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2018年5月8日(火)イタリア その86 成田

CA925便は定刻9時25分に北京国際空港を出航、成田に向かいました。

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3Dの航路地図も時間潰しのマストアイテム、ジェット機はソウル上空を通過して日本海に入りました。

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能登半島に上陸。

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鹿島灘に沿って南下、Uターンして成田へ。

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CA925便は成田空港の手前で高度を下げ始めました。綺麗に区画された田んぼに水が張られていました。田植えが終了したようです。谷戸の裾に張り付いた集落と一面の田んぼ・・・温帯モンスーンにある日本の地方部の典型的な風景だと感じました。

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CA925便はB滑走路に向けて着陸態勢に入りました。

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(出典 Google)


C滑走路の歪んだ滑走路が目に入りました。私有地らしき土地も見えました。インフラ形成における合意形成の大切さを感じました。

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写真手前の建物がターミナル2、奥がターミナル1。

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CA925便は定刻13時55分に無事成田空港に到着しました。4月25日に成田空港を発ってこの日で14日目、無事帰国出来て良かったです。

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入国審査を終え、バゲッジクレームで40Lのバックパックを受けとって、余ったユーロを円に替えました。レートは1ユーロ126円。

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地下の京成線ホームへ。

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15時08分発の京成線特急で埼玉の自宅に戻りました。

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17時40分、自宅のある埼玉のJR駅に到着。駅前のなか卯で食べた牛丼とみそ汁と漬物、沁みました。日本食の有り難さを感じました。

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イタリア旅行の最終日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月8日(火)成田空港は曇り、少し寒い。
中国国際航空CA925便は定刻13時55分に成田空港に到着しました。入国審査や両替などの手続きを済ませて、15時08分発京成線特急電車に乗りました。
5月1日、ナポリでスマホを掏られた上に、磁石まで無くしてコンパス機能を失いましたが、何とかなりました。イタリアの住所表示は日本と違って通り名がベースになっていました。通りの名前は交差点の角に必ず表示があるので、通り名を見逃さなければ、割と簡単にホテルを探し出すことができました。街歩きは太陽の位置と地図というアナログな方法で何とかなりました。
2週間を掛けて、イタリアを北から南まで網羅的に廻りました。一言で言うと、イタリアは観光超大国と言ってもいいと思います。イタリア国内は、飛行機、鉄道や高速バスを利用しましたが、沿線の新緑と綺麗に設えた街や農地も良かったと思いました。


とりあえずの感想・・・

①お天気に恵まれ良い旅行ができた。イタリアは大きい街も小さな街もそれぞれに個性が感じられ、綺麗にしており、歴史や文化を大切にしていた。沿線の風景は新緑に溢れていた。アルノ川、テヴェレ川、アディジェ川は、それぞれに個性があり、街と良くコラボしていた。
②イタリア人の食に対する拘りは高い。市場に並んだ食材は、豊富で新鮮。
③イタリア人男性は総体に大声で快活、身長は日本人と同程度。
④イタリア人女性はパンツルック、スカート姿はない。ポニーテールの小顔で美人。
⑤イタリアの物価は日本と同程度かチョイ高。
⑥イタリアの電車、バスは時間に正確。
⑦イタリア人もスマホ中毒。

曇りのせいもありますが、日本の車窓の風景には毎度のことながらがっかりさせられます。統一感を欠いた雑多で猥雑な街並み・・・それでも、2日も経つと何の違和感も感じなくなります。これも毎度同じ。成熟社会を迎え日本はこれからは品格のある社会を目指して努力していくのが大事だろうなと思いました。

以上、イタリアの旅日記を終わります。

by camino0810 | 2019-04-14 09:37 | イタリア | Comments(0)  

2018年5月8日(火)イタリア その85 北京

中国国際航空CA950便は定刻5時30分に北京国際空港に到着しました。ミラノ・マルペンサ国際空港から10時間の旅ですが、毎度のことながらほとんど眠れませんでした。

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CA950便は北京国際空港第3ターミナルに着陸。恐ろしく長い空港コンコースを歩いて、トランジットの手続きをしに行きました。

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この空港は、中国最大の中国国際航空のハブ空港なので、同じ会社の大型ジェット機がずらりと並んでいました。中国パワーを感じさせる一枚です。

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北京国際空港は、4km級2本、3km級1本計3本の滑走路と3つのターミナルを持つ、おそろしく巨大な空港でした。 
以下、Wikipedia・・・1999年の空港大改造に日本のODAが入っていたとは驚きです。

北京首都国際空港(ペキンしゅとこくさいくうこう)は、中華人民共和国北京市に位置する国際空港である。中国最大の空港であり、アジアでも最大の規模、世界第二の規模を持つ。中国国際航空が中国民航時代から同空港をハブ空港としている。北京中心部から東北25.35kmに位置し、北京市順義区に囲まれているが、同市朝陽区の飛び地である。空港は1958年に開港し、1999年に日本のODAを受けて大改造が行われ、3倍の広さになった。この時、第2ターミナルも建設された。2004年9月に第1ターミナルが改装オープンしている。北京オリンピックに備え、第3滑走路や5階立ての第3ターミナルが完成、使用開始されている。市内と連絡する地下鉄も開業した。


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(北京空港 第3ターミナル:出典:Google)

