2018年3月29日(木)ドイツⅡ その88 エピローグ(22)グダンスク

⑨グダンスク:2017年5月7日(日)その3


・ドゥーギ広場の「緑の門」を出ると、モトワヴァ運河だった。ジェロニー橋から運河が一望できた。グダンスクの伝統的な赤を基調とした建物が運河左岸にずらりと並んでいた。生憎の曇り空だったが、文句なしの素晴らしい水辺が拡がっていた。今回の旅行先にグダンスクを選んで正解だったなと思った。それくらい、モトワヴァ運河沿いの約800mの水辺は、価値が高かった。

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・最初にモトワヴァ運河を渡って中の島の再開発地区をぐるりと歩いた。

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(出展 Google)

・モトワヴァ運河の右岸はボードウォークになっていた。モトワヴァ運河の流路幅は約50m。

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・観覧車がある中の島は、再開発地区。既設の建物の地下室を撤去した直後だった。土留め用の切梁は円形の鋼管。日本では見たことのない光景というか、あり得ない光景だった。国より流儀が違うのはある意味刺激的でもある。モトワヴァ運河左岸は第2次大戦で消失した昔の街並みを忠実に復元したようだが、右岸側は再開発地区で老朽化した施設を壊して新しいものに造り変えていた。

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・完成予想図には運河沿いの賑わいの様子が描かれていた。運河沿いの白を基調とした建物群はマンションだそうだ。

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・新しい建物もモトワヴァ運河の風景と調和したデザインだった。三角屋根の建物のスカイラインも綺麗に揃える計画だ。

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・左岸側の背の高い黒い建物は、かつて港湾都市として繁栄したグダンスク名物の「木造クレーン」。跳ねだした頂部にウィンチでも取り付けて、接岸した船の荷揚げ、荷卸しをしていたようだ。産業インフラとしての役割を終え、現在は観光インフラとして活躍していることになる。

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・中の島の白い壁は海洋博物館。

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・再開発地区の古い赤レンガの建物の壁にはアーチ支保工が設置していた。この壁を再利用するようだ。欧州の「つぎはぎ流」、「使いまわし」の思想を感じさせる光景だ。空き家問題が顕在化した日本でも同様なリノベーションが盛んになってきた感じだ。

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・東側の運河沿いは、マリーナになっていた。建物群はマンションだそうだ。マリーナには、沢山のヨットが停泊していた。

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・モトワヴァ運河では警戒船らしき船が旋回中だった。観光舟運も盛んな感じだった。下段の遊歩道と水面の高低差は2m弱、上段で3m弱、転落防止柵が全線に設置されていた。

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・モトワヴァ運河の左岸河畔は、運河ウォーキングのハイライト。運河沿いのプロムナードの幅は、上段、下段合わせて20m。デュッセルドルフのライン河畔の遊歩道ほど広くはないが、プロムナードの幅が15~20mあると快適に歩くことができる。

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・海賊船を思わせる黒塗りの帆船は水上レストランだろうか。この船は、ある意味常設の観光施設であり、同様の水上レストランは2014年に訪問したプラハのブルタヴァ河畔でも見かけた。

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・黒い顔をした「木造クレーン」があるプロムナードには常設のカフェがあった。

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・運河沿いの建物群は、伝統的な形式で、壁面と屋根のスカイラインを見事に揃えていた。しかも、建物は運河にしっかりと向いていた。通常、建物と川の間に車道があれば、建物は必然的に川を向く。しかし、この運河には車道はない。グダンスクは中世からハンザ同盟都市であったため、産業舟運が盛んだった。運河はある意味当時の「道路」、建物が運河を向くのは必定。第2次大戦で破壊された当時の街並みをグダンスク市民の努力で忠実に再現し、現在まで維持してきたと考えてみた。
・現在は、産業舟運はバルト海に直接面した水深のあるグディニア港という外港に譲り、モトワヴァ運河を観光舟運や水上レジャーの観光インフラとして復活させた感じだ。衰退したインフラや使われなくなったインフラを巧みに造り変えた成功事例だと考えてみた。

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・写真左の青い建物は全世界に展開するヒルトンホテル。ヒルトンも周りの建物と屋根を揃えていた。この一帯はピカピカでお洒落なデザインの建物にリノベーションした感じだ。ヒルトン前の河畔遊歩道からの運河の眺めも文句なしに素晴しかった。2015年に歩いたリーズの駅裏の運河再開発でもヒルトンがあった。ヒルトンが立地しているという事実は、この場所が採算性の見込める価値の高い水辺だからだと考えてみた。

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・赤レンガの大きな建物はショパンフィルハーモニー。老朽化した発電所をリノベーションしたという。屋根に沢山の窓をつけるやり方は先に見た「大製粉所」に見られるグダンスク流の流儀かもしれない。

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・Uターンして聖マリア教会に向かった。お天気が良ければ、この辺りのカフェでビールを一杯呑んだことだろう。

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当日にフェイスブックにアップした記事(グダンスクではモバイルが電波を拾えなかったのでフランクフルトのホテルでアップした)

