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2018年4月30日(月)イタリア その45 ローマ(19)

17時過ぎ、テヴェレ川のリバートレイルを終えて、パラティーノ橋から街路に戻りました。2日間に亘ったローマの街歩きも最終第4コーナーを回った感じです。チルコ・マッシモ、コロッセオを歩いてホテルに戻りました。

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(出展 Google)

「ローマの休日」でもお馴染みの「真実の口」で有名なサンタ・マリア・イン・コスメディン教会の前には行列ができていました。朝、ヴェネツィア広場の改築中の建物でもみたように、この教会も改築中ということで写真のシートで建物を覆っていました。ちなみに、「真実の口」の蓋は、古代の井戸か、ここの真下に埋まっているクロアカ・マキシマ(古代ローマの下水道)の蓋ではないかと言われているそうです。

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チルコ・マッシモ通りの松の街路樹は見事に剪定されていました。

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チルコ・マッシモは、パラティーノの丘の南側にある広大な広場、古代ローマの戦車競技場の跡地。長さ620m、幅120m、15万人収容のローマ最大の円形競技場だったとか。この広場は実に広大でした。都心にこれだけのオープンスペースを残していることに驚かされました。
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かつての観客席と思われる緩傾斜堤防みたいな緩い土手を横目に見ながら奥に歩いて行きました。

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土手の向こう側に見えるのがパラティーノの丘の遺構群・・

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一番奥に競技場の施設の遺構が保存されていました。

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奥に見える建物は国連食糧農業機構(FAO)の本部ビルだと思います。

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競技場のR部分の遺構・・・
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ローマン・コンクリートで出来たパンテオンとよく似た遺構でした。当時と同じ手法でかなりの部分が修復・復元されていましたが、手前の不整形な固まりは当時のローマン・コンクリートではないかと思います。

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サン・グレゴーリオ通りをコロッセオ方面に歩きました。両サイドのプードル状の松の手入れも文句なし。

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サン・グレゴーリオ通り脇の遺構は最初は城壁だと思いました。パンテオンで見た不思議なアーチを含んだ扁平な赤レンガ造りの壁でした。上部には押し広げ防止用の鋼製バンドが掛けられていました。
調べると、この赤レンガの壁はクラウディア水道の水道橋でした。古代ローマの水道橋と言えば、フランスのポン・デュガールの水道橋。この水道橋は、意外にも小振りな水道橋でした。天端に幅2mくらいの水路が付いていると思います。パラティーノの丘に住むセレブな人たちの邸宅へ水を供給していたのでしょうか。

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クラウディア水道( Aqua Claudia)は古代ローマの水道で、皇帝カリグラがAD38年に建設を始め、皇帝クラウディウスがAD52年に完成させた水道。ローマから約69km離れたアニオ川上流域の泉を水源としていました。ローマ水道の技術書の著者でありローマ水道長官でもあったフロンティヌスは、『この水道はローマで最も壮大な水道である』と述べているとか。クラウディア水道の水量は184,284m3/日。1日1人あたり250Lとして、70万人分の水量に相当します。


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(出展 Wikipedia)


古代ローマにはこのクラウディア水道、ヴィルゴ水道など合計5本の水道がありました。当時は現在のポンプみたいな揚水機械がありません。わずかな水路勾配がすべて。わずかな水路勾配を確保した測量技術と建設技術に改めて敬意を表するしかありません。

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(出展 Wikipedia)

クラウディア水道の水道橋・・・2000年前の遺構が今でも保存されているとは驚きです。


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(出展 Wikipedia)

コンスタンティヌスの凱旋門まで戻ってきました。

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コロッセオまで戻ってきました。昨日の午後、初めてローマという街に触れた思い出深い建物ともこれでお別れです。

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長径188m、短径156mの楕円形の競技場の巨大さには何回見ても驚かされます。

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(出展 Wikipedia)


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観客席の高さは52m。 前列は元老院階級席、中列が騎士階級席、その後ろが裕福なローマ市民席、最後列が一般市民と女性席といった具合・・・
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(出展 Wikipedia)


この不思議な穴は、戦傷の痕ではなく、建設および補修時の足場用の木材を挿入するための穴だったとは・・・意外でした。

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18時、メルラーナ通りの中華で夕食にしました。イタリア入りして3日目のフィレンツェでコメの飯が恋しくなりました。

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チャーハン5ユーロ、ビール2.5ユーロ、席料2.0ユーロ 計9.5ユーロ(1200円)。美味しかったです。