空港について調べてみました。世界第1位の空港は、アメリカのアトランタ空港とは知りませんでした。2016年の年間総旅客数のランキングは以下のとおり。 

 第1位  アトランタ空港  104百万
 第2位  北京空港     94百万
 第3位  ドバイ空港    83百万
 第4位  ロサンゼルス空港 80百万
 第5位  羽田空港     79百万
 第48位 成田空港     39百万

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(出典 Wikipedia)

これまで、北京の空港や上海のプードン空港でスムーズに乗り継ぎが出来たことは一度もありません。他の国の空港ターミナルに比べて広すぎ、方向音痴の自分にはハードルの高い空港でしたが、今回は上手にできて良かったです。出国審査ではカメラで撮影されたり、手荷物検査では両手を水平に伸ばしてくるくる回ったりしましたが、前回に比べて優しい感じがしました。そう言えば、前回の手荷物検査は軍服を着た係官でしたが、今回は制服の人でした。

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6時30分、到着から1時間でトランジットが完了。あとは搭乗ロビーで時間を潰して日本行きの飛行機を待つばかりです。成田行きの便なので、日本へのインバウンドも増えますが、待合客の半分くらいは日本人。日本語の場内アナウンスもあったと記憶しています。つまり、実態的には、中国の中にある小さい日本にいるようなものです。

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CA925便成田行きは9時25分発、待ち時間は3時間もありました。

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時間潰しに搭乗ロビーをあちこち歩いてみました。斬新な設計でした。

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立派な中国式庭園が用意されていました。

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北京空港の小便器は、脚なし型で子供用も用意されていました。

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搭乗ロビーのベンチでフェイスブックに記事を書いて時間を潰しました。

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5月8日(火)北京空港は晴れ、暑い。
中国国際航空CA950便は定刻5時30分に北京空港に到着しました。ミラノ・マルペンサ空港から10時間の旅ですが、毎度のことながらほとんど眠れません。
とにかく、トランジットがスムーズに済んでよかったです。上海のプードン空港もビッグサイズですが、北京も負けてはいません。
CA925便は9時25分に出航、成田に13時55分に到着します。搭乗ゲートでこの記事を書いています。
4月25日に成田を出発しました。あと少しで、2週間振りに日本の土を踏むことができます。


成田行きCA925便に搭乗。

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CA925便は定刻9時25分に出航、成田に13時55分に到着します。巨大な空港でした。

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北京空港は紫禁城のある都心から北東25kmに位置していました。住宅地でしょうか、郊外の街割りは整然としていました。

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大きな貯水池が見えました。北京の都市用水を賄っている貯水池かもしれません。

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断流した大きな川も見えました。上流の堰で取水でもしているのか、下流には水が流れていません。バーリでもそのような川がありました。

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機内には日本人のCAもいました。2週間振りに日本人の女性スタッフと日本語で会話ができました。嬉しかったです。やっぱり、日本人はいいなと思いました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-04-13 11:21 | イタリア | Comments(0)  

2018年5月7日(月)イタリア その84 再びマルペンサ(2)

11時、ホテルをチェックアウト。

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このホテルは4つ星、真新しい広くて快適な部屋でした。

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ただ、バスタブのない4つ星は初めてでした。

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ホテル前の小さい教会。

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周りは住宅街、のんびりした気分。

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11時20分、ホテルの空港シャトル便でマルペンサ国際空港第1ターミナルへ。

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マルペンサ国際空港ターミナル1は、ピカピカの建物。もともとあった旧式のターミナル2は国内線専用にしているようでした。
それにしても、こんなユニークな駐車場は見たことがありません。

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(出典 Google)

写真左の4つ星のシェラトンホテル、右の建屋ターミナルともに斬新過ぎる不思議なデザイン。

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11時30分、シャトル便は3階の出発階の専用発着所に到着。

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中国国際航空CA950便はマルペンサ国際空港を13時30分に出航、北京空港に翌日5時30分に到着します。航空会社はフラッグ・キャリヤばかりで、LCCは見当たりませんでした。そういえば、パレルモからヴェネツィアまでの移動で使ったトレヴーゾ空港はLCC専用の空港でした。ミラノの近郊にもLCC専用空港があるのではないかと思います。

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3階のチェックインカウンターもお洒落なデザインですが、常識の範囲内。

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11時40分、チェックイン完了。

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12時、手荷物検査完了、北京や上海のプードンみたいな厳格さはありません。12時15分、出国審査完了。

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ロシア語、日本語、中国語、アラビア語、韓国語・・・丁寧な空港でした。

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免税店。

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CA950便。

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チェックインから1時間、12時30分、搭乗ゲート到着。

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CA950便に搭乗しました。これでイタリアともお別れ、5月のイタリアは新緑がまぶしく、街も車窓も川も実に素晴しかったです。

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CA950便は定刻13時30分に北京に向けて出航しました。

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飛行時間は10時間、辛抱の時間の始まりです。往路でも観た「恋妻家宮本」を観て時間を潰しました。英語のテロップのシンプルな訳にも感心。実にいい映画でした。

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以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-04-11 12:06 | イタリア | Comments(0)  

2018年5月7日(月)イタリア その83 再びマルペンサ(1)

この日、マルペンサ空港発13時30分の北京行きの飛行機で帰国します。地図を見ると、空港の近くにティチーノ川が流れていました。お天気がいいので、朝の時間を使って、ティチーノ川を歩いて見に行くことにしました。ティチーノ川はポー川の主要支川。
万遍なくイタリアを回りましたが、見た川は、フィレンチェのアルノ川、ローマのテヴェレ川、ヴェローナのアディジェ川の3つの川でした。折角の機会なのでイタリア最大の河川ポー川は、支川であってもこの際見ておこうかなと思いました。実際に歩いてみて、地方部に住んでいるイタリアの人たちは豊かな生活を送っているなと実感できました。

