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カテゴリ:デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス( 12 )

 

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その12 コペンハーゲン(8)

19時、コンゲンス・ニュートー広場まで歩いてきました。街歩きを始めたのが13時、すでに6時間が経過、日没は21時、街歩きに残された時間が2時間となりました。ホテルスタッフおススメのアマリエンボー宮殿、ローゼンボー城は断念しました。歩きに充てられる時間、気力や体力が無くなりかけたからでした。よくよく考えると、この日の早朝にドイツのフランクフルトに到着、時差ぼけ状態でコペンハーゲン行き飛行機欠航などのトラブルに遭遇、這う這うの体でこの街に到着した訳で、逆に言うとよく頑張った方かもしれません。そんな訳でコペンハーゲン観光のマストアイテム、ストロイエ通りを歩いてホテルに戻ることにしました。

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(1674年のコペンハーゲン:出典 Wikipedia)

(出典 Google)

コンゲンス・ニュートー広場は、ニユーハウンの運河を開削したクリスチャン5世(1646~1699年)が造ったコペンハーゲンで最も広い広場。コンゲンス・ニュートー広場( Kongens Nytorv:torvは広場)は、「王の新しい広場」という意味合い。コペンハーゲンの二重要塞で囲まれた旧市街が人口増加で手狭になってきたため、それまで中心部のガンメルトー広場にあった市場の移転が目的だったようです。同時期の江戸に多くの人が集まってきたのと何処か似ている感じで、戦争が一段落して政権が安定してきた一方、人口を支える農業基盤が整い、人口増加や交易が加速されてきた時代なのかもしれません。

コンゲンス・ニュートー広場は、生憎、芯の公園部分が工事中でした。地下街でも造っているのでしょうか。

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この広場は、1670年にクリスチャン5世によって計画された広場でその中心に彼の騎馬像があるとか。ネットの写真を見ると、石畳に囲まれた美しい庭園でした。

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(出典 Wikipedia)

広場の外周には風格のある建物群が建っていました。写真はデンマーク王立劇場(1874年完成)、赤れんがではなく、石材で出来た「横目地」の伝統的な仕様の建物でした。

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実に風格に溢れた立派なファサードでした。

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トット宮殿(現在のフランス大使館:1683年)、ホテル・ダングレテール(Hotel D'Angleterre)、マガサン・デュ・ノール(Magasin Du Nord :デパート)など歴史を感じさせる建物が並んでいました。フランス大使館があり、フランス語の名称が使われていることからも、デンマークはフランスと協調的な関係にあったのではと思います。

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(ホテル・ダングレテール(Hotel D'Angleterre):写真左の白い建物)


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(トット宮殿:写真中央の傾斜屋根の建物、現在はフランス大使館1683年完成)


コンゲンス・ニュートー広場の西の端にあるストロイエ通りの入り口まで来ました。ストロイエは歩くという意味のデンマーク語。ストロイエ通りは、コンゲンス・ニュートー広場と西側の市庁舎前広場をつなぐ長さ1.1kmの文字通り歩行者専用道路でした。

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ストロイエ通りは東京で言えば、銀座中央通りや表参道に相当するコペンハーゲンを代表する人気の観光スポット。観光客や市民で賑わっていました。1674年の絵図に見るとおり、通り自体は17世紀末には出来上がっていて、コペンハーゲンの旧市街の芯になっている幹線道路でした。
1962年、ストロイエ通りは、車を排除した歩行者専用道路に変えられたそうです。今から60年くらい前、全世界に先駆けて壮大な社会実験を試み、成功させた当局や関係者に敬意をはらわない訳にはいきません。その後、ストロイエ方式とも言うべきこの手法が諸外国に普及していったそうです。ニューハウンの運河でも触ましたが、「中心市街地の道路から車を締め出すと賑わいが戻ってくる」という法則めいたものの発信源が、このストロイエ通りだったとは知りませんでした。

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ストロイエ通りは市街地中心部の大人気の観光名所で、ヨーロッパで最も長い歩行者用ショッピングストリートのひとつだとか。H&Mなど日本でもお馴染みのお店もしっかり出店していました。


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先に見たニコライ教会の尖塔が見えてきました。

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コペンハーゲンを代表するアマートー広場まで来ました。建物は概ね4~5階建て、傾斜屋根を持った建物が連なっていました。建物のスカイラインを揃えるという意図はそれほど感じられませんでした。壁の彩色はパステルカラー。


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噴水の鳥はコウノトリだとか。彼方にクリスチャンスボー城が見えました。

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アマートー広場も沢山の観光客や市民で賑わっていました。ニコライ教会はランドマークも兼ねた教会でした。

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赤れんがの風格に溢れた建物は、創業1775年のロイヤル・コペンハーゲン。ファサードは1616年完成のルネサンス様式。デンマークの陶磁器メーカーで、絵付けはすべて手描き。古くから日本の古伊万里染付の影響を強く受け、手描きによるコバルトブルーの絵柄が特徴。世界中で愛されているが、中でも特に日本人の人気を集めているそうです。

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赤れんがの聖霊教会は、13世紀に創設。街で最も古い教会の一つ。

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お馴染みのユニクロが開店したばかりでした。この衣料チェーンは、世界の主要都市の主要なスポットに必ず出店する、世界的なブランドに成長した感じです。

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歩道は全線石貼り舗装、模様はいろいろ。

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ガンメルトー広場まで来ました。

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ガンメルトー広場の大きな噴水。17世紀末までは市場があった広場でした。

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ストロイエ通りを挟んで反対側のニュートー広場。この広場は何故か閑散としていました。

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ニュートー広場のパルテノン宮殿風の建物は地方裁判所。

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ストロイエ通りの終点は市庁舎前広場。赤れんがの市庁舎は、1905年完成の6代目で中世デンマーク様式とルネサンス様式の混合様式。高さ106mの時計台は、コペンハーゲン市内で最も高く、この建物を超える高さの建物は建設出来ないルールがあるとか。

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奇妙な怪獣の噴水。

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駅前通りのホテル。

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駅前大通りまで戻ってきました。

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チボリ公園もようやく灯がともり始めました。

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19時30分、駅前大通りとコペンハーゲン中央駅。日本ならとっくに夜の時刻ですが、まだ青空が残っていました。

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レストランを探す気力もなくなっていたので、コペンハーゲン中央駅の駅構内のセブンイレブンで夕食を購入しました。

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20時、暮れなずむ夕暮れの中、ホテルに到着。7時間の街歩き完了が終了しました。

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20時、ホテルの部屋で定番のカールスバーグの缶ビール(15クローネ:260円)とチキンのねじねじパスタ(45クローネ:770円)で夕食を済ませました。デザートのシナモンパン(19クローネ:320円)が美味しかったです。セブンイレブンのレシートには25%の消費税が記載されていました。今年の10月から日本も消費税が8%から10%に増えることが決まっています。改めてデンマークが高福祉・高負担国家だと感じました。

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翌日は、電車でオーフスに行きました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-08-22 23:23 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その11 コペンハーゲン(7)

18時10分、コンゲンス・ニュートー広場から大運河(コペンハーゲン港)に戻って、河畔散策路を北に歩きました。多くの市民が広々とした運河河畔の至る所で金曜の夕方を楽しんでいました。コペンハーゲンには水辺を楽しむ文化がしっかり定着しているように感じました。

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(出典 Google)

ゆったりした河畔広場で沢山の市民が寛いでいました。北欧はこの時刻でも陽が高く、夕方という感じは全くありません。むしろ未だお昼といった感じ、仕事を終えた人たちが週末の夕方のひと時を楽しんでいる感じです。
最初に歩いた大運河河畔の「イスランズ・ブリュッゲ地区」との違いはというと、運河と建物の「離れ」くらい。イスランズ・ブリュッゲ地区は60m、ここは30m。似たところは転落防止柵がなく、「広々感」がたっぷりなこと。河畔に30mのスペースがあればと文句なしに「広々感」を演出できるという勘定です。東京都心の隅田川の河畔テラスは、幅が8m程度、背面に高さ6~7mくらいの防潮堤の役割をするカミソリ堤防が聳え立っています。コペンハーゲンでは防潮堤のような防災インフラが不要なように思えました。都市の水辺をデザインする上で水防災を考えなくて済むということは大変なアドバンテージですが、とにもかくにも都心にこれだけのオープンスペースが取れるのは羨ましい限りだと思いました。

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対岸の赤れんがのユニークな建物は、国立芸術ワークショップ(National Workshops for Arts)。運河河畔には他にもオペラハウス、劇場など芸術・文化関係の施設が沢山ありました。

