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2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その9 コペンハーゲン(5)

16時、クリスチャンハウンの運河まで歩いてきました。北欧の日没は21時、街歩きの時間はまだ5時間も残されていました。ハウンはデンマーク語で「港」、クリスチャンハウンは「クリスチャンの港」という意味合いだと思います。
クリスチャンハウンの運河の幅はたかだか20m程度ですが、周囲の建物や道路も含め、素晴らしい水辺が出来上がっていました。河畔のカフェテラスでは金曜日の陽の高いうちから市民の皆さんがビールで会話を楽しんでいました。

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クリスチャンハウンは、コペンハーゲンの基盤を造り上げた「建築王」クリスチャン4世(1577~1648年)が造った準旧市街。街の名前はクリスチャン4世から取ったネーミングでしょうか。ここは、クリスチャンハウン運河を中心として17世紀末の救世主教会や18世紀に建造された煉瓦(れんが)造りの建物群など、歴史的建造物が数多く残っている地区だとか。

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(出典 Google)

1674年のコペンハーゲンの絵図を見ると、17世紀末にはコペンハーゲンの基本的な骨格が出来上がっていたことが判ります。この絵図は、クリスチャン4世(1577~1648年)が亡くなって26年後に作成された地図。当時の市街地は二重の城塞でガッチリ防護されていました。市街地中央にある大運河の西側がオリジナルの旧市街。そのヘソには政治、軍事の要であるクリスチャンスボー城がありました。クリスチャンハウンは、クリスチャン4世が市街地の膨張対策として新規に開発した地区でした。クリスチャン4世は、クリスチャンハウンの芯に当時のメーン運輸インフラであるクリスチャンハウン運河を造成していました。
街の新旧は街割り(街路の区画)にもよく顕れていました。クリスチャンスボー城西側の地区の街割りは不規則でグニャグニャと歪んでいました。この地区がコペンハーゲンで最も古くからあった中心地区で、東京でいえば銀座中央通りに相当するストロイエ通りはそのまま現在まで引き継がれているように思えます。それ以外の地区は、クリスチャンハウンも含めて碁盤の目のような街割りになっていました。クリスチャン4世の都市計画は、外側の二重城塞で内部市街地をガッチリを防衛し、内部は規則正しい街割りにして効率的な街にする計画だったようです。クリスチャン4世は、ほぼ同時期に江戸の街割りを築いた徳川家康(1543年~1616年)みたいな優れた都市計画家だったと想像します。ちなみに、半地下のコペンハーゲン中央駅は、クリスチャンスボー城の南側城塞を取り巻くお濠を埋め立てて造成したような感じでした。

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(1674年のコペンハーゲン:出典 Wikipedia)


地下鉄のクリスチャンハウン駅の駅前広場まで歩いてきました。

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駅前広場の大通りに架かる橋から見た南側のクリスチャンハウン運河。
これまで欧州の沢山の水辺を歩いてきましたが、この運河は自分的には上位ランキングに入る水辺だと思いました。沢山の市民が運河を楽しんでいました。
この運河自体の幅は20m、両サイドの道路幅(道路、駐車帯、歩道)は13m、全体で一律46m。全体で50m近いオープンスペースがあると開放感のある水辺ができるという勘定です。河畔の歩道面と運河水面の高低差が2mと小さいのも水辺の近さが感じられていいなと思いました。
河畔の建物は、運河を向いており、概ね5~6階建てでスカイラインを揃えてありました。大半の建物は集合住宅かもしれません。屋外広告やレストラン、お土産屋などのお店は見当たりませんでした。そのためか、何処か品格のある水辺だったと思います。運河の水は透明、両岸に沢山の小型プレジャーボートが係留されており、水面利用は盛んでした。

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「イスランズ・ブリュッゲ地区」の大運河河畔で見たソーラーパネルボートも活躍していました。

