2016年5月5日(木)ドイツ その59 バンベルク~レーゲンスブルク(2)

バンベルクの記事を書いている内にマインドナウ運河の正体が段々を判ってきました。理解が進むほど、この運河の凄さが見えてきた感じです。
そんな事で自称川屋には見過ごすことができないので簡単にこの偉大な運河について書きとめておく事にしました。

http://www.communitywalk.com/というサイトにこの運河の概要が判り易く書かれていました。

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「北海~黒海までの水路
1992年にライン川とドナウ川を結ぶライン・マイン・ドナウ運河が完成し、北海~黒海を結ぶ水路が出来上がった。この水路は大型の艀なら全区間、海洋船ならその一部を航行できる」
「North Sea to Black Sea Waterway
created by RP Mail
The completion of the Rhine-Main-Danube Canal in 1992 joined the Rhine-Main and the Danube to create a single waterway from the North Sea to the Black Sea. The waterway is navigable by large barges for its full length, and ocean going ships for part of its length.」

下図の赤い線が、全長171kmのマインドナウ運河です。

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記述はシンプルですが、書かれている内容は実に凄い事だと感じます。マイン・ドナウ運河によってヨーロッパの水の大回廊が完成した訳で、水インフラを語る上で外すことができないエポックメーキングな出来事だと思います。古くは大西洋と地中海を結ぶミディ運河(1694年完成)、スエズ運河(1869年完成)、パナマ運河(1914年完成)に匹敵する運河だと思います。
初代のマイン・ドナウ運河は、「ルードウィッヒ・マイン・ドナウ運河」(建設期間:1836年~1846年)と呼ばれていました。バイエルン王国のルートヴィヒ1世が年建設した運河でした。この運河は、バンベルク(マイン川)からケルハイム(ドナウ川)を結ぶ全長173kmの運河で、幅15m、深さ1.5m。閘門は全部で100基でした。幅も水深も小さいのは当時の船舶が小さかったためでしょう。
現在の2代目マイン・ドナウ運河(1960年~1992年)は大型船舶の通行を可能にした別ルートの運河でした。初代の運河では手狭で閘門数が多すぎ、効率的な物資運搬は難しいでしょう。


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     (出典:Google)

マインドナウ運河をWikipediaで検索してみました。日本語版は記事の内容が薄かったです。英語版はかなりの記載がありました。本家のドイツ語版は更に豊富な記載がありましたが、ドイツ語が不如意なので悪戦苦闘しました。

以下の記事はドイツ語版のhttps://de.wikipedia.org/wiki/Main-Donau-Kanalを参照しました。


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Ⅰ:運河の歴史
ライン川とドナウ川の連携は ① フォッサ・カロリーナ 793年 ② ルードウィッヒ 1834~1845年 ③ミンドルフェール・リニエ 1939年~1942年 ④マインドナウ運河 1960年~1992年
8世紀にマイン川とドナウ川を連絡する試みがあったことが判ります。③ミンドルフェール・リニエは第2次大戦で中止、④マインドナウ運河のルートはバンベルク~ニュルンベルクまではレグニッツ川沿い、ニュルンベルクからケールハイムまでは②の初代と大きく変えていました。②では大型船舶の航行が出来ません。別ルートを新規に開削していました。


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1903年のドイル全土の運河計画も紹介されていました。20世紀初頭のドイツの舟運の柱はライン川、ドナウ川、エルベ川、オーデル川だったことが判ります。この時のマインドナウ運河は②のルードウィッヒ運河と同じルートでした。


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Ⅱ:運河の諸元
運河を縦断的に見ると、全長171km、バンベルクから分水嶺までの水位差は175m、分水嶺からケールハイムまでの水位差は68m。上り区間に11基、下り区間に5基、合計16基の閘門が設置されていました。
運河は水の階段、階段数が多いと航行時間が増えて輸送効率が低下します。バンベルクから分水嶺までの175mの水位差を克服するために11基の閘門が設置されていました。閘門数を何ケースか変えてシュミレーションした結果だと思います。


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特筆すべきは最大水位差25mのヒルポルトシュタイン閘門、この水位差を支える閘門の構造は一体どうなっているのか。残念ですが、閘門の構造図がありません。ただし、マイン・ドナウ運河の閘門の閘室は長さ190m、幅12mで統一されていました。
閘室のサイズは航行船舶の大きさで決まります。この運河の貨物運搬実績の推移をみると、コンテナ船からばら積み船にシフトしていました。
運河の水深が4.0mなので、1000tを積載できるばら積み船(長さ67m、幅10.7m、喫水3.8m)なら航行可能。このサイズなら閘室内に2隻は入れそうな感じです。
水門のゲートは水圧を支える梁材に鋼板を貼り付けた構造になっています。水位差25mの水圧に耐えるには水路幅は大きいと梁材の背丈は大きくなります。そのために閘室の幅を船舶航行に支障しない最低幅12mを選定したようです。
効率的な航行には閘門での船舶の滞留時間を可能な限り短縮する必要があります。ヒルポルツシュタイン閘門は、毎分1.7mの速度で水位上昇が可能なポンプが付いているそうです。単純計算すると、約15分で上流側の運河と水位が同じになり、閘室から脱出が可能になります。
水量は190m×12m×25m=57,000m3、ポンプ能力は57,000m3÷15分=3800m3/分という計算になります。日本の排水機場の場合、ポンプの最大排水能力は50m3/秒、1台で50m3/秒×60秒=3000m3/分。概ね1台で揚・排水処理が可能という計算になります。
簡単にいうと、マイン・ドナウ運河は大きな排水機場が16基付いた水路と考える事もできます。
ヒルポルトシュタイン閘門の脇には小さな貯水池(閘室3基分?)が設置されていました。この貯水池と閘室をパイプで繋いで貴重な水の循環使用をしているのではと推定します。