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「THE STANDARD」は常設のレストラン。日本でも着々と河川区域における建物などの占有規則が緩和されてきた感じですが、コペンハーゲンにも河畔区域に堂々と常設店舗が設置できるルールがあるようです。多分、水防災を考慮する必要がないからかもしれません。
オープンテラス席で皆さんタバコを手にして会話を楽しんでいました。コペンハーゲンは意外にもタバコ天国、屋外喫煙はドイツ、フランス、イタリア並みの緩さでした。タバコ嫌いの人には辛い街かもしれません。

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河畔広場に置かれた不思議なオブジェとカフェテラス・・・。このカフェテラスも大繁盛でした。

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貨物船?を改造した常設水上レストラン。

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斬新な形をした橋が見えてきました。インデルハウンブロエン橋は、ローライズのPC橋で全長180m。Y型の橋脚で囲まれた部分が航路になっていました。先にみた古いタイプの道路橋は跳ね橋でしたが、この橋梁は跳ね橋ではありません。桁下空間は10m程度、通過可能な船舶を絞り込んだ感じです。

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インデルハウンブロエン橋を渡って大運河の東側を目指しました。この橋は2014年完成、大運河西側のニューハウンと東側のクリスチャンハウンを連絡する橋で、実にユニークな構造でした。写真は端支間の箇所で、2本の橋体で出来た中抜け構造。褄を青の透明なアクリル板でカバーしていました。向こう側の黄色いアクリル板が中央支間の褄の部分、ここで橋体が1本に絞られていました。

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この写真は端支間の部分。驚いたことに、この橋は歩道、自転車専用の橋で、車道橋ではありませんでした。日本人の自分はなんか大運河には車道橋が少ないなと感じていたので、何故この橋を車道橋にしなかったのかという素朴な疑問を持ちましたが、これは納得ずくで建造した橋であり、コペンハーゲン流の合意形成があったのではと思います。もっとも、最初に渡ったランゲブロ橋の近くには建設中の車道橋(回転橋)がありましたが・・・
とにかく河畔の不思議な黒い建物群やユニークな橋など、コペンハーゲンは意外にも突き抜けた街かもという印象を持ちました。

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橋から見た大運河南側の眺め・・・

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クリスチャンハウンの河畔に入り江がありました。写真左側の建物は北大西洋ハウス(デンマーク語:Nordatlantens Brygge)。デンマークはデンマーク本土、グリーンランド、フェロー諸島からなる連合王国。建物にはアイスランド大使館とグリーンランドおよびフェロー諸島の政府組織も入っているとか。この建物は、元は干物、塩漬けのニシンなどの倉庫、これを改造して使用しているそうです。写真右側の不思議な形の建物はスーパーマーケット。

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クリスチャンハウン側の岸壁は、陸地と運河の高低差は3m弱、転落防止柵はありません。もっとも、大運河という名称は、自分が勝手に付けた便宜的な呼び方、実態はコペンハーゲン港という港湾区域。普通、港湾の岸壁には転落防止柵はありません。当たり前と言えば当たり前。電線で一斉に休む鳥みたいに、皆さんが幅50cm、段差10cmの突起にずらりと腰掛けていました。

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北大西洋ハウス前の広場も半端ない混雑振りでした。

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軽食を求めて屋台に並ぶ皆さん・・・。

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ソーセージ1本で85クローネ(1400円)、自分にはとてもついていけないお値段でした。

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簡易ベンチで休む皆さん・・・コペンハーゲンの人口は60万、よくもこれだけの人が集まってくるもんだと半ばあきれました。

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再び大運河西側のニューハウンに戻りました。

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大運河北側のオペラハウスは扁平な帽子を被ったユニークな建物。

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ニューハウンのデンマーク王立劇場。

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ようやくお目当てのニューハウンまで歩いてきました。ニューハウン(Nyhavn)とは新しい港という意味合い。国王クリスチャン5世によって1671年~1673年に掛けて開削された運河でした。当時の運河は、最大の輸送力を持った運輸インフラ、コペンハーゲンの新しい中心部コンゲンス・ニュートーまでの基幹運搬路としての運河建設だったと推測します。童話作家のハンス・クリスチャン・アンデルセンが、ニューハウンに18年間住んでいたとか。

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飲食店やアンティークショップなど、カラフルなパステルカラーの5階建ての建物が軒を連ねていました。河畔のカフェテラスは大勢の観光客で賑わっていました。

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北側の河畔には白いテントを張ったカフェが延々と並んでいて、観光客でごった返していました。運河の幅は概ね30m。観光船、帆船やヨットなどが停泊していました。観光船は低空頭型のクルーズ船でした。帆船やヨットは、マストを倒せる構造ならインデルハウンブロエン橋の桁下を航行することは出来そうです。




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車道になっている南側の河畔通路では観光客は疎らでした。

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道路面と運河水面の高低差は概ね3m弱、転落防止柵はありません。例の注意喚起兼ベンチ替わりの幅30cm、高さ10cmの木材が端に並んでいました。

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北側の河畔通路は御徒町のアメ横並みの賑わいでした。ニューハウンの運河の幾何学的な関係を整理すると、運河幅30m、両サイドの河畔通路は13m。全幅で56m、水面との段差は3m。先に歩いたクリスチャンハウン運河は運河幅20m、両サイドの河畔通路は13m、全幅で46m、水面との段差は2m。
2つの運河の違いは、運河自体の幅、水面との段差、河畔通路の役割でした。ニューハウンの北側通路は全面的に歩行者専用道路としていたので、多くのカフェテラスが出店可能で観光客で大賑わい。反対側の車道付きの通路の閑散振りとの違いは明らかでした。クリチャンハウン運河の河畔通路は両側とも車道付き、実質的な歩道は4mと狭く、運河とお店の間に5mの車道が入っていたので、車が気になり歩きづらい感じがありました。車道が運河と建物を分断しているので、賑わいが遠のいた感じです。もっとも、人が滞留せず散策する、クリチャンハウン運河の静かな水辺も自分的にはいいなと思っていますが・・・
もし、ニューハウンの運河南側を賑わいのあるスポットに変えようと考えるなら、全面的に歩道に変える方法が手っ取り早いやり方でしょう。道路を活かしたいなら現在の車道部分を地下化するのも一法でしょう。ドイツのデュッセルドルフやケルンでは、ライン河畔の道路を地下化しました。道路部分を河畔公園に変えて賑わいを取り戻した成功事例でした。

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これまで、多くの欧州の街を歩いてきましたが、中心市街地から車を排除して歩行者専用の道路にして賑わっていた事例を沢山見てきました。パーク&ライド方式、道路地下化方式や大規模地下駐車場方式などで中心市街地の道路から車を締め出すと賑わいが戻ってくるという法則めいたものを感じます。最近、日本でも人口減少や高齢化の進展に伴って空洞化しつつある中心市街地の再建を指向する動きが始まってきました。京都の四条通りの車線を1車線分減らして歩道に置き換える社会実験も行われているとか、良い試みだとだと思います。

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運河の終点は、観光クルーズ船の船着場になっていました。
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再び、コンゲンス・ニュートー広場まで歩いてきました。

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東京でいえば、銀座中央通りに相当するストロイエ通りを歩いてホテルまで戻りました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-08-20 17:05 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その10 コペンハーゲン(6)

16時50分、大運河に架かるクニッペルスボロ橋を渡って、四方を運河で囲まれたスロッツホルメン島まで戻ってきました。スロッツホルメン島は、クリスチャンスボー城を中心とする400m×500mくらいの島でした。
当初、この島はコペンハーゲンの歴史・文化の中心地という程度の認識でしたが、調べるとデンマークの政治、経済の心臓部でもありました。東京でいえば江戸城や国立国会図書館に加えて、国会議事堂、首相官邸、最高裁判所、経団連、東京証券取引所を一箇所に集めたような地区でした。丸の内のオフィス街、銀座の商店街に相当する地区がこの島を取り囲んでいる感じです。

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(出典 Google)

現在の街割りは、1674年のコペンハーゲンの絵図とよく似ていました。クリスチャンスボー城西側の旧市街は不規則な街割りで、現在のストロイエ通りは、当時の曲がった通りがそのまま使われている感じでした。

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(1674年のコペンハーゲン:出典 Wikipedia)

クニッペルスボロ橋は、大運河を渡る基幹橋梁。よく見ると、1674年の絵図にも記載されていました。手前の青い小判型の建物が跳ね橋の操作室でしょうか。南側のランゲブロ橋と同様、稼働しているかいないかは不明でした。大運河に架かる車道橋はこの橋と南側のランゲブロ橋の2橋のみ。日本人の自分は、もう2、3本車道橋があってもいいかなと思いますが、これがコペンハーゲンのやり方なのでしょう。

