2018年3月7日(水)ドイツⅡ その76 エピローグ(10)ベルリン

⑦ベルリン:2017年5月3日(水)その3

・シュプレー河畔から引き返して、ウンターデンリンデンを東に向かって歩いた。ウンターデンリンデンは「菩提樹の下」という意味の、ベルリンを代表する大通りだ。西側は完成形だが、東側は地下鉄工事や建物の補修工事が盛んな、意外にもリノベーションの通りだった。

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・中央分離帯に黄色の地下鉄新設プロジェクトの説明看板が掲示してあった。


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・ウンターデンリンデンは、先日テロが発生したバルセロナのランブラス通りと似た構造で、幅広の中央分離帯が公園になっていた。中央分離帯が20m、両サイドの車道と歩道が25m、全幅で70mの大通り。


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(出展 Google)

・中央分離帯で地下鉄U5の建設が行われていた。沢山の説明看板が設置されていた。建設工事は、土木屋の自分には興味深いけど、一般の人には有り難いこととは言えない。銀座の中央通りで地下鉄の新線を造るのと似ている訳で、地元の人や観光客にとってははた迷惑な話しだ。情報公開やお詫びの意味もあるのか、丁寧な説明がされていた。U5地下鉄プロジェクトはブランデンブルク門からシュプレー川を渡って「赤の市庁舎」まで約2kmのトンネルを新設する巨大プロジェクトだった。シュプレー川の支川(運河)と本川を下越する計画だ。ブランデンブルク門から既設のU55でベルリン中央駅まで行けるので交通の利便性が格段に高まるということだろうと考えてみた。プロジェクトのコンセプトは『THE SIGHTSEEING EXPRESS』(観光急行)と書いてあった。


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・ウンターデンリンデン新駅は開削方式で築造する長さ152m、深さ17mの地下駅。直交する既設のU6号線が一度撤去され、上部に再建される計画だった。東京メトロの丸の内線などの駅舎は、6両編成の地下鉄車両が納まる長さが必要だ。車両長を仮に20mとすると、20m×6両+20m(両サイドの余裕長)≒140m。日本の地下鉄駅舎の長さと似たような感じだ。


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・注目すべきは、ウンターデンリンデン新駅は中間スラブを入れず大きな吹き抜け空間を造る計画になっていたことだ。2016年に歩いたライプチヒの地下鉄駅舎と似た構造ではないかと思った。実に立派な駅舎だった。大阪の御堂筋線でこのような駅舎を見たことがある。日本の地下鉄駅舎は中床版と呼ばれる中間スラブを入れて、通路を造成するとともに、外壁の厚さを低減するのが普通だ。ホーム階には構真柱というスラブを支える太い鋼製の柱が付いている。中間スラブを入れると、そこにエキナカ的なモールもできるし、利便性も高まると思うが、ドイツではデザインを優先させるというコンセプトがあるようだ。


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・土木工事に係る仕事から離れて久しいが、自分の経験から推測すると、このトンネルは泥水シールド工法で築造されているのではないかと思った。水色の鋼管は泥水シールドの送排泥管だろう。離れた場所に設置した泥水再処理プラントに掘削した土砂と泥水が混じった流体を送る管だ。日本では地下に埋設するのが普通だが、ドイツでは架空配管だった。日本はタワークレーン主義、ドイツはジブクレーン主義というように、それぞれの流儀があるのが面白い。


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・シールド機の直径は6.7mとある。この断面では車両は1本しか入らないので、トンネルは2本掘る計画だと想像する。中央分離帯は20mあるので、2本分のトンネルを収めるスペースは問題なさそうだ。シールド機の面盤と呼ばれる顔の部分の外周にローラービット、内部にはティースビットが付いていた。日本のシールド機とよく似ていた。というか、日本がドイツのシールド技術を輸入したのではないかと思った。泥水シールドはマシンの先頭で掘削した土砂と泥水を撹拌して、坑外に流体輸送する掘削工法だ。そのためトンネル内には太い送排泥管が設置される。