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(出典:Google)

運河頂上部下流側のバッハハウゼン閘門の写真が掲載されていました。この閘門の水位差は17m、閘門ゲートの天端が頂上部の水位、手前の運河が下段面、この高低差が17mという事になります。


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Ⅲ 運河の建設
マイン・ドナウ運河は、1960年に工事を開始し、1992年に完成しました。32年の歳月を掛けて完成していました。工区割りをすれば10年位で出来そうなプロジェクトですが、途中、何らかの支障が出たようです。

1968年に完成したハウゼン閘門(水位差12m)の建設中と完成時の写真

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運河の標準断面は地方の一般部で底面で31mの幅、水深は4m。

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ニュールンベルク付近は底面で41m。都市部では広めにしてありました。


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レグニッツ川とドナウ川に水位差は107m、この高低差を利用した水力発電も別ルートの水路があれば可能ですし、ラインとドナウの水融通も可能、両河川の水資源開発の余地がまだまだ残されているようにも思えます。

Ⅳ 運河の運営方法
すべての閘門を4つの管理所(Neuses、Kriegenbrunn、ヒルポルツスタイン、ディートフルトデル・アルトミュール川)で遠隔操作しているそうです。センターには2名(日勤)、1名(夜勤)が配属されています。 管理操作システムの改良も行っています。

Ⅴ 貯水池と水収支
峠越えの運河では貯水池は閘門式運河の必須アイテム、貯水池がないと水位調節に必要な水を供給出来ません。昔の運河は閘室の水は上流の水路から供給するしかありません。水を下流に垂れ流して捨てている状況なので水路の頂点部に大きな貯水池が必要でした。1999年、フランスのミディ運河を視察をした時、連続5段閘門を登りきると、船溜まりも兼ねた大きな湖(貯水池)に出ました。ポンプが無かった時代にはこのような貯水池が運河の生命線といってもいいでしょう。
運河の頂上より少し低い場所のロス湖がその役割を果たしていました。貯水量は200万m3。それでは、ロス湖より高い閘門にどうやって水を運び上げるか?
毎秒35m3のポンプ場が5基設置されているそうです。ポンプ場は夜間および週末に安い電力価格を使用しているとか・・・。
自動翻訳の文章がうまく繋がらないのですが、ロト湖の水を最高点まで上げて、運河の水位降下時の水流を利用して水力発電を行っているのではないかと推定します。1994年の実績では1億m3の水を閘門に供給し、270万KWhの電力を生産したようです。
水位差25mのヒルポルトシュタイン閘門には電力の3 MWの水力発電所が設置されているとか・・・。

Ⅵ 事業化検討と経済効果 
ドナウマイン運河の建設費は23億ユーロ(3000億円)、連邦政府が1/3、バイエルン州政府は2/3を負担しました。運河の年間運営費は0.15億ユーロ(20億円)、通行料収入でその20%を残りを連邦が負担。
費用対効果分析が行われていました。1970年からこの運河を巡って政治論争も起きたとか・・・
1981年、連邦政府の運輸大臣が委託したPlancoコンサルティング社が実施、年間270万トンの想定輸送量からB/Cは0.52と計算しました。一方、ミュンヘンのIfo研究所が年間輸送量を550万トンと試算して(B/C≒1.0)、事業が継続されたようです。
運河の供用年数が不明ですが、仮に100年間の供用で計算すると、総便益は23億ユーロ(3000億円)、年間0.23億ユーロ(30億)の使用料収入がある事になります。
1992年9月25日にバイエルンマックスStreiblの首相立会のもとでオープニング式典が開催されました。


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1993年以降、この運河で運搬された貨物量は年平均600万トン、年最大運搬容量は1400万トンで設計されているとの事。2015年の日本全体の輸送量は46億t(車43億トン)なのでそれほど多くの量を扱っている訳ではありません。事業評価はCO2使用量をライフサイクルアセスメントなどで計算していることでしょう。
観光舟運の記載はないので不明・・・


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Ⅶ 環境対策
建設費の20%にあたる4.6億ユーロ(600億円)が建設中の自然に対する補償対策に費やされてきました。湿地600ヘクタールの破壊を通じて魚類、鳥類、両生類や植物の生物多様性の急激な減少があったことを判ったそうです。環境アセスメントも実施されたと思いますが、予想外の環境破壊も生じたようです。運河を介して他の環境リスク、いわゆる外来種の侵入も考えられます。

このような運河プロジェクトは、急流河川で流量の年間変動が大きい日本の河川には不向きでしょう。中国、アメリカ、ロシアなど緩流河川で一定量の流量がある大河川向きのプロジェクトだと思います。
次回からこれまでの旅日記に戻します。レーゲンスブルクの街歩きは、次号で・・・



by camino0810 | 2016-12-17 19:02 | ドイツ | Comments(0)  

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