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クニッペルスボロ橋の上から眺めた大運河の北側。

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クニッペルスボロ橋を渡り終えて、大運河の西側まで戻りました。お隣の橋から見た運河とスロッツホルメン島。写真左から、商工会議所、ボルセン(旧証券取引所)、クリスチャンスボー城。

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大運河の河畔を南に歩きました。写真右から、商工会議所、ボルセン(旧証券取引所)、クリスチャンスボー城。

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大運河河畔の王立図書館まで来ました。ブラックダイアモンドと呼ばれる斬新な建物でした。つるんとした黒いガラス張りのシンプルなサイコロ状の建物でした。似たようなコンセプトの建物を大運河河畔で沢山観ました。同じ設計者かもしれません。大運河の対岸には似たような感じのピカピカの集合住宅?が並んでいました。
河畔散策路の幅は概ね8m。これくらいの道幅があると、気持ちよく歩くことができます。河畔散策路と大運河の水面の高低差は3m弱、転落防止柵はありません。10cm足らずの段差が注意喚起とベンチ替わりの役割をしていました。

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王立図書館南側の大運河河畔。河岸を木製の階段式テラスにして水辺のアクセスを確保していました。ベンチ替わりにもなっており、優れた設計だなと感じました。彼方に最初に渡ったランゲブロ橋が見えました。

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王立図書館脇の立ち入り禁止柵、池の水深は浅いけど、立ち入りの禁止には気を使っていました。

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王立図書館とお隣の赤レンガのユダヤ博物館は通路で繋がっていました。

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赤レンガの王立武器博物館の脇を通り抜けました。


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中庭から見たユダヤ博物館。ファサードの壁面緑化も見事でした。

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中庭に銅像が建っていました。デンマークの哲学者キルケゴールは、実存主義の創始者だとか。デンマークは優秀な人材も輩出する先進国だと改めて思いました。

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中庭のベンチでひと休みしました。中庭の屋根越しにクリスチャンスボー城の塔が見えました。

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SDGsの17のピクトグラムが展示されていました。万国共通の絵文字ですが、自分には絵文字だけで各施策の意味合いを理解するのは難しいなと思いました。

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表通りから見たボルセン(旧証券取引所)・・・風格に溢れた赤レンガの建物でした。17世紀にこれだけ品格のある建物を完成させたデンマークの建築技術の高さを思います。ファサードは2018年のイタリア旅行で見たローマの教会のファサードに何処か似ていました。ねじねじの高い塔が独特。

 建築様式    オランダ・ルネサンス様式
 建設工期    1619年~1640年
 クライアント  クリスチャンIV世

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スロッツホルメン島の案内図。3方を囲む運河はガンメル・ストランド運河というそうです。

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クリスチャンスボー城は、宮殿の他にデンマーク議会、デンマーク首相府、デンマーク最高裁判所が入ったまさにデンマークの中枢中の中枢的建物でした。立法権、行政権、司法権という3つの国権の最高権力が一つの建物に収容されている世界唯一の建物とは驚き。

建築様式:バロック、新古典主義、ネオバロック
建設工期 1907年~1928年


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コペンハーゲンの骨格を築いたクリスチャンIV世(1577~1648年)の騎馬像。

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北側の運河から見たクリスチャンスボー城。直径1mくらいの球形の石がズラリと並んでいました。意図的に境界を曖昧にして敷地の連続性を高める優れたデザインだなと感じました。

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クリスチャンスボー城の北側の運河。運河の幅は概ね20m。この河畔には両岸とも転落防止柵がしっかり設置されていました。路面と水面の高低差が5mくらいと大きいためでしょうか。反対側の河畔には中段にボードウォーク風のテラスを造って、水辺へのアクセスを高めていました。沢山の市民がテラスに腰かけて水辺を楽しんでいました。

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運河を跨ぐ橋を渡って対岸に行きました。

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橋の上から見た西側の運河河畔の眺め、観光クルーズ船が通り過ぎました。

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アマート―広場は、1674年の絵図にも描かれていました。写真右の塔はニコライ教会の尖塔。

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アマート―広場の真ん中に巨大な騎馬像が建てられていました。アブサロン(1128年~1201年)は、デンマークの 大司教にして政治家。聖職者にして軍人とは不思議な感じですが、初代のクリスチャンスボー城を建設し、コペンハーゲンの基礎を築いた偉大な人だったようです。

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クリスチャンスボー城と運河。先ほどのクルーズ船の船着き場。

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ニコライ教会は、市内で最も目立つランドマークのひとつ。教会の建物は、ネオバロック様式で高さが90m。元の教会の建物は13世紀初頭に建設され、コペンハーゲンで3番目に古い教会、1795年の火災で建物のほとんどが焼失し、1805年からは公式の教会ではなくなったとか。現在はアートセンター。

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コンゲンス・ニュート―広場はすぐでした。この風格溢れる建物はデパートでした。三越の日本橋本店みたいなものでしょうか。

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コンゲンス・ニュート―広場から再び大運河を目指しました。デンマーク国立銀行の交差点まで戻ってきました。

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写真右の黒い建物がデンマーク国立銀行。斬新なデザインでした。

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大運河まで戻ってきました。実に広々とした河畔の広場で沢山の市民が寛いでいました。運河の端から建物までは概ね30m、ゆったりとした施設配置もいいなと感じました。コペンハーゲンの街は、高さを低く抑えた建物とゆったりとした施設配置が特徴と言ってもいいなと感じました。

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大運河を北に向いて歩きました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-08-18 06:29 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その9 コペンハーゲン(5)

16時、クリスチャンハウンの運河まで歩いてきました。北欧の日没は21時、街歩きの時間はまだ5時間も残されていました。ハウンはデンマーク語で「港」、クリスチャンハウンは「クリスチャンの港」という意味合いだと思います。
クリスチャンハウンの運河の幅はたかだか20m程度ですが、周囲の建物や道路も含め、素晴らしい水辺が出来上がっていました。河畔のカフェテラスでは金曜日の陽の高いうちから市民の皆さんがビールで会話を楽しんでいました。

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クリスチャンハウンは、コペンハーゲンの基盤を造り上げた「建築王」クリスチャン4世(1577~1648年)が造った準旧市街。街の名前はクリスチャン4世から取ったネーミングでしょうか。ここは、クリスチャンハウン運河を中心として17世紀末の救世主教会や18世紀に建造された煉瓦(れんが)造りの建物群など、歴史的建造物が数多く残っている地区だとか。

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(出典 Google)

1674年のコペンハーゲンの絵図を見ると、17世紀末にはコペンハーゲンの基本的な骨格が出来上がっていたことが判ります。この絵図は、クリスチャン4世(1577~1648年)が亡くなって26年後に作成された地図。当時の市街地は二重の城塞でガッチリ防護されていました。市街地中央にある大運河の西側がオリジナルの旧市街。そのヘソには政治、軍事の要であるクリスチャンスボー城がありました。クリスチャンハウンは、クリスチャン4世が市街地の膨張対策として新規に開発した地区でした。クリスチャン4世は、クリスチャンハウンの芯に当時のメーン運輸インフラであるクリスチャンハウン運河を造成していました。
街の新旧は街割り(街路の区画)にもよく顕れていました。クリスチャンスボー城西側の地区の街割りは不規則でグニャグニャと歪んでいました。この地区がコペンハーゲンで最も古くからあった中心地区で、東京でいえば銀座中央通りに相当するストロイエ通りはそのまま現在まで引き継がれているように思えます。それ以外の地区は、クリスチャンハウンも含めて碁盤の目のような街割りになっていました。クリスチャン4世の都市計画は、外側の二重城塞で内部市街地をガッチリを防衛し、内部は規則正しい街割りにして効率的な街にする計画だったようです。クリスチャン4世は、ほぼ同時期に江戸の街割りを築いた徳川家康(1543年~1616年)みたいな優れた都市計画家だったと想像します。ちなみに、半地下のコペンハーゲン中央駅は、クリスチャンスボー城の南側城塞を取り巻くお濠を埋め立てて造成したような感じでした。

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(1674年のコペンハーゲン:出典 Wikipedia)