5月7日(日)グダンスクは雨後曇り、寒い。
朝7時過ぎ、グダンスク本駅を手始めに街歩きを開始した。
この街の観光ホットスポットは本駅の東南に固まっていた。教会や市庁舎などメーンはすべて赤レンガで仕上げてある。
グダンスクは千年の歴史を持つ風格に溢れた街だった。大小様々な教会はそれぞれに素晴らしいがどちらかというと前菜かアラカルト、観光のメーンディシュは市庁舎のあるドゥーギ広場だろう。「黄金の門」を潜ると素晴らしい街並みが姿を現す。一番人気の市庁舎前でツアー客が写真を撮りまくっていた。
反対側の門を抜けるとモトワヴァバ運河が現れる。この運河河畔の景観にも驚かされた。建物と運河の間に広いところで20mくらいのスペースがある。カフェなどが並んでいて、建物は運河に向いている。観光舟運も盛んなようだった。
ヒルトンホテルが河畔のいい場所に立地していた。5つ星の超高級ホテルはこじんまりとした造りだった。建物のスカイラインに配慮したようだ。グダンスク空港の1階待合ロビーに「グダンスク・ヒルトン」が大々的に宣伝されていた。この河畔が5つ星ということだろうか。
(省略)

・モトワヴァ運河河畔から聖マリア教会を目指して旧市街に入った。旧市街の街並みは、赤い三角屋根の建物が道路沿いに綺麗にずらりと並んでいて、内部は中庭になっていた。この街区パターンは欧州の各地でよく見掛けた。その中で聖マリア教会は圧倒的な大きさを誇っていて、旧市街の中心的な存在のようだった。

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(出展 Google)

・「木造クレーン」の裏側の街路は、地味目なパステルカラーの建物が並んでいた。多分、集合住宅だろう。道路を駐車場にしてあった。

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・所々、運河沿いの建物に通行門が設置されていて、運河と市街地を連絡していた。

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・この通りの建物は入口に階段が付いていた。奥に聖マリア教会の尖塔が見えていた。

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・聖マリア教会は修復工事中。欧州の旧市街は何処へ行っても歴史的な建造物は何処か補修中だった。

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・聖マリア教会は赤レンガの大きな教会だった。1343年~1502年の約160年を掛けて建造されたそうだ。1361年、グダンスクはハンザ同盟都市になった。この教会はグダンスクの発展期に建造されていた。ケルン大聖堂の600年を筆頭に日本人から見て異常に長い建設工期の理由は一体どういう事か?
建設工事には①図面②材料③職人④お金⑤土地⑦合意形成などが必要だ。バルセロナのサクラダファミリア教会はすでに130年以上の時間を掛けて今でも建設途中だ。宗教施設の場合は、材料や仕上げレベルの高さが効いてくるのかもしれない。聖マリア教会の場合は、ハイレベルな仕上げをするための建設資金がまとまって調達できなかったためかもしれない。商人などの寄付で一定額の建設資金が調達できた段階で部分的に工事を行なう。その繰り返しで160年という時間が必要だったのではないかと推測する。
・もう一つは「継ぎ足しの思想」もあったのではないかと思った。最初は小さい教会だったが、経済力の増加に伴い設計変更を重ねて段々と大きくなったのではないか。小さい教会に外から被せるように柱や屋根を重ねて行ったのではないか。フランスのツールの大聖堂やドイツのシュットガルトの教会がそんな感じだった。とにかく、この教会は完成後500年間に亘りグダンスクの変遷を観てきたコアな建物だ。大阪人にとっての大阪城、名古屋人にとっての名古屋城みたいなものだろう。ファサードの高さは78m、市庁舎の82mと並んでランドマークの機能は今でも十分。


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・ハンザ同盟都市のブレーメン、リューベックにはカトリックの大聖堂があった。同じハンザ同盟都市グダンスクには大聖堂は見当たらなかった。カトリックでは、教区の司教座があるのが大聖堂だと聞いている。グダンスクには司教が居なかったようだ。それでも、聖マリア教会は大聖堂と同等の骨格を持っていた。上空から見ると十字架の形、ファサードは西向き、教会の長手軸が東西方向に向くなど大聖堂の基本ルールが感じられた。

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(出展 Google)

・聖マリア教会脇の街路には、「大武器庫」という呼ばれる歴史的な建造物もあった。1605年に建てられた豪華で精巧な彫刻のある建物だった。

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・ラドゥニ運河脇の建物にグダンスクの昔の絵図面が掲示されていた。絵図左に聖マリア教会、市庁舎が描かれていた。市庁舎が1561年完成なので、この絵図は16世紀後半~17世紀の黄金期のグダンスクだろうか。稲妻型運河の角は要塞になっていた。右手の大きな建物2棟は現在では確認できなかった。第2次大戦の戦災で焼失したままなのかもしれない。手前の稲妻型の土塁と運河は旧市街の防衛インフラ、現在は道路や鉄道に変わっていた。

