2018年3月25日(日)ドイツⅡ その86 エピローグ(20)グダンスク

⑨グダンスク:2017年5月7日(日)その1


・20時00分発ポーランド空港LO3502便はグダンスク空港に21時05分に到着した。夕暮れ時の街がオレンジの街路灯で浮かび上がっていた。写真上側がバルト海、写真真ん中の川は、市内を流れるモトワヴァ川。

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・グダンスク・ワレサ空港の空港ターミナルもピカピカでお洒落だった。クラクフ空港とそのアクセス線もピカピカ、グダンスク空港とそのアクセス線もピカピカだった。ポーランドは新規投資が盛んな国かもしれない。

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・空港からホテルのあるグダンスク本駅までは約8kmとアクセス良好。バスを利用したが、料金は3.2ズオティー(100円)、クラクフよりも更にリーズナブルだった。

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(出展 Google)

・グダンスク本駅までの乗車時間は約40分、通勤客との乗り合わせなので車内は結構込んでいた。車内で乗客の若い男性に英語で「このバスは、グダンスク本駅まで行きますか」と尋ねると、英語で「OK、車内の検札機に切符を通すのも忘れないように・・・」と返してくれた。とても親切な印象があった。

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・22時、グダンスク本駅に到着、駅前に人通りはなかった。駅のコンビニや売店が閉まっていたので、夕食用に開いていたマックでハンバーガーを購入した。

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・初めての街でホテルまで暗い道を重い荷物を背負っていくのはとても危険だ。タクシーにした。料金は、12.55ズオティー(390円)と随分とリーズナブル。マックは消費税込み13.6ズオティー(420円)、コカコーラは税込み4.9ズオティー(150円)。マックのような食料品は消費税が23%、コカコーラのような飲料は消費税8%という具合に消費税を差別化していた。頻繁に食べるものや使用するものは消費税を安く、贅沢品?は消費税を高くしてあるだろうか。ポーランドでは日付の書き順が日本と同じ西暦、月、日の順番だった。ドイツを含め欧州では、普通、日、月、西暦の順。そう言えば、ハンガリーも日本式だった。1386年、ポーランド・リトアニア連合が成立した時のポーランド女王はハンガリー出身なので、何か関係があるのかもしれない。

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当日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月6日(土)グダンスクは晴れ、少し寒い。
22時、やっとの思いでグダンスク本駅近くのホテルにチェックインできた。クラクフ発のプロペラ機の出航時刻が1時間40分遅れた。グダンスク空港はグダンスク・レフ・ワレサ空港が正式名らしい。グダンスク空港もピカピカの空港だった。本駅行きのバスにうまく乗車できた。本駅まで40分、3.2ズウォンティ(90円)とは驚きのアクセスの良さとリーズナブル過ぎる料金だ。
駅のキオスクが閉店していたので久し振りにマックの夕食にした。
グダンスクが今回の旅行の最終地点になる。明日の18時の飛行機で出発点のフランクフルトに戻る。
明日のお天気が今一つなのが残念だ。

・海外旅行のマストアイテム「地球の歩き方 チェコ ポーランド スロヴァキア(’13~’14)」にグダンスクの紹介があった。グダンスクのキャッチコピーは「バルト海沿岸の歴史ある美しい港町」。

『バルト海沿岸の港湾都市グダンスクは、ポーランドで最も美しい町のひとつ。クラクフと並び、ポーランドが世界に誇る文化・歴史・観光の一大拠点だ。
町は1000年以上の歴史を誇り、14世紀にはハンザ同盟都市として繁栄を謳歌した。旧市街は、ゴシック、ルネッサンス、バロックといった各時代の建物で埋め尽くされており、当時の繁栄振りを今に伝えている。
華やかな街並みをもつ一方、グダンスクは、激動の歴史を歩んできた町でもある。グダンスクはドイツ名ではダンツィヒといい、自由都市、ポーランド領、プロイセン領とその帰属をたびたび変えてきた。第1次大戦後には、国際連盟管理下の自由都市となったが、1939年9月1日、ドイツ軍がヴェステルプラッテに奇襲をかけ、結果的にこれが第2次世界大戦の勃発につながった。戦争中には大きな被害を受けたが、その後復興し、町はかっての美しい姿を取り戻している。』

