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2018年5月5日(土)イタリア その77 ヴェローナ(6)

18時前、ガリバルディ橋を渡って、旧市街に戻りました。日没の20時まであと2時間、ヴェローナ旧市街はそれほど大きな街ではないので、街歩きの時間は十分残されていました。
アルコ・パシフィコ通りを歩いて、ドゥオーモ(大聖堂)に向かいました。

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ドゥオーモ(Duomo Cattedrale di Santa Maria Matricolare)は、ロマネスク、ルネサンス様式で、着手1117年、完成1187年。背の高い白い鐘楼は旧市街のランドマークにもなっていました。

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ファサードの前に芸術作品風の青い天使像が建っていました。

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大聖堂の内部。

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路地裏を歩いて、ボルサーリ通りに向かいました。

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ボルサーリ通りは、ローマ時代から存在するヴェローナの機軸道路。土曜日なのでホコ天にしたのかも。歩道は大型の大理石、車道は黒いサイコロの石貼り。

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古代ローマのボルサーリ門、当時の街の入り口だったそうです。

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ボルサーリ門から南に続くカヴール通り。イタリア統一の三傑カヴールの名前を冠した道路だと思います。

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ヴィットリア橋はすぐでした。第一次世界大戦でイタリアがオーストリア・ハンガリー軍に勝利した記念の橋でした。ヴィットリーオ・エマニュエーレ2世を顕彰する橋と思ったら、勘違いでした。


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ヴィットリア橋は長さ111m、幅17mの3連の優美なアーチ橋でした。構造はRCと石材のハイブリッド形式、コンペ形式で設計者を決めたそうです。1928年着工、1931年完成。橋脚に孔をあける手法はローマのテヴェレ川の橋でもよく見掛けました。デザイン的な意味合いと洪水が通り抜ける孔を付けることによって洪水の圧力を低減する目的だと想像します。


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ヴィットリア橋の上から上流にあるカステロ・ヴェッキオ橋が見えました。

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橋の袂には水辺に降りるアプローチ道路が用意されていました。融雪流で豊水状態だったので、残念ながら水際の様子は判りませんでした。

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上流から振り返って見たヴィットリア橋、実に優美な橋でした。

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河畔散策路からカヴール通りに戻りました。「横目地」のカノッサ宮の屋根にはバチカン大聖堂みたいに沢山の彫像が建っていました。このルネッサンス様式の建物は貴族の私邸で、16世紀に建設されたそうです。

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ガビ門は古代ローマ時代の門、これまで見てきた古代ローマの門と同様白い石材でできていました。この門は、市街地を取り囲む城壁の外にあり、当時の街の有力者であったガビ家が1世紀に建てたものだそうです。

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カステル・ヴェッキオ博物館(Museo di Castelvecchio)は、ガビ門のお隣でした。カステル・ヴェッキオという中世のお城は現在博物館でした。

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(出典 Google)

カステル・ヴェッキオは「古い城」を意味するイタリア語、14世紀中期にヴェローナの領主スカラ家によって建てられた城塞。ヴェローナの旧市街の内側の城壁の端部に位置していました。ミラノのスフォルツァ城、フィレンチェのバッソ要塞と似た役割を持っていた感じです。

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カステル・ヴェッキオは空堀で、跳ね橋方式の出入り口、ミラノのスフォルツァ城とよく似たお城でした。

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カステル・ヴェッキオは、基本的には赤レンガのお城ですが、よく見ると、壁面は大きな石垣や小さい玉石積みなどが混じったつぎはぎ状態。ヴェローナ人の「継ぎ足し」の精神を感じました。

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カステル・ヴェッキオの中庭の壁もつぎはぎ状態。不思議と違和感を感じません。何故でしょう。

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カステル・ヴェッキオの中庭。

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大きな監視塔のある通路を歩いて行くとカステル・ヴェッキオ橋でした。

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カステル・ヴェッキオ橋の高欄はユニークな赤レンガ造り。お城の屋根と同じ仕様にしてありました。橋も砦の一部として設計した感じです。

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カステル・ヴェッキオ橋の上から下流を眺めました。ヴィットリア橋が見えました。

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左岸側の橋脚の高欄からカステル・ヴェッキオ橋を振り返りました。

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橋の上流から見たカステル・ヴェッキオ橋の全景。
随分と珍しい形をした橋でした。お城か砦をそのまま橋にした構造です。アーチから下の部分を切り取ると、城壁そのもの。橋の全長は概ね100m、右岸の支間が大きく、真ん中と左岸の支間は少し小さい、珍しい構造でした。橋脚部分の基礎地盤が良さそうな場所で支間長を決めたのかもしれません。白いアーチ型の石材がこの橋の要の部分ですが、支間長は30m程度。これまで見てきた石造りのアーチ橋の限界支間長一杯一杯という感じです。赤レンガが真新しいのでリニューワルしたばかりのようですが、14世紀にこれだけガッチリした橋を建造したヴェローナ人の土木技術力の高さに感心します。