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(出典 Google)
ティチーノ川とはどのような川か?
以下、Wikipedia

ティチーノ川(伊: Ticino)は、スイス南部からイタリア北部を流れる川で、ポー川の主要な支流の一つである。
スイス・ティチーノ州北部のサンゴタール峠付近に源を発し南へ流れ、マガディーノ (Magadino) 付近でマッジョーレ湖北東部に注ぐ。イタリアに入り、マッジョーレ湖南端のセスト・カレンデ付近から再びティチーノ川として流出する。ミラノの西側を南東に流れ、パヴィーアの郊外約3Kmほど南西でポー川に合流する。

延長248 km
平均の流量350 m³/s
流域面積7,228 km²
水源ノヴェーナ峠(スイス)
水源の標高2,478 m
河口・合流先ポー川(イタリア パヴィーア付近

ホテルは、周囲を森林に囲まれた空港脇のカーゼ・ヌオーヴァ地区にありました。何処と無くのんびりしたした気分があり、イタリアの田舎町といった感じでした。

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7時40分、歩き開始。ホテルの西、3kmにあるカステル・ノヴァーテ村まで往復してみました。ラウンドアバウトの標識を日本で見掛けたことはありません。イタリアは右側通行なので、左折するには反時計回りに回らないといけません。

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ラウンドアバウトは、イタリア各地で結構見てきました。定着率は日本より相当高い水準にあるなと感じます。

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道路の周囲は豊かな森林が拡がっていました。

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この通りは、ジュゼッペ・マッツィーニ通り。イタリア統一の三傑の一人、ジュゼッペ・マッツィーニの名前を取った道路かもしれません。

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橋の上から大きな運河が見えました。歩いている時は、農業用かんがい水路だろうと思っていました。

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調べると、結構大きい水力発電所があり、運河はその流入水路でした。

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(出典 Google)

カステル・ノヴァーテ村の入り口まで来ました。この村はせいぜい人口数百人クラスの村といった感じでした。

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驚いたことに、村のメーン道路には電柱が建っていました。日本の電柱は上段が変圧器と電線、下段は電話線というパターン。この村の電柱の上段には変圧器の架台らしきものが残っているので、電線は電話線かもしれません。

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村の中心部まで来ました。

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電光掲示板には気温まで表示されていました。村の回覧版みたいなものかもしれません。気温は19度、快適な温度の中を歩いて行きました。

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フランスのとある田舎の村は、芯の場所に教会、ビストロ、薬局の3点セットが揃っていました。スペインも似たような感じ、イタリアの村も似たような風で、教会、レストラン、居酒屋の3点セットでした。宗教施設である教会は、地域やコミュニティの集会場も兼ねたコア施設、生活の中心施設をも兼ねているということだと思います。
2010年夏のスペインの巡礼を想い出しました。こんな気分の村を沢山歩きました。
https://camino0810.exblog.jp/17054713/

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写真手前がレストラン、奥が居酒屋。

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レストランの玄関。

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村の中心部から河畔に降りる道が付いていました。

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ティチーノ川は、すぐでした。流路幅は概ね80m。川は写真右から左に流れています。水源であるアルプスの融雪流が豊富に流れ下っていました。この箇所は外カーブの水衝部と呼ばれる地点、洪水流から河岸を護るためにコンクリートの土台で補強していました。

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コンクリートの土台が無い所は、自然石を張って河岸を補強してありました。

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村のメーン道路に戻って、ホテルに戻りました。

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沿道の家々は庭も広く立派でした。

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2棟が一体になった3階建ての家も建っていました。

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この一帯は、ティチーノ公園に指定されていました。

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イタリア国旗を掲げるこの建物は多分、村役場だと思います。

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ホテルの近くまで戻ってきました。

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イタリアの生コン車は、日本製とほぼ同じでした。

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イタリアの骨材プラントの製品貯蔵施設、露天掘りの採石場の中にありました。

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マルペンサ空港ターミナル1。

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9時40分、ホテルのあるカーゼ・ヌオーヴァ地区まで戻ってきました。電柱は変圧器が見当たらないので電話線かもしれません。それはそれとして太い電柱が建っているのは変らない訳で、日本人の自分にはなんか嬉しい事実でした。

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ホテルに戻って、この歩きをフェイスブックにアップしました。

5月7日(月)マルペンサは晴れ、適温。
朝、マルペンサ空港周辺を歩いてみました。空港脇のホテルから1時間ほど歩いた処にカステル・ノバーテという小さな村がありました。村の中心部には教会、バルやレストランがありました。
林の中の坂道を下ると、川に出ました。流路幅は概ね80m、融雪流らしく豊富な流量がありました。ティチーノ川というポー川の支川でした。新緑の河畔林が気持ち良かったです。水衝部のため特殊な水制工もありました。
これから、13時30分発CA950便で日本に戻ります。


たかだか、2時間の歩きでしたが、イタリア地方部の生活に触れた貴重な体験が出来ました。ホテルの部屋に戻って、出発の準備をしました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-04-09 12:11 | イタリア | Comments(0)  

2018年5月6日(日)イタリア その82 再びミラノ(4)

