2018年4月27日(金)イタリア その18 ボローニャ(4)

16時20分、リッツォーリ大通りのゴージャスなポルティコ(柱廊)を「ボローニャの斜塔」に向けて歩きました。

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歩廊は大理石の破片をモザイク状に張り合わせていました。

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「ボローニャの斜塔」はすぐでした。「Piazza Di Porta Ravegnana」という広場に2本の塔が建っていました。大きい塔は高さ97mで、小さい塔は48m、12世紀の建築だそうです。皇帝派の貴族がその権勢を誇示するために建てたとか。大きい塔は旧市街で最も高い建物だと思います。大きい塔の傾斜はよく判りませんが、小さい塔の傾斜は相当進行しているので心配です。

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小さい斜塔の傾斜はデジカメのレンズが広角なのでデフォルメされてはいますが、眼で見て明らかなくらい傾斜していました。ボローニャは、扇状地の上に立地した街のように思います。12世紀の技術で固い岩盤まで杭を打ち込むのは困難でしょう。岩盤まで届いていない杭だと思います。地下水の汲み上げで杭を支える地盤が圧縮沈下し、それに応じて杭の不同沈下が発生しているのかもしれません。

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斜塔からサント・ステファノ教会を往復して、サンボーニ通りをボローニャ大学に向けて歩きました。

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(出展 Google)

斜塔に隣接した「Palazzo della Mercanzia」という小さい広場には中世を感じさせる赤の建物が建っていました。

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この広場にはオブジェ風の石をベンチ替わりに並べていました。通りの向こうにマッジョーレ広場のエンツォ王宮の塔が覗いていました。

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サント・ステファノ通りのポルティコ(柱廊)は赤一色、天井は大聖堂の天井でよく見るクロス梁構造。

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サント・ステファノ教会が近づいてきました。

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広場の前のカフェで一休みしました。ボローニャもミラノと同様、街中にコンビニや自販機を見掛けませんでした。このようなカフェやキヨスクで飲み物や食べ物を調達するしかありませんでした。何処に行ってもコンビニがある日本はある意味生活しやすい恵まれた国だと思います。

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本場のエスプレッソは美味しかったです。1ユーロ(130円)でテーブル付きの席で休めるのは有難いことです。

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お勘定の時にカフェのスタッフに記念写真を撮ってもらいました。

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サント・ステファノ教会は素朴な赤レンガの教会でした。

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教会の中も質素、清潔な気分がありました。

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夕方が近づいてきたので、オープンテラスも大分客で埋まっていました。

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再び、斜塔のある広場に戻って、青い尖塔のバルトロメオ教会(Chiesa dei Santi Bartolomeo e Gaetano)に入ってみました。


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教会の内部には厳粛な気分がありました。

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豪勢な調度品や装飾品に驚かされました。外見のシンプルさからは想像もできません。

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ドーム天井の壁画の恐るべき精巧さ、鮮やかさにも驚かされました。

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天井画・・・

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再び、斜塔に戻ってきました。よく見ると斜塔は赤レンガ造りの少しばかり不愛想な建造物、明り取りの小窓が沢山付いているだけのシンプルなデザインでした。貴族による高さの競い合いが目的なので余計なものは排除したということでしょうか。


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低い塔の、写真右側の基礎の沈み込みが、はっきり分かります。


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塔に補強対策のハチマキが巻いてありました。イタリアには地震があるので、市当局も気をもんでいることでしょう。

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そういえば、ドイツのリューベックにあるリューベック大聖堂の尖塔も目視で確認できるくらい傾いていました。高さ100mを超える高い塔の片方が傾斜していて、2つの塔を鉄骨で繋いでいました。多分、杭の不同沈下ではないかと思います。

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(リューベック大聖堂の尖塔)

イタリア語版のWikipediaには恐るべき絵が掲載されていました。11世紀のボローニャは塔まみれの奇観の街でした。12~13世紀、ボローニャの黄金時代には200本の塔が建っていて、フィレンツェ出身でボローニャ大学の学生だったダンテ(1265~1321年)も驚いたとか。貴族が自分の権力を誇示する目的で塔の高さを競ったそうです。

