2018年4月28日(土)イタリア その24 フィレンツェ(5)

15時30分、街歩きを始めて2時間が経過しました。フィレンチェのリング(城壁)の最南端にあるローマ門まで来ました。凹凸の城壁の高さは概ね8m。

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3Dの地図の緑の破線がフィレンチェのリング(城壁)。この城壁は、ローマ門から断続的に東側のミケランジェロ広場まで延々と続いていました。中世の北部、中部イタリアは都市国家の集合体、都市国家間の食うか食われるかの熾烈な戦いもあったようで、このような城壁は自国を防衛するマストアイテムだったようです。日本の戦国時代、室町政権の弱体化に伴う秩序崩壊がありました。中世のイタリアにも似たような皇帝政権や教皇政権の弱体化があったのかもしれません。

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(出展 Google)

宿泊したホテルのロビーに飾られていたフィレンチェの鳥瞰図(年代不詳:FIOREZA(フィオレンツァ)は中世におけるフィレンツェの名称、15世紀頃か?)を見ると、現在のフィレンツェ定番のドゥオーモ、ヴェッキオ宮、ピッティ宮などが描かれていて、現在の町割りと当時の町割りは概ね似ていました。リング(城壁)は、丘陵地では保存されていましたが、市街地は道路に変わり、城門のみが残されていました。これまで観てきたミラノ、ボローニャと同じでした。

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ローマ門は、1326年に城壁を拡張した時に建築されたそうです。庇付きのシンプルな造りの城門で明り取りも兼ねた小さな開口(銃眼?)が沢山付いていました。壁はレンガではなく自然石でした。名前は、ローマへ至る道の始点だったことに由来するとか。ダン・ブラウンの小説「インフェルノ」の舞台になったそうです。

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城壁は砂岩、粘板岩などの堆積岩でピッティ宮の壁石と同じでした。ミラノは「さざれ石」(集塊岩)の街でしたが、フィレンチェは砂岩・粘板岩が近くに産出するようです。

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ボーボリ庭園のお隣の公園・・・フィレンチェ旧市街の、植樹のない狭い路地ばかりを歩いてきたので、広々とした緑たっぷりの公園もいいものだと感じました。

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10ユーロ(1300円)を払ってボーボリ庭園に入場しました。2013年に世界遺産に登録されたメディチ家由来の庭園でした。アルノ川の左岸に拡がる丘陵地を丸ごと庭園にした公園で、やたらと広くて歩きでのある公園でした。

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途中の「島の噴水広場」・・・中の島を庭園にしていました。

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高木に囲まれた傾斜のきつい中央通路を延々と登って行きました。

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登り切った頂上から振り返った中央通路・・・恐ろしく急な砂利道で、路面排水に工夫を感じました。両脇には糸杉がありました。

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丘の上の広場からピッティ宮の裏手や旧市街の赤屋根が良く見えました。

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「ネプチューンの噴水広場」

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この庭園の頂上にある陶磁器博物館に入ってみました。

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ナポレオン1世の肖像画・・・ミラノのブレラ絵画館の中庭にも彼の彫像がありました。ナポレオン1世は、19世紀初頭イタリアの都市国家を解放した英雄として評価が高かったようです。

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庭園から観たフィレンツェ郊外の眺めは気持ちが良かったです。イタリアの郊外の丘陵地の田園風景とはこんな感じなのかと思いました。

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豊かな緑の中に住宅が立地していて、イタリア人の生活の豊かさを感じました。糸杉やオリーブ畑も広がっていました。写真右手はリングの城壁と城門。

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フィレンチェの松と糸杉。松は幹の下の枝をすべて刈って、プードルみたいに刈りこむのがイタリア流。ローマでもよく見掛けました。

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フィレンツェ南側旧市街の防衛の要だった「ヴェルヴェデーレ要塞」は休館中、上空から見ると変則的な五角形。

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高台の頂点から坂道を下って、ミケランジェロ広場を目指しました。道路脇にオリーブが植えられていました。

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急な下りの坂道を歩いて行きました。写真左側の壁を最初は擁壁と勘違いしていました。

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実は、この辺の擁壁は「フィレンチェの壁」と呼ばれる城壁でした。ミケランジェロ広場から確認できました。

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坂を下り切ったところにあるサン・ミニアート門はなんとも不愛想な城門でした。

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サン・ミニアート門からはきつい坂道の登り、疲れも出てきました。

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ミケランジェロ広場の専用登り口、延々と続く階段を懸命に登って行きました。

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16時40分、ミケランジェロ広場の展望台に到着しました。この広場はアルノ川左岸の小高い丘陵地にあって、右岸に拡がるフィレンチェ旧市街が綺麗に見えました。


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展望台から丘の上に建つ「ヴェルヴェデーレ要塞」から延々と続く城壁「フィレンチェの壁」がよく見えました。

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ミケランジェロ広場は文句のつけようがない優れた視点場でした。フィレンツェの旧市街が一望できました。