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19時、ホテルのある通りに戻りました。朝8時過ぎにホテルを出発したので、11時間の街歩きでした。

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ホテルの部屋で表通りの食料品店で買ったブドウやコーラを頂きました。

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2日間のローマの街歩き終了が無事終了しました。好天にも恵まれ、ローマの素晴らしさを堪能出来ました。この記事を書き終えた時点でのローマの覚え書きはこんな感じ。

「ローマは文句なしの世界有数の観光都市」
「ローマは歴史・文化の塊、マイナーな場所にも歴史がある」
「ローマは複数の広場を持つ、分散型の大都市。役所も分散している」
「最初にヴィットリアーノに行って、ローマ観光を始めよう」
「ローマはカトリックのルーツで総本山」
「ローマのリング(城壁)は直径5km、図抜けたサイズ」
「ローマは丘と川の街、ブラタモリ的な興味が尽きない」
「古代ローマ人の測量・建設技術に脱帽」
「古代ローマのハコモノ、インフラの年齢は2000歳と恐るべき長寿」
「古代ローマのインフラは興味深い。特に水インフラ」
「ローマは、街全体で稼いでいる」
「ローマ人は建物の外壁にピンクを使う」
「ローマ人の建物のスカイラインへの拘りは薄い方だ」
「ローマ人は道路名に日にちをあてる」
「ローマ人は古いハコモノやインフラの使い回しが上手」
「ローマの歩道は狭く、道路横断は命がけ」(車を排除して、イギリス式のパーク&ライドみたいにしたらいいのに)
「ローマはオフィス街がない不思議な街」(ローマの旧市街には超高層ビルは見当たらなかった)
「テヴェレ川の景観と橋は文句なし。観光舟運、勿体ない」
「プラタナスは優れた河畔林」
「ヴィットリオ・エマヌエーレ2世とカヴール、ガルバルディ、マッツィーニはキーパーソン」
「ローマ人は建築中の建物の仮囲いに気を使う」
「テヴェレ川の放水路はなかった」
「ローマでコンビニを見つけるのは至難の技」
「ローマ人はトラバーチンと大理石を使う。トラバーチンは鍾乳石の一種」
「フォロ・ロマーノ(Foro Romano)は、ラテン語のフォルム・ロマヌム(Forum Romanum)で「ローマの広場」。Forumの英語読みがフォーラム」
「チルコ・マッシモ( Circo Massimo)はラテン語のキルクス・マクシムス( Circus Maximus )で「最大の競技場」。 Circusの英語読みがサーカス」

当日のフェイスブックにアップした記事・・・

4月30日(月)ローマは晴れ、暑い。
ローマ2日目。
朝8時30分に街歩きを始めました。何か馴染みになったコロッセオを通って、ヴェネツィア広場に出て、ローマ・テルミニ駅を往復してヴィットリアーノと呼ばれる高台の天辺に建つ豪勢なランドマークに上りました。
パンテオン、ナヴォーナ広場、サンタンジェロ要塞、バチカン宮殿、スペイン広場、トレヴィの泉など定番の観光スポットを一通り歩きました。せっかく購入した、7ユーロの地下鉄とバスの一日券は結局使わずじまいでした。
ローマ観光の最後は、テヴェレ河畔のリバートレイルで締めました。テヴェレ川の川幅は概ね120m、隅田川より少し狭い感じの都市内河川でした。歩道のプラタナスが程よく河畔を覆っていて、快適なトレイルができました。橋は石造りのアーチ橋ですが、支間数は2から5までと様々でした。サンタンジェロ橋とエマニュエーレ2世橋の親柱は立派な彫像でできていました。パリのセーヌ川のアレクサンダー3世橋と同じくらいゴージャスな橋でした。
18時に街歩きを終えました。ローマの定番の観光スポットは概ねクリヤーできた感じがします。月曜日でも市内の至るところが観光客で溢れかえっていました。『ローマは、街全体で稼いでいる』といった感じでした。
前菜ではなく、メーンデッシュを次々と出される感じでした。終わり頃は満腹感を通り越して、ゲップが出始めた感もありました。それくらいローマは価値の高い観光スポットが豊富な街でした。とにかく、世界有数の観光都市で、2日とも好天に恵まれて幸運でした。
明日は、電車でナポリに向かいます。


翌朝、ローマテルミニ駅から電車でナポリに向かいました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-01-06 21:24 | イタリア | Comments(0)  

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