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2019年6月2日(日)パナマ・アメリカⅡ その6 パナマシティ(1)

今日は、パナマシティ視察1日目。
成田から24時間を掛けてやっとの思いでパナマシティに到着しました。時差ボケのせいか、良い睡眠がとれず、疲れが残っていました。疲れを引きずった状態が以降2、3日続きました。加齢のせいかもしれません。

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(出典 Google)

どんなに疲れてはいても、加齢のせいか、朝は早く目が覚めるようになりました。いつもより遅めの朝6時起床、窓を開けると快晴、なんか良い予感を感じました。ホテルの窓からパナマシティの都心が見えました。事前の予想と違って、随分と現代的な街だなと思いました。

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パナマ運河専用チャンネルもありました。この運河がパナマ国の経済を支える重要な運輸・観光インフラだということでしょうか。

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7時からホテルのレストランで視察団員の方と一緒にビュフェ形式の朝食を戴きました。疲れていても食欲だけは何時でも旺盛。ホテルの中庭はプールつきのオープンテラス、パナマは南米有数の観光大国でもあります。観光の目玉は、やはりパナマ運河でした。

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7時30分、視察団22名を乗せた専用バスがホテル前の車寄せを出発、最初の視察地であるパナマ運河のミラフローレス閘門を目指しました。
今日からいよいよ視察開始です。最初にI団長の挨拶がありました。先生からパナマ運河を視察先に選んだ理由が説明されました。交通計画、国土計画がご専門の先生ならではの理由でした。

 ①パナマ運河をまじかに見て、その仕組みやその巨大さを実感すること。
 ②仮にパナマ運河を計画する仕事を始める時、計画上考慮すべき範囲を何処まで設定すべきか?
 ③パナマ運河が完成後に実際に影響した範囲は一体どれくらいだったか?

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バスは干潟が現れた川を渡りました。太平洋はそこそこ干満差があるようです。

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8時、専用バスはミラフローレスビジターセンターに到着。
国交省からパナマ大使館に出向中の若手のKさんからパナマ運河の概要説明がありました。『1914年に完成した最初の運河は「閘門式運河」。閘室に供給する水を確保するために大きな貯水池が必要でした。川を堰き止めて、ガツン湖という巨大な人工湖を造りました・・・』
「閘門式運河」は、水位差のある運河のこと。階段状の水路を形成するために、開閉できるゲートを持つ閘門と呼ばれる施設がマストアイテム。2基のゲートで仕切られた部屋(閘室)に船を収容して、水を出し入れして前後の水位差を無くすことによって船は山登りや山下りが可能になります。「閘門式運河」の運用の肝は「水」。ポンプは使わないので、「水」を順次高い閘室から低い閘室へ垂れ流して水位を調節します。「閘門式運河」の運用とは、水を下流に「捨て続けること」と同義。だから、運河の一番高い所に巨大な貯水池を造るのが、なりより必要不可欠ということになります。
「海面式運河」のスエズ運河は、地中海と紅海を開削の水路で繋いだ運河。運河自体の水位差はありません。平坦な砂漠を開削して完成させたようです。「海面式運河」は、単なる水路。ハンドリング・メンテナンスフリーの安上がりで効率的な運輸インフラ。
何故、パナマ運河をハンドリング・メンテナンスフリーの「海面式運河」にしなかったのか?
水位差が26mの運河なので、水深10mの水路を確保するのは、最低でも高さ26mの開削が必要で、場所によっては高さ50mを超える開削も必要でしょう。1900年当時の建設技術レベルでは、大規模掘削、膨大な掘削残土処理、長大法面安定処理など技術的なハードルが高すぎたため断念せざる得なかったと推定します。
2016年に完成した新運河も「閘門式運河」ですが、1914年の旧運河に沿わせる路線を選定したのは極めて合理的。もし、全くの新規ルートなら、格段に進歩した土木技術を用いた「海面式運河」の選択肢もありだと思います。

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団員の方にスナップ写真を撮ってもらいました。

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ミラフローレス閘門は、1914年に完成したパナマ運河の初代の太平洋側の閘門。閘門を設計する際、閘門を通過する船舶の大きさは最も基本的なアイテム。パナマックス(通過が許可されている船舶の大きさ)は、65,000トンクラスの巨大船舶を想定した設定だそうです。ちなみに、1990年に就航した日本郵船の大型クルーズ船『飛鳥Ⅱ』が50000トン。1900年初頭にこれだけ壮大なブロジェクトが立案されたとは驚きの一言。

