2018年3月18日(日)ドイツⅡ その81 エピローグ(15)ワルシャワ

ワルシャワ:2017年5月5日(金)その4


・クラクフ郊外通りとの交差点から見た聖十字架通りの街並み。

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・交差点から南に延びる新世界通りには綺麗にスカイラインを揃えた3階建ての建物が連なっていた。ポーランド人も建物をパステルカラーで塗り分けるのが大好きな国民のようだ。この街路は中欧の街でしばしば見かけたパターンで、来訪する前に自分が持っていたワルシャワのイメージだった。


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・聖十字架通りを西に歩いて、ワルシャワ中央駅を目指した。地下鉄の出入り口は総ガラス張りの斬新なデザインにしてあった。薄紫の透明なガラスはメトロの「M」をイメージしているようだ。不思議なことに違和感は全く感じなかった。ワルシャワの街は伝統的な街路に新しいものを上手に取り込んでいた。


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・折角の機会なので地下の駅舎に降りてみた。地下鉄の改札はピカピカの自動改札だった。


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・聖十字架通りもスカイラインを揃えた建物が見事に並んでいた。ポーランド国旗を掲揚した建物は貨幣博物館。


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・クラクフ行きの電車の切符を買うためにワルシャワ中央駅に戻った。


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(出展 Google)

・ワルシャワのシンボル文化科学宮殿とピカピカの摩天楼群が見えてきた。


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・駅前通りも建物のスカイラインが見事に揃えられていた。地下鉄の出入り口はデザインは同じにして駅ごとにガラスの色を変えていた。

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・ワルシャワの中心部は、凹凸の激しいスカイラインの摩天楼群だった。これまでのスカイラインを整えた伝統的な街並みとは真逆の街並みが出来上がったいた。飛行機でベリリンからワルシャワまで来た時、ワルシャワ上空から見えた不思議な光景は、これだった。


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・文化科学宮殿の脇を通ってワルシャワ中央駅に向かった。


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・文化科学宮殿は風格に溢れた建物でロシア色が濃厚だった。調べると、この建物はいわくつきの建物でもあった。ワルシャワには、社会主義時代を象徴するこの建物を嫌う気分が今でも残っているようだった。

以下、Wikipedia

文化科学宮殿は、高さ237メートル、42階立て、尖塔の高さは49メートルあり、総室数は3288室。地震の少ない地域のため柔構造を取る必要がなく当時の技術で作ることが出来た。(省略)
文化科学宮殿の建設は1952年に開始され、1955年に完成した。スターリンによって、ソビエト連邦からのポーランド人民への贈り物としてワルシャワ市内に建設された。文化科学宮殿はソビエト当局によって設計され、ほぼ全工程に渡ってソビエト連邦から派遣された3500人の労働者によって建設された。(省略)
ワルシャワ市街のランドマークとして、文化科学宮殿は当初から論争の的となった。ワルシャワ市民を始めとするポーランド国民は、文化科学宮殿をソビエト支配の象徴であると考え、この建築を嫌悪した。社会主義体制崩壊の現在に至るも、このような否定的な見方は存在しており、ポーランド人の中には、政治的見解に関係なく、文化科学宮殿がワルシャワの伝統的な景観を損ねているとして批判する人々が存在する。ワルシャワ子たちは、「どこに行くんだい」「文化科学宮殿だよ。あそこに行けば宮殿を見なくて済むからね」というジョークを作ってこの摩天楼を揶揄して溜飲を下げた。


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・この建物を今でも保存する理由は何か?政治的な背景は別にして、建物自体は古典的な風格や美しさを持っており、建物自体の芸術性が高いこと、東京タワーやスカイツリー的な、ワルシャワのランドマークとして観光的な価値が高いことなどがあるためではないかと思った。この建物に東日本大震災の震災遺構のような役割を持たせたとも考えられる。ベルリンにはポツダム駅前にベルリンの壁が展示されていた。同様に、辛い社会主義時代を忘れないための特異な歴史遺産という位置づけもあるのではないかと考えてみた。一番シンプルな考え方は、この建物の除却費用が莫大だったからではないか。高さが200mを超える建物を安全かつ周囲に迷惑を掛けずに解体するのは簡単ではない。東京の赤坂の赤プリ新館の解体工事は特殊な作業室を用いたユニークな解体方法で話題にもなった。費用もそれなりで掛ったことだろう。


