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2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その7 コペンハーゲン(3)

13時、コペンハーゲンの街歩きを開始しました。歩いた経路を地図に落とすと、街の北半分を歩き残していました。南側の運河沿いの歩きに時間を使いすぎたためでした。もう少し計画性を持って歩けば良かったかなぁと反省しています。

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(出典 Google)

“Copenhagen”は英語表記、デンマーク語表記は“København”、”køben”は『商人』、“havn”は『港』という意味なので、コペンハーゲンは「商人の港」ということになります。コペンハーゲンは、何故、稲妻型の城壁を持つ要塞都市だったのか?それも含めて、この街の歴史が自分にはもっとも興味深い点です。
フェレスデザイン株式会社の「デンマーク都市・建築研究」、「コペンハーゲンの都市史」というブログを参照して、コペンハーゲンの歴史を簡単にまとめてみました。


コペンハーゲンの起源は、西暦800年頃現在の市街地中心部にあった小さな漁村だそうです。そういえば、イギリスのヨークやドイツのケルンは、古代ローマの植民都市でした。流石の古代ローマ人もコペンハーゲンまでは来なかったみたいで、思ったよりも歴史が浅い街でした。
12世紀中頃、現在のドイツの北東部に住んでいたヴェンド族との戦いにおける重要な軍事基地として、城壁に囲まれた港町へと変貌していきました。13世紀には現在の名の原型である“Køpmannæhafn(商人の港)”の名が使われていることからも貿易港として栄えていたようです。その後、コペンハーゲンのあるシェラン島を管轄していたロスキレ教区の統治下におかれました。
16世紀初頭の革命で教会が支配権を失うと、当時のデンマーク王によってコペンハーゲンがデンマーク連合王国(現在のデンマークとノルウェー、スウェーデンの南部)の首都と定めれらました。この時期からコペンハーゲンの都市化が進んだようです。

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(1500年頃のコペンハーゲン:出典 フェレスデザイン株式会社ブログ )

当時のデンマークはØresund(デンマークとスウェーデンの間を流れる海峡)の東の地域一帯(現在のスウェーデン南部)を所有しており、首都・コペンハーゲンはこのデンマーク連合王国の中心に位置していました。現在の地図を見て、コペンハーゲンは随分と端にあるなと感じるのは、こんな経緯のせいでした。
新たな王国の首都となったコペンハーゲンの街の骨格は、この当時から現在に至るまで変わっていないそうです。現在でも多くの人で賑わいをみせるアマー広場(Amager torv)は当時から街の中心として賑わっていたとか。
「建築王」と呼ばれたクリスチャン4世(1577~1648年)が、コペンハーゲンの都市計画を策定し、この街の城壁を拡張し、城壁の内側にたくさんの壮麗な建物を建設しました。Rosenborg(ローゼンボー宮殿)、Børsen(証券取引所)、Rundetårn(ランドタワー)などは彼の作品であり、現在でも当時の姿のままを残しているとか。コペンハーゲンは、その遺産を大切にして、多くの観光客を集めているというところでしょうか。

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(1611年のコペンハーゲン:出典 google)

「地球の歩き方:北欧2018~2019」の紹介文

日本から北欧への玄関口となるコペンハーゲンは、シェラン島の北東部にあるデンマークの首都。デンマーク語で「商人の港」を意味し、多くの運河をもつ港町は、商業上の重要な拠点として発展していった。
コペンハーゲンの歴史は、12世紀半ばアブサロン大主教によって建設されたクリスチャンスボー城から始まる。その後17世紀には、「建築王」と呼ばれたクリスチャン4世(在位1588~1648年)のもと、多くの建築物が建てられ、町は次第に大きくなっていった。現存する赤れんがで造られたオランダ・ルネッサンス様式の歴史的な建造物は、ほとんどがこの時代に建てられたものである。
市街地では、建築物の撤去が容易に許可されない。やむを得ず建て替えなければならないときでも、周囲の建物との調和が義務づけられている。また市庁舎の塔(105.6m)より高い建物を建ててはならないという市の条例により、近代的な高層ビルもない。こうした徹底した政策が功を奏し、町はいつまでもその華麗なたたずまいを保ち続けている。この独特の重量感のある街並みは、戦争による挫折と、それを繰り返すまいとした市民の知恵の賜といってもいい。その挫折とは、19世紀の初め、ナポレオン戦争の際、フランスに加担し、敵対する英国軍によって町が破壊されたこと。その知恵とは、第2次世界大戦の折、ナチス・ドイツに形の上で降伏し、町を戦火から守ったことだ。
重厚な石造りの建物やカラフルな木造家屋、モダンな近代建築が絶妙なバランスをとった町並みは、おとぎの国の首都にふさわしく美しい。

