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2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その7 コペンハーゲン(3)

13時、コペンハーゲンの街歩きを開始しました。歩いた経路を地図に落とすと、街の北半分を歩き残していました。南側の運河沿いの歩きに時間を使いすぎたためでした。もう少し計画性を持って歩けば良かったかなぁと反省しています。

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(出典 Google)

“Copenhagen”は英語表記、デンマーク語表記は“København”、”køben”は『商人』、“havn”は『港』という意味なので、コペンハーゲンは「商人の港」ということになります。コペンハーゲンは、何故、稲妻型の城壁を持つ要塞都市だったのか?それも含めて、この街の歴史が自分にはもっとも興味深い点です。
フェレスデザイン株式会社の「デンマーク都市・建築研究」、「コペンハーゲンの都市史」というブログを参照して、コペンハーゲンの歴史を簡単にまとめてみました。


コペンハーゲンの起源は、西暦800年頃現在の市街地中心部にあった小さな漁村だそうです。そういえば、イギリスのヨークやドイツのケルンは、古代ローマの植民都市でした。流石の古代ローマ人もコペンハーゲンまでは来なかったみたいで、思ったよりも歴史が浅い街でした。
12世紀中頃、現在のドイツの北東部に住んでいたヴェンド族との戦いにおける重要な軍事基地として、城壁に囲まれた港町へと変貌していきました。13世紀には現在の名の原型である“Køpmannæhafn(商人の港)”の名が使われていることからも貿易港として栄えていたようです。その後、コペンハーゲンのあるシェラン島を管轄していたロスキレ教区の統治下におかれました。
16世紀初頭の革命で教会が支配権を失うと、当時のデンマーク王によってコペンハーゲンがデンマーク連合王国(現在のデンマークとノルウェー、スウェーデンの南部)の首都と定めれらました。この時期からコペンハーゲンの都市化が進んだようです。

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(1500年頃のコペンハーゲン:出典 フェレスデザイン株式会社ブログ )

当時のデンマークはØresund(デンマークとスウェーデンの間を流れる海峡)の東の地域一帯(現在のスウェーデン南部)を所有しており、首都・コペンハーゲンはこのデンマーク連合王国の中心に位置していました。現在の地図を見て、コペンハーゲンは随分と端にあるなと感じるのは、こんな経緯のせいでした。
新たな王国の首都となったコペンハーゲンの街の骨格は、この当時から現在に至るまで変わっていないそうです。現在でも多くの人で賑わいをみせるアマー広場(Amager torv)は当時から街の中心として賑わっていたとか。
「建築王」と呼ばれたクリスチャン4世(1577~1648年)が、コペンハーゲンの都市計画を策定し、この街の城壁を拡張し、城壁の内側にたくさんの壮麗な建物を建設しました。Rosenborg(ローゼンボー宮殿)、Børsen(証券取引所)、Rundetårn(ランドタワー)などは彼の作品であり、現在でも当時の姿のままを残しているとか。コペンハーゲンは、その遺産を大切にして、多くの観光客を集めているというところでしょうか。

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(1611年のコペンハーゲン:出典 google)

「地球の歩き方:北欧2018~2019」の紹介文

日本から北欧への玄関口となるコペンハーゲンは、シェラン島の北東部にあるデンマークの首都。デンマーク語で「商人の港」を意味し、多くの運河をもつ港町は、商業上の重要な拠点として発展していった。
コペンハーゲンの歴史は、12世紀半ばアブサロン大主教によって建設されたクリスチャンスボー城から始まる。その後17世紀には、「建築王」と呼ばれたクリスチャン4世(在位1588~1648年)のもと、多くの建築物が建てられ、町は次第に大きくなっていった。現存する赤れんがで造られたオランダ・ルネッサンス様式の歴史的な建造物は、ほとんどがこの時代に建てられたものである。
市街地では、建築物の撤去が容易に許可されない。やむを得ず建て替えなければならないときでも、周囲の建物との調和が義務づけられている。また市庁舎の塔(105.6m)より高い建物を建ててはならないという市の条例により、近代的な高層ビルもない。こうした徹底した政策が功を奏し、町はいつまでもその華麗なたたずまいを保ち続けている。この独特の重量感のある街並みは、戦争による挫折と、それを繰り返すまいとした市民の知恵の賜といってもいい。その挫折とは、19世紀の初め、ナポレオン戦争の際、フランスに加担し、敵対する英国軍によって町が破壊されたこと。その知恵とは、第2次世界大戦の折、ナチス・ドイツに形の上で降伏し、町を戦火から守ったことだ。
重厚な石造りの建物やカラフルな木造家屋、モダンな近代建築が絶妙なバランスをとった町並みは、おとぎの国の首都にふさわしく美しい。