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ドゥオーモ・・・

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ヴェッキオ宮・・・

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アルノ川とヴェッキオ橋・・・

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折角の機会なので観光客の方にスナップ写真をお願いしました。

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この日は結構暑くて喉が乾きました。展望レストランで飲んだ冷えたコーラ(2.5ユーロ:330円)が喉にしみわたりました。一休みしてミケランジェロ広場からホテルに戻りました。
サン・ニッコロ門とアルノ川・・・
ン・ニッコロ門
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つづら折りの道路の擁壁は、アーチ型の開口を持った不思議な気分を持った壁でした。石積み擁壁に特殊な岩を貼り付けていました。

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サン・ニッコロ門とつづら折り道路。ミケランジェロ広場はこの丘の上にありました。

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アルノ川の左岸に出ました。川は写真右から左に流れています。直上流に取水用と思われる「斜め堰」があって、砂浜のような河川敷が拡がっていました。

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アルノ川の右岸全景。下流に向けて歩いて行きました。

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川は写真右から左へ流れています。アルノ川は、日本式の複式断面ではなくシンプルな単断面の掘り込み型河川。両岸とも直立護岸で河川幅は約100~150m、護岸高さは約6~8m。隅田川と同程度の都市内河川でした。

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河川敷の砂浜で沢山の人が日光浴をしていました。そういえば、日本の河川でこのような光景を見掛けたことはありません。


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2016年のドイツ旅行でミュンヘン中心市街地のイーザル川でも同じような光景を観ました。

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(ミュンヘンのイーザル河畔:2016年5月7日撮影)

グラツィエ橋は5連のアーチのRC製の大きな道路橋でした。アーチのライズが小さい橋なのでリニューワルした橋かもしれません。

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橋から見た上流側・・・

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川幅のある区間は河畔に豊かな植生がありました。ピンクの建物の向こう側の丘の上がミケランジェロ広場。

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下流側、ヴェッキオ橋が見えていました。

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フィレンツェはカヌー競技が盛んでした。

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再び、ヴェッキオ宮。

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旧市街の路地裏

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イタリアに来て初めて日本語表記の宣伝を観ました。

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18時、ドゥオーモのクーポラの近くのホテルに戻りました。4時間半の街歩きが終了しました。

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20時前、夕食を摂るために街に出ました。欧州にあって比較的低緯度のイタリアでは20時あたりから夕暮れが始まりました。ドゥオーモのファサード前の広場は相変わらず多くの観光客で賑わっていました。

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洗礼堂

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あちこちお店を探した結果、夕食は駅前の中華にしました。イタリアに入って3日目、早くもコメの飯が恋しくなりました。

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チャーハンは5ユーロ、席料の1.5ユーロが加算されて、締めて6.5ユーロ(850円)、美味しかったです。

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20時30分の旧市街、陽がすっかり落ちました。

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21時30分、ホテルの部屋から眺めたライトアップされたクーポラ。疲れて外出する気力は残っていませんでした。

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初日のフィレンチェの街歩きはお天気に恵まれて幸運でした。フェイスブックにこの日の出来事をアップしました。

4月28日(土)フィレンチェは晴れ、暑い。
電車は定刻11時07分にフィレンチェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅に着きました。
ホテルに12時にチェックイン。予約したホテルは路地にあり、ドゥオーモから歩いて2分という便利な立地でした。
13時30分から街歩きを始めました。ドゥオーモの巨大なドームは、総大理石張りの恐ろしく豪勢な建物でした。西側のファサードも総大理石で装飾も実に精緻にできていました。この大聖堂もこれまで見てきたゴシックの大聖堂と形が違っていました。土曜で好天のせいか、入場待ちの観光客も含め、半端ない人の多さでした。お金持ちの中国人の観光団はここにもしっかりご活躍でした。この数年、欧州の観光名所で日本人に会ったことはありません。
ヴェッキオ宮の広場も大賑わいでした。ウフィッティ美術館はスルー。アルノ川のヴェッキオ橋を渡りました。左岸にあるビッティ宮、ローマ門からボーボリ庭園、丘の道のアップダウンを経て、高台のミケランジェロ広場に行きました。この広場は、アルノ川左岸の高標高点にあるので、フィレンチェの街が一望できました。帰り道、アルノ側川左岸の河畔で日光浴の人たちに出会いました。アルノ川は川幅が150m程度の川ですが、河畔の植生も豊かで優れた水辺だと感じました。
アルノ川左岸の丘陵に高さが10m程度の城壁が続いていました。フィレンチェもミラノ、ボローニャと同様、城壁に囲まれた都市国家だったように思いました。
18時のホテルに戻りました。疲れたけど、お天気に恵まれて幸運でした。
明日は電車でローマに向かいます。

翌日はお昼過ぎの電車でローマに向かいました。午前中は歩き残したフィレンチェの旧市街を歩きました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2018-08-19 10:33 | イタリア | Comments(0)  

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