「そうか、そういうことか」とこのブログを書く段になってようやく気づく始末です。なるほど、市街地の建築高さ制限や取り壊し許可制度などのタイトな縛りが、コペンハーゲンの歴史的景観を保全していたんだと得心が行きました。
その一方、恐ろしく斬新なデザインの建物やインフラが古いものと同居していたスポットもたくさんあり、随分と突き抜けた街だとも感じました。新しい街を造り込む仕組みや組織があるようです。新旧のコラボレーションが、コペンハーゲンの真骨頂かもしれません。

駅前ホテルの部屋に荷物を置いて、身軽になって、ホテルを出発しました。雲ひとつ無い晴天に恵まれて幸運でした。
最初はコペンハーゲン中央駅。

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この駅は、歴史を感じさせる赤レンガの風格のある駅舎でした。イギリスで蒸気機関車が実用化されたのが1814年。世界最初の鉄道は、1830年のマンチェスター・リヴァプール鉄道。これ以降、産業革命とセットで一気に欧州各地で鉄道が敷設されていった感じです。デンマークは、1847年にコペンハーゲンとロスキレ間が開通、現在の駅舎は1911年完成。

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駅の側面。

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駅に駐輪している自転車の多さに驚かされました。自転車は、ある意味、コペンハーゲン名物かもしれません。この街の坂のない平坦な地形が、自転車の普及を後押ししたようです。

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夥しい数の自転車が2段重ねで積みあげられていました。正直、あまり美しい眺めとは言えません。当局は地下駐輪場の建設に真剣に取り組んでいることでしょう。

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前輪が2輪タイプの自転車をよく見掛けました。このタイプの自転車を日本で見掛けたことはありません。

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半地下の線路・・・この掘割は旧市街を防衛するお濠を埋め立てて造成したものかもしれません。

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建物のお腹を幅広の道路が通り抜けていました。このような道路の使い方は、欧州の街まちで結構見掛けました。

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歴史を感じさせる昔風の建物と最先端の建物。この新旧のコラボレーションを運河沿いで沢山観ることになります。

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「SAS」の商標を掲示した高層ビルは、てっきりスカンジナビア航空の本社ビルと思っていたら、「ラディソンSASロイヤルホテル(Radisson Blu Royal Hotel)」という、1960年に完成した5つ星ホテルでした。このホテルは、歩いた範囲では、最も背の高い近代的な建物でした。市庁舎の塔の106mよりはギリギリで低く抑えている感じです。

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コペンハーゲン中央駅北側の大通りを東に歩いて、運河を目指しました。

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道路脇のお寿司レストラン。

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「魚嫌いでもOK」な寿司レストランだそうです。

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チボリ公園のフードコートの中に入ってみました。

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ちょうどランチタイム。

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コペンハーゲン名物は、エビがどっさりのオープンサンドみたいです。

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中央駅の北口。

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チボリ公園は、1843年にオープンした、今年で開業176年の老舗遊園地。江戸末期に庶民のための娯楽施設を造ったとは驚き、このころから高福祉国家だったのかもしれません。

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(出典 Google)

チボリ公園の入り口。

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ウォルトディズニーが参考にした遊園地だとか。

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「Wagamama」が、チボリ公園に出店していました。このレストランは、ラーメン、焼きそばなど日本のソールフードを売りにしている和食レストランチェーン。

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チキンラーメンは、134クローネ(2300円)。一番安いラーメンでさえ日本の2倍のお値段。グリルしたチキンがトッピングされているそうです。

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2015年のイギリス旅行でこの「Wagamama」を知りました。このチェーン店は、ヒースロー空港構内の一番良い場所に出店していました。和食の普及は随分進んだなと感じます。
https://camino0810.exblog.jp/24571670/

交差点で自転車軍団に出会いました。2011年の台湾旅行で見た、台北の単車軍団を思い出しました。自転車の人たちは、右折時に右手を挙げるなど、交通ルールを遵守していました。

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専用の自転車レーンが設置されていました。道路を横断する際、日本では歩行者は車だけに注意を払えば事足ります。コペンハーゲンでは、車に加えて自転車にも注意しなければいけません。自転車の速度はかなりあり、結構、怖い思いをしました、同じ事を自転車王国のオランダ、ベルギーでも経験しました。確かに、両国とも坂がありません。

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実用的な自転車がほとんどで、スポーツタイプの自転車はあまり見掛けませんでした。


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市庁舎前の大通りは実に快適でした。写真右の塔がコペンハーゲンで最も高い市庁舎の塔(105.6m)、自転車専用レーンも設置されていました。

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ニューカールスベアは、1847年創業のデンマークのビール会社の博物館、日本では「カールスバーグ」で有名。

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運河が近づいてきました。

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振り返った大通り・・・これだけ開放感のある道路を歩いたのは久し振りでした。ゆったり幅広の歩道を運河に向けて歩いて行きました。自転車専用レーンと歩道の段差は擦り付けをして、段差を解消していました。5階建ての赤レンガの建物はスカイラインを揃えており、最も高い市庁舎の塔をフューチャーリングしていました。