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・ワルシャワ中央駅が近づいてきた。お隣の高層ビルはマリオットホテル。

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・ワルシャワの新名所?摩天楼地区に来た。「景観特区」ともいえる光景だと感じた。2016年のドイツ旅行で行ったフランクフルトの新市街を超える、結構、衝撃的な光景だった。
http://camino0810.exblog.jp/26033466/

・日本では都市計画法で用途地域を決め建物の種類を縛り、容積率や建蔽率で建物高さや配置を縛っている。ポーランドでも似たような仕組みがあるのかもしれない。昨日、初めてワルシャワ中央駅を降りて、超高層マンションを見て『よくぞここまで突き抜けた。あっぱれ』と感じた。ワルシャワ市民は文化科学宮殿の保存と引き換えに敢えてこのような都市計画を選択したのではないかと考えてみた。超高層ビル群で、高さ200mを超える文化科学宮殿の価値を相対的に抑え込む目論見のようなものを感じた。ポーランドの受難の歴史は、ソ連やそれ以前のロシアの支配からの独立蜂起とその失敗の繰り返しだった。2004年にEUに加盟して、念願の自由で独立した国を取り戻すことができた。そのことを具体の形にしたのが、このピカピカの摩天楼群ではないかと感じた。


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・ワルシャワ中央駅の窓口でクラクフ行きの切符を購入した。英語で必要事項を書いたメモを窓口のオバサンに渡した。年配の方に英語は通じなかった。切符の発着の記載”OD、VON、DE:DO、NACH、À”はポーランド語、ドイツ語、フランス語の順。何故か、英語表記はなかった。


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・当日にフェイスブックにアップした記事・・・


5月5日(金)ワルシャワは曇り後晴れ、適温。
朝7時に起きて街歩きを開始した。
ターゲットは川と旧市街、最初に市街地の東にあるヴィスワ川河畔まで歩いた。川幅が500m位はある大河川だったが、観光舟運や産業舟運での利用はほとんど感じられなかった。
河畔を歩いて北側の旧市街を目指した。大通りを越えると宮殿風の建物が見えてきた。高台に旧市街の観光スポットが展開していた。観光バスが次々とやってくる。ワルシャワ観光のホットスポットと言っていいくらい建物も街路も綺麗にしていた。格式のある建物がスカイラインを揃えていた。クラクフ郊外通りという名前が付いている。ワルシャワ大学もあった。
大通りに戻って中央駅を目指した。建物のスカイラインは綺麗に揃っていた。欧州の街並みとは普通こんな感じだろう。
文化科学宮殿という高い建物はワルシャワの街のランドマークになっていた。どこからでも見えるので一見さんにはありがたい建物だ。ロシアの伝統的な建物と良く似ていた。
中央駅付近には奇抜な超高層ビル群が並んでいた。欧州の街には珍しい光景だと言えそうだ。同じような光景をウィーンでも見たことがある。2014年、市内のドナウ運河沿いを歩いている時に見かけた。周囲の伝統的な建物の中に突然違和感のある奇妙な建物が並んでいた。多分、ワルシャワもウィーンも『景観特区』のようなルールを造ったのではないかと思った。奇抜な建物も百年経てば伝統様式に変わるかもしれない。
ワルシャワ中央駅の窓口でクラクフ行きの切符を購入した。英語で必要事項を書いたメモを係りのオバサンに渡したら、彼女は3人分と勘違いして450ズウォンティ(14000円)を請求してきた。事前に相場を知っていたのでクレームを入れるとオバサンは1人の切符を再発行してくれた。
(省略)

・5時間余りのワルシャワの街歩きを終えて、11時45分発のクラクフ行きの特急電車に乗車した。

以下、次号・・・

by camino0810 | 2018-03-18 08:54 | ドイツⅡ | Comments(0)  

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