・グダンスク市内を貫流するモトワヴァ川の河口にヴェステルプラッテがある。第2次世界大戦が、ドイツ軍のヴェステルプラッテ侵攻で始まったとは知らなかった。グダンスクは、ワルシャワとともに第2次世界大戦の戦火で街はほとんど破壊されたが、戦前の姿を再建し、見事に復興していた。朝7時20分、ホテルを出発、街歩きを開始した。街歩きに充てる時間は4~5時間程度しかないので、グダンスクの核心部を歩いてお昼にホテルに戻る作戦にした。

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(出展 Google)

・ホテルの前に奇妙なデザインの茶色の建物が建っていた。2014年8月にオープンした「欧州連帯センター」という建物だった。1980年8月、レーニン造船所の一労働者だったレフ・ワレサ(後の大統領)が労組を結成し自由を求めて、立ち上がったそうだ。1989年、ベルリンの壁が崩壊、ワレサの率いる「連帯」が政権を取り、2004年にEU加盟。この建物は現在のポーランドの原点を記念するものだと感じた。

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・生憎、日曜日のこの日は朝から冷たい雨が降った。日本の真冬並みの寒さでだった。グダンスク本駅を目指して歩いた。グダンスク本駅は赤レンガ造りの実に優美な駅舎。大きな駅ではないが、ディテールまで手抜きが感じらない歴史的、観光的価値の高い駅舎だと感じた。

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・グダンスク本駅の東南にある旧市街の観光の核心部を歩いた。グダンスク本駅に近い、教会が集中している地区から歩き始めた。聖ヨゼフ教会の門柱の表面は真新しい赤レンガでリノベーションされていた。門柱の背後の赤レンガは創建当時のものかもしれない。

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・門柱には複十字が建っていた。複十字は2本の十字架を縦に並べた形をしている。腕木が2本の十字架はスロバキアの国旗にもなっているし、ハンガリーでもこの複十字を見た。東欧では十字架といえばこの複十字になっているようだ。

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・グダンスクの観光の中心部はグダンスク本駅の東南部(写真の右側)に集中していた。

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(出展 Google)

・聖ヨゼフ教会の斜向かいにある旧市庁舎は可愛らしい赤レンガ一色の小さな建物。外面は鮮やかな赤なのでリノベーション済みかもしれない。

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・花壇の手入れも文句なしに丁寧だった。

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・旧市庁舎前の公園には天体観測をしている人物の彫像があった。JAN HEWELUSZ(1611年~1687年)はグダンスク生まれの天文学者。月の地形学の創始者だそうだ。そういえば、コペルニクスは地動説を最初に唱えたマルチな才能を持つ天才的ポーランド人。ポーランドにはショパンやキュリー夫人など学術に秀でた人が多いように思った。

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・公園の脇には巨大な屋根の「大製粉所」があった。中世、近世にラドゥニ運河の水位差を利用して水車で製粉していたそうだ。そう言えば、ハンブルクの巨大な内アルスター湖は水車を回すための貯水池だった。リューベックの大聖堂脇の大きな湖には水車小屋があった。水車は中世~近世の都市の食を支える大事な産業インフラだと気づいた。役割を終えた産業インフラを見事に観光インフラに変えていた。

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・朝の早い時間で冷たい雨が降っていたせいか、ラドゥニ運河周りは静かで落ち着きがあった。路面と運河水面の高低差は3m弱、転落防止策が設置されていた。赤レンガの眼鏡橋は、レンガの色が新鮮なのでリノベーションが終わったばかりのようだ。重要な歴史的建造物の補修は観光インフラとしての価値を維持する上でも欠かせない。これまでの欧州旅行で補修中の大聖堂などの歴史的建造物をよく見掛けた。グダンスク市当局はしっかり予算を付けているようだ。