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(出展 Wikipedia)

市庁舎の展示室に当時のボローニャのジオラマが展示されていました。旧市街の城壁の中に夥しい塔が林立していました。ニューヨークの摩天楼を超える数の塔がありそうな感じです。


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(出展 Google)

そういえば、2017年のドイツ旅行で訪れたリューベックは塔の街でした。ハンザ同盟の商人がその権勢を示すために沢山の教会を建てたのではないかと想像しています。

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サンボーニ通りを歩いて、移転したボローニャ大学を目指しました。

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サン・ジャコモ・マッジョーレ教会のファサードは薄い赤レンガを積み重ねて出来ていました。

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サンボーニ通り脇の小さな広場・・・

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サンボーニ通り沿いの美術館に入ってみました。建物の裏手がボローニャ大学でした。

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ボローニャ大学のキャンパスは正直判りにくかったです。日本の大学はそれとわかる正門や広場があり、大聖堂のファサードに相当する玄関的な役割の講堂があります。ここでは、そのような建物を探すことができませんでした。
今回のイタリア旅行の目的地にボローニャを選定したのは世界最古のボローニャ大学を観るためでした。多分、この赤レンガの建物がEU旗とイタリア国旗を掲げていることからも大学本部だと思いますが、意外にも地味で、少々、気抜けしました。

 
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ボローニャ大学は、学生数8万の大きな大学。沢山の学生がいてもおかしくはないはずですが、学生らしき人を見つけることができません。正式名称は「Alma mater studiorum - Università di Bologna」、「Alma Mater Studiorum」はラテン語で「母なる大学」を意味するとか。
ボローニャ大学のホームページをみて納得できました。キャンパスはボローニャの近く都市(リミニ、チェゼーナ、フォルリ、ラヴェンナ)に分散していました。ボローニャ大学は、各分野における大学ランキングを掲載してあり、ランキングを気にしている感じがしました。


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以下、Wikipedia(日本語版)・・・

ボローニャ大学(イタリア語:Alma mater studiorum - Università di Bologna、略号:UNIBO)は、イタリアのボローニャに所在する大学である。
ヨーロッパ最古の総合大学(cf. 世界最古の一覧#学問所)であり、サラマンカ大学、パリ大学、トゥールーズ大学、モンペリエ大学、オックスブリッジと共に12〜13世紀までに設立されたヨーロッパ最古の中世大学群にあたる。現在、規模においてはイタリア国内第2位の大学でもある。世界の(近代型)大学の原点とされ、「母なる大学」(Alma Mater Studiorum) とも雅称される。
正確な創立年は定かでないが、すでに11世紀には法学校として教育活動が行われていたと伝えられる。1888年、ジョズエ・カルドゥッチらが立ち上げた委員会の調査によって1088年が創立年であるとされ、創立800周年が祝われた。イルネリウスが創立者であるとみなされており、アルキジンナジオ館が初の大學棟であった。
創立以来9世紀を超える歴史のうちには、ペトラルカやダンテ・アリギエーリ、ガリレオ・ガリレイ、コペルニクスなどといったそうそうたる著名な才人が過去の在籍者に名を連ねる。教鞭を採った者では、ジョヴァンニ・カッシーニとウンベルト・エーコが有名である。13世紀にはローマ教皇庁からストゥディウム・ゲネラーレ(中世大学)の認定を受けた。

1350年代の講義風景は、基本的に現在と似ていました。教授が、貴族や富裕層の子息からなる学生に講義している絵柄です。この時代、教授は学生側に雇用された身分だそうで、現在とは逆の関係だったようです。アルキジンナージオ宮の回廊に描かれた夥しい紋章は教授、生徒の紋章でした。

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(出展 Wikipedia)


大学の建物の脇に珍しい木を見つけました。幹から直に紫の花が咲いていました。


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ボローニャのリングの門までやってきました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2018-07-25 10:48 | イタリア | Comments(0)  

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