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アーチの石材はピエトラ橋と似た感じの白い石材で、板状の薄い石を丁寧に並べていました。

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アディジェ川の上流側は、単調な河畔でした。転落防止柵は飛び飛びの大型ブロック、この手もありかと思いました。

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アディジェ川左岸の公園まで来ました。

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池の水深は浅く、親子連れがイヌと遊んでいました。このような親水公園もありかと思いました。

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橋を渡って旧市街に戻りました。カステル・ヴェッキオ前のカヴール通りはサイコロ石の舗装。

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カステル・ヴェッキオ前の広場にカヴール像が建っていました。

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ローマ通りを東に歩くとブラ広場はすぐでした。イタリアの街々で見掛けたヴィットリオ・エマヌエーレ2世像はヴェローナにもちゃんと用意されていました。この偉大な国王の像は何処でもすべて騎馬像、普通の立像を見たことはありません。

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20時前、ブラ門まで戻ってきました。5時間の街歩きが無事終了しました。

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ヴェローナのリング(城壁)について、調べてみました。ヴェローナの城壁はミラノと同様2重になっていました。内側の城壁はブラ門を挟む東西方向の城壁。外側の城壁はS字に蛇行するアディジェ川全体を覆うような東西3km、南北3kmの大きな城壁でした。ミラノのリングの直径が2km、ローマのリングが直径5km、江戸の総構えと呼ばれる外濠の直径が、3.5kmでした。ヴェローナのリングはAクラスの大規模リングと考えてもいいと思います。
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(1849年当時の外側の城壁:出典 Wikipedia)

外側の城壁は、オーストリア帝国によって1833年~1866年の30年で建設されたそうです。ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のイタリア統一戦争の最中にヴェローナは要塞化されたことになります。もっとも、すべてが新規に建設されたものではなく、14世紀にヴェローナの領主スカラ家のカングランデ2世によって築かれた城壁に手を入れたようでした。
気になったのは、何故、オーストリアはこのヴェローナに巨額の投資をしたのか?ヴェローナは、古代ローマ時代から戦略的にも地政学的にも重要な街であったということかもしれません。オーストリアは結果的にイタリアに敗退し、1866年、イタリアは統一されました。ヴェローナの航空写真を見ると、この城壁が保全されている状況がしっかりと確認できました。

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(出典 Google)

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(出典 Wikipedia)

この街に来て最初に出会った、ヌォーヴァ門の城壁はその一部でした。

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当日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月5日(土)ヴェローナは晴れたり、降ったり、ちょっと暑い。
「赤い矢」9728号は定刻13時にヴェローナ・ポルタ・ヌウォーヴォ駅に着きました。
駅前大通りを歩いて、ホテルに14時、チェックイン。15時、街歩きを開始しました。
旧市街の入り口にあるブラ広場は大賑わいでした。アレーナという古代ローマの円形競技場が当時のまま保存、利用されているとは驚きでした。ローマのコロッセオと似たような施設でした。アレーナは2階建て、コロッセオは3階建て、フランスの水道橋ポン・デュガールと同じ構造でした。
ヴェローナ観光の定番、エルベ広場、シニョーレ広場を歩いた後、「ジュリエッタの家」に行きました。「ロミオとジュリエット」の舞台となった場所でした。ジュリエッタの右胸にさわるといいことがあるようです。
ヴェローナは「大理石」の街でもありました。1世紀に建造されたアレーナ、旧市街の路面、河畔のパラペットなどが大理石で出来ていて、随分と贅沢な街だなと思いました。スコールの時は、滑らないよう注意しました。
アディジェ川の河畔を歩きました。アルプスの融雪流だと思いますが、結構な流量がありました。旧市街の北面、東面、西面が、アディジェ川が蛇行した部分に囲まれていました。川をお堀替わりの防衛インフラにしたように感じました。南面だけ城壁になっていて、よく考えた立地だと思いました。
アディジェ川の川幅は概ね100m、石造りのアーチ橋が並んでいました。河畔や橋の眺めは実に素晴らしいものでした。この街を今回のイタリア旅行に選定して正解だったと思いました。19時に夕食を摂り、20時にホテルに戻りました。
明日は電車で出発点のミラノに戻ります。4月26日にミラノからイタリア旅行を始めて、明日で11日目になります。

翌日は、早起きしてヴェローナのもう一度見たい場所、見残した場所をおさらいして、今回のイタリア旅行の出発点、ミラノに戻りました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-04-03 17:01 | イタリア | Comments(0)  

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