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・この黄色い工事看板は、U5はU55と繋がるという意味合いかもしれない。左の絵柄は日本人には違和感を感じるが、ドイツでは同性愛や同姓婚が普通に認められていることだろうと思った。


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・中央分離帯内の工事現場にはドイツ人が好む固定式ジブクレーンが設置されていた。


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・ウンターデンリンデンに南北に交わるフリードリヒ通りの下に地下鉄U6号線が走っている。この街区は建物のスカイラインへの拘りを感じる通りだった。


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・大通りにはこんな感じの風格の溢れた建物が沢山建っていた。


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・フンボルト大学は、ベルリンの壁で仕切られた旧東ドイツ側の大学、世界的にも有名な大学だそうだ。唯、西ベルリン側にも同じような大学が並立していることからも東西冷戦の影響が今でも残っている感じだ。
 
ブリタニカ国際大百科事典から

ドイツのベルリンにある大学。 1809年フリードリヒ・ウィルヘルム3世のときフンボルトによって創設されたベルリン大学が母体となっている。初代学長のフィヒテのほか,シュライエルマッハー,ヘーゲルなどのすぐれた学者たちによって著しい発展を示し,ドイツ最大の大学となったばかりでなく,世界の大学の模範ともされていた。第2次世界大戦後東ドイツの管轄下におかれ,現在の名称に改称された。法学,農学・園芸,数学・自然科学,医学,哲学,神学,経済などの学部がある。教員数約 1600名,学生数約2万 2800名 (1997) 。なお,大戦後西ベルリンには旧ベルリン大学の教授,学生を中心にベルリン自由大学が設立され,ドイツ統一後も両大学が併立している。


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・ウンターデンリンデンから少し入った大きな広場の前に格調の高い建物が建っていた。フンボルト大学の附属図書館だという。恐れ入った。


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・オペラハウスはパルテノン風のファサードで、ピンクの壁が意外にもシックリと収まっていて違和感を感じなかった。建物や橋などの構造物の色決めは難しい。ピンクは意外に行けそうだと感じた。


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・オペラハウスは大々的なリノベーションの最中だった。


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・シュロス橋(Schlossbrücke)はシュプレー川の支川運河に架かる小さな3連のアーチ橋だ。工事中だったのでほとんど注意を払わなかったが、調べると、この橋はベルリン王宮が存在していた頃からある由緒ある歴史的な建造物だった。


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・親柱は、パリのセーヌ川に架かるアレクサンダー3世橋に匹敵する豪華さだった。その理由が少し判った。Schlossはドイツ語で「お城」、brückeは「橋」。Schlossbrückeは「お城の橋」という意味になる。ドイツの地名にはハンブルクみたいにBurg(ブルク)とつく地名が多い。日本語訳としては「城」だが、軍事的な目的をもつ建物で「城砦」といった方が当たっているらしい。一方、Schloss(シュロス)は 日本語訳としては「宮殿」、「王宮」、「城館」など、軍事的機能と政治的機能を併せ持つ城だそうだ。つまり、シュロス橋は江戸期に例えると、江戸城の「大手濠」に架かる「大手門橋」みたいな由緒ある橋ということだろう。


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・17時40分、ウンターデンリンデンの東側の端にある旧博物館まで来た。


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・ベルリン大聖堂は中央に巨大ドームを持つ巨大な建物だった。4隅に小さいドームが付いていた。ドイツ語で「DOM」と記載される教会施設は「大聖堂」だが、これまで観てきたドイツの「DOM」はゴシック様式でドームは付いていなかった。建物の東西軸もないこの大聖堂は明らかに別様式、その理由は未だ不明のままだ。


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・ウンターデンリンデンの先にはテレビ塔が見えていた。デュッセルドルフのテレビ塔と形が似ていた。同じテレビ塔でも東京タワーやスカイツリーとは随分と形が違っている。国によって流儀が違うということだろう。


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ここから運河を南に歩いてホテルに戻った。
以下、次号・・・・



by camino0810 | 2018-03-07 05:58 | ドイツⅡ | Comments(0)  

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