2018年4月29日(日)イタリア その29 ローマ(3)

ホテルに15時にチェックイン、荷物を降ろして一休みして16時からローマの街歩き開始しました。
ローマの日暮れは20時、街歩きに充てられる時間は4時間程度。ボローニャ程度の中規模の都市なら4時間もあれば核心部を歩けますが、ローマは、街の核ともいうべき広場自体を沢山有する多極分散型の巨大観光都市でした。結局、この日は、ホテルの東側の教会と大聖堂、コロッセオ、テヴェレ川を歩くことにしました。

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(出展 Google)

チェックインの時、ローマでも利用税(市税)をフロントで支払いました。2泊分で8ユーロ(1040円)でした。この市税は、イタリア全土のホテルに適用されているようです。今回の支払った利用税は、全部で11泊、平均2ユーロ(260円)とすると約3000円。超ザックリな試算ですが、ホテル利用税を仮に人頭税、ホテル利用率を30%とすると、5800万(イタリアの2017年の統計値)✕30%✕3000円/人=520億/年の市税が落ちる計算です。

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最初にメルラーナ通りの始点にあるサンタ・マリーア・マッジョーレ教会を目指しました。ホテル周囲の住宅街の通りは例の横目地の建物がずらりと並んでいました。

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メルラーナ通りに出て、少しローマテルミニ駅方面に歩くと、広場に行きつきました。サンタ・マリーア・マッジョーレ教会(Basilica Papale di Santa Maria Maggiore)は「ローマの4大聖堂」の一つで、カトリックの重要な巡礼地だそうです。キリスト教の国教化が392年、この教会は、4世紀、法王リベリウスが創建したローマで最も古い部類の教会。「地球の歩き方」では「大聖堂」と表記されていました。由緒ある教会だと思います。
この教会は、創建以来、何度も改築された歴史を持った教会で、様々な建築様式が持つ建築史的にも貴重な建物のようです。欧州の古い教会や構造物は「使いまわし」や「継ぎ足し」の痕跡を感じることがよくあります。欧州には「使いまわし」や「継ぎ足し」文化があり、創建時には小さかった教会がキリスト教や街の発展に従って徐々に増設を重ねて現在の姿になっているパターンをあちこちで観てきました。日本の「スクラップ&ビルド」方式とは根本的な文化の違いを感じます。この建物の場合、人の彫像を載せた、真ん中の柱頭型の建物がオリジナルのファサードで、その両脇に別の様式の建物を増築したようにも見えます。

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実は、この伝統的な教会には写真の建物(ファサードA)の裏側にも立派な広場Bとファサードがありました。どっちが本物のファサードなのか素人の自分には区分がつきません。広場AにはオベリスクA、広場BにはオベリスクBがついていました。イタリアやそれ以外の国でこれまで見てきた大聖堂や教会には表玄関のファサードと裏手の祭壇といった具合に明確な区分がありました。2つのファサードを持つ?教会施設を観たのは初めての経験です。
「この教会はファサードはどっち?」・・・またまた「お題」を出された気分です。
答えは割と簡単に思い付きました。学術的な論証などできません。素人の感想レベルの答えです。
「キリスト教が公式に国教と認定された時に建造された教会なので、まだ宗教施設の基本設計の確たるルールが出来ていなかった。その証拠に建物軸が東西方向を向いていないし、十字架の形もしていない。フランスのゴシック様式の大聖堂が建設ブームを迎えたのが、12世紀。800年の長い年月を掛けて基本設計のルールが出来上がった。よって、この教会の場合、両方ともファサードである」

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(出展 Google)

メルラーナ通りをサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂に向けて歩いていきました。通りの両側の建物は6~7階建ての瀟洒で風格のある建物が続いていました。色合いは抑えた感じのパステルカラー、庇も付いていました。

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写真右側がメルラーナ通り、伝統的な横目地の建物がそこそこスカイラインを揃えていました。無電柱化は当たり前、派手な屋外広告物も見当たりません。

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メルラーナ通りは街路樹のプラタナスが濃い影を落としていました。