11日振りに歩いたミラノの街はやはり大きな街でした。大きいという意味合いは、観光だけでなく、ビジネスも含めてということです。ミラノの基本的な街割りは、16世紀に出来上がっていました。ミラノは、大リングで囲まれた旧市街とその外側の新市街で上手に分けられているように感じました。古いもの、新しいものがよく調和した美しい街だったと改めて感じました。

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16世紀のミラノの街割り:大リング(黄色:直径約3km)と小リング(緑:直径約2km))


https://camino0810.exblog.jp/28403096/

ドゥオーモ広場を後にして、ダンテ通りを歩いてスフォルツァ城を目指しました。

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14時、遅めの昼食はスフォルツァ城近くの萬珍楼にしました。今回のイタリア旅行では、お米系の食事を多く摂りました。

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チャーハン(5ユーロ:650円)、ビール(3.5ユーロ:460円)、つき出しのおせんべい(1ユーロ)、席料2ユーロ 締めて11.5ユーロ(1500円)。美味しかったです。

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イタリア統一の三傑ガリバルディの騎馬像とスフォルツァ城。ガリバルディは、ミラノでも人気があるようです。

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スフォルツァ城の噴水広場は人気の観光スポット。

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11日振りにお城の前のカフェで一休みしました。カプチーノ(1.5ユーロ:200円)は美味しかったです。湿度が低いからでしょうか、日差しはきついけど、木陰は快適、風が通って気持ちが良い。お隣のイタリア人たちは、やたら声が大きく、芝居かかっていて、まるで喧嘩をしている感じでした。イタリア人は陽気でよくおしゃべりをする国民みたいです。

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15時過ぎ、スフォルツァ城を後にして、ナポリ中央駅に引き返しました。

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竿を使った一人三役の路上パフォーマンスは沢山お客を集めていました。


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懐かしいコルドーシオ広場。この近くの路地裏通りのホテルに泊りました。

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ドゥオーモともこれでお別れ。

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ガッレリアのファサード。

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ドゥオーモ脇のポルティコ(柱廊)。

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ドゥオーモの本堂。

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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを歩いて行きました。

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サン・カルロ・アル・コルソ教会(Basilica of San Carlo al Corso)は、ドーム本体にパルテノン神殿風のファサード。ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅前の教会と似ていました。建築様式は 新古典主義、着工1832年、完成1847年。

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サン・バビラ広場(Piazza S. Babila)。

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ヴェネツィア大通りを歩いて、駅を目指しました。

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プッブリチ公園内のミラノ市立自然史博物館。

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ヴェネツィア門はかつての大リングの城門。

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ヴィットリオ・ヴェネト通り。

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チュニジア通り。

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建物の外壁にミラノの「さざれ石」が使われていました。味わいのある石材だと思います。

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ミラノ中央駅に戻ってきました。

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ミラノ中央駅のファサード。

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駅前の垂れ流し方式の水道栓。

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駅舎のゴージャスな玄関を通り抜けて上段の中央通路へ。

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17時、バゲッジ・クレームで40Lのバックパック受け取り。料金は6ユーロ(780円)。

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上段の中央通路はいつも大賑わい。

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バーガーキングでコーラを飲んで一休み、夕食と朝食購入。フェイスブックにこの日の出来事をアップしました。

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5月6日(日)ミラノは晴れ、暑い。
「赤い矢」9716号はミラノ・チェントラーレ駅に定刻11時15分に到着しました。この駅舎を見るのは4月26日以来11日振りになりますが、改めてこの駅舎の巨大さに圧倒されました。
40Lのバックパックを手荷物預かり所に預けて、ミラノ中央駅からドゥオーモまで歩きました。こちらも改めてそのゴージャスさに圧倒されました。ダンテ通りを歩いて、大きな泉のあるスフォルツァ城まで行きました。お城の前の屋台のカフェでカプチーノを飲みました。日差しはかなりきついものの、日陰に入ると風が感じられて快適な気分に浸れます。今日は日曜、ミラノのホットスポットには沢山の人出がありました。ドゥオーモ広場のお店でお土産を買って、再び中央駅まで歩いて戻りました。
中央駅構内のバーガーキングでこの記事を書いています。これから普通電車でマルペンサ空港のホテルまで向かいます。
4月26日にミラノに入って11日が経ちました。ナポリでスマホを掏られるという椿事もありましたが、無事にここまで戻ってこられて良かったです。
明日、13時30分発の飛行機で帰国します。


18時25分発マルペンサ国際空港行きの普通電車は、一番端のホームから発車しました。ミラノ中央駅の5つのドーム屋根の一番小さいドームでした。

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マルペンサ空港第1ターミナルに19時16分着。

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予約したホテルは、マルペンサ国際空港T1から1kmくらいの場所にありました。節約のために重い荷物を背負ってホテルまで歩いて行こうとしたのが、大失敗の始まり。空港から徒歩で外に出られる道を発見できず、結局、T1とT2を往復しているシャトルバスに乗せてもらって、T1に戻りました。

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(出典 Google)

財布の中の現金が底をついて来たので、T1のATMで5回目のキャッシングをしました。今にして思うと、ATMの近くにこちらを伺う怪しげな黒人が立っていました。時間もないので、タクシー乗り場でタクシーを拾って、ホテルに向かいました。帰国後、クレジットカードの会社から問い合わせがありました。カードの不正使用の件でした。ATMでスキミングに遭ったようでした。多分、ATMの何処かに巧妙に仕掛けられた隠しカメラでカードの識別番号とパスワードが盗撮されたようです。カード会社によって不正使用されたカードは廃棄処分されました。
21時、ホテルにチェックイン。家族にモバイルPCから無事に空港ホテルに到着したことをメールしました。23時、就寝。スマホを掏られたりといろいろあったけど、無事にここまで戻って来られたことを感謝しました。
翌日、早起きして、チィチーノ川を歩いた後、13時30分発の飛行機で帰国しました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-04-08 12:10 | イタリア | Comments(0)  