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コペンハーゲンの市街地の真ん中を流れる運河まで来ました。

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以下、次号・・・  


by camino0810 | 2019-07-20 18:18 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年6月1日(土)パナマ・アメリカⅡ その5 ヒューストン~パナマシティ

ヒューストン市街地の見学を終えて、13時過ぎにジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港に戻りました。手荷物検査を終えて、空港構内に再入場、C36搭乗ゲートに向かいました。
構内には不思議な気分を感じさせる、和風のお店が出店していました。アメリカ人が解釈する『日本』の姿を日本人の自分が観るのは意外性もあって、面白いものでした。

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このお店は、カウンター席のお寿司屋さんを再現していました。ガラスの中には握りのネタが並んでいて、カウンターのタッチパネルでオーダーするルールみたいです。そういえば、日本の回転寿司「くら寿司」もタッチパネル。売り手と買い手のコミュニケーションをなんとなく避けるのは日本もアメリカも似ているのかもしれません。

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「美□未」は、「美味」を独自に解釈した表現。アメリカ人は、漢字を一種の商標やデザインとして捉えているように感じました。欧州ではお寿司は高級食ですが、握りが12ドル(1300円)、鉄火巻きが6ドル(660円)と日本と同程度。

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金色の招き猫がずらりと並んでいました。

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「MIZU」(水)、「ZASSHI」(雑誌)のコーナーも。

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C36ゲートで視察団員が三々五々ベンチで休んでいました。

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ヒューストンの小便器は脚なし型。

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搭乗ゲート変更の放送があり、皆で荷物を抱えて、E14搭乗ゲートへ移動。

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ユナイテッド航空UA1034便は、中型のジェット機でした。ユナイテッド航空は、シカゴに本社を置く世界最大の航空会社で、この空港はそのハブ空港の一つでした。

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UA1034便は、定刻15時35分に出航、カリブ海を南下してパナマシティに向かいました。


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アリのような車が片側5車線の高速道路を動いていました。

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太い道路が高速道路、周囲の住宅地は緑豊か。

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40年以上前に習った「カルド・サック」(行き止まり道路)にした住宅地が意外にも多いなと思いました。

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河口付近の河川港と工場地帯が視界に入りました。調べると、この川はヒューストンのダウンタウンを貫流するバッファローバイユー川でした。

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実は、バッファローバイユー川は、2017年8月のハリケーン「ハービー」でヒューストン市内で氾濫していました。「ハービー」は、カテゴリ4(風速:毎秒59m~69m)の大型台風で、その被害は、死者107名、被害額が1250億ドル(14兆円)にも及ぶ大きなものでした。
アメリカという国は、意外にも災害大国。南部や東部が毎年ハリケーンで被災、中部は多分、竜巻、渇水被害かもしれません。西部は地震、山火事や山火事の裸地化に伴う土石流被害。温暖化に伴う極端気候の影響は、日本以上に深刻かもしれません。パナマ運河に続くニューオリンズ視察の目的は、2005年のハリケーン「カトリーナ」からの復興状況の視察でしたが、同じ南部のヒューストンも深刻なハリケーン被害を受けていたことを知りました。

その当時の被災写真を掲載しました。写真やコメントを読むと、「ハービー」は「カトリーナ」と同じ位大きな被害を出したようでした。
【写真で見る】 ヒューストンで洪水 「ハービー」の大雨で広範囲に
(2017年08月28日)

米南部テキサス州に25日に上陸した大型ハリケーン「ハービー」は27日までに熱帯性低気圧に変化したものの、全米第4の都市、ヒューストン各地が大雨によって大人の胸の高さまで冠水した。

テキサス州の洪水被害の規模は、2005年のハリケーン・カトリーナに匹敵する恐れがあると、保険の専門家たちは警告している。カトリーナ被害への補償額は、自然災害によるものとしては米国史上最多だった。写真は冠水したヒューストン市内

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ヒューストン市は避難所として多数のコミュニティーセンターを開放したが、市長は生命への危険がない場合は自宅に留まり、救助隊を呼ばないよう呼びかけている。写真はヒューストン中心部

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米国立気象局によると、ヒューストン市内では集中的に640ミリの雨が降った地区もある。今後さらに300-640ミリの降水が予想されている。写真はヒューストン中心部

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ジェット機はカリブ海に入りました。写真中央が砂嘴と潟湖(ラグーン)、写真左がカリブ海。

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ヒューストン、パナマシティ間は、せいぜい1500kmくらいだと思っていたら、倍の3000キロもありました。

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パナマは、東西方向に延びた細長い国でした。

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パナマシティの夜景。

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4時間のフライトを終えて、UA1034便は、定刻19時40分、トクメン国際空港に到着しました。時差はー14時間でヒューストンと同じ。この空港は、緯度9°04'01.9"N ,経度79°23'14.6"W。パナマは正真正銘の熱帯雨林の国でした。