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・絵図右端の門と橋が旧市街の入り口「高い門」かもしれない。絵図上のバルト海には沢山の帆船が浮かんでいてグダンスクの繁栄振りが伺えた。

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・旧市街の南側の稲妻型運河に帆船が浮かんでいた。運河は防衛インフラと産業インフラを兼ねていたようだ。田園地区には風車が4基描かれていた。グダンスクは現在でも地盤が低い場所だ。排水用兼製粉用の風車ではないかと思った。

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・ホテルの近くの歩道に奇妙な壁が展示されていた。ベルリンのポツダム駅広場でベルリンの壁が展示されていたことを想い出した。もしかして、その壁の一部をグダンスクに運んできたのかもしれない。1989年のベルリン壁の崩壊を受けて、1990年「連帯」指導者だったレフ・ワレサがポーランド大統領ポーランドに就任した。レフ・ワレサはグダンスクの造船所の労働者だったそうだ。

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・ホテルの窓から見えた「欧州連帯センター」と記念塔まで戻ってきた。よくよく考えると世界史に記載されるくらい大きな事件のあった場所にいるわけだが、歩いている時はそのような感慨など感じなかった。

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・12時、ホテルをチェックアウト。受付の女性は親切で英語も達者だった。空港への行き方と両替所の場所を丁寧に教えてもらった。本駅の前にあるピカピカのショッピングセンターは、グダンスクの赤レンガをコンセプトにしたデザインかもしれない。

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・ショッピングセンターはクラクフと似てお洒落なデザインだった。

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・駅前の新市街地区には高層ビルやメルキュールホテルが建っていた。建築中のビルなど新規投資もあり、元気さを感じた。

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・朝7時から13時までたかだか6時間の街歩きだったが、グダンスクに来て良かったなと思った。バスで空港に向かい、旅の出発点であるフランクフルトに戻った。グダンスク本駅前の210線バス乗り場で空港行きバスに乗車した。料金は3.2ズォティー(100円)。

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・郊外にはピカピカの高層マンションが建っていた。

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・ドイツでは日本車はあまり見掛けなかったが、ポーランドには日本車が結構走っていた。右ハンドルのトヨタのヴィッツも走っていた。

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・ピカピカの空港アクセス線が完成していた。駅舎の色は大胆な赤で仕上げていた。

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・グダンスク郊外にはドイツのクラインガルテンみたいな家庭菜園もあった。

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・バスは3箇所のラウンドアバウトを通過した。ポーランドでもラウンドアバウトが普及しているようだった。

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・「グダンスク・レフ・ワレサ空港」もピカピカだった。

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・空港鉄道駅もできたばかり。空港アクセス線は高架だった。新規鉄道や道路は地下化するのが欧州流だと思っていたので意外な思いがした。地下化するのはお金掛かるし、ここは土地もタップリあるので高架を選んだようだ。

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・空港のチェックインカウンターもピカピカだった。グダンスク発18時00分のワルシャワ行き3816便の航空券を予約していた。ワルシャワでフランクフルト行きの飛行機に乗り換えた。

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・ヒルトン・グダンスクの大きな垂れ幕が掲げられていた。例の顔の黒い「木造クレーン」や造船所の「鋼製クレーン」やヨットも描かれていた。モトワヴァ運河ウォーキングでこのホテル前も歩いたが、ホテルも周りの水辺も文句なしに素晴らしかった。

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・今回の旅行ではルータを2種類持参した。モバイルもスマホもこのルータ、ISP経由でネットに入っていた。グダンスクの通信事情は、ルータの能力不足なのかスマホには電波を届けたが、モバイルにはできない状況だった。ホテルや空港などの無料Wifiを利用したこともあるが、自分の現在位置にいつも無料Wifiがある訳ではないので、持参のルーターは大事なマストアイテムだった。チェックインカウンターの隅のファストフードで昼食を摂りながら時間を潰した。

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この時は、仕方ないのでスマホでフェイスブックに記事をアップした。

5月7日(日)グダンスクは雨のち曇りのち晴れ。
午前中にグダンスクの観光ホットスポットを見終えた。
グダンスク空港の搭乗ロビーでこの記事を書いている。
ルータの能力不足なのかスマホには電波を届けるが、モバイルにはできない。写真はスマホを使わないので、ネタが空状態だ。
搭乗ロビーでポーランド航空18時00分発ワルシャワ行き3816便を待っている。ワルシャワでトランジットしてフランクフルトに22時10分に到着する。
ようやく旅も最終ステージに入った。明日、フランクフルトから羽田に戻る。今回は何故か睡眠不足で活動力が低下した気がする。年齢を考慮した旅程を検討する時期かもしれない。


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・ポーランド航空18時00分発ワルシャワ行き3816便は定刻に出航、ワルシャワ空港に19時10分に到着する。ポーランド航空機はプロペラ機だった。

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・ワルシャワでトランジットして22時10分にフランクフルトに到着する予定。今回の旅行もいよいよ最終ステージに近づいてきた。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2018-03-29 06:16 | ドイツⅡ | Comments(0)  

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