地下鉄のクリスチャンハウン駅の駅前広場まで歩いてきました。

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駅前広場の大通りに架かる橋から見た南側のクリスチャンハウン運河。
これまで欧州の沢山の水辺を歩いてきましたが、この運河は自分的には上位ランキングに入る水辺だと思いました。沢山の市民が運河を楽しんでいました。
この運河自体の幅は20m、両サイドの道路幅(道路、駐車帯、歩道)は13m、全体で一律46m。全体で50m近いオープンスペースがあると開放感のある水辺ができるという勘定です。河畔の歩道面と運河水面の高低差が2mと小さいのも水辺の近さが感じられていいなと思いました。
河畔の建物は、運河を向いており、概ね5~6階建てでスカイラインを揃えてありました。大半の建物は集合住宅かもしれません。屋外広告やレストラン、お土産屋などのお店は見当たりませんでした。そのためか、何処か品格のある水辺だったと思います。運河の水は透明、両岸に沢山の小型プレジャーボートが係留されており、水面利用は盛んでした。

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「イスランズ・ブリュッゲ地区」の大運河河畔で見たソーラーパネルボートも活躍していました。

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大通り北側のクリスチャンハウン運河。水上レストランが用意されていました。基本的には同じ仕様の水辺が延々と続いていました。

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大通りの西側・・・彼方に大運河河畔の緑屋根のコペンハーゲン商工会議所が見えていました。沿道の建物はいい感じにパステルカラーで塗り分けられていました。建物の色使いにも規制や縛りがあるのでは思います。

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クリスチャンハウン運河の河畔を北方向に歩きました。お客を満載した中型の運河クルーズ船が通り過ぎました。散策路と運河の高低差は2m。転落防止柵替わりの、高さ20cmの枕木状の木製柵は気が利いているなと感じました。ベンチ替わりにもなっていました。

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支間が15mくらいの赤レンガのアーチ橋はすぐでした。シンプルなローライズのアーチですが、上路橋にして景観を支障しない配慮かもしれません。運河は全長で1kmくらいでしたが、橋はこの橋と大通りの橋の2橋のみ。日本人ならもう少し橋を増やそうと考えるところですが・・・

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このアーチ橋はクリスチャンハウン運河のホットスポット。観光客の方にスナップ写真をお願いしました。

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運河を離れて、近くにある救世主教会まで行ってみました。実は、クリスチャンハウンをターゲットにした理由は、無料で高さ90mの教会の天辺に上がってコペンハーゲンの街を一望することでした。結果としてクリスチャンハウン運河という素晴らしい水辺を思いもよらず発見ができて幸運でした。

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救世主教会は、らせん状の尖塔が目を引く教会。建設期間は1695年~1752年。赤レンガで建築様式はバロック様式。らせん状の尖塔はその後約50年たってから新たに付け足されたものだとか。最上階まで400段以上の階段を上ります。はじめは教会内の階段を上り、やがて外側のらせん階段へとつながり、尖塔のてっぺんまで行くことができるそうです。

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ところが、教会の到着時間が16時20分、閉館時間が16時なので閉まっていました。残念。

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再び、クリスチャンハウン運河に戻りました。

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50~60人くらいの観光客を乗せた観光船が通り過ぎました。

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観光船背後の貨物船の船首にはデンマーク語で「KØBENHAVN」(英語表記:COPENHAGEN)と記載がありました。

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クリスチャンハウン運河の三差路まで歩いてきました。写真の運河は南北方向の運河に直交する西向きの運河。

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北側の運河。

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ここで運河を南に引き返しました。運河の端から建物の端までは13mのスペースがありました。内訳は、運河側歩道4m(歩道2m、駐車帯2m)、車道5m、建物側歩道4m(歩道2m、駐車帯2m)。運河の片側に13mのスペースがあると、快適な水辺が出来上がって、快適な散策ができるという勘定です。

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運河利用は熱心、ゴムボートの一団が通り過ぎて行きました。

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運河沿いの不動産さん屋が目に入りました。

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価格は、4,196,000クローネ(7,100万)と高額ですが、食べ物程高いとは思いませんでした。ピクトグラムの表示は、多分、1938年完成、98m2ではないかと思います。

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別の物件も。

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価格は、5,095,000クローネ(8,700万)、1750年完成、132m2。18世紀の赤レンガ建物が多い歴史地区なので、古い建物も大事に使われているようです。

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大通りを大運河に向けて歩きました。通り脇のクリスチャン教会は、1754年着手、1759年完成のロココ様式の教会。

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クニッペルスブロ橋を渡りました。大運河(コペンハーゲン港)左側の河畔にはお洒落な建物が並んでいました。

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真新しい建物群は、斬新なデザインで黒いサイコロ型。これまで見てきた建物と何処か似ていました。集合住宅かもしれません。

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大運河(コペンハーゲン港)右側の河畔にもお洒落な建物が並んでいました。ブラックダイアモンドと呼ばれる王立図書館も見えていました。

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大運河を渡り終えて、コペンハーゲンの中心市街地に戻りました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-08-15 14:46 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その8 コペンハーゲン(4)

駅前大通りを東に歩いて行くと、運河に出合いました。運河と思っていた水路は実はコペンハーゲン港の航路でした。ランゲブロ橋を渡って「イスランズ・ブリュッゲ地区」と「クリスチャン・ハウン地区」を歩きました。運河東側の市街地は、コペンハーゲンの拡大に伴って新たに埋め立てた地区だと思います。

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(出典 Google)

ランゲブロ橋はコペンハーゲン中心部と埋め立てて造成した東部の新市街地を連絡する基幹橋梁でした。この橋は、航路を横断するので、東京で言えば隅田川の勝鬨橋みたいな跳ね橋になっているとのことですが、稼働しているかしていないかは不明でした。

ランゲブロ橋から眺めた運河の南側、写真右が都心側、左側が「イスランズ・ブリュッゲ地区」。

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都心側の河畔には斬新なピカピカの建物が、沢山建てられていました。サイコロ型のツルンとした黒っぽいシンプルなデザインの建物でした。

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運河と河畔通路の高低差は3mほど、転落防止柵はありません。デンマークも、他の欧州の国々と同様、自己責任の文化の国と考えてよいと思います。

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ランゲブロ橋を渡り終えて、「イスランズ・ブリュッゲ地区」の河畔を歩きました。好天に恵まれて良い街歩きが出来て幸運でした。
この河畔は、オープンスペース感溢れる素晴らしい水辺でした。インフラの配置は、運河⇒散策路・公園⇒道路(車道・歩道)⇒建物の並び順ですが、運河と建物の間に、散策路・公園と道路を併せて、60mくらいのスペースがありました。なるほど、価値の高い水辺空間が出来上がった訳だと感心しました。建物は当然のことなから運河を向いていました。

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ランゲブロ橋付近の運河幅は概ね150m。運河部分は3スパンの赤レンガを貼ったアーチ橋。中央スパンを跳ね橋にして航路にしているようです。

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幅10mくらいの幅広な河畔散策路を歩きました。運河と散策路の高低差は3m程度ですが、転落防止柵はありません。運河の水の透明度は恐ろしく高いなと思いました。青い小さなボートが係留されていました。

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大きな運河クルーズ船は見掛けませんでしたが、ボートレベルの観光利用はありました。価値の高い水辺なので、クルーズ船から眺めるコペンハーゲンの街も良いのではとは思いますが・・・

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青色のボートは、8人乗りのソーラーパネルを備えたレンタルボート。レンタル料は1時間で449クローネ(7600円)と恐ろしく高額。


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広々した河畔の芝生公園で市民の皆さんがノンビリ寛いでいました。

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歩道に植えられた八重桜が満開を迎えていました。欧州では意外にも八重桜は人気のようですが、白の桜は初めて見ました。

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雲一つない晴天に恵まれて、河畔散策路の歩きは実に快適でした。

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北欧の人たちにとって太陽光は貴重な財産なのでしょうか。この日は金曜日ですが、意外にも沢山の市民の皆さんが河畔の日光浴を楽しんでいました。

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気温も高く、綺麗な運河なので、泳いでいる市民も・・・。

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対岸の都心側の水辺には真新しい建物がずらりと並んでいました。このあたりは、空港から郊外線でコペンハーゲン中央駅に入る直前に見た再開発地区の裏側にあたる地区、運河地区も含めた大規模な再開発を行っているのかもしれません。

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河畔のカフェテラスでビールを頂きました。コペンハーゲンはカールスバーグの本社があることからも、ビールだけは意外にもリーズナブル。旅日記を記したメモ帳を紛失したので、相当記憶が曖昧ですが、300ccで30クローネ(510円)くらいだったと思います。お店のスタッフに記念写真を撮ってもらいました。

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鉄道のレールと貨車が観光インフラとして再利用されていました。