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・赤レンガの眼鏡橋からラドゥニ運河下流側を眺め。高欄には南京錠・・・有名な観光地によく見られる光景だ。中の島の奥に「大製粉所」がある。


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「大製粉所」と聖カタルツィナ教会・・・

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・旧市庁舎前の公園は、現代的なオブジェと中世からの歴史的建造物を見事に調和させていた。グダンスクには優れた「アーキテクト」がいるようだ。

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・大通りを歩いて、ドゥーギ広場を目指した。建設中の大きな施設が見えてきた。水平な腕木を持つジブクレーンが沢山建っていた。ポーランド人はジブクレーン派、ドイツ人と同じ。新規投資もしっかり行われている様子が伺えた。

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・グダンスク観光のホットスポットまで来た。入口の「高い門」は1588年に完成した、風格のある石造り風に仕上げた門。グダンスク旧市街の表玄関で、当初は跳ね橋だったそうだ。3つのエンブレムはポーランド、ドイツ騎士団、グダンスク市のエンブレムだとか。赤レンガのリューベック、ブレーメンと似ていた。この3つの都市はハンザ同盟の都市、貿易で繁栄してきた港湾都市だ。


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・その背後に控えるのが背の高い「囚人塔」、元々は街の防衛施設だったとか。外敵をいち早く発見する監視塔だったのだろう。

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・囚人塔の後に「黄金の門」が続いた。1614年完成したオランダ・ルネサンス様式だそうだ。

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・「黄金の門」からドゥーガ通りが見えた。

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・「高い門」などはある意味「前座」。ドゥーガ通り、ドゥーギ広場は「真打ち」、グダンスク観光の核心部だと感じた。生憎のお天気だったが、中世、近世の気分を感じさせる素晴らしい街並みだった。絵葉書のような美しい街並みが続いた。ドゥーガ通りは幅が20mの石畳の通り、車の通行はなかった。スカイラインを揃えた建物の向こうに背の高い市庁舎が見えていた。

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・グダンスク市庁舎は、高さは82m、1379年着工、1561年に完成、建設工期は182年。グダンスクの最盛期の建造物かもしれない。そういえば、クラクフの中央広場に建つ聖マリア教会も同じ82mだった。

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・市庁舎のファサードは小振りだが、精巧な彫刻で飾られていた。エンブレムは、王冠の下に十字架が2つ並んでいた。「複十字」とは2つの十字架の合成体かもしれない。

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・ドゥーギ広場は、幅40mで長さが200mの石畳の広場。5階建てのパステルカラー建物群が綺麗に屋根と壁面を揃えていた。正面の門の向こうにお目当てのモトワヴァ運河があった。


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・門を潜り抜けて、モトワヴァ運河を歩いた。

当日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月7日(日)グダンスクは雨後曇り、寒い。
朝7時過ぎ、グダンスク本駅を手始めに街歩きを開始した。
この街の観光ホットスポットは本駅の東南に固まっていた。教会や市庁舎などメーンはすべて赤レンガで仕上げてある。
グダンスクは千年の歴史を持つ風格に溢れた街だった。大小様々な教会はそれぞれに素晴らしいがどちらかというと前菜かアラカルト、観光のメーンディシュは市庁舎のあるドゥーギ広場だろう。「黄金の門」を潜ると素晴らしい街並みが姿を現す。一番人気の市庁舎前でツアー客が写真を撮りまくっていた。
反対側の門を抜けるとモトワヴァバ運河が現れる。この運河河畔の景観にも驚かされた。建物と運河の間に広いところで20mくらいのスペースがある。カフェなどが並んでいて、建物は運河に向いている。観光舟運も盛んなようだった。
(省略)

以下、次号・・・


by camino0810 | 2018-03-25 10:38 | ドイツⅡ | Comments(0)  

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