・全長:294m
・全幅:32m
・喫水:12m
・最大高:58m

パナマックスサイズの船舶を丸ごと収容する閘室の大きさ。

・全長:305m
・全幅:34m
・水深:13m

幅の余裕は左右1mとギリギリ一杯。船の操船を誤ると船腹や閘室のゲートや壁が痛みます。喫水の余裕は1m、過積載は厳禁。閘室の両サイドに設置したレール上を走行する特殊機関車が船を牽引していました。

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ちなみに、戦艦大和(1940年、昭和15年就航)はパナマ運河を通過できたか?
答えは、NO。巨大な砲弾を放つ大和は、幅広のお腹が当たって、ミラフローレス閘門に入れません。当時の日本海軍は、意図的にパナマックスを超える大型戦艦を築造する計画を立案しました。当時の海軍の戦略だったそうです。ミラフローレス閘門を通過できるアメリカの最大戦艦は、パナマックスサイズ。この大きさを超える大和で太平洋の制海権を握ろうとする戦略でした。

・排水量:72,000トン (満載)
・全長:263m
・幅:39m
・吃水:10m

ミラフローレス閘門(水位差16.5m)は2連の閘室を持った閘門。
写真手前の1段目の閘室と船がいる2段目の閘室を仕切るゲートは観音開きのマイターゲート。このゲートは、太平洋側の入り口から数えて2番目のゲート。水位差は、普通に考えると、8m程度のはずですが、閘室の幅が34mなので、16.5mくらいはありそうです。

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閘門最上流の3番目のマイターゲート。
先程の水色の船が、ミラフローレス湖(標高16.5m)に入っていました。

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ミラフローレス湖の左側の山腹に白い船舶が見えていました。船が山中に見えているという実に不思議な光景です。この運河が2016年に完成した新パナマ運河。よく見ると、大型の船舶が次々と3連のココリ閘門を抜けてガツン湖に向かって航行して行きました。山中の航路は、標高は26m。ミラフローレス湖(標高16.5m)との高低差は9.5m。

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ミラフローレス閘門は太平洋側の入り口にある2条の閘門。

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1番目のマイターゲートは開いた状態。太平洋の水位と第1番目の閘室は同一水位で標高0m。

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ミラフローレス閘門に次々と貨物船が入ってきました。現地案内のMさんが言うには、これだけ多くの船舶が出入りするのは珍しいそうです。

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パナマ運河の縦断図を見ると、この運河の仕組みが良く理解できます。図面左が太平洋側のミラフローレス閘門とペドロ・ミゲル閘門、右がカリブ海側のガツン閘門。

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(パナマ運河縦断図:出典 パナマ運河(2017パナマ運河庁))

太平洋から来た船は、2連閘門のミラフローレス閘門(水位差16.5m)を通過して、標高16.5mのミラフローレス湖へ。ミラフローレス湖から1段閘門のペドロ・ミゲル閘門(水位差9.5m)を経て、パナマ運河で最も高い標高26mのガツン湖へ。

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(ミラフローレス閘門とペドロ・ミゲル閘門:出典 パナマ運河(2017パナマ運河庁))

船は広大なガツン湖を航行して、湖北端のガツン閘門を通過してカリブ海に抜けるという段取りです。

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(ガツン湖とガツン閘門:出典 パナマ運河(2017パナマ運河庁))

図面左がココリ閘門(2016年完成)、右がミラフローレス閘門。

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(ココリ閘門とミラフローレス閘門:出典 パナマ運河(2017パナマ運河庁))

パナマックスと閘室の関係図。

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(パナマックスと閘室:出典 パナマ運河(2017パナマ運河庁))

写真手前がミラフローレス閘門の管理棟。その向こうにコンテナを積載した大きな船舶がゆっくりと動いていきました。山の中を巨大な船舶が通過しているとは、実に壮大かつ不思議な光景です。意味合いは違いますが、「船頭多くして、船、山に上る」という諺が即座に思い浮かびました。この運河が2016年に完成した新パナマ運河で、3連のココリ閘門を通過した船がガツン湖に向かっていました。

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ココリ閘門の管理施設。

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パナマシティは熱帯地方の都市。外は非常に暑くて湿度が高くむしむししました。ミラフローレスビジターセンターの屋内展示室は冷房が効いて快適。現地案内のMさんの熱心な説明を受けました。

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パナマ運河の全体図、下がミラフローレス閘門。

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当時の測量風景。

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運河の開削は階段式掘削。蒸気機関車の貨車に掘削土砂を積み込んで搬出、軌道の段取り替えを繰り返して、切り下がる掘削方式。現在なら大きなダンプトラックを使います。