2018年5月6日(日)イタリア その81 再びミラノ(3)

12時、ミラノの街歩きを始めました。ミラノ中央駅発18時のマルペンサ空港空港行きの普通電車に乗る段取りにしていたので、街歩きの時間は6時間とたっぷりありました。ミラノ中央駅の駅前広場から歩いて、旧市街のヘソにあるドゥオーモを目指しました。

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(出典 Google)

ミラノ中央駅のファサードは幅200mくらいの巨大な建物でした。

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これまでイタリアの各都市で歴史的建造物を沢山観てきました。ミラノ中央駅は多分世界的にも有数な格調高い駅舎だと思います。このファサードは若干地味目、正面の屋根に5頭立ての黄金の天使像くらいはあってもいいかなと感じました。

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駅前広場の右手には、ピカピカの超高層のオフィス街。超高層を見るのは、ナポリの新都市以来です。

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駅前大通りのヴィットリオ・ピザーニ通りを旧市街に向けて歩いて行きました。建物のスカイラインが整ったスッキリした大通りでした。多分、オフィス街だと思います。東京でいえば、東京駅の丸の内口のオフィス街みたいなものでしょうか。

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地下鉄レプッブリカ駅の交差点からオフィス街の超高層が見えました。ミラノ中央駅とポルタ・ガルバルディ駅で囲まれた区域がオフィス街になっていました。

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チュニジア通り?のオフィス街も建物のスカイラインを見事に揃えていました。

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レプッブリカ広場まで歩いてきました。駅前通りはここで止まっていました。レプッブリカ広場はミラノの大リング(城壁)との交差部分の公園でした。

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大リング(城壁)の内側に接するプッブリチ公園は、東京で言えば、日比谷公園みたいな都心のオアシス、緑たっぷりの広々とした公園でした。

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ミラノの「さざれ石」の露頭。ミラノの建物にはこの石材があちこちで使われていました。

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ドゥニャーニ宮殿(Paizzo Dugnani)は、17世紀のロココ様式。

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プッブリチ公園出口のカヴール像。金色夜叉の「貫一お宮」像を思い出しました。

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小リング(城壁)の城門まで来ました。城門を潜るとミラノの旧市街。

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「横目地」の建物、石張りの車道、路面電車と手狭な歩道・・・ミラノらしい光景が続きます。

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ジョルジオ・アルマーニのホテル。

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KENZOのお店・・・ミラノは世界的なファッションの街でも有名、ファッションデザイナー高田賢三のお店かもしれません。

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旧市街の芯に近づいてきました。

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13時過ぎ、旧市街の中心部に着きました。スカラ座の向かいの公園にレオナルド・ダ・ヴィンチの像があります。レオナルドはフィレンチェ郊外のヴィンチ村の出身、フィレンチェの画廊で働き、30歳でミラノに来て、才能を開花させたそうです。

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ガッレリアの入り口まで来ました。

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ガッレリアのゴージャスなアーケードを歩きました。今日は日曜日、好天にも恵まれ大勢の観光客で賑わっていました。

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ドゥオーモ広場に再びやってきました。何度見ても豪華なファサードです。

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ドゥオーモ広場を後にして、スフォルツァ城を目指しました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-04-07 19:37 | イタリア | Comments(0)  

2018年5月6日(日)イタリア その80 再びミラノ(2)

快晴に恵まれて、車窓は快適でした。5月の北イタリアは滴るような緑また緑。

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実は、線路の周りには防音林らしき木が結構がっちり植えられていて、遠景のシャッターチャンスは限られていました。

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ブドウ畑。

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電車はデゼンツァーノという小さい駅に停車しました。高速新幹線「赤い矢」号がわざわざ途中停車する駅なので何かありそうです。

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調べると、デゼンツァーノはガルダ湖の玄関口の観光地でした。ガルダ湖はイタリア最大の湖で370km2、琵琶湖は670km2。

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(出典 Wikipedia)


工場。

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ラウンドアバウト・・・イタリアでの普及率は相当進んでいる感じ。

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オリーブに似た木。

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ピカピカのお洒落な集合住宅。

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高速道路。

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畑。

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電車はミラノの市街地に入りました。

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電車はミラノ・チェントラーレ駅の広大な車両基地に入りました。真っすぐに伸びた線路の向こうにミラノ・チェントラーレ駅の巨大なプラットフォームの屋根が見えました。

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ミラノ・チェントラーレ駅は、ローマのローマ・テルミニ駅と同じ行きどまり駅。引き込み線も含めた駅の大きさは、幅が200m、長さ1800m。プラットフォームは幅200m、長さ300m。

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(出典 Google)

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電車はミラノ・チェントラーレ駅の巨大なプラットフォームに到着。

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この駅はワントップのドーム屋根に見えますが、航空写真を見ると3つのドーム屋根(正確には5つ)に分かれていました。この屋根は真ん中の最も大きな屋根。

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行きどまり駅なので、デザイン自慢の電車が一斉に勢揃い。歌舞伎役者の顔見世大興業といった感じ。鉄道ファンには堪えられない駅だと思います。