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桟橋から、歩いてきた運河を振り返りました。転落防止柵もなく実に広々とした水辺でした。

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河畔公園の砂場ではビーチバレーも・・・。

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河畔の街歩きをを終えて、住宅街を歩きました。最初は伝統様式の集合住宅が固まった地区でした。概ね6階建ての赤レンガの建物が綺麗にスカイラインを揃えていました。都心まで歩いても20分程度で閑静で周辺環境に優れた住宅地に住めるとは羨ましい限りです。

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集合住宅の玄関・・・呼び出しのインターホーンが付いていました。

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管路を入れ替える土木工事でしょうか。立ち入り防止の横木は赤白の木製の板。日本では見ることのない光景です。土木工事にも彼我の文化の違いを感じることができます。

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街角のカフェで子育ての光景を目にしました。左側は子供を抱いた若奥さんとその友人、右側は子育ての若奥さん同士の井戸端会議でしょうか。

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1、2階が「横目地」風、3~6階が赤レンガの集合住宅。スカイラインを見事に揃えていました。

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建物の角にある「キオスク」は、日本で言えば「コンビニ」に相当する雑貨屋、欧州ではよく見掛けるお店です。そういえば、この住宅街ではセブン・イレブンのようなコンビニエンスストアは見掛けませんでした。ちょっとした買い物は「キオスク」で済ませていると思います。

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アート工房でしょうか。

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お花屋さん。

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勿論、電柱・電柱などはありません。青空に浮かんでいるのは、照明灯とそれを吊るワイヤーだけ・・・。

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英語表記の宣伝、ほとんどのデンマーク人は英語が達者だとか、いつまでたっても英会話が上達しない自分からは羨ましい限り。

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北側の新住宅街まで戻ってきました。伝統様式の住宅街と現代様式の新住宅街がキッチリ分かれていました。日本式も味噌もくそも一緒という街づくりとは明確に違っていました。コペンハーゲンには、よく練り込まれた都市計画、建物デザインやルール創りと合意形成を欠かさない文化があるのではと感じました。

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水と中庭のあるお洒落な集合住宅。

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透明なガラス貼りの斬新な建物もスカイラインを綺麗に揃えていました。

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中庭のオブジェ。

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この建物は伝統的な赤レンガのイメージを巧みに取り込んだ建物でした。飛び出したヴェランダがアクセントになっていました。

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駅前通り沿いの建物にも池を配置していました。

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「ランゲブロ橋」の袂まで戻ってきました。自転車のお店がありました。

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「ランゲブロ橋」の袂のカフェ「ランゲブロ」も繁盛していました。皆さん、ビールを楽しんでいました。


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「ランゲブロ橋」の橋の下を潜って、北側の「クリスチャン・ハウン地区」に入りました。

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運河に浮かべた12室の「水上ホテル」。

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運河に浮いた黄色い船は観光船かも。対岸には補修中の斬新なガラス張りの建物。驚かされたのは建設中の不思議な橋でした。

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この建設中の橋は回転橋だと思います。橋脚に設置した回転装置で橋体を回転させ、運河の航行船の航路を確保するやり方でしょうか。橋の桁下空間を小さくできる、ある意味効率的な手法。黄色い船は橋体を90度回転させてできた航路を移動中でした。
とにかく、斬新な橋は別の場所でも観ました。コペンハーゲンは恐ろしく斬新なモノと歴史的なモノを巧みにコラボレーションさせて、価値を高めている街だなと感じました。

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この船はレストラン、運河の水面利用は熱心なようですが、観光舟運はもう一つかもしれません。

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コペンハーゲンを取り囲む稲妻型の城塞の端部まで来ました。この園路が城塞沿いのお濠に沿って延々と配置されていました。

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園路とお濠と駅前通りのホテル。このホテルはこの一帯のランドマーク、高さ106mの縛りギリギリの高さでしょうか。

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お濠の浄化事業でしょうか。金網から湧水がコンコンと湧き出ていました。無数の貝殻が沈んでいました。

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園路を子供を載せた自転車が走り過ぎました。プッシュ式の自転車がコペンハーゲン流かもしれません。

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お濠の向こう側。

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大きな鳥もいました。生態系は豊かな感じでした。

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1800年頃のコペンハーゲンの絵図を見ると、すでに稲妻型の土塁は完成していました。その外側にさらに土塁を築いてました。外側の土塁は現在でも残っていました。二重の城塞で市街地を守らなければならなかったほど、コペンハーゲンを取り巻く状況はシビアだったということかもしれません。

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(1800年頃のコペンハーゲン:出典 コペンハーゲンの都市史)

城塞の土塁の天端は公園になっていました。この土塁はお堀の掘削残土をそのまま盛った堤防みたいな土構造物、この土塁が延々と5kmくらい続いていました。

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土塁の高さは6mくらいなので、平均幅を30mとすると、90万m3の盛土工事が必要という計算になります。機械のない時代なので、人力主体の工事、よく造ったなと思います。

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土塁の天端から北側の「クリスチャン・ハウン地区」がよく見えました。土塁を降りて、「クリスチャン・ハウン地区」を歩きました。

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6階建ての赤レンガの集合住宅・・・。

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路上の駐車場とセットになった集合住宅。南側の「イスランズ・ブリュッゲ地区」と違って、新旧の建物が混在していました。

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「クリスチャン・ハウン地区」のランドマーク「救世主教会」が向こうに見えてきました。

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自動昇降式のプラットフォームを使って建物を補修中、このやり方は気が利いています。

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緑色のパステルカラーの建物のエンブレムには、3匹の魚と1760という数字が記されていました。この建物は1760年完成、今年で259歳ということになります。

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少し行くと、幅20mくらいの運河に出会いました。運河周りの水辺の風景は実に素晴らしいものでした。

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以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-08-13 16:36 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その7 コペンハーゲン(3)

13時、コペンハーゲンの街歩きを開始しました。歩いた経路を地図に落とすと、街の北半分を歩き残していました。南側の運河沿いの歩きに時間を使いすぎたためでした。もう少し計画性を持って歩けば良かったかなぁと反省しています。

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(出典 Google)

“Copenhagen”は英語表記、デンマーク語表記は“København”、”køben”は『商人』、“havn”は『港』という意味なので、コペンハーゲンは「商人の港」ということになります。コペンハーゲンは、何故、稲妻型の城壁を持つ要塞都市だったのか?それも含めて、この街の歴史が自分にはもっとも興味深い点です。
フェレスデザイン株式会社の「デンマーク都市・建築研究」、「コペンハーゲンの都市史」というブログを参照して、コペンハーゲンの歴史を簡単にまとめてみました。


コペンハーゲンの起源は、西暦800年頃現在の市街地中心部にあった小さな漁村だそうです。そういえば、イギリスのヨークやドイツのケルンは、古代ローマの植民都市でした。流石の古代ローマ人もコペンハーゲンまでは来なかったみたいで、思ったよりも歴史が浅い街でした。
12世紀中頃、現在のドイツの北東部に住んでいたヴェンド族との戦いにおける重要な軍事基地として、城壁に囲まれた港町へと変貌していきました。13世紀には現在の名の原型である“Køpmannæhafn(商人の港)”の名が使われていることからも貿易港として栄えていたようです。その後、コペンハーゲンのあるシェラン島を管轄していたロスキレ教区の統治下におかれました。
16世紀初頭の革命で教会が支配権を失うと、当時のデンマーク王によってコペンハーゲンがデンマーク連合王国(現在のデンマークとノルウェー、スウェーデンの南部)の首都と定めれらました。この時期からコペンハーゲンの都市化が進んだようです。

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(1500年頃のコペンハーゲン:出典 フェレスデザイン株式会社ブログ )

当時のデンマークはØresund(デンマークとスウェーデンの間を流れる海峡)の東の地域一帯(現在のスウェーデン南部)を所有しており、首都・コペンハーゲンはこのデンマーク連合王国の中心に位置していました。現在の地図を見て、コペンハーゲンは随分と端にあるなと感じるのは、こんな経緯のせいでした。
新たな王国の首都となったコペンハーゲンの街の骨格は、この当時から現在に至るまで変わっていないそうです。現在でも多くの人で賑わいをみせるアマー広場(Amager torv)は当時から街の中心として賑わっていたとか。
「建築王」と呼ばれたクリスチャン4世(1577~1648年)が、コペンハーゲンの都市計画を策定し、この街の城壁を拡張し、城壁の内側にたくさんの壮麗な建物を建設しました。Rosenborg(ローゼンボー宮殿)、Børsen(証券取引所)、Rundetårn(ランドタワー)などは彼の作品であり、現在でも当時の姿のままを残しているとか。コペンハーゲンは、その遺産を大切にして、多くの観光客を集めているというところでしょうか。