「そうか、そういうことか」とこのブログを書く段になってようやく気づく始末です。なるほど、市街地の建築高さ制限や取り壊し許可制度などのタイトな縛りが、コペンハーゲンの歴史的景観を保全していたんだと得心が行きました。
その一方、恐ろしく斬新なデザインの建物やインフラが古いものと同居していたスポットもたくさんあり、随分と突き抜けた街だとも感じました。新しい街を造り込む仕組みや組織があるようです。新旧のコラボレーションが、コペンハーゲンの真骨頂かもしれません。

駅前ホテルの部屋に荷物を置いて、身軽になって、ホテルを出発しました。雲ひとつ無い晴天に恵まれて幸運でした。
最初はコペンハーゲン中央駅。

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この駅は、歴史を感じさせる赤レンガの風格のある駅舎でした。イギリスで蒸気機関車が実用化されたのが1814年。世界最初の鉄道は、1830年のマンチェスター・リヴァプール鉄道。これ以降、産業革命とセットで一気に欧州各地で鉄道が敷設されていった感じです。デンマークは、1847年にコペンハーゲンとロスキレ間が開通、現在の駅舎は1911年完成。

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駅の側面。

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駅に駐輪している自転車の多さに驚かされました。自転車は、ある意味、コペンハーゲン名物かもしれません。この街の坂のない平坦な地形が、自転車の普及を後押ししたようです。

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夥しい数の自転車が2段重ねで積みあげられていました。正直、あまり美しい眺めとは言えません。当局は地下駐輪場の建設に真剣に取り組んでいることでしょう。

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前輪が2輪タイプの自転車をよく見掛けました。このタイプの自転車を日本で見掛けたことはありません。

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半地下の線路・・・この掘割は旧市街を防衛するお濠を埋め立てて造成したものかもしれません。

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建物のお腹を幅広の道路が通り抜けていました。このような道路の使い方は、欧州の街まちで結構見掛けました。

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歴史を感じさせる昔風の建物と最先端の建物。この新旧のコラボレーションを運河沿いで沢山観ることになります。

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「SAS」の商標を掲示した高層ビルは、てっきりスカンジナビア航空の本社ビルと思っていたら、「ラディソンSASロイヤルホテル(Radisson Blu Royal Hotel)」という、1960年に完成した5つ星ホテルでした。このホテルは、歩いた範囲では、最も背の高い近代的な建物でした。市庁舎の塔の106mよりはギリギリで低く抑えている感じです。

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コペンハーゲン中央駅北側の大通りを東に歩いて、運河を目指しました。

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道路脇のお寿司レストラン。

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「魚嫌いでもOK」な寿司レストランだそうです。

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チボリ公園のフードコートの中に入ってみました。

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ちょうどランチタイム。

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コペンハーゲン名物は、エビがどっさりのオープンサンドみたいです。

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中央駅の北口。

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チボリ公園は、1843年にオープンした、今年で開業176年の老舗遊園地。江戸末期に庶民のための娯楽施設を造ったとは驚き、このころから高福祉国家だったのかもしれません。

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(出典 Google)

チボリ公園の入り口。

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ウォルトディズニーが参考にした遊園地だとか。

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「Wagamama」が、チボリ公園に出店していました。このレストランは、ラーメン、焼きそばなど日本のソールフードを売りにしている和食レストランチェーン。

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チキンラーメンは、134クローネ(2300円)。一番安いラーメンでさえ日本の2倍のお値段。グリルしたチキンがトッピングされているそうです。

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2015年のイギリス旅行でこの「Wagamama」を知りました。このチェーン店は、ヒースロー空港構内の一番良い場所に出店していました。和食の普及は随分進んだなと感じます。
https://camino0810.exblog.jp/24571670/

交差点で自転車軍団に出会いました。2011年の台湾旅行で見た、台北の単車軍団を思い出しました。自転車の人たちは、右折時に右手を挙げるなど、交通ルールを遵守していました。

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専用の自転車レーンが設置されていました。道路を横断する際、日本では歩行者は車だけに注意を払えば事足ります。コペンハーゲンでは、車に加えて自転車にも注意しなければいけません。自転車の速度はかなりあり、結構、怖い思いをしました、同じ事を自転車王国のオランダ、ベルギーでも経験しました。確かに、両国とも坂がありません。

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実用的な自転車がほとんどで、スポーツタイプの自転車はあまり見掛けませんでした。


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市庁舎前の大通りは実に快適でした。写真右の塔がコペンハーゲンで最も高い市庁舎の塔(105.6m)、自転車専用レーンも設置されていました。

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ニューカールスベアは、1847年創業のデンマークのビール会社の博物館、日本では「カールスバーグ」で有名。

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運河が近づいてきました。

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振り返った大通り・・・これだけ開放感のある道路を歩いたのは久し振りでした。ゆったり幅広の歩道を運河に向けて歩いて行きました。自転車専用レーンと歩道の段差は擦り付けをして、段差を解消していました。5階建ての赤レンガの建物はスカイラインを揃えており、最も高い市庁舎の塔をフューチャーリングしていました。

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コペンハーゲンの市街地の真ん中を流れる運河まで来ました。

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以下、次号・・・  


by camino0810 | 2019-07-20 18:18 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

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