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大通りとの交差点に小さい教会がありました。調べると、随分と長い名前の教会でした。サンティ・マルチェッリーノ・エ・ピエトロ・アル・ラテラーノ教会(Chiesa dei Santi Marcellino e Pietro al Laterano)。日本人は何でも短縮言葉を造語しますが、イタリア人はどうするのか気になりました。


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メルラーナ通りの終点まで来ると、オベリスクのある広場で出会いました。サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂(Basilica di San Giovanni in Laterano)も「ローマの4大聖堂」の一つで、ローマで最も重要で由緒ある教会。初めてキリスト教を公認したコンスタンチィヌス帝が314年に建設し寄進したそうです。


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この大聖堂のファサードは広場の裏側にありました。上空から見ると、建物の軸は概ね東西方向を向いていて、十字架の形をしていました。ただ、これまで観てきた大聖堂ではファサードは西側にあり、この大聖堂は反対の東側にありました。この大聖堂も4世紀の創建、サンタ・マリーア・マッジョーレ教会と同じで初期にはルール自体が決まっていなかったという事だと考えました。

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(出展 Google)

このファサードはサンタ・マリーア・マッジョーレ教会のファサードに似て、柱頭型の建物で頂部に沢山の偉人の彫像が載っていました。
2010年にスペイン巡礼に参加しました。ゴールのサンティアゴの大聖堂には、高弟のヤコブが眠っています。この大聖堂にはキリストの高弟ペテロとパウロとが眠っていて、巡礼者の聖地だとか。知っていれば、この大聖堂にお参りしたのにと少し残念な思いが残りました。教祖のキリストは、エルサレムの教会に眠っています。
中世、三大聖地の一つ、サンディエゴの巡礼が盛んに行われていました。フランス、ドイツなど大陸ヨーロッパの巡礼者にとって、エルサレムの巡礼は、ほとんど不可能であり、ローマの巡礼はハードルが高かったということかもしれません。アルプス越えが大事だった、あるいは、イタリア国内が都市国家の集合体で通り抜けが大変だったという事情があったのかなと想像します。

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(出展 Wikipedia)

サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ通りをコロッセオ方面に歩きました。再び、コロッセオに戻ってきました。褄の部分は放置すると崩壊して危険なので転倒防止対策も兼ねて補強されていました。



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コロッセオは、ヴェスパシアヌス帝が建設を命じ、80年に完成した円形闘技場。高さ57m、長径188m、短径156m、周長527mと文字通り巨大な建物。収容人員は5万人、イタリア語で巨大という意味のコロッサーレから、この円形競技場はコロッセオと呼ばれるようになったそうです。石材の種類は砂岩系に見えました。石材の表面に無数の穴の不規則に空いていました。バチカン宮殿の建設にコロッセオの大理石が剥がされて使用されたとか。この穴は、①建設時や補修用の足場用の穴②大理石固定用ボルト穴の2つの説があるようですが、自分の見立てでは①、②とも正解だと思います。


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この写真の左側は補修完了、右が補修前・・・

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古代ローマ兵士のコスプレをした人たちが観光客を前にしてパフォーマンスをしていました。そういえば、名古屋城の本丸にもは武士姿のパフォーマーがいました。

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奇妙な白黒写真が展示されていました。1933年、解体前のメタ・スーダンと書いてあります。スーダン内戦と関係ありかと思いましたが、全く、無関係。90年頃に建造された噴水でした。20世紀初頭まで健在だったこの噴水は、1933年にムッソリーニの強い要望で凱旋門をくぐり抜ける道を作るため取り壊されたそうです。


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1890年頃のメタスーダン・・・現在のコロッセオ駅の建物はそのままですが、その下の道路擁壁は未完成でした。

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(出展 Wikipedia)

コロッセオの南面・・・

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コロッセオのお隣にコンスタンティヌス帝の凱旋門・・・高さ28m、315年、戦いの勝利を祝ってローマ元老院とローマ市民が建造。精巧なレリーフが沢山施されていました。当時と変わらぬ姿です。

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コロッセオをほぼ一周できた勘定になるので、お隣のパラティーノの丘とフォロ・ロマーノに向かいました。
以下、次号・・・・

by camino0810 | 2018-11-12 17:14 | イタリア | Comments(0)  

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