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大通り北側のクリスチャンハウン運河。水上レストランが用意されていました。基本的には同じ仕様の水辺が延々と続いていました。

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大通りの西側・・・彼方に大運河河畔の緑屋根のコペンハーゲン商工会議所が見えていました。沿道の建物はいい感じにパステルカラーで塗り分けられていました。建物の色使いにも規制や縛りがあるのでは思います。

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クリスチャンハウン運河の河畔を北方向に歩きました。お客を満載した中型の運河クルーズ船が通り過ぎました。散策路と運河の高低差は2m。転落防止柵替わりの、高さ20cmの枕木状の木製柵は気が利いているなと感じました。ベンチ替わりにもなっていました。

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支間が15mくらいの赤レンガのアーチ橋はすぐでした。シンプルなローライズのアーチですが、上路橋にして景観を支障しない配慮かもしれません。運河は全長で1kmくらいでしたが、橋はこの橋と大通りの橋の2橋のみ。日本人ならもう少し橋を増やそうと考えるところですが・・・

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このアーチ橋はクリスチャンハウン運河のホットスポット。観光客の方にスナップ写真をお願いしました。

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運河を離れて、近くにある救世主教会まで行ってみました。実は、クリスチャンハウンをターゲットにした理由は、無料で高さ90mの教会の天辺に上がってコペンハーゲンの街を一望することでした。結果としてクリスチャンハウン運河という素晴らしい水辺を思いもよらず発見ができて幸運でした。

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救世主教会は、らせん状の尖塔が目を引く教会。建設期間は1695年~1752年。赤レンガで建築様式はバロック様式。らせん状の尖塔はその後約50年たってから新たに付け足されたものだとか。最上階まで400段以上の階段を上ります。はじめは教会内の階段を上り、やがて外側のらせん階段へとつながり、尖塔のてっぺんまで行くことができるそうです。

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ところが、教会の到着時間が16時20分、閉館時間が16時なので閉まっていました。残念。

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再び、クリスチャンハウン運河に戻りました。

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50~60人くらいの観光客を乗せた観光船が通り過ぎました。

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観光船背後の貨物船の船首にはデンマーク語で「KØBENHAVN」(英語表記:COPENHAGEN)と記載がありました。

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クリスチャンハウン運河の三差路まで歩いてきました。写真の運河は南北方向の運河に直交する西向きの運河。

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北側の運河。

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ここで運河を南に引き返しました。運河の端から建物の端までは13mのスペースがありました。内訳は、運河側歩道4m(歩道2m、駐車帯2m)、車道5m、建物側歩道4m(歩道2m、駐車帯2m)。運河の片側に13mのスペースがあると、快適な水辺が出来上がって、快適な散策ができるという勘定です。

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運河利用は熱心、ゴムボートの一団が通り過ぎて行きました。

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運河沿いの不動産さん屋が目に入りました。

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価格は、4,196,000クローネ(7,100万)と高額ですが、食べ物程高いとは思いませんでした。ピクトグラムの表示は、多分、1938年完成、98m2ではないかと思います。

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別の物件も。

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価格は、5,095,000クローネ(8,700万)、1750年完成、132m2。18世紀の赤レンガ建物が多い歴史地区なので、古い建物も大事に使われているようです。

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大通りを大運河に向けて歩きました。通り脇のクリスチャン教会は、1754年着手、1759年完成のロココ様式の教会。

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クニッペルスブロ橋を渡りました。大運河(コペンハーゲン港)左側の河畔にはお洒落な建物が並んでいました。

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真新しい建物群は、斬新なデザインで黒いサイコロ型。これまで見てきた建物と何処か似ていました。集合住宅かもしれません。

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大運河(コペンハーゲン港)右側の河畔にもお洒落な建物が並んでいました。ブラックダイアモンドと呼ばれる王立図書館も見えていました。

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大運河を渡り終えて、コペンハーゲンの中心市街地に戻りました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-08-15 14:46 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

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