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蒸気機関車と土砂を満載した貨車。

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センターの窓から閘門に入った船舶が見えました。第2マイターゲートを開いて、第2閘室に入る直前。水位は多分標高8mくらいでしょう。

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第2閘室に入室完了。第2マイターゲートを閉じて、これから閘室の水位をミラフローレス湖の水位16.5mに揚げる直前。

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2016年に完成したココリ閘門。右奥の小さい閘門がミラフローレス閘門。ココリ閘門は閘室の注入水を貯留する大きな池を3つ備えた最新式閘門。

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ミラフローレス閘門は垂れ流しの閘門ですが、ココリ閘門は水を循環使用する閘門。「閘門式運河」の運用は、閘室に注入する水の確保が最大のポイント。ガツン湖の貯留必要水量が一体どれくらいか?、ざっくり試算してみました。
太平洋から入船する場合、ミラフローレス閘門の第1閘室(標高8mと想定)の水を太平洋側に捨てて、水位を標高0にする必要があります。この時の廃棄水量は、305m(全長)✕34m(全幅)✕8m(水深)≒80,000トン。閘室1基に1台の船が入船、1日あたりの通船数は最大44隻ということなので、ミラフローレス閘門を利用する船を半分の22隻と想定すると、廃棄水量は1日あたり180万トン。カリブ海からの入船もあるので、2倍の360万トン。東京の1日あたりの水道給水量が400万トンなので膨大な水が廃棄される計算になります。年間廃棄水量は13億トン。ガツン湖の面積は概ね400km2なので、平均有効水深を5mと想定すると、有効貯水量は20億トン。天水の補給がないと1.5年でパナマ運河は運用不能に陥る計算になります。

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ココリ閘門では廃棄水量を節減するために、閘室の脇に3つの貯水地を準備していました。ミラフローレス閘門では廃棄していた水をポンプで汲み上げて再利用していました。多分、循環式にしないと、ガツン湖の貯水量が不足するという判断があったのではないかと推定します。

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カリブ海側のアグア・クララ閘門(2016年完成)も循環式閘門。
2016年に旅行したドイツ旅行で見たマイン・ドナウ運河(1992年完成)の閘門も循環式閘門でした。


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コンテナ船。

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ミラフローレスビジターセンターの小便器は、脚なし型。

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ミラフローレスビジターセンターの視察を終えて、パナマシティ沖合のアマドール島に向かいました。埠頭に40フィートのコンテナがどっさり積み上げられていました。


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かつてパナマ運河を運営していたアメリカの管理施設だとか。

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当日にフェイスブックにアップした記事・・・

6月2日(日)パナマは快晴、暑い。
視察1日目は、パナマ運河。太平洋側のミラフローレス閘門を見ました。パナマシティからバスで割とすぐでした。大きな貨物船やコンテナをどっさり乗せた大型舶が次々と閘門を通過しました。
1914年に完成したミラフローレス閘門はマイターゲート式の閘門でした。太平洋と内陸のガトゥン湖の水位差は26m、船は2段のミラフローレス閘門と1段のペドロ・ミゲル閘門を通過して、標高26mのガトゥン湖を目指します。
2016年、新たに完成したお隣の3段のココリ閘門を大量のコンテナを積んだ大型船がゆっくりとガトゥン湖を目指して、通過していきました。『船頭多くして船山に上る』の前半部分を削除した光景を目の当たりにできました。
パナマ運河の1日の通過船舶は最大で44隻、最大船舶は2万TEUを積載したコンテナ船。運河を管理するパナマ運河庁は、通行船舶から積載したコンテナの数に応じた通行料を徴収するそうです。大きな船舶は1回に1億数千万円を通行料金を支払うとは驚き。
その後、アマドールという博多の『海の中道』みたいな道路を走ってフェリー乗り場へ。この道路は運河の掘削残土でできているとか。パナマ運河入り口のアメリカ橋は1962年完成した、桁下57mの巨大なメタルの橋でした。
パナマ旧市街を見た後、魚市場で昼食。ホテルに戻る途中バスから見た新市街の摩天楼の風景に結構衝撃を受けました。ピカピカの新市街地に電柱・電線がガッチリ建っていたのにも驚かされました。パナマの自動車も大半が日本車、ヒューストンと同じでした。その後、2014年に開通したパナマ地下鉄1号線を見学しました。構内は実に広々としていました。
素晴らしい好天に恵まれ、大変いい視察ができて感謝しています。
明日は、カリブ海側のガツン閘門、コロン市を見学して、再び、ヒューストン経由で、ニューオリンズに向かいます。

以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-08-08 10:21 | パナマ・アメリカⅡ | Comments(0)  

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