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トクメン国際空港は真新しい空港でした。

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パナマのトイレは、脚なし型でアメリカと同じ。

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20時30分、専用バスで都心のホテルに向かいました。現地案内のYさんは、中南米に20年以上も暮らした日本人女性で、パナマに住んで8年くらいの現地情報に詳しい方でした。

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空港の車寄せ。専用バスは新市街の西にあるホテルに向かいました。車窓から高層ビルが林立している様子が伺えました。自分が思い描いていたパナマのイメージとは違って、随分と現代的な街だなと感じました。

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21時、新市街の中心部にあるホテルに到着しました。ロビーでのI団長の挨拶、Yさんのパナマでの注意事項や明日の行程説明を終えて解散。
機内食が出なかったのでおなかが空きました。このあたりはパナマシティの中でも治安の良い場所ということでしたが、安全なホテル内のレストランで夕食にしました。結果的に視察団員のメンバーとの会食といった格好になりました。お酒も入って最初の楽しい懇親会になりました。

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パナマは硬貨を除いて自国通貨を持たないユニークな国、アメリカドルがそのまま使えました。ビールは濃い目のバルボアとさっぱり味のパナマ、両方とも美味しかったです。エビ入りパスタは、22ドル(2400円)と少し高額でしたが、エビが新鮮で実に美味かったです。

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そういえば、6月1日に成田発朝11時の飛行機でヒューストンへ、休む間もなくヒューストンの市街地を見学、パナマ行きの便で夜21時にホテル着。飛行時間はトータルで16時間、トランジットの6時間や出入国の手続き時間をカウントするとほぼ24時間を掛けてパナマに着いた勘定です。どんなに疲れていても、当日の夜には日記替りということでフェイスブックにその日の行動をアップします。この日は恐ろしく疲れていたので、FBに記事をアップする力は残っていませんでした。
翌日は、パナマ運河の太平洋側のミラフローレス閘門、パナマシティ旧市街や新市街を視察しました。好天に恵まれて、実に有意義な視察となりました。
以下、次号・・・

by camino0810 | 2019-07-16 17:05 | パナマ・アメリカⅡ | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その6 コペンハーゲン(2)

12時過ぎ、電車はコペンハーゲン中央駅に到着しました。

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(出典 Google)
コペンハーゲン中央駅は、線路が道路面よりも7、8m低い半地下の駅舎でした。2017年に旅行した北ドイツのハンブルク中央駅を想い出しました。ハンブルク中央駅もやはり同じ半地下の駅舎でした。

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コペンハーゲンは、かつて強大な防御力を誇った要塞都市で、その痕跡が現在も色濃く残った街でした。

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(出典 Google)
デンマークのライバルは、同じ北海の交易で繁栄した北ドイツのハンザ同盟でした。ハンブルク、リューベックも同じ稲妻型の城塞(リング)を持った要塞都市、ハンブルク中央駅は半地下の駅舎でした。この駅舎は旧市街の外縁の城塞となっていたお濠を埋めて造った駅舎ではないかと想像します。

https://camino0810.exblog.jp/27047387/


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(ハンブルク旧市街:出典 Google)

同じことがコペンハーゲン中央駅にも当てはまるのではないかと考えてみました。市街地の拡大に伴って、不要となった旧市街外縁の城塞となっていたお濠を埋め立てて駅舎と線路にしたのでないか。お濠であれば、わざわざ土地を買収する必要もないので手っ取り早いやり方だと思います。


コペンハーゲン中央駅のホームは、古風な気分に溢れたマルチトップのドーム屋根でした。

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ホーム階・・・屋根の開口を大きくしてあるので、ホームの採光は文句が付けられないほど明るかったです。北欧の暗くて長い冬対策でしょうか。柱もアーチリブも古風なリベット接合、柱は灰色、アーチはピンクで塗装。

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改札階のコンコース・・・屋根はホーム階と同様広い開口を取っていました。アーチの梁材は一見木材風に見えましたが、よく見ると鋼材でした。北欧の伝統的な木造りの建物がコンセプトかもしれません。コンコースには日本でもお馴染みのセブンイレブンが出店していました。

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切符の自動販売機。

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コペンハーゲンは低平な土地柄、石材が乏しいようでした。建物は赤レンガがベース、石材も一部使われていました。

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屋根のアーチは鋼材を組み合わせていましたが、溶接でもなくリベット接合でもない、見たことのないような特殊な構造でした。

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セブンイレブンは、豊富な食べ物をリーズナブルなお値段で提供する実にありがたいコンビニでした。サンドウィッチは39クローネ(670円)、330CCのコカ・コーラが17クローネ(290円)、シナモンロールは19クローネ(320円)。ザックリ、日本の2倍のお値段といったところでしょうか。唯一、カールスバーグのピルスナーが、15クローネ(260円)と日本並みだなと感じました。