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(1611年のコペンハーゲン:出典 google)

「地球の歩き方:北欧2018~2019」の紹介文

日本から北欧への玄関口となるコペンハーゲンは、シェラン島の北東部にあるデンマークの首都。デンマーク語で「商人の港」を意味し、多くの運河をもつ港町は、商業上の重要な拠点として発展していった。
コペンハーゲンの歴史は、12世紀半ばアブサロン大主教によって建設されたクリスチャンスボー城から始まる。その後17世紀には、「建築王」と呼ばれたクリスチャン4世(在位1588~1648年)のもと、多くの建築物が建てられ、町は次第に大きくなっていった。現存する赤れんがで造られたオランダ・ルネッサンス様式の歴史的な建造物は、ほとんどがこの時代に建てられたものである。
市街地では、建築物の撤去が容易に許可されない。やむを得ず建て替えなければならないときでも、周囲の建物との調和が義務づけられている。また市庁舎の塔(105.6m)より高い建物を建ててはならないという市の条例により、近代的な高層ビルもない。こうした徹底した政策が功を奏し、町はいつまでもその華麗なたたずまいを保ち続けている。この独特の重量感のある街並みは、戦争による挫折と、それを繰り返すまいとした市民の知恵の賜といってもいい。その挫折とは、19世紀の初め、ナポレオン戦争の際、フランスに加担し、敵対する英国軍によって町が破壊されたこと。その知恵とは、第2次世界大戦の折、ナチス・ドイツに形の上で降伏し、町を戦火から守ったことだ。
重厚な石造りの建物やカラフルな木造家屋、モダンな近代建築が絶妙なバランスをとった町並みは、おとぎの国の首都にふさわしく美しい。

「そうか、そういうことか」とこのブログを書く段になってようやく気づく始末です。なるほど、市街地の建築高さ制限や取り壊し許可制度などのタイトな縛りが、コペンハーゲンの歴史的景観を保全していたんだと得心が行きました。
その一方、恐ろしく斬新なデザインの建物やインフラが古いものと同居していたスポットもたくさんあり、随分と突き抜けた街だとも感じました。新しい街を造り込む仕組みや組織があるようです。新旧のコラボレーションが、コペンハーゲンの真骨頂かもしれません。

駅前ホテルの部屋に荷物を置いて、身軽になって、ホテルを出発しました。雲ひとつ無い晴天に恵まれて幸運でした。
最初はコペンハーゲン中央駅。

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この駅は、歴史を感じさせる赤レンガの風格のある駅舎でした。イギリスで蒸気機関車が実用化されたのが1814年。世界最初の鉄道は、1830年のマンチェスター・リヴァプール鉄道。これ以降、産業革命とセットで一気に欧州各地で鉄道が敷設されていった感じです。デンマークは、1847年にコペンハーゲンとロスキレ間が開通、現在の駅舎は1911年完成。

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駅の側面。

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駅に駐輪している自転車の多さに驚かされました。自転車は、ある意味、コペンハーゲン名物かもしれません。この街の坂のない平坦な地形が、自転車の普及を後押ししたようです。

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夥しい数の自転車が2段重ねで積みあげられていました。正直、あまり美しい眺めとは言えません。当局は地下駐輪場の建設に真剣に取り組んでいることでしょう。

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前輪が2輪タイプの自転車をよく見掛けました。このタイプの自転車を日本で見掛けたことはありません。

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半地下の線路・・・この掘割は旧市街を防衛するお濠を埋め立てて造成したものかもしれません。

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建物のお腹を幅広の道路が通り抜けていました。このような道路の使い方は、欧州の街まちで結構見掛けました。

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歴史を感じさせる昔風の建物と最先端の建物。この新旧のコラボレーションを運河沿いで沢山観ることになります。

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「SAS」の商標を掲示した高層ビルは、てっきりスカンジナビア航空の本社ビルと思っていたら、「ラディソンSASロイヤルホテル(Radisson Blu Royal Hotel)」という、1960年に完成した5つ星ホテルでした。このホテルは、歩いた範囲では、最も背の高い近代的な建物でした。市庁舎の塔の106mよりはギリギリで低く抑えている感じです。

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コペンハーゲン中央駅北側の大通りを東に歩いて、運河を目指しました。

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道路脇のお寿司レストラン。

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「魚嫌いでもOK」な寿司レストランだそうです。

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チボリ公園のフードコートの中に入ってみました。

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ちょうどランチタイム。

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コペンハーゲン名物は、エビがどっさりのオープンサンドみたいです。

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中央駅の北口。

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チボリ公園は、1843年にオープンした、今年で開業176年の老舗遊園地。江戸末期に庶民のための娯楽施設を造ったとは驚き、このころから高福祉国家だったのかもしれません。

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(出典 Google)

チボリ公園の入り口。

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ウォルトディズニーが参考にした遊園地だとか。

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「Wagamama」が、チボリ公園に出店していました。このレストランは、ラーメン、焼きそばなど日本のソールフードを売りにしている和食レストランチェーン。

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チキンラーメンは、134クローネ(2300円)。一番安いラーメンでさえ日本の2倍のお値段。グリルしたチキンがトッピングされているそうです。

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2015年のイギリス旅行でこの「Wagamama」を知りました。このチェーン店は、ヒースロー空港構内の一番良い場所に出店していました。和食の普及は随分進んだなと感じます。
https://camino0810.exblog.jp/24571670/

交差点で自転車軍団に出会いました。2011年の台湾旅行で見た、台北の単車軍団を思い出しました。自転車の人たちは、右折時に右手を挙げるなど、交通ルールを遵守していました。

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専用の自転車レーンが設置されていました。道路を横断する際、日本では歩行者は車だけに注意を払えば事足ります。コペンハーゲンでは、車に加えて自転車にも注意しなければいけません。自転車の速度はかなりあり、結構、怖い思いをしました、同じ事を自転車王国のオランダ、ベルギーでも経験しました。確かに、両国とも坂がありません。

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実用的な自転車がほとんどで、スポーツタイプの自転車はあまり見掛けませんでした。


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市庁舎前の大通りは実に快適でした。写真右の塔がコペンハーゲンで最も高い市庁舎の塔(105.6m)、自転車専用レーンも設置されていました。

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ニューカールスベアは、1847年創業のデンマークのビール会社の博物館、日本では「カールスバーグ」で有名。

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運河が近づいてきました。

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振り返った大通り・・・これだけ開放感のある道路を歩いたのは久し振りでした。ゆったり幅広の歩道を運河に向けて歩いて行きました。自転車専用レーンと歩道の段差は擦り付けをして、段差を解消していました。5階建ての赤レンガの建物はスカイラインを揃えており、最も高い市庁舎の塔をフューチャーリングしていました。

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コペンハーゲンの市街地の真ん中を流れる運河まで来ました。

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以下、次号・・・  


by camino0810 | 2019-07-20 18:18 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その6 コペンハーゲン(2)

12時過ぎ、電車はコペンハーゲン中央駅に到着しました。

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(出典 Google)
コペンハーゲン中央駅は、線路が道路面よりも7、8m低い半地下の駅舎でした。2017年に旅行した北ドイツのハンブルク中央駅を想い出しました。ハンブルク中央駅もやはり同じ半地下の駅舎でした。

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コペンハーゲンは、かつて強大な防御力を誇った要塞都市で、その痕跡が現在も色濃く残った街でした。

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(出典 Google)
デンマークのライバルは、同じ北海の交易で繁栄した北ドイツのハンザ同盟でした。ハンブルク、リューベックも同じ稲妻型の城塞(リング)を持った要塞都市、ハンブルク中央駅は半地下の駅舎でした。この駅舎は旧市街の外縁の城塞となっていたお濠を埋めて造った駅舎ではないかと想像します。

https://camino0810.exblog.jp/27047387/


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(ハンブルク旧市街:出典 Google)

同じことがコペンハーゲン中央駅にも当てはまるのではないかと考えてみました。市街地の拡大に伴って、不要となった旧市街外縁の城塞となっていたお濠を埋め立てて駅舎と線路にしたのでないか。お濠であれば、わざわざ土地を買収する必要もないので手っ取り早いやり方だと思います。


コペンハーゲン中央駅のホームは、古風な気分に溢れたマルチトップのドーム屋根でした。

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ホーム階・・・屋根の開口を大きくしてあるので、ホームの採光は文句が付けられないほど明るかったです。北欧の暗くて長い冬対策でしょうか。柱もアーチリブも古風なリベット接合、柱は灰色、アーチはピンクで塗装。