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プラットフォームの褄の断面を見ると、改めてこのドームの巨大さを感じます。大聖堂と同様、巨大な内部空間はそれだけで価値が高いなと感じます。

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ドーム屋根は全面ガラス貼り、透過度が高いので照明が無くても中は明るい。

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久し振りの中央通路でした。4月26日にマルペンサ空港からこの駅に着いて以来11日振り、何度見ても豪華な通路でした。

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地下の手荷物預かり所に行って、40Lのバックパックを預けました。

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下段の中央通路を抜けて、駅前広場に向かいました。

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30Lのデイパックを背負って、再び、ミラノの街歩きに出掛けました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-04-07 10:54 | イタリア | Comments(0)  

2018年5月6日(日)イタリア その79 再びミラノ(1)

ヴェローナ・ポルタ・ヌォーヴァ駅10時02分発の電車で今回のイタリア旅行の出発地のミラノに戻りました。4月26日にミラノからイタリア旅行を始めて、この日で11日目を迎えました。

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(出典 Google)

8時40分、ホテル5階のベランダ席で朝食を頂きました。

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良く晴れ渡った青空、見晴らしの良い景色の下の食事は初めての経験でした。

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このホテルは、家族経営のB&B方式のホテルで女将さん一人で仕切っていました。雑居ビル5階の自宅をホテル用に改造した感じでした。バス・トイレは共用ですが、慣れると気にならないようになりました。日本では、空き家や老朽化したビルの再生が大きな課題になってきました。日本でもこのタイプのリーズナブルなホテルが増えていくでしょう。

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宿泊した部屋は、綺麗にリノヴェーションされていて、清潔で快適な部屋でした。ブラ門から歩いて1~2分程度の立地の良さもあり、自分以外には親子連れの家族が宿泊していました。

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9時10分、ホテルをチェックアウト。40Lのパックパックと30Lのデイパックを抱えて、駅前大通りを駅まで歩いて行きました。

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ポルタ・ヌォーヴァ門、かつてヴェローナを防衛していた外側の大城壁の要の門でした。

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アレーナはポップスターのコンサートにも利用されているようです。

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空港行きのシャトルバス乗り場。窓のない不思議なバスが停車していました。ヴェローナ・ヴィッラフランカ空港は駅から12kmにありました。

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ヴェローナ・ヴィッラフランカ空港は、民間・軍用の共同空港で3kmの滑走路が1本。滑走路から延びた円環状の道路に軍用機の格納庫らしき施設が数珠状に繋がっていました。ラウンドアバウトも確認できました。そう言えば、バーリ国際空港も長さ3kmの主滑走路1本の空港でした。イタリアも日本と同じで県庁所在地の地方中核都市には空港が用意されているようです。

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(出典 Google)

9時30分、ヴェローナ・ポルタ・ヌォーヴァ駅に到着しました。実に広々とした真新しい駅前広場でした。

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この路線は北イタリア地方の基幹路線でしょう。最速新幹線「赤い矢」号を始め高速列車が運行本数が多い路線でした。予約済の「赤い矢」9716号ミラノ行きは10時02分発。

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駅の待合。

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ヨーロッパ大陸縦断鉄道のポスターが貼ってありました。ドイツ国鉄DB、オーストリア国鉄ÖBBとイタリア国鉄トレニタリアを通しで走る電車は、9.9ユーロの格安便もあるようです。欧州の鉄道の旅も捨てがたい魅力を感じます。

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この駅もセパレート型プラットフォームでした。

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屋根は日本型のデッキプレートを載せただけのシンプルな屋根。

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イタリア旅行最後の長距離列車は、イタリア国鉄自慢の「赤い矢」号にしました。ヴェローナ・ポルタ・ヌォーヴァ駅からミラノ・チェントラーレ駅までは148km、所要時間1時間13分、平均時速は120km。

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電車の席でフェイスブックに記事をアップしました。

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5月6日(日)ヴェローナは晴れ、暑い。
朝1時間ほど歩いて、ヴェローナの街を軽くおさらいして、5階にあるホテルのテラス席で朝食にしました。9時10分、ホテルをチェックアウト。
「赤い矢」9716号はヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅を定刻10時02分に出発、ミラノ・チェントラーレ駅に11時15分に到着します。
明日、マルペンサ空港から帰国します。

「赤い矢」9716号ミラノ行きは定刻10時02分にヴェローナ・ポルタ・ヌォーヴァ駅を出発しました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-04-06 09:29 | イタリア | Comments(0)  

2018年5月6日(日)イタリア その78 ヴェローナ(7)

旅行先でも早起きは変わりません。朝食前の時間を使って、ヴェローナのもう一度見たい場所、見残した場所を慌しくおさらいしました。昨日は突然スコールに遭うなど天候が不順でしたが、この日は朝から快晴でした。

7時30分にホテルを出発しました。最初は、カステル・ヴェッキオとカヴール像。

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ガヴィ門。

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ガヴィ門の広場から眺めたカステル・ヴェッキオ橋。

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カヴール通りを北に歩いて行きました。

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正面はボルサーリ門。

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歩道と車道の石貼り舗装。

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ヴィットリア橋。

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ヴィットリア橋から見た上流のカステル・ヴェッキオ橋。

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パラペットと少し手狭な河畔プロムナード。

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ガリバルディ橋。

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ヴェローナ大聖堂。

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大聖堂の鐘楼。

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大聖堂付近の路地。

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ピエトラ橋入り口の監視塔?


