看板がありました。

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園内では小学生の見学会が行われていました。

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館長室でT先生と少しお話しをした後、「たまごとたね展」を観ました。「たまご」と「たね」を色々な観点で対比してみるという斬新な切り口でした。
世界一大きい「たまご」と大きい「たね」が並べてありました。この勝負は「たね」の勝ちでした。


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17世紀まで生きていたマダガスカルのエビオルニスの直径34cm重さは9kg、フタゴヤシのタネは直径30cm、重さは10kgだそうです。


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バジルのタネには驚かされました。毎年、庭で種から育てているので良く知っています。乾燥状態では黒い1mmくらいの小さな黒い粒ですが、水に浸すとカエルの卵に大変身します。


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水浸したバジル入りの飲料もあるとか・・・カエルの玉子が沢山入っていました。家で試してみる気にはとでもなれません。

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キーウイは偉い鳥だと思いました。自分の体の三分の一くらいの大きな卵を産みます。羽根の無い奇妙な鳥ですが・・・

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イースターエッグも紹介されていました。復活祭に食べるゆで卵です。玉子は復活の象徴。精巧なロシアのイースターエッグが有名です。


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この博物館で「かもめの玉子」に出会いました。大船渡で製造しているお菓子です。説明書きに「よく知られている」という文言がありました。大阪まで知られているとは嬉しい事です。

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「たまごとたね展」を観終えて、常設コーナーに行きました。博物館なので大阪の地質の成り立ちの歴史などが紹介されていました。御堂筋線の地下鉄工事が軟弱地盤で大変だった事が判りました。
大阪には難波累層と呼ばれる軟弱地盤が厚く堆積していました。上町台地という高台がせり出して背後に巨大な淡水湖が造られていました。

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2000年前は海進の影響で河内湖と呼ばれる巨大な湖がありました。「河内」の地名の由来は「河の中(内)にあった」という事かもしれません。江戸時代に入り、人口の集積に伴って新田開発が進められ湿地が水田に変わっていったようです。1704年、上町台地を開削して大和川を付け替え、淡水湖に流入する河川水を遮断して以降、その動きが加速したようです。1960年以降、今度は湾岸の埋め立てが加速しました。同時に地下水のくみ上げにより地盤沈下も進行したと考えられます。

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御堂筋線で新大阪に行き、新幹線で帰京しました。
結構、2日間でしたが、忙しかった関西出張でした。


by camino0810 | 2016-01-24 17:01 | 国内 | Comments(0)  

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