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改札階のコンコース・・・屋根はホーム階と同様広い開口を取っていました。アーチの梁材は一見木材風に見えましたが、よく見ると鋼材でした。北欧の伝統的な木造りの建物がコンセプトかもしれません。コンコースには日本でもお馴染みのセブンイレブンが出店していました。

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切符の自動販売機。

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コペンハーゲンは低平な土地柄、石材が乏しいようでした。建物は赤レンガがベース、石材も一部使われていました。

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屋根のアーチは鋼材を組み合わせていましたが、溶接でもなくリベット接合でもない、見たことのないような特殊な構造でした。

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セブンイレブンは、豊富な食べ物をリーズナブルなお値段で提供する実にありがたいコンビニでした。サンドウィッチは39クローネ(670円)、330CCのコカ・コーラが17クローネ(290円)、シナモンロールは19クローネ(320円)。ザックリ、日本の2倍のお値段といったところでしょうか。唯一、カールスバーグのピルスナーが、15クローネ(260円)と日本並みだなと感じました。


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お寿司はコペンハーゲンでも当たり前に並んでいました。10個入りのお寿司パックが79クローネ(1300円)、日本の倍の感じです。

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コペンハーゲン中央駅のファサード。

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コペンハーゲン中央駅の側面。

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駅南側のホテル街にある、予約したホテルは歩いて1~2分の近さでした。

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ホテル街の建物は、建物のスカイラインを綺麗に揃えていました。

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ホテルのお隣の中華。チャーハンやラーメンが85クローネ(1400円)。デンマークは、医療、年金、介護、教育などが原則無料で、所得税50%前後、消費税が25%という「高福祉、高負担」の福祉先進国だとか。多分、高賃金なので物価水準も日本の倍近くの水準にあるということでしょうか。

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駅前ホテルに12時30分にチェックイン。部屋に荷物を降ろして、フロントで地図を貰って、おススメの観光スポットを紹介してもらいました。
13時、コペンハーゲンの街歩きを始めました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-07-14 07:25 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その5 コペンハーゲン(1)

ルフトハンザ航空826便はフランクフルト空港を定刻10時に出航しました。欠航になったスカンジナビア航空の飛行機が9時30分発、遅れは30分ですみました。
100人乗りくらいの小さめなジェット機でした。

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フランクフルト空港第2ターミナル。

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この空港はルフトハンザのハブ空港のひとつ。鶴のエンブレムのルフトハンザ機が沢山駐機していました。

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飛行機が通る部分は全面コンクリート舗装、3mくらいの間隔で正方形の目地が入っていました。

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そういえば、コンクリート舗装をしっかり見たことはこれまでありません。目地や表面の洗い出し模様が確認できました。

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飛行機に乗り込んで、客室の上部ロッカーに40Lのバックパック、座席の下に30Lのデイパックを入れました。ルフトハンザ航空は手荷物は2つまで持ち込めるポリシーでした。

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ルフトハンザ航空826便は、定刻11時30分、コペンハーゲン・カストラップ空港に到着しました。
フランクフルト空港とコペンハーゲン・カストラップ空港の直線距離は概ね700km、1時間30分の旅程でした。カストラップ空港は、緯度55°37'46.4"N 、経度12°38'56.4"E、スコットランドの首都エディンバラと同じくらい高緯度でした。
この空港は3kmを超える滑走路を3本備えた大きな国際空港でした。そういえば、MU219便(上海プードン空港~フランクフルト空港)は、離陸滑走距離3230mのボーイング777という大型機でした。なるほど、カストラップ空港はこのクラスの大型機が難なく離着陸できる滑走路を備えた大型空港だと思います。

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(出典 google)
ドイツは雨でも目的地のコペンハーゲンは快晴、ツキがあったなと喜びました。

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カストラップ空港はピカピカの真新しい空港でした。

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構内はお洒落なお店が並んでいました。

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看板を見て驚かされました。ハンバーガーのセットが179DKK(デンマーククローネ:1DKK=17円)、日本円で3000円。日本では考えられない衝撃的なお値段でした。以降、デンマークの高い物価を思い知らされることとなりました。

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客室に手荷物を持ち込んだので、バゲッジクレームはスルー。

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ターミナル3の建物はピカピカのガラス張り。

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コペンハーゲン・カストラップ空港は、コペンハーゲン中央駅の東南10km地点に立地していました。

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(出典 google)
コペンハーゲン市街地へのアクセスは、バス、地下鉄、鉄道が用意されていました。予約したホテルがアムステルダム中央駅のすぐ近くにあるので、鉄道にしました。

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コペンハーゲン中央駅まで切符は自動販売機でスムーズに買えました。外国の駅で自動販売機で上手に切符が買えたケースはほとんどありません。そのため、窓口の対人販売で購入してきました。珍しいことです。
間違えて1番線ホームに降りてしまいました。1番線からは隣国スウェーデンのマルメ行きの電車が出ていました。コペンハーゲンとスウェーデンのマルメの海峡には長大な連絡橋が完成しているので、簡単に往復できるようでした。両国ともシェンゲン協定加入国同士、検札などないのかもしれません。


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この路線は、都市近郊鉄道と都市間長距離列車の両方が運行、上下線で1時間に10本程度の運行本数。

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コペンハーゲン中央駅行きの電車は2番線ホーム。この駅舎は半地下の駅でした。ホームは実にゆったりした設計でした。

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DSBはデンマーク国鉄の略称。連結部を黒いゴム?でカバーをするのがデンマーク流みたいです。

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車内はガラガラ、乗客は自分1人。それでも、検札の人が周ってきました。デンマーク国鉄はまめに車内検札をする流儀だったと記憶しています。


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コペンハーゲン中央駅までは36DKK(610円)、所要時間15分、恐ろしいアクセスの良さ。

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時差ボケに加え、朝早くからトラブルに遭いましたが、意外に元気。

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北欧はようやく新緑を迎えたばかり、路線は掘割区間が多かった感じ。騒音防止?でしょうか。

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郊外駅もピカピカな掘割駅。

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高層ビルも。

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電車は運河を渡りました。

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電車は、トンネルを抜けて市街地に入りました。

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コペンハーゲン市街地中心部の斬新なデザインの建設中のビル群。デンマークの建設用クレーンは定置式ジブクレーン。

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コペンハーゲン中心市街地はどうも再開発が盛んなように思えます。

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コペンハーゲン中央駅が近づいていました。

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以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-07-06 07:33 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その4 上海プードン~フランクフルト

上海プードン空港24時05分発のフランクフルト行きMU219便に搭乗しました。

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ジェット機まではバスで行きました。オーバーハングした搭乗ロビーの側壁は、造るのが大変だったでしょう。

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上海プードン空港の各搭乗口は、緯度と経度が表示されています。その理由は不明。ちなみに、フランクフルト空港は、緯度50°02'19.8"、経度 8°33'42.0。羽田空港は、緯度35°32'38.8"、経度 139°46'08.8"。改めて、ドイツは高緯度の国だと思います。

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MU219便は、ボーイング777-300という大型ジェット機でした。

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調べると、ボーイング777-300は、全長73.9m、全福60.9m、乗客数 365人、重量298t、燃料171m3、最大航続距離11023km、離陸滑走距離3230mだそうです。ジェット燃料の比重を1.0とすると、ジェット機の重さの半分は燃料でした。重さ300tの物体が途中燃料の補給も受けず11000kmも飛んでいくとは、よく考えてみると驚きです。必要な滑走路の長さは概ね3km、世界各国のハブ空港は、この程度の滑走路が必要だということになります。


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不思議な車が主翼の下で注入作業をしていました。潤滑油かもしれません。

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最近のジェット機は機内でWiFiも使えるようです。

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フランクフルト行きMU219便は定刻24時05分発に出航しました。この建物は、オーバーハングした壁なので、多分、ターミナル1の建物だと思います。

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機内食は美味しかったです。

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フランクフルト空港には6時25分に到着するので、飛行時間は概ね12時間、辛い時間が始まりました。平均時速を800km/時とすると、航続距離は9600km、このジェット機の最大航続距離11023kmなので、意外にもギリギリ、それほど余裕があるとは言えません。

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偏西風は、時速100km程度(秒速30m)くらいはあり、意外にも強風。11000mの高高度なので空気密度が小さく摩擦抵抗が減るとはいえ、アゲンストの強風に逆らって進むので、燃料も嵩むでしょう。

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中国東方航空は日本の新作映画も用意していました。『コーヒーが冷めないうちに』は有村架純主演の映画。