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お寿司はコペンハーゲンでも当たり前に並んでいました。10個入りのお寿司パックが79クローネ(1300円)、日本の倍の感じです。

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コペンハーゲン中央駅のファサード。

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コペンハーゲン中央駅の側面。

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駅南側のホテル街にある、予約したホテルは歩いて1~2分の近さでした。

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ホテル街の建物は、建物のスカイラインを綺麗に揃えていました。

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ホテルのお隣の中華。チャーハンやラーメンが85クローネ(1400円)。デンマークは、医療、年金、介護、教育などが原則無料で、所得税50%前後、消費税が25%という「高福祉、高負担」の福祉先進国だとか。多分、高賃金なので物価水準も日本の倍近くの水準にあるということでしょうか。

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駅前ホテルに12時30分にチェックイン。部屋に荷物を降ろして、フロントで地図を貰って、おススメの観光スポットを紹介してもらいました。
13時、コペンハーゲンの街歩きを始めました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-07-14 07:25 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年6月1日(土)パナマ・アメリカⅡ その4 ヒューストン

成田発11時10分のNH174便は、同日の朝9時30分にヒューストン郊外のジョージ・ブッシュ空港に到着しました。
空港構内にヒューストンのダウンタウンの摩天楼の写真が飾ってありました。ヒューストンは、自分が持っているアメリカの大都市のイメージ通りの街でした。

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『地球の歩き方 アメリカ2019~2020』にヒューストンが紹介されていました。テキサス州が、1836年にテキサス共和国としてメキシコから独立し、1845年にアメリカに併合されたとは驚き、テキサスはアメリカ東部から西進や南進により自動的にアメリカに取り込まれていったと勘違いしていました。とにかくアメリカの生い立ち、発展に疎い自分には意外な思いがしました。

「テキサス州最大の都市ヒューストン。人口は200万人をゆうに超え、ニューヨーク、ロスアンゼルス、シカゴに次ぎ、全米で4番目の多さだ。海が近いこともあり石油メジャーが本拠地を構え、ダウンタウンには巨大なビルが林立し、世界各国からビジネスマンが集まる国際都市として機能している。
ヒューストンは宇宙開発の拠点でもある。アポロ計画などで重要な任務を果たしたジョンソン宇宙センターがヒューストン郊外にあり、宇宙に関する研究、宇宙飛行士のトレーニングなどが日々行われ、NASAの宇宙センターのなかでも大事な役割を担っている。
また、テキサス州は6ヵ国によって支配されてきた歴史があり、フランスやスペインなどの領土を経て1836年テキサス共和国として独立。1845年にアメリカに併合された。テキサス州と名前を変えてからも独立独歩を好み、他人と同じことを嫌う気質は現在でも脈々と受け継がれている。日本から直行便が飛んでおり、アクセスのよさも魅力のひとつだ」

パナマシティ行きのUA1034便は、15時35分発、出発まで6時間もありました。空港内で休んで時間を潰す手もありましたが、折角の機会なので、ヒューストン郊外のジョンソン宇宙センターを見学する若手の班に同行することにしました。見学者は班員3名を含めて総勢4名。
空港の車寄せでタクシーを拾って、ヒューストンのダウンタウン東南約40kmにあるジョンソン宇宙センターへ向かいました。若手の班長さんは現地情報をそれなりに収集していたようなので、この小旅行に乗っかっていくことにしました。

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(出典 Google)

およそ空港が何処にあって、どのような形をしているのかこれまで意識したことはほとんどありません。空港は、単に移動時の便利な施設であり、用が済むとすぐ記憶から外れる施設でした。欧州を含めてあちこちと空港を利用するようになると、空港という巨大交通インフラは意外にもそれぞれに個性的であり、その違いに段々と興味が出てきました。
この空港の正式名称は、ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港、ダウンタウンの北35kmにありました。正直、アクセスが良いとは思えませんが、高速道路がそのハンディをカバーしている感じです。
この空港は、3km級の滑走路5本を備える巨大空港で、日本からの直行便もある空港でした。日本最大かつ旅客輸送世界第5位の羽田空港が4本の滑走路なので、如何に大きな空港かが判ります。A滑走路とE滑走路の間にはもう1本滑走路を増設できそうなスペースまでありました。航空需要の増加に追随できる段取りも出来ているようでした。

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(出典 Google)

10時30分、タクシーは空港の車寄せをスタート、空港アクセス道路に入りました。この高い建物は管制塔だと思います。

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駐機しているジェット機が見えました。そもそも空港は広大な平坦地が必要、よっぽど良い視点場がないと地上から空港全体を俯瞰するのは難しいのは当たり前。


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ガソリンスタンドの標識は「2.49」。欧州、日本は1L単位、そうすると、270円/L(1ドル110円)、どうも高くて勘定が合わないので調べると、アメリカのガソリンスタンドの売買単位はガロンでした。1ガロンは3.8Lなので、L換算すると、72円/L。日本は140円/L前後、流石に産油国らしいリーズナブルな値段でした。

