2016年5月1日(日)ドイツ その31 ライプチヒ(1)

14時30分過ぎにライプチヒ中央駅に到着しました。こんな巨大な風格のある駅舎は初めてでした。世界文化遺産級の施設だといってもいいでしょう。
欧州の鉄道駅もそこそこ利用してきましたが、こんな大きな駅は見た事がありません。昔、はやったチョコレートのキャッチコピーを想い出しました。ヒゲの有名な音楽家が「大きい事はいい事だ....」と言っていました。
巨大な内部空間を確保する事自体に価値があるという事を理解するにはこの駅に勝るものはありません。高いドーム型の天井や何処までも続く広大な通路に驚かされました。

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各ホームに直交する自由通路は恐ろしいくらい広々としていました。吹き抜けの高さは20m、幅は30mくらいはあるでしょう。
これだけ大きな内部空間を持った建物は大聖堂くらいしか知りません。これまで見てきた大聖堂の内部は高さ30m以上はありそうですが、幅はこの通路の2分の1もないくらいだと思います。この駅舎の設計コンセプトを知りたいものです。

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地下にもフロアがあります。この時点では気づきませんでしたが、地下にUバーンと呼ばれる地下鉄のホームもありました。

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正面玄関はトップライト付のアーチ型天井で高さは20mくらいの吹き抜けでした。

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予約したホテルを探しに駅舎の外に出ました。赤い屋根の巨大な駅舎でした。

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同じ形の正面玄関が2つ並んでいました。

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ホテルに15時チェックイン、1時間程休んで30Lのデイパック一つで街歩きに出掛けました。
ライプチヒの街はリングと呼ばれる環状の緑地帯で囲まれた旧市街に観光スポットが集中していました。フランクフルト、ケルンの街と似たような構造をしていました。
ドイツは中世の神聖ローマ帝国の時代から都市国家の集合体になっていたのだろうと考えてみました。都市国家の防衛には城壁やお堀が必要だったのは日本も同じ、江戸の外濠、京都のオドイ、名古屋の外濠、小田原の総構えなど・・・

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(出典:Google)

駅前の八重桜は満開でした。

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駅前通りを渡ると旧市街地の入り口です。ホテルマリオットの壁面は一面にカラフルなデザインが施されていました。

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旧市街の入り口の道路は車を極力排除した人中心の街路でした。

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第一印象は古色蒼然という言葉がぴったりする街並でした。1989年に統一ドイツが誕生しましたが、その以前の息苦しく、暗い「東ドイツ」時代の気分とはこんなものだろうかと感じましたが、その心配はすぐ消えました。

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聖ニコラス教会はロマネスク様式だと思います。ゴシックに比べて地味めな外観でした。

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聖ニコラス教会前の広場のテラス席には観光客が集まり始めていました。

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旧市街の建物は概ね5階建て、建物のスカイラインは綺麗に揃っていました。

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当日にFBにアップした記事です。

5月1日(日)、ライプチヒは快晴、暑いくらい。
フランクフルト空港駅からライプチヒまでの車窓は新緑に溢れたいい景色が続いた。周囲はほとんど森か畑か丘陵地だった。菜の花の黄色と麦の緑が基本パターンだ。風力発電の風車も結構見かけた。
よく考えてみると、ケルンからフランクフルト経由でライプチヒまで中部ドイツを横断した訳だが、途中停車駅はいずれも小さな街だった。日本ではかって太平洋ベルト地帯と呼ばれた帯状のゾーンに大都市、中都市が集中しているが、ドイツはイギリスやフランスと同様、多極分散型と考えても良さそうだ。
14時33分、ライプチヒ駅に到着、この駅の巨大さにまずは驚かされた。ヨーロッパ最大級の駅舎だそうだ。
15時、ホテルにチェックイン、しばらく休んで16時に街歩きに出かけた。19時30分に戻った。
ライプチヒの街はリングと呼ばれる外周道路の中に観光スポットが集中していた。気温は20度近くあったようで、Tシャツの人もいるくらい温暖で快適な街歩きができた。
バッハ、メンデルスゾーン、シューマン、ワグナーなどが活躍した音楽の街で、歴史的な建造物も多い。ゲーテやニーチェ、森鴎外も学生時代をライプチヒ大学で過ごしていて言わば学問の街でもある。
4月27日に日本を発った訳でそろそろ米の飯が恋しくなる時期になった。夕食はベトナム料理にした。ベトナム風チャーハンが胃袋に滲みわたった。
明日はライプチヒの南にある湖に行く。「新湖水地方」と呼ばれているとおり、観光地として立派に再生したと聞いている。石炭の露天掘りの跡地を湖に再生したらしい。三番町のN先生に写真を撮ってくるように言われている。


新しい建物は古い建物の気分と調和するようなコンセプトで造られていました。この地域に「景観保全委員会」でもあるのかもしれません。

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ライプチヒは学問と芸術の古都、この広場には気品とか風格を感じました。

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奥にはゲーテの像がありました。

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背面の記載:「ゲーテは1765年~1768年ライプチヒの学生でした」。ライプチヒ大学で文学でも勉強したのでしょうか。


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ゲーテと一緒にジドリしました。

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建物の中庭部分がお店になっている「パサージュ」という一種のアーケードに入ってみました。「パサージュ」はフランス語で通路という意味合いですが、ドイツ人はフランスに憧れでもあったのかもしれません。
入口は意外と地味目。

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実に立派な通路の両脇にお洒落なお店が並んでいました。決闘の様子らしき像が両脇に建っていました。大きなトップライトの屋根にしていました。

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交差点は全面トップライトのドームになっていました。

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新しい建物が並んだ大きな通路は車を排除していました。歩車道の区分が必要ないので、段差もありません。この光景は、フランクフルト、ケルンでも見ました。

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まだまだ旧市街の街歩きが続きました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2016-10-08 07:04 | ドイツ | Comments(0)  

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