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時空を行き来する設定で、大変良い映画でした。リリーフフランキー主演の「万引き家族」も観ました。家族の有り方を考えさせられる佳い作品でした。

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ジェット機は朝方、ようやくポーランド上空まで来ました。

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ジェット機は、高度を下げ始めました。窓の外の見える川はライン川の支川マイン川ではないかと思います。

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MU219便は、朝焼けのフランクフルト空港に着陸。

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フランクフルト空港第2ターミナルに到着。

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9時30分発コペンハーゲン行きスカンジナビア航空SK640便は、第1ターミナルから出発するので、移動しなくてはなりません。バゲッジクレームに向かいました。


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出国審査。

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おトイレは脚なし型。

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朝、7時前にバゲッジクレームで無事40Lのバックパックを受けとりました。

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トラブルもなく、大事な荷物を受け取ることができてホッと一安心、ベンチで一休みしました。2016年のドイツ旅行の時、このバゲッジクレームで自分の荷物だけが届かず1時間以上も待たされたトラブルに遭いました。トランジットの時間は大きな余裕があるとは言えないので、本当は40Lのバックパックを客室持ち込みにしたかったのですが、中国東方航空の手荷物ポリシーではNGでした。大概の航空会社で40Lのバックパックは客室持ち込みが出来たので、事前に使用する航空会社の手荷物ルールを知っておかなくてはいけません。

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フランクフルト空港第2ターミナルの出発ロビー。広大な内部空間を持ったターミナルで、航空会社のチェックインカウンターがずらりと並んでいました。

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屋根の開口が大きいので、明るいターミナルでした。

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第1ターミナルと第2ターミナル間は、シャトル便が運行されています。屋上のシャトル便の駅に向かいました。

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シャトル便乗り場には、巨大な恐竜が吊るされていました。真面目な印象のあるドイツ人ですが、意外に遊び心もあるようです。

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シャトル便は、ゆりかもめ式の電車でした。

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車窓から第1ターミナルが見えました。朝焼けから一転雨に変わりました。

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第1ターミナルに到着。

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バゲッジクレームで時間をロスすることもなく、順調な滑り出しだとほくそえんでいたら、予想外の大トラブルが待っていました。時刻表に目をやると、コペンハーゲン空港行きのスカンジナビア航空SK640便だけが、親の仇みたいに欠航になっているではありませんか。真っ青になりました。すべての旅程が狂う忌々しき事態です。
スカンジナビア航空の予約事務を代行するルフトハンザ航空の窓口に駆け込んで、泣き顔で対応をお願いしました。スタッフから2階のトラブル専用のヘルプデスクみたいなチェックインカウンターに行くよう指示されました。スタッフの女性から『コペンハーゲン行きのすべての便は埋まっている』と言われて、へこみました。ルフトハンザの対応を待ちました。しばらくしてスタッフの女性から『1席空きができた』といわれた時には天にも昇る気持ちになりました。

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1時間くらい掛かって、とにかくコペンハーゲン空港行きの搭乗券が入手できました。ようやく写真を撮る余裕を取り戻せました。

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手荷物検査を終えて、ルフトハンザ航空826便コペンハーゲン空港行きの搭乗ロビーに向かいました。

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10時発ルフトハンザ航空826便コペンハーゲン空港行きの搭乗ロビーに無事到着できました。ルフトハンザは、40Lのバックパックと30Lのデイパックの客室持ち込みがOKでした。

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出航までの時間を利用して、この顛末をフェイスブックにアップしました。朝焼けが一転雨に変わりました。それにしても、ルフトハンザというナショナルフラッグキャリアは巨大な航空会社でした。沢山の便をもっている巨大な航空会社に救われた思いです。

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この時に書いた記事・・・。

4月26日(金)フランクフルトは雨、気温不明。
MU219便は6時25分にフランクフルト空港に到着しました。10時発ルフトハンザ826便コペンハーゲン空港行きの搭乗ロビーでこの記事を書いています。
T2からスカイラインでT1に到着、余裕でスカンジナビア航空のチェックインカウンターに向かいました。
時刻表に9時30分発コペンハーゲン行きSK640便が欠航と表示があり、真っ青になりました。すべての旅程が狂う忌々しき事態です。
ルフトハンザ航空の窓口に行って、泣き顔で対応をお願いしました。2階のヘルプデスクみたいなチェックインカウンターに行きました。係の女性からコペンハーゲン行きのすべての便は埋まっていると言われて、また泣き顔になりました。ルフトハンザの対応を待ちました。しばらくして係りの女性から1席空きができたといわれた時には天にも昇る気持ちになりました。
それにしても、ルフトハンザというナショナルフラッグキャリアは巨大な航空会社でした。フランクフルト空港をハブ空港にしていました。チェックインカウンターの数が航空他社を圧倒していました。スカンジナビア航空の代行業務もやっているとは知りませんでした。沢山の便をもっている巨大な航空会社に救われた思いです。

コペンハーゲン空港行きLH826便は定刻10時に出航しました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-06-28 06:54 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年4月25日(木)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その3 羽田~上海プードン

MU540便は羽田空港を定刻17時50分に出航しました。
数年前、羽田空港国際線ターミナル3階の展望台に上がってみたことがありました。展望台から見た周りの眺めは良かったです。

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羽田空港の管制施設が見えました。ジェット機はA滑走路を海に向けて発進。東京湾をぐるりと一周した後、西に航路を取ったので、千葉の富津や横浜などのインフラが良く見えました。


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(出典 Wikipedia)



窓からD滑走路が良く見えました。数年前、6000億円を掛けて完成した羽田の4本目の滑走路でした。連絡橋の手前は鋼管柱のジャケット方式、奥は通常の埋め立て方式。多摩川河口の護岸法線を延長したラインから川側は通水を阻害しないジャケット形式としているのが良く理解できました。
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(出典 Google)

この不思議なオブジェは、東京湾横断道路(東京湾アクアライン)のシールドトンネル掘削時の発進到達立坑跡地だと思います。トンネルの坑口は、海底面よりも更に深い訳で、大水深に耐える仮壁が必要だったことでしょう。現在は、換気立坑や避難口にしているそうです。

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東京湾横断道路の高架橋が見えました。写真左の船舶みたいな細長い施設は「海ほたる」。現在はPAになっていますが、建設当時は、シールドトンネルの発進到達立坑だったのではないかと想像します。


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ジェット機は機首を西に振りはじめました。砂嘴状の富津岬が視界に入りました。右側は三浦半島。東京湾の間口もそれほど広くはありません。

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ジェット機は根岸湾上空を通過、向こうに相模湾が見えてきました。

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富士山の真上を通過。富士山は傘雲を被っていました。

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羽田、上海プードン間は1900km、所要時間は約3時間、ジェット機は偏西風に逆らって飛行しました。

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機内食は美味しかったです。

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MU540便は、定刻20時15分に上海プードン空港に到着。

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今回のトランジットは上手にできました。手荷物検査を終えて、プードン空港の巨大で斬新なデザインの搭乗ロビーで一休みしました。フランクフルト行きの飛行機までたっぷり時間があるので、フェイスブックに記事をアップしました。

4月25日(木)上海は気候不明、暑い。
MU540機は羽田空港を定刻17時50分に出航、定刻20時15分に上海プードン空港に到着しました。いつももたつくトランジットを順調にこなせて良かったです。上海プードン空港の待合ロビーで記事を書いています。青い巨大な天井は、逆さケーブルを意図的に露出させたお洒落なデザイン、延々と1kmくらい続いている感じ。中国はすべてが巨大です。フランクフルト行きのMU219便は24時05分に出航、まだ2時間半も待たなければいけません。

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このレストランも何かお馴染みになった感じです。

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一度食べたお肉掛けごはんは随分と薄味でした。サンドウィッチは55元(880円)、ラーメンが75元(1200円)。空港の値段は高めの設定とはいえ、羽田に比べると、割高感は否めません。中国も豊かになり、物価が上昇している感じです。

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このラウンジは、ファーストクラス、ビジネスクラスの乗客やマイルを貯めた乗客が独占的に使えるVIPルームでしょう。エコノミークラスの自分には無縁な世界。

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プードン空港の小便器は脚なし型、子供用も用意されていました。

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兵馬俑風のお土産、99元(1600円)はリーズナブル。

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フランクフルト空港行きの搭乗ロビーは1階の大部屋風の待合でした。フランクフルト、ロンドンの漢字表記は超難読。

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フランクフルト行きのMU219便は定刻24時05分に出航しました。いつものことですが、辛い時間の始まりです。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-06-19 03:15 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)