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タクシーは、ヒューストンのダウンタウンに繋がる高速道路に入りました。片側5車線で車線幅もゆったりした、実に広々とした高速道路でした。自分が持っているイメージ通りのアメリカの高速道路でした。出入り口の料金所などは無かったと記憶しています。つまり、高速料金は無料ではないかと。

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出入り用のランプの高架が上空で重なっていました。

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ヒューストンのダウンタウンが近づいてきました。高速道路は、ヒューストンのダウンタウンのすぐ脇を走りました。この道路自体は高架方式。地下トンネルにしなかったのは、一年を通じて太陽光に溢れる北緯30度の立地に依るのでないか。冬場の太陽光が乏しい高緯度の欧州だと地下に入れて、既存の道路に蓋をせず、青空を維持するかもしれないなと思いました。

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タクシーの運転手「ミニッツメイド・パークは、野球のスタジアム。アメリカンリーグのヒューストン・アストルズの本拠地です」。野球場とは思えない不思議な形をした巨大な建物でした。世界で3番目の開閉式屋根付き天然芝野球専用球場だとは驚き。この巨大な屋根がスライドする仕掛けになっているようです。

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ミニッツメイドは、日本でもお馴染みのジュースを販売するメーカー、テキサス州に本社がある、コカコーラの傘下企業でした。

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ダウンタウンの幅広のアヴェニューが見えました。時間があれば、このダウンタウンの街歩きも面白かったかなと思いました。

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やや旧式なオーバーブリッジは、なんとなく日本よりスレンダーかつスパンが幅広。この地域は地震を考える必要がないようでした。

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ダウンタウンを過ぎると、高速道路は、高架区間から地上に降りました。お隣の側道は、一般国道でしょうか。日本でもお馴染みの電柱が目に入りました。アメリカは電線地中化の先進国と思っていたので、意外でした。以降、視察先の街々で電線・電柱を熱心に観察しました。

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11時20分、タクシーは「ジョンソン宇宙センター」に到着。ネイティブの観光客にスペースシャトル・インディペンデンス号の前で写真を撮ってもらいました。

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ジョンソン宇宙センターの入り口。パナマシティ行きのUA1034便は、15時35分発、空港には2時間前の13時30分には戻らなくてはいけません。このセンターは半日でも見切れぬくらい展示が豊富でしたが、見学の時間はほとんど残されていませんでした。仕方ないので、皆でセンターの周辺を徒歩で歩いてみました。


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駐車場にボンネットタイプのスクールバスが停車していました。そもそも、宇宙センターに旧式のバスとは不思議な組み合わせ。記念写真を撮っていたら、中から運転手が顔を出して笑っていました。そう言えば、今日は土曜日、小学生の社会科見学かもしれません。とにかくこのバスは現役には間違いありません。意外な思いがしました。

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12時、待たせておいたタクシーに乗車して、空港に戻りました。これは、サターンロケットの格納庫。

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郊外の国道沿いの風景はどこか日本風でした。電線・電柱があり、ファミレス風のレストラン、車のディーラー、ガソリンスタンド、ホームセンターなど日本でもお馴染みの建物が並んでいました。看板が日本語表記なら日本といっても判らないでしょう。

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空港へ戻る高速も5車線の幅広。真新しいランプは、スパンを随分と飛ばしているなと感じました。

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スピード制限は60マイル/時、100kmなので日本と同じでした。

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タクシーは、高速を降りて一般道に入りました。この風景もどこか日本的、看板を日本語にすれば日本といっても通用するでしょう。電線は上下2段、上段は変圧器が付いているので高圧線、下段は電話線だと思います。日本と全く同じでした。

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驚かされたのは、走っている車の半数くらいは日本車だったこと。しかもトヨタのシェアが他の日本車を圧倒している感じでした。アメリカ人は電線・電柱が意外にも好きな?国民かもしれないこと、日本車のシェアが半分くらいと高率だということをアメリカ中部、北部の都市でも確認することになりました。
タクシーは、片道46.2マイル(74km)、所要時間50分。往復料金は、260ドル(29000円)と意外にもリーズナブルでした。

この日の記事をフェイスブックにアップしました。

6月1日(土)ヒューストンは晴れ、暑い。
今日は、建コンとみなと総研共同開催の海外インフラ事情調査の初日。これから11日をかけて、パナマやアメリカのインフラ事情を調査します。
成田発11時10分のNH174便は定刻の朝9時30分にヒューストンに到着しました。航続距離11000km、時速1000kmで所要時間12時間の疲れる旅でした。
15時35分発パナマ行きのUA1034便まで6時間もあるので、ジョージ・ブッシュ空港からタクシーでヒューストンの街経由でNASAの宇宙センターまで行ってみました。片側5車線の高速道路やダウンタウンの摩天楼など、如何にもアメリカらしい光景に出会いました。
街中に電線・電柱がガッチリ建っていたこと、走っている車の半分くらいは日本車だったことに驚かされました。
パナマも日本との時差がマイナス14時間、時差ボケに早く慣れないといけません。