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下流側から見たピエトラ橋・・・自分的にはヴェローナといえば、このピエトラ橋。このおさらいの主な目的はこの橋をもう一度見ることでした。いい一枚が撮影できて良かったです。

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ピエトラ橋上流。

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ピエトラ橋下流。
 

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風格を感じさせる赤レンガの直立護岸と装飾的な跳ね出し通路。豊水期で水際の様子が見られなかったのが残念。

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ローマ劇場。

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旧市街の路地。

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フレスコ画


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繁華なマッティーニ通りも朝が早いので歩いている人は疎ら。

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ブラ広場のアレーナ。

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ブラ広場まで戻ってきました。カフェのある幅広の歩道は大理石、車道はサイコロ石舗装。建物の色はパステルカラー。

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ブラ広場の噴水。

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ブラ広場のヴェローナ市庁舎(バルビエリ宮殿)は、風格に溢れる建物でした。ファサードはパルテノン神殿風、様式は新古典主義、着工1836年、完成1848年。ヴェローナがオーストリアに占領された時代の建設。オーストリア軍の軍司令部があったとか。

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ヴェローナの旧市街を囲む内側の城壁は、高さが10mを超える赤レンガの大きな壁でした。

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8時40分、ブラ門に到着。1時間余りのおさらいでしたが、ヴェローナの街歩きが終了しました。好天に恵まれて幸運でした。


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ホテルに戻って、朝食を戴きました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-04-05 05:18 | イタリア | Comments(0)  

2018年5月5日(土)イタリア その77 ヴェローナ(6)

18時前、ガリバルディ橋を渡って、旧市街に戻りました。日没の20時まであと2時間、ヴェローナ旧市街はそれほど大きな街ではないので、街歩きの時間は十分残されていました。
アルコ・パシフィコ通りを歩いて、ドゥオーモ(大聖堂)に向かいました。

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ドゥオーモ(Duomo Cattedrale di Santa Maria Matricolare)は、ロマネスク、ルネサンス様式で、着手1117年、完成1187年。背の高い白い鐘楼は旧市街のランドマークにもなっていました。

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ファサードの前に芸術作品風の青い天使像が建っていました。

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大聖堂の内部。

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路地裏を歩いて、ボルサーリ通りに向かいました。

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ボルサーリ通りは、ローマ時代から存在するヴェローナの機軸道路。土曜日なのでホコ天にしたのかも。歩道は大型の大理石、車道は黒いサイコロの石貼り。

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古代ローマのボルサーリ門、当時の街の入り口だったそうです。

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ボルサーリ門から南に続くカヴール通り。イタリア統一の三傑カヴールの名前を冠した道路だと思います。

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ヴィットリア橋はすぐでした。第一次世界大戦でイタリアがオーストリア・ハンガリー軍に勝利した記念の橋でした。ヴィットリーオ・エマニュエーレ2世を顕彰する橋と思ったら、勘違いでした。


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ヴィットリア橋は長さ111m、幅17mの3連の優美なアーチ橋でした。構造はRCと石材のハイブリッド形式、コンペ形式で設計者を決めたそうです。1928年着工、1931年完成。橋脚に孔をあける手法はローマのテヴェレ川の橋でもよく見掛けました。デザイン的な意味合いと洪水が通り抜ける孔を付けることによって洪水の圧力を低減する目的だと想像します。


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ヴィットリア橋の上から上流にあるカステロ・ヴェッキオ橋が見えました。

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橋の袂には水辺に降りるアプローチ道路が用意されていました。融雪流で豊水状態だったので、残念ながら水際の様子は判りませんでした。

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上流から振り返って見たヴィットリア橋、実に優美な橋でした。

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河畔散策路からカヴール通りに戻りました。「横目地」のカノッサ宮の屋根にはバチカン大聖堂みたいに沢山の彫像が建っていました。このルネッサンス様式の建物は貴族の私邸で、16世紀に建設されたそうです。

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ガビ門は古代ローマ時代の門、これまで見てきた古代ローマの門と同様白い石材でできていました。この門は、市街地を取り囲む城壁の外にあり、当時の街の有力者であったガビ家が1世紀に建てたものだそうです。

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カステル・ヴェッキオ博物館(Museo di Castelvecchio)は、ガビ門のお隣でした。カステル・ヴェッキオという中世のお城は現在博物館でした。

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(出典 Google)

カステル・ヴェッキオは「古い城」を意味するイタリア語、14世紀中期にヴェローナの領主スカラ家によって建てられた城塞。ヴェローナの旧市街の内側の城壁の端部に位置していました。ミラノのスフォルツァ城、フィレンチェのバッソ要塞と似た役割を持っていた感じです。

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カステル・ヴェッキオは空堀で、跳ね橋方式の出入り口、ミラノのスフォルツァ城とよく似たお城でした。

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カステル・ヴェッキオは、基本的には赤レンガのお城ですが、よく見ると、壁面は大きな石垣や小さい玉石積みなどが混じったつぎはぎ状態。ヴェローナ人の「継ぎ足し」の精神を感じました。

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カステル・ヴェッキオの中庭の壁もつぎはぎ状態。不思議と違和感を感じません。何故でしょう。

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カステル・ヴェッキオの中庭。

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大きな監視塔のある通路を歩いて行くとカステル・ヴェッキオ橋でした。

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カステル・ヴェッキオ橋の高欄はユニークな赤レンガ造り。お城の屋根と同じ仕様にしてありました。橋も砦の一部として設計した感じです。