13時、空港に無事戻りました。案内板はウィンドウズの画面をそのままスクリーンに映し出していました。パナマシティ行きの1034便は15時35分で予定どおり、搭乗ゲートはC36番。
案内板の出発する飛行機の並びは、目的地のアルファベット標記順でした。通常は時刻順なので、随分と戸惑いました。国によって流儀も違うもんだと思いました。画面右下の時刻表示はアメリカ式で、月、日、年の順番。これも間違いやすいので要注意。

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40Lのバックパックと30Lのデイパックを抱えて、手荷物検査場入り口で搭乗券を示してチェックイン、手荷物検査をトラブルなく通過して、団員が待つC36搭乗ゲートを目指しました。
以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-07-08 23:33 | パナマ・アメリカⅡ | Comments(0)  

2019年4月26日(金)デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス その5 コペンハーゲン(1)

ルフトハンザ航空826便はフランクフルト空港を定刻10時に出航しました。欠航になったスカンジナビア航空の飛行機が9時30分発、遅れは30分ですみました。
100人乗りくらいの小さめなジェット機でした。

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フランクフルト空港第2ターミナル。

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この空港はルフトハンザのハブ空港のひとつ。鶴のエンブレムのルフトハンザ機が沢山駐機していました。

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飛行機が通る部分は全面コンクリート舗装、3mくらいの間隔で正方形の目地が入っていました。

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そういえば、コンクリート舗装をしっかり見たことはこれまでありません。目地や表面の洗い出し模様が確認できました。

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飛行機に乗り込んで、客室の上部ロッカーに40Lのバックパック、座席の下に30Lのデイパックを入れました。ルフトハンザ航空は手荷物は2つまで持ち込めるポリシーでした。

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ルフトハンザ航空826便は、定刻11時30分、コペンハーゲン・カストラップ空港に到着しました。
フランクフルト空港とコペンハーゲン・カストラップ空港の直線距離は概ね700km、1時間30分の旅程でした。カストラップ空港は、緯度55°37'46.4"N 、経度12°38'56.4"E、スコットランドの首都エディンバラと同じくらい高緯度でした。
この空港は3kmを超える滑走路を3本備えた大きな国際空港でした。そういえば、MU219便(上海プードン空港~フランクフルト空港)は、離陸滑走距離3230mのボーイング777という大型機でした。なるほど、カストラップ空港はこのクラスの大型機が難なく離着陸できる滑走路を備えた大型空港だと思います。

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(出典 google)
ドイツは雨でも目的地のコペンハーゲンは快晴、ツキがあったなと喜びました。

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カストラップ空港はピカピカの真新しい空港でした。

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構内はお洒落なお店が並んでいました。

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看板を見て驚かされました。ハンバーガーのセットが179DKK(デンマーククローネ:1DKK=17円)、日本円で3000円。日本では考えられない衝撃的なお値段でした。以降、デンマークの高い物価を思い知らされることとなりました。

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客室に手荷物を持ち込んだので、バゲッジクレームはスルー。

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ターミナル3の建物はピカピカのガラス張り。

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コペンハーゲン・カストラップ空港は、コペンハーゲン中央駅の東南10km地点に立地していました。

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(出典 google)
コペンハーゲン市街地へのアクセスは、バス、地下鉄、鉄道が用意されていました。予約したホテルがアムステルダム中央駅のすぐ近くにあるので、鉄道にしました。

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コペンハーゲン中央駅まで切符は自動販売機でスムーズに買えました。外国の駅で自動販売機で上手に切符が買えたケースはほとんどありません。そのため、窓口の対人販売で購入してきました。珍しいことです。
間違えて1番線ホームに降りてしまいました。1番線からは隣国スウェーデンのマルメ行きの電車が出ていました。コペンハーゲンとスウェーデンのマルメの海峡には長大な連絡橋が完成しているので、簡単に往復できるようでした。両国ともシェンゲン協定加入国同士、検札などないのかもしれません。


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この路線は、都市近郊鉄道と都市間長距離列車の両方が運行、上下線で1時間に10本程度の運行本数。

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コペンハーゲン中央駅行きの電車は2番線ホーム。この駅舎は半地下の駅でした。ホームは実にゆったりした設計でした。

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DSBはデンマーク国鉄の略称。連結部を黒いゴム?でカバーをするのがデンマーク流みたいです。

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車内はガラガラ、乗客は自分1人。それでも、検札の人が周ってきました。デンマーク国鉄はまめに車内検札をする流儀だったと記憶しています。


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コペンハーゲン中央駅までは36DKK(610円)、所要時間15分、恐ろしいアクセスの良さ。

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時差ボケに加え、朝早くからトラブルに遭いましたが、意外に元気。

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北欧はようやく新緑を迎えたばかり、路線は掘割区間が多かった感じ。騒音防止?でしょうか。

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郊外駅もピカピカな掘割駅。

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高層ビルも。

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電車は運河を渡りました。

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電車は、トンネルを抜けて市街地に入りました。

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コペンハーゲン市街地中心部の斬新なデザインの建設中のビル群。デンマークの建設用クレーンは定置式ジブクレーン。

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コペンハーゲン中心市街地はどうも再開発が盛んなように思えます。

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コペンハーゲン中央駅が近づいていました。

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以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-07-06 07:33 | デンマーク・オランダ・ベルギー・スイス | Comments(0)  

2019年6月1日(土)パナマ・アメリカⅡ その3 成田~ヒューストン

NH174便は、定刻11時10分に成田空港を出航しました。目的地のヒューストンには時差で時計が巻き戻されるので同じ日の朝9時30分に到着します。

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航路は太平洋の沿岸に沿った大円航路。

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成田空港とヒューストンのジョージ・ブッシュ空港までは、10685km、所要時間は概ね11時間。フォローの偏西風を受けて、時速1000km。

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ジェット機は、高緯度のポートランド(北緯46度)付近から北アメリカ大陸に入っていきました。

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最近は海外に出かけるのに、マレーシア、トルコ、中国などのリーズナブルなフラッグキャリアばかり使ってきました。ANAは日本を代表するフラッグキャリア、機内食やサービスの質はさすがに高いなと感じました。

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これから、窮屈な座席でうんざりするほど長い時間を過ごさなくはいけません。
今回は、日本映画で時間を潰しました。「翔んで埼玉」は、自虐癖を抜け出せない埼玉県人を取り扱った魔夜峰央原作の荒唐無稽な作品でした。埼玉に住んで30年以上経つ、事実上の埼玉県人の自分には良く理解できる面白い作品でした。県内同士の「浦和VS大宮」の確執、隣接県同士の「埼玉VS千葉」の確執、「埼玉の東京への劣等意識」など埼玉県人にはいちいち納得のいく「埼玉文化」がてんこ盛りの作品で、大笑いしながら観ました。池袋が埼玉の植民地とはこれまた大笑いでした。


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「ハワイの若大将」も懐かしい思いで観ました。この作品は1963年の公開。56年前の日本やハワイの映像を垣間見ることができました。当時、海外旅行は高値の花、セレブの特権ともいえる、まさに憧れの世界でした。今は日本人の誰でもが気軽に海外に出掛けるようになり、海外旅行のハードルも随分と下がったなと感じます。主演の加山雄三さん、準主演の田中邦衛さん以外はほとんど物故者、時間の経過を感じます。

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(出典 youtube.com)

朝方、ジェット機は、アメリカ大陸を縦断。

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北緯30度のヒューストン郊外のジョージ・ブッシュ空港が近づいて来ました。


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NH174便は、定刻9時30分、快晴のヒューストンジョージ・ブッシュ空港に到着しました。

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視察団を前にして、団長の六本木のI先生が挨拶。4月の視察団の顔合わせで先生から「バゲッジクレームでの時間ロスを避けるため手荷物は客室持ち込みができるようにしてください」とお願いがありました。機内預けにすると、バケッジクレームで随分と待たされて余計な時間をロスすることがよくあります。航空各社の手荷物ポリシーは意外にもバラバラですが、旅行会社から手荷物の三辺の合計が113cm以内にするよう指示がありました。海外旅行専用の40Lのバックパックと30Lのデイパックを持参しました。


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最初は、入国審査。


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ジョージ・ブッシュ空港の入国審査は、自動審査でした。無事通過できたのはI先生と団員1名、残りの20名は不合格となり、従前の係官による審査を受けました。直近にアメリカを訪問してない人は入国時のデータがないので自動審査ではNGになる仕組みみたいでした。ほとんどの乗客がNGとなり、対人審査の恐ろしく長い列ができ、1時間近く待たされました。

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今回の視察旅行は班単位での行動が原則でした。視察団は全部で6班から構成、各班は各々視察する都市やインフラの事前調査、当日の視察案内や説明を担当するルールでした。各班とも綿密な事前調査を実施していました。その事前調査レポートをすべての団員が持参して視察が行われました。
自分は副団長として団長のI先生と添乗員のOさんと3名で、視察先で担当班と行動を共にしました。現地視察で事前調査した内容を確認するとともに、現地で得られた新情報や知見を追加して報告書をまとめるという方法で、大変実効性の高いやり方だと思います。

パナマシティ行きのUA1034便は、15時35分発、出発まで6時間もありました。空港内で休んで時間を潰す手もありましたが、折角の機会なので、ヒューストン郊外のジョンソン宇宙センターを見学する若手の班に同行することにしました。

以下、次号・・・


by camino0810 | 2019-07-01 05:49 | パナマ・アメリカⅡ | Comments(0)