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カステル・ヴェッキオ橋の上から下流を眺めました。ヴィットリア橋が見えました。

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左岸側の橋脚の高欄からカステル・ヴェッキオ橋を振り返りました。

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橋の上流から見たカステル・ヴェッキオ橋の全景。
随分と珍しい形をした橋でした。お城か砦をそのまま橋にした構造です。アーチから下の部分を切り取ると、城壁そのもの。橋の全長は概ね100m、右岸の支間が大きく、真ん中と左岸の支間は少し小さい、珍しい構造でした。橋脚部分の基礎地盤が良さそうな場所で支間長を決めたのかもしれません。白いアーチ型の石材がこの橋の要の部分ですが、支間長は30m程度。これまで見てきた石造りのアーチ橋の限界支間長一杯一杯という感じです。赤レンガが真新しいのでリニューワルしたばかりのようですが、14世紀にこれだけガッチリした橋を建造したヴェローナ人の土木技術力の高さに感心します。

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アーチの石材はピエトラ橋と似た感じの白い石材で、板状の薄い石を丁寧に並べていました。

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アディジェ川の上流側は、単調な河畔でした。転落防止柵は飛び飛びの大型ブロック、この手もありかと思いました。

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アディジェ川左岸の公園まで来ました。

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池の水深は浅く、親子連れがイヌと遊んでいました。このような親水公園もありかと思いました。

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橋を渡って旧市街に戻りました。カステル・ヴェッキオ前のカヴール通りはサイコロ石の舗装。

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カステル・ヴェッキオ前の広場にカヴール像が建っていました。

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ローマ通りを東に歩くとブラ広場はすぐでした。イタリアの街々で見掛けたヴィットリオ・エマヌエーレ2世像はヴェローナにもちゃんと用意されていました。この偉大な国王の像は何処でもすべて騎馬像、普通の立像を見たことはありません。

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20時前、ブラ門まで戻ってきました。5時間の街歩きが無事終了しました。

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ヴェローナのリング(城壁)について、調べてみました。ヴェローナの城壁はミラノと同様2重になっていました。内側の城壁はブラ門を挟む東西方向の城壁。外側の城壁はS字に蛇行するアディジェ川全体を覆うような東西3km、南北3kmの大きな城壁でした。ミラノのリングの直径が2km、ローマのリングが直径5km、江戸の総構えと呼ばれる外濠の直径が、3.5kmでした。ヴェローナのリングはAクラスの大規模リングと考えてもいいと思います。
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(1849年当時の外側の城壁:出典 Wikipedia)

外側の城壁は、オーストリア帝国によって1833年~1866年の30年で建設されたそうです。ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のイタリア統一戦争の最中にヴェローナは要塞化されたことになります。もっとも、すべてが新規に建設されたものではなく、14世紀にヴェローナの領主スカラ家のカングランデ2世によって築かれた城壁に手を入れたようでした。
気になったのは、何故、オーストリアはこのヴェローナに巨額の投資をしたのか?ヴェローナは、古代ローマ時代から戦略的にも地政学的にも重要な街であったということかもしれません。オーストリアは結果的にイタリアに敗退し、1866年、イタリアは統一されました。ヴェローナの航空写真を見ると、この城壁が保全されている状況がしっかりと確認できました。

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(出典 Google)

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(出典 Wikipedia)

この街に来て最初に出会った、ヌォーヴァ門の城壁はその一部でした。

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当日にフェイスブックにアップした記事・・・

5月5日(土)ヴェローナは晴れたり、降ったり、ちょっと暑い。
「赤い矢」9728号は定刻13時にヴェローナ・ポルタ・ヌウォーヴォ駅に着きました。
駅前大通りを歩いて、ホテルに14時、チェックイン。15時、街歩きを開始しました。
旧市街の入り口にあるブラ広場は大賑わいでした。アレーナという古代ローマの円形競技場が当時のまま保存、利用されているとは驚きでした。ローマのコロッセオと似たような施設でした。アレーナは2階建て、コロッセオは3階建て、フランスの水道橋ポン・デュガールと同じ構造でした。
ヴェローナ観光の定番、エルベ広場、シニョーレ広場を歩いた後、「ジュリエッタの家」に行きました。「ロミオとジュリエット」の舞台となった場所でした。ジュリエッタの右胸にさわるといいことがあるようです。
ヴェローナは「大理石」の街でもありました。1世紀に建造されたアレーナ、旧市街の路面、河畔のパラペットなどが大理石で出来ていて、随分と贅沢な街だなと思いました。スコールの時は、滑らないよう注意しました。
アディジェ川の河畔を歩きました。アルプスの融雪流だと思いますが、結構な流量がありました。旧市街の北面、東面、西面が、アディジェ川が蛇行した部分に囲まれていました。川をお堀替わりの防衛インフラにしたように感じました。南面だけ城壁になっていて、よく考えた立地だと思いました。
アディジェ川の川幅は概ね100m、石造りのアーチ橋が並んでいました。河畔や橋の眺めは実に素晴らしいものでした。この街を今回のイタリア旅行に選定して正解だったと思いました。19時に夕食を摂り、20時にホテルに戻りました。
明日は電車で出発点のミラノに戻ります。4月26日にミラノからイタリア旅行を始めて、明日で11日目になります。

翌日は、早起きしてヴェローナのもう一度見たい場所、見残した場所をおさらいして、今回のイタリア旅行の出発点、ミラノに戻りました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-04-03 17